「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

9月, 2012 のアーカイブ

震災復興を阻害するもの

このブログに記した、緑の防潮堤に関する提案を見たのか、震災瓦礫を活用する
震災復興について、インタビューしたい、卒論作成の参考としたいと、大学生が
やってきました。

思いつくままに、いろいろ話をしました。

緑の防潮堤など、震災瓦礫を用いた復興は技術的には可能であるが、法律・行政
的な仕組みが足かせになっている。

震災瓦礫はを県外持ち出しし処理するという事に対し、受け入れできないなどと
社会問題になっているが、震災廃棄物を現地で有効活用するならば、そのような
必要はない。

震災瓦礫の処理には処理費が必要であり、また、運賃が必要となる。
ニュースでははっきり言わないが、県外処理と言ってもただで処理をする訳では
ない。運賃を含めると、3万円~5万円/t程度の経費が必要で、これは税金でまか
なうこととなる。

その費用をごみ処理として使うのではなく、緑の防潮堤・築堤に植栽し海岸防災林
を創ることに回すならば、廃棄物処理という無駄金を使うことなく、コンクリート
三面張りによる防潮堤と同じ規模の緑の防潮堤を、同じ費用で数倍の長さを造成
できる。

緑の防潮堤を造るまでもなく、そのまま地盤沈下したところの埋立に使っても良い。
震災廃棄物は、東京都の夢の島を埋め立てたものとは違い、コンクリート・木材など
の綺麗なごみ、これを用いて、東日本大震災で地盤沈下したところを埋め立てるな
らば、あっという間に、震災瓦礫の処理は終わってしまう。

それを受け入れた自治体は、処理費を受け取ることができるから、これもまた、
あっという間に町並みの復興ができる。
なぜ、そのような事をしないのか、などいう話をしました。

東京の、現在は臨海副都心など言っている場所は、分別をしない生ゴミを含む
ごみにより、埋立られました。有機物が嫌気発酵し、メタンガスが立ちのぼってい
た処です。
それが、現在ではしゃれた高層ビルが立ちならぶ、臨海副都心となっています。

これをモデルとして、津波被災地のどこかが、我がふる里の地盤沈下をおこし
たところを埋め立て地にすると宣言し、住民説明し、法的な手続きを進め、埋め
立てを進めるならば、極めて短期に臨海副都心なみの町並みを創ることができ
ると思います。

このような方法があるのに、なぜ、嫌われながらも、県外へ震災廃棄物を持ち
出さなければならないのでしょう。
最も、県外持ち出しは木質系で、焼却処理するためだということかもしれませんが、
チップ化し、発酵させ、堆肥として用いるならば、県外へ持ち出すことなく有効活
用できます。

これにより、いま大騒ぎの?、なぜだか震災により陰が薄くなってしまいました
が、地球温暖化を防ぐ一助とすることができます。
木質震災廃棄物を、焼却処理するよりも、堆肥として生産力、緑を育てる素材
とした方がよいと思うのですが、いかがでしょうか?
しかし、現在は焼却処理をして二酸化炭素を出しまくっています。

資源としてではなく、ごみ=処理すべきものという考え方があるからでしょう。
しかし、これまでの、温暖化防止のため二酸化炭素を出すな、「明日のエコでは
間に合わない」とNHKを通じて国民を脅迫していたのは、何だったのでしょうか?

等と等と言う話をしているうちに、震災廃棄物の有効活用を妨げる縦割り行政
の問題、また、廃棄物として処理してしまうための税金の無駄遣い等という話に
エスカレートしてしまいました。

話が、拡散してしまいましたので、
拡散ついでに、このような構造に至った歴史的な経緯を含め、整理をしてみました。

異論・反論が多いと思います。
また、極論として記しましたので、被災地の方々に対しては失礼な記載もあります
がそのような傾向に認められるということでご寛恕願います。

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○○ さま

今日は、長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。
約束をしたpptなどを添付します。
参考になるならば、幸いです。
グリーン復興等という言葉にだまされることなく、本質を理解いただきたく、
話があちこちに飛び、拡散してしまいました。
失礼しました。

ところで、
グリーンという言葉の意味に、若い・未熟という意味があることはご存じですか?
皮肉になってしまいますが、いま行われているのは、まさしく「未熟な復興」です。
本質に迫ることなく、小手先のみ、被災者に補助という飴をあてがうことで物事を
済ませようとしております。
「地域づくり学科」ということですから、技術以前のコミュニティー・人間関係・人間
性・心という部分にウエイトをおき、漫談したとご理解ください。

キチッとした人間関係・コミュニティーを作り上げるには、リーダーとリーダーを盛り
立て・従いつつ、なおかつ、自立した人間の存在が必要です。隷属するのではなく、
自立した人間が持ち場持ち場をしっかりと守った上での集団作りです。

しかしながら、現在は、リーダーは不在、自立した人間も居ない。
皆が、それぞれ好き勝手なことを言い、妄想を膨らませお化けを造り、助成などを
求め、もたれ合いをやっています。
そのもたれあい、甘えまくった付けが、税金の値上げへと跳ね返ってくるという構図
まで目配りをしていただきたいということで余分なことも含め話しました。

一端上がった税金は下がることはありません。
結局、ムダに浪費されてしまうこととなります。
従って、税金の値上げ、無駄遣いにつながりそうな処は、キチッと目を光らせ、
異議申し立てをする必要があります。

震災だからと言って野放しにしてはならないのですが、何となく言いにくい雰囲気
をマスコミだけではなく、知識人と言われる方々が自粛という美名のもとに、雰囲
気として強要しております。

いろいろやると、バッシングを受けてしまう恐れがあるということで、周りの目を気に
しての自粛です。信念を持っての自粛ではありません。
いつから、このように知的な判断力が失われ、痴呆化してしまったのでしょうか?

このような賢しらなことを続けもたれ合い、震災復興に余分な税金を投与していると
税金が上がってしまい、勤労意欲をなくしてしまいかねません。
となると、国力の減衰に向かいます。

自らの判断により、覚悟を決めて税金の値上げに踏み切ったのならば、臥薪嘗胆、
目的を達したならば税率を引き下げるという判断もあり得ますが、官僚・政治の言い
なりで税金を上げることを認めてしまうならば、受け身で心が萎えて行くばかりです。
いま、まさにそのような下り坂になっています。

国力とは、お金のみではなく、人材面をも含みます。
この点に敏感な、中国・韓国は、日本バッシングを始めました。
毅然とした国に対し、バッシングを行う事はありえません。
諸外国から見て、いかに日本は弱々しく写っているのかが問題です。

しかも、税金・国力低下の付けを支払うのは、私たちの世代ではない、あなた
たち、ひいては、子々孫々に渡り負担する事になるため、問題は大きいのです。
しかし、震災復興予算に対し、そのような点から指摘する人はいません。
きっと、このような事を書くと、バッシングがくるものと思いますが、
その前に、心を静め、現状が正常なのかどうなのか、考えて欲しいものと思います。

今が良ければよい、私がよければよい、という意識であり、公序というものに対し思
いが至りません。
このため、廃棄物処理とは話がずれてしまいすが、震災後の処理により、このような
問題が露わになったのだから、その点に対して気づいて欲しい、そのような気づきが
広がることにより震災復興に魂が入るのだという意味で話しました。

震災復興は大切なことですが、それは、物質面のみの復興であってはなりません。
心、精神面の復興、すなわち、他に頼ることなく自立するためにという精神が醸成
されないと、真の復興にはつながらないと思うからです。

震災瓦礫の復興への活用は、技術(物)のレベルでは容易です。
しかし、心、その現れである政治・行政・法レベルでつまずいております。
行政・政治レベルの話はしましたが、法律レベルでは災害復旧は現況復旧という
原則があります。
この点については、中越地震などの際、現況復旧という原則の問題に対する指摘
がなされ、弾力的な運用を可能としました。

しかし、その運用に携わるのが人です。
弾力的な頭脳があってこそ、法の弾力的な運用が可能となる訳ですが、残念ながら
現在の教育システムではそのような人材は育ちません。枠外へ放り投げ出されてし
まいます。
その成果により、 震災復興では、残念ながら弾力的な運用がなされているとは言えま
せん。 前例主義、現況復旧ばかりです。

残念ながら、技術レベルを超えた話は、私個人では指摘はできても解決不能です。
多くの方に、このような問題があるということを理解していただき、現状を変えようとい
う思いが積層され、変えるという動きに連動しなくては解決へと向かいません。
量より質へ向かうターニングポイントがあるのですが、私が話したような事を知っている、
理解している方があまりにも少なすぎます。量の蓄積にすら至りません。
また、知っても、動こうとしない、あきらめムードのお利口さんが多すぎます。

と言うことで、震災廃棄物とは直接関係の無い話、しかし、私が本質と思っている事柄
の話になってしまいました。
現状のようなあきらめムードの悪循環、お化けを一生懸命造り、その陰におびえ、助成を
出せと騒ぐ地域住民、その代表の政治家・行政では、残念ながら餓鬼道・地獄絵をみて
いるような気さえしてきます。

それによって、税金が上がり貧しくなる、という程度ならばまだ良いのかもしれません。
国の力が衰えるということは、外国勢力に組みこまれる、植民化される、併合されると言
うことを示します。

中国・台湾・韓国・北朝鮮・ロシア、日本を取り巻くすべての国が、一斉に国境問題など
で騒ぎ始めました。
教科書では、平和憲法というまやかしを教えていますが、現実の世界は、パワーバラン
スの上に成り立っております。
日本を取り巻く諸外国が一斉に領土問題で動き出した。
これは何を示しているのでしょう?

ニュースでは、日本が諸外国に悪いことをしているというニュアンスを含む報道をし続けて
います。 それでも、この頃は、皆、中国人は変だぞとなり、中国人嫌いが増え始めました。
これは、中国侵略と称される日本の軍事行動が取られた時の情勢とすこぶる類似してお
ります。 そのうち、もうすでに?、国民の意識が変わったことに迎合し、マスコミは中国人
はひどいやつだという偏向した報道を始めるでしょう。
極端から、極端に感情が振れたとき、天災ならぬ、人災・戦が始まります。

江戸末・明治の先人は、植民地化されることを免れるために行動しました。
幕府を倒し、廃藩置県を行い、富国強兵を行いました。
無血革命です。

これは、維新の志士のみがなした技ではないと思います。
日本に住まいする皆が、危機感を共有していたからこそできたことです。
幕末の志士の活動のみクローズアップされますが、それを支えた草莽の民がおり、意識
の共有がなされていたからこそ、できたことと思います。
その当時の、日本人の知識レベル・危機感のレベルがそれだけ高かったという事だと
思います。

しかし、良いことずくめだけではありません。
明治以降、表面的な物質面のみの西洋文明を受け入れ、現場を離れた秀才を作り上げ、
リーダーに祭り上げ国作りを急いだことから、官僚主導・頭でっかちな、現在に至る病根が
我が国にはびこり始めました。

それでも明治時代は、江戸時代の「飯は食わねど高楊枝という武士」のプライドが残され
ており、、男女とも道徳的な抑制が効いていました。この時代は、日清・日露戦争など、
勝てるはずのない戦争も、精神力で乗り切りました。

しかし、明治の官僚を育てること、兵士を育てることを目的とした教育により、ステレオタイ
プの秀才が育ち、明治後期~昭和初めにかけて、このような秀才型が天下を取り、大東亜
戦争へと国民を引きづり込んでしまいました。
しかも、実力の伴わない精神力を説いたため、惨憺たる結果となってしまいました。

マスコミも、国民の声代弁すると称して、戦争推進を訴えました。
現在の全国新聞、地方新聞のすべてがそうでした。
その新聞が、今は平和を訴えます。
侵略した日本が悪い、諸外国は被害者だと主張します。

しかし、戦争は勝った方が正義というパワーバランスに基づくルールです。
戦争に対し、子供どおしの喧嘩両成敗のルールを適用して考えてみたり、喧嘩を
ふっかけた方が悪いと兄弟げんかと一緒にしてしまいます。
残念ながら、戦後教育の戦争理解はこの程度でしょう。

戦前は、このようなウソを教える英才教育に女性は汚染されておりませんから、
まだバックボーンのしっかりとした子供が育っていました。だんだん絶滅危惧種
になって来ましたが、戦前生まれは、背筋がキチッと伸び、心の姿勢もしっかり
している方が多いと感じています。

この世代よりも1世代前の方々が、日本男子かくあるべしと言う教育を受け一兵
卒となり、命がけで日本を守りました。
参謀本部という秀才の机上で創っためちゃくちゃな作戦に対し異議を唱えること
なく、粛々と戦地に散って行きました。
知覧の特攻平和記念館に残された遺書を読むと、泪を禁じ得ません。
その多くは、母・妻にあてたものです。
皆、表向きは国のためですが、自分の大切な家族を、ふる里を守るため戦地
へ赴いたのです。

アメリカは、命がけで戦うこのような一兵卒・日本男児(武士)の姿に恐怖を感じ、
日本を二度と立ち上がらせまいとして、そのような子を育てた大和撫子(良妻賢母)
を潰すべく権謀術策の限りを尽くしました。
その受け皿となり推進したのが、戦後解体されず残った秀才官庁と、官僚主導による
教育です。義務教育と称され、現在も続いております。

国軍は解体されましたが、官僚組織はそのまま無傷のまま残され、アメリカ軍の手足
になり、占領政策を推進する役割を果たしました。
アメリカの占領・ソビエトの占領(共産革命)という恐怖におびえる知識人も又、そのよう
な動きに積極的に迎合しました。
官僚・知識人が、国を売り、偏向した教育を行ってきたという事になります。

このため、日本は見かけ上は独立しているように見えますが、本質的にはアメリカの占
領下・植民地です。
属国、51番目の州と言う人もいます。日本の富の大部分は、アメリカに吸い上げられ
ました。 稼いでも、稼いでも、高度成長の時代でも、豊かさが実感できないという日本
になりました。
現在は、その傾向が更に悪化し、閉塞感が強まっております。

このような欺瞞を戦後半世紀、見て、見ない振りををしてきたのですから、精神分裂・
鬱状態になってしまいます。
その付けがボディブローのようにじわじわと効いてきて、震災によって、その不合理・
不条理な世界が一気に吹き出したと言う事だと思います。
それでも見てみない振り、変えようとしません。

現場・経験などという躰を通して理解した知恵のうえに知識を積み重ねるという方法で
はなく、明治以降始まった、知識の詰め込み教育・頭脳・抽象に偏った知識重視の教
育の成果と言えます。

結果、やんちゃな暴れん坊は淘汰され、みな、お利口さん、金太郎飴になってしまい
ました。
緊急時に、リーダーシップを取れる人が居なくなってしまいました。

そろそろ、このような現実を直視し、小手先・ごまかしではなく、本質的な部分から、
心の復興ということも考え合わせ、震災復興について考え、行動を起こして行かなけ
ればなりません。

戦後の復興は、戦争に負けた、多くの仲間が死んでいった、その分、残された人間が
先立った方の分までその重荷を背負って日本を立て直そうという気概を持った人々に
よりなされました。

東日本大震災の復興に関する、気概・旗印は何でしょう。
それは、津波で生き残った方々が、自らの足で立とうとする気概だと思いますし、外野
はその行動を応援することだと思います。それには、地元の考え方が優先であり、法律
で縛り上げ、助成金などで、足を引っ張り、立とうとする足を、心を萎えさせることで
はありません。

弱者のみに焦点を当てるのではなく、立ち上がろうという人々に対し目を向け、立ちあ
がるに際し障害となっている仕組みを取り払うことが復興支援の第一と考えておりま
す。
しかし、大上段からのお仕着せ、助けてあげると言いながらの強制が多すぎます。

震災直後、世界中が感動した震災地の助け合い、秩序だった動き、日本の美風が、
行政の初動の悪さ、被災者に助成の垂れ流しを行い、弱い物だけならばいざ知らず、
毅然と生きようとしている人の足まで引っ張り、すべてを弱い物にしてしまおうという
制度、 などにより消え去りました。

それを待っていたかのように、
気概ある国民、自立する民を守ろうとしない日本政府であることを見透かし、
諸外国は、我が国の国土の侵略を公然と行うようになりました。
すべてが、連動しているのです。

若い、回転の速い、切れる頭脳を駆使し、本質に迫られんことを期待します。
話を広げすぎると、卒論としてまとまらなくなるものと思いますので、今日の話、この
文書は話としてのみ聞き置きください。

以上 長々と失礼