「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

「Uncategorized」カテゴリーのアーカイブ

ナフサが足りない、この好機を逃すな

R08.04.23 

アイスクリームのバニラ香料(バニリン)も石油・ナフサがないと供給できないらしい。
ナフサが滞ると、アイスクリームも食べることができなくなりますよ、
というご親切なお知らせ。

バナナ、キューイフルーツ、アボガドも、熟成に使うエチレンガスがなくなるため、出荷出来なくなるんだってさ。でもね、これらの果物がなくなったって困らないよね。
買いだめになんか走らないよね。

-そして、予防接種に使う注射器もなくなるよと脅す前段に、とうとつに以下の文章が入れられてます。
> 「医療の分野にも不安が広がる。はしか(麻疹)の感染者数が昨年同期の3倍超のペースで増加し、17日には日本ワクチン学会が子供へのワクチン接種を確実に行うように呼びかけた。」
との記事を紛れ込ませているよ。

麻疹ワクチンの接種に追い立てていますね。この数字のマジックについては、昨日触れたよね。https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02EG3hPTkfDr7AA3bw1AuWu1dS8TDszF1k4z3CZWF9qyfRFNvM3CSgBXCH8eMx9ETel

-速く接種しないと、予防接種もできなくなってしまうよと、暗に恐怖を煽っていますね。
おもぐろい。
でもね、ワクチンの接種ができなくなった方が、皆、健康になりますね。

-海外では、医療者のストで死亡者が減少、我が国では夕張の自治体破産で地域医療が崩壊した際、やはり死亡者が減っている。
依存、頼りにしている杖を取り上げると元気になるのです。
https://square.umin.ac.jp/massie-tmd/badocs.html

-もとい。アイスクリームといったって分けのわからない油と化学甘味料・香料の塊だから、食べられなくなった方が健康のために良いですね。
この際、止めてしまいましょう。

・・・
アイスクリームに限らずあらゆる食品が石油まみれ。野菜など農産物を食べていると思ったら大間違い。
農機具、肥料、農薬、運搬、包装、総てが石油まみれ。
みんな野菜を食べているつもりだろうが、石油を食べているのです。
上がりの大部分を石油に持って行かれるから、額に汗して物づくりをしている農家は儲からないのです。
利は石油に持って行かれますから、やって行けなくなってしまうのです。

-衣食住のすべてが石油に頼った画一的、大量生産であり、見掛け倒しの短期間の使い捨て、廃棄物に埋没してしまう仕組み。そして、人々の健康と時間を喰ってしまう仕組み。
未来、子孫のことは考えず、地球資源の先喰をし、ゴミの山を築くだけ。循環を止め、ゴミの山を造った、その始末は、子孫に丸投げ。その子孫も、健康を阻害し、身心をひ弱にしてしまう仕組みに侵されている。
いずれ、なんと無責任な時代だったんだろう、気違いの時代だったねと総括されるようになりそうだ。
人類が、日本が滅びなければね。
-なので、都市一極化から地方分散、生産を我が手に取り戻せ、循環させることのできる仕組みを作り直せ、と唱え続けているのです。
地産地消。石油まみれの発想の「悔い改めは、食い改めから」と。

-国内で生産できる食、国内資源により、身の丈にあった人口を維持してゆく覚悟、国内での循環を基礎とした生活を維持する覚悟をもって仕組みを変えなければ、いずれ社会は破綻してしまうでしょう。
なので、プチ鎖国をせよ、とも説き続けてきました。

-このためには少子化は良きこと。不法移民、偽装移民などの受け入れはもってのほか。
これらの人々が子を産み、人口を増加させるならば、我が国はパンクし、日本人は消滅してしまいます。

-移民、体の良い奴隷に依存し、中間層の没落を進め貧富の差を拡大するのではなく、地に足をつけ額に汗して働く、生産するという方向へのマインドセットの切り替えこそが重要となっているのです。
狂育によって埋め込まれた洗脳、人を管理し楽に暮らすことのできる高学歴を目指すためのお受験など、人を、社会を壊してしまう夢物語を解除することが喫緊の課題となっているのです。

-我が国の神話を見るが言い。神さまも皆、樹を植えたり、田植えなどをして働いているのです。
皆、額に汗して力を合わせ働き、物づくりすることが我が国の伝統文化。その良き伝統に、現在的な工夫を加え、立ち還るのです。

-この点で、今回の油断は、世界・社会の仕組みを見直す好機なのです。
しかし、石油に伴う物不足の恐怖感に縛られていては、利は石油に吸い上げられる仕組みの変更はできず、その好機を逃してしまいます。

-と、大きな話にしておこう。・・・麻疹の数字のマジック
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02EG3hPTkfDr7AA3bw1AuWu1dS8TDszF1k4z3CZWF9qyfRFNvM3CSgBXCH8eMx9ETel


https://www.facebook.com/naoko.harmonie/posts/pfbid02JpzTWNP1HQYmb21NDmpk1Xo712wEkVoKM4ePJiUF3jY9o4UBvHfUqFpH6gJYYM9al


https://news.yahoo.co.jp/…/868767162d769a62158278764373…

肺・呼吸が大切


R08.04.22
 麻疹ワクチン2 ·

麻疹・はしかは、自然の経過に任せると呼吸器を発達させると記したところ、共時的に呼吸に関した投稿が浮上してきましたよ。
参考として、シェアしておこう。

「癌、深呼吸のできる身体になったら治るのです」
肺・呼吸器が整い、お腹深くまで息の入る身体は健康なのです。

ワクチン接種は、そのような身心を獲得することを阻害してしまうのです。
今だけではなく、未来まで見据えた選択を行わなければなりません。

そのためにも、深い呼吸のできる身体と心を創り、頭脳をクリヤにするのです。

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・「生き」は「息」-1
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02EG3hPTkfDr7AA3bw1AuWu1dS8TDszF1k4z3CZWF9qyfRFNvM3CSgBXCH8eMx9ETel


・深呼吸では治らない へのコメント「心身か身心か?」を浮上させたもの
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid029L8oCsrgkNaoRte3BfwyXWfzkWckPhvexFyyfuCnaonVQmfzAfuGn5adVf8PUpJsl

麻疹(はしか)が流行ると騒がれているらしい


2026.04.23
 ·

深い呼吸のできる身体とするためにも、麻疹は自分の体力で経過すべし。

麻疹(はしか)が流行ると騒がれているらしい。
複数から流れてきましたよ。マスゴミのワクチン接種の勧めですね。

-そもそもマスゴミの示すグラフそのものが、いつもの大ペテン。
2025年に増えているのは、コロナ禍で減少したインバインドの回復により、外国人が麻疹を持ちこんだためですね。
マスゴミの示すグラフは、コロナ禍以降をきりとったものだから、単にコロナ禍以前に戻りつつあるということなのです。
にもかかわらず、大変だ複数回接種しないと危ない、ブースト接種が良いような語り口です。

-2008年以降、麻疹の報告数が激減していますが、これは、麻疹ワクチンの接種が強化された結果です。
麻疹ワクチン接種により、弱い免疫力しか持っていないところに、外国人が本物の強い麻疹ウィルスを持ってきて、ばら撒かれたら、麻疹が増えるのは自明の理でしょう。

-ならば、昔のように子供の時に麻疹にかかり、一生ものの免疫力を手に入れ、会告から持ちこまれる麻疹対策をしておいた方が無難ということにはなりませんか?
なぜか、ワクチン先にありきで、このような議論はなされないようです。

・・・

麻疹は、自然にかかり経過させるならば、一生ものの抗体を獲得できるだけではなく呼吸器を強くすることができるのです。
このようなことを経験的に知っていた古人は、わざわざ麻疹にかかっている人のところに子供を連れて行きもらっていました。早い時期にかかるほど楽に経過することができるからでしょう。

-麻疹ワクチンの接種により、呼吸器を発達させる機会を失ってしまいます。
自分の体力で麻疹を経過させてこそ、本物の免疫を手に入れることができ、経過というトレーニングで呼吸器も強くなるのです。

-呼吸器が弱いと姿勢が悪くなり、身体を壊しやすくなり、老化も速く進みます。
呼吸器の健全さは、身心の健康状態や老化のスピードにまで影響するのです。
肺、呼吸の強さは息切れしにくく、忍耐力などにも関連し、精神力の強さなどメンタル面の安定にも大きく関わっているのです。

-自然に麻疹になることをワクチンで止めることは、呼吸器を強くする機会を失わせてしまい、子ども達の将来に大きな禍根を残すことになりかねないのです。

-AIがすべてに答えてくれるからと楽に走り、頭を使わない、脳に負荷を与え考えるトレーニングをしないと、どうなってしまいますか?麻疹で身体に負荷を与えず、ワクチンで楽に過ごさせてしまうとどうなりますか?
AIと麻疹を同じに扱うなとのお叱りの声が聞こえてそうですが~。トレーニング、能力開発というレベルでは同じことなのです。

-脳に適度なストレスを与え、脳の訓練が大切だということは、多くの人は理解できるてしょう。
しかし身体、健康の問題になると、恐怖と目先の利の情報で頭が満たされてしまい、深く考えることなく、安直に医療、ワクチンに頼ってしまい楽に走ります。
脳も身体の内なのですが、特別扱い、異なるものと思い込んでいますね。
免疫力だってトレーニングしなければ弱いままなのです。
機能は、使わなければ衰えてしまうのです。

-安直に医療に走ることを止めるためには、きちっと数字で確認する事が大切です。

-麻疹の死亡率は0.1~0.2%とされています。
これならば気にする程のものではないと受け取れます。
しかし、90%以上が感染し、そのうち6~7%が肺炎、中耳炎などにかかるとも示しています。
脅しの文言はしっかりと埋めこんでいます。これでは気になってしまいますね。

-実際は確率的に、1000人中60人程度の人が肺炎や中耳炎を併発させる可能性があるということなのですが~。
この数字をどのように理解するかが頭の使い所でしょう。

-根性の悪い私は、1000人に1人か2人の子供の死亡を防ぐために、998人のワクチンを打つ必要性の低い子ども達に対しワクチンを接種している、と解きます。
その結果、多くの呼吸器を育てきれない、ひ弱な子を造り出しているのです。

-心優しい?人は、自分の子が60名の合併症の中に入りそうだと思ってしまうのでしょうか?
そのリスクを避けようとワクチンを接種してしまうのでしょうか?、その他の長期にわたる大きなリスクについては考えずに!
この数字の解釈の大きな分かれ道となってしまいます。

-コロナ遺伝子ワクチンの忖度強制接種が進められました。
その他の、隠された長期にわたる大きなリスクをしらず、あるいは頓着せず、恐怖心に煽られ、無料だとの宣伝に誘われ、皆が打つから、と付和雷同、忖度した結果、超過死亡率は増し、ワクチン後遺症に苦しむ人を沢山造り出した、という事実をもう忘れてしまっているのだろうか?
このような犯罪を犯しつつ、二匹目のドジョウを煽るマスゴミやいかに。

-60名の人の合併症の人の症状、重軽の程度は不明ですが、死亡に至るのは脳炎の1~2名ということなので、問題なく快復しているのでしょう。
脅しの文言をそのまま受け入れたとしても、健常、自力で麻疹を経過できる人940名を、60名のために犠牲にしているといっても良いでしょう。

-あなたのお子さんは、健常な940名の中に入りますか、それとも麻疹に負けてしまう60名、あるいは死んでしまう可能性のある1名の中に入れますか?
ここにも現代医学、政治の、心弱き人達の恐怖心を煽るためのペテンがありますね。

-多くを犠牲にするためのワクチン接種の詭弁が、集団免疫を付けるため、では困ります。
そもそもが、大多数が問題なく経過する麻疹に集団免疫など必要のないものでしょう。
となると、ワクチンの接種は医療者、製薬会社の「利」のためということになってしまいます。

-本来ならば、麻疹に対しては、ワクチンの接種ではなく、60名の合併症を起こす可能性への対策を講ずるべきでしょう。
それがリスク管理の基本ということになります。

-経済的にもその方が安価となるでしょう。
さらには、ワクチン接種によりひ弱なまま長じてしまうという経験的に得られている先人の智慧への配慮が大切でしょう。

ワクチン接種による顕在化しない健康被害(未病化)、総合的な現れとしての生活習慣病など、将来のリスクをカウントするならば、その負の健康資産、精神的な被害は、天文学的にな金額となってしまうことでしょう。
原因不明の生活習慣病となり、薬、医療に貢ぎ続けることとなるのです。
医療の責任であっても、それを認めさせることはすこぶる困難です。
コロナ遺伝子ワクチン後遺症で理解したはずですが?

-かつ、妊活が当たり前というご時世となっていますが、肺の弱いひ弱な大人、体力の低い大人となるならば、子孫を残す力が失われているおそれがあり、単に麻疹だけの問題ではなく、少子化などに関われる重大な問題にまで広がりをもつ話しなのです。
東洋医学では、発育・生長・性的機能は、「腎」とされますが、「腎」は「肺」から吸い込んだ気によって支えられるとしています。
肺から吸い込んだ酸素が、血液を通じて全身、細胞の一つ人にまで運ばれてこそ、細胞内発電装置のミトコンドリアが働き、活力が湧くのであって、その最初は肺、呼吸にあるのです。

-麻疹、その他の過剰ワクチン接種の問題、過剰介入による出産の問題など、多くの税金を投じて、恐怖感を煽る行政・マスゴミなどの煽動にのり、進んで子供らの未来を奪うことに手を貸してはなりません。
子ども達の未来を奪い、甘い汁を吸っている吸血鬼が現代医療、政治の姿なのです。

-多くの人々に、速く気づいてもらいものです。

-日の下に出て、身体を動かし汗を出し、深呼吸。
体温を上げ、循環を良くし、細胞の隅々まで酸素をとどけ、老廃物を速やかに排泄するのです。
悔い改めは食い改めから。
余分なものを体内に取り入れてはなりません。

で、
これで良いのかおっかさん、
母性よ甦れ。子、孫達に明るい未来を残すため。

といつもの台詞を吐いておきましょう。

https://www.facebook.com/ai.nakanishi.169/posts/pfbid02XNmT5iJ26rTocf4XS3xJ1mhmXQjGTXD9NxnxoFLrLL1MZBCt8mNJ8ciVuxWHHm89l

https://www.facebook.com/naoko.harmonie/posts/pfbid0pbVeJLF9ULVmhokKduTzDV6GY2xHWspDFWukjFcFuw4YnyQqzHgA5oZ2czo51PHel


https://www.rieti.go.jp/…/contribu…/konishi-yoko/07.html



理念理想に走りすぎる環境行政

現実と理念理想の間に翻弄される法面緑化の世界を示すと共に、そのような状態からの脱却への道筋に対する提案です。

現実を踏まえて進めるべき行政が、理念理想に走り、現実との乖離を引き起こし、無理無駄を発生・拡大させています。
行政は、現実的であるべきです。

私たちが求めるのは安価なサービスではありません。
質の高いサービスを求めているのです。
しかし、理念理想を隠れ蓑とし、税金の無駄遣いをしてきたことを棚に上げて、いたずらにコスト縮減をはからせ、品質の低下を引き起こしています。
理念理想を声高に語ると、トラブルの元となり、高コストとなってしまうことは歴史が示しています。

現在は、理念理想を説きながら、安かろう、悪かろうという世界へと誘導しています。
私は、このような状況を「貧乏人になる競争」とも称しています。
国家が、国民を貧乏人になるための競争へと追い込むのは異常事態と感じるのですが、多くの人は異常とも感ぜず、唯々諾々従っています。
従順な、飼い慣らされた、迷うことのない子羊です。

そのような世界がバブルがはじけて以降、20年以上も続いてしまうと、安かろう悪かろうが常識・常態となってしまいました。
技術立国日本は、どこかへ消えてしまったようです。
行政管理立大国日本となってしまいました。

品質の良いものを造り、維持し、人物金の資本を国内に循環させることが基本です。
海外との貿易、グローバルは、その次の話です。
本末転倒は止めましょう。

西丹沢 ミツバ岳・権現山

天気が良いので、西丹沢、ミツバ岳834m、権現山1018mへ。

わが家のシェフの要望。
ミツマタの花が綺麗だから行こう、ということでお供。
いつもの、ガイド兼ポーターです。

通常ならば、3月下旬から4月上旬が花盛り。
今年の花は遅れ気味ですから、ちょうど見頃。

標高300mの丹沢湖畔から、一気に700mを上り詰めます。
もう少し奥の屏風岩山1051mまでと思いましたが、花見に時間を割いたため、諦めました。

ミツマタの群落のところでは、お日様が雲の中から出てくれました。
風もなく、周り一面、良い香りが漂っていました。

シェフは、来週は何処へ行こうかと、もう、作戦を考えています。
なにせ、PCにかぶりつきの私の健康管理という名目があるから、逆らうことはできません。

量の積み重ねが質(第六感)に変わる

2026.04.13

 「皮膚・筋肉・細胞・(五感)」をフルに使っての刺激の受容とその刺激の処理・経過の蓄積・量によって「ヒト」が「人」になる。量の積み重ねにより質(第六感)への変換がなされるようになる。
脳内のバーチャル空間がキチッと生成され、見えない世界まで察知できるようになるのだ。

これは、フィードバックによる神経回路の刈り込み、強化、運動能力の向上だから、一定量をこな(熟)す、経過させることによってのみ会得されるもの。
熟練。
筋肉は使うほどに強くなり、脳細胞も又使うほどに強化され、身体全体のバランス、繋がりが構成されて行く。
練って練って、発酵させるのだ。
これは進化の道程の再現なのだから、生き物としての一定の経過時間が必要であり、ショートカットしてはならないのだ。

その練り上げられた身心・脳を造り出すことによってのみ、次なる進化の道程へと踏み出すことができるのだ。
さもなければ進化の袋小路に入り込んでしまうことだろう。
出産・育児の手抜き、ショートカットの手段を手に入れてしまった今、その岐路に立ったといえるだろう。
その岐路の最先端に立っているのが我が国の今、だろう。

この量の熟しは、意識が明瞭となってからではつらいものがある。
三つ子の魂といわれる無意識の時期、六歳六ヶ月までの動物としての「ヒト」の安心・安全、絶対的に守られている時期に、くり返しくり返しの刺激に晒され、野生に生きることができる身心を如何に獲得するかが大きいのだ。
この時期の経過の仕方により深き、広き世界が身心、そし脳内に形成される。
あとはこの基礎の上に乗り、磨き込み、己という構築物を建設することとなる。

動物としての野生の身心の確保が「人」となるための基礎であり、その基礎の上に祖先が構築してきた文明・文化を受容する期間が成人(「人」と成る)となるまでの時期。
このように、進化の成果を会得し「人」となった後、己の世界を積み上げて行くのだ。

その過程を古人は「守破離」として示しており、大きく見るならば、成人、一人前に至るまでが「守」であり、その上に自己の工夫を積み重ね「破」、老成するに至っては「離」、己の世界を創り出し、後代に託すのです。
その積み重ねが文化であり、文明なのです。

子ども達が、野生の時期、文化・文明の受容の時期を進化の流れに沿って十全に行えるよう親、周辺は心を配ることが大切だが、人の行うことであるから過不足が生ずる。
長じては、内省・内観する目を育て、自己の成長の過程で過不足の部分を意識して補いつつ、縁により与えられた自己の進むべき道を見いだし、歩くことが大切となる。
この不足を補うことがその人の人生の大きな課題となるのだろう。
・・・
昨日の投稿にも、脳に汗をかかせなければならないと記しました。
身体を使い、感じ・動き、脳に染みこませ、そして時間をかけ熟す、熟成・熟練させたものでなければ、薄っぺらで役に立ちませんね。
張りぼて。
身体は、空だ。
時間をかけて中身を詰め込まなければならないのです。

現代社会は、時間をかけて中身を満たすことを怠ったが故に、空いた隙間を塞ごうとあがくか、満たない心に目をつむり無視し、不感症、お化けのように生きて行ことになるのです。
そのような心に目を背けるためのスマホ動画など、時間食い虫の数々。

自分が今世で経験を積むための時間を、スマホなどによって喰い潰されているということに気が付きません。
膨大なエネルギーを使い、人の時間を喰い潰すための仕掛け、罠にはまっています。
それでいて地球温暖化、CO2削減、カーボンゼロなどと叫ぶのですから、この世は妙ちくりん、矛盾に満ちあふれています。
しかし、矛盾などはお構いなし。
銭金・利を生み出すのが時間ということが資本主義という巨大ネズミ講の本質ですからね。

昨日の「AI活用に対する危惧」の投稿
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02hKPddjyjycXAYehgwD93jzhg8e6w2wm2pQwxDYzdYijUNvmzzhB6woBTy7sVWiR7l

画像のリンク
https://www.facebook.com/naoko.harmonie/posts/pfbid01PhdYq7p6nXfsz374SxmVXz73Rs54ae1cf5j5jGMoBXXdHTDcNh9NuoHPZc2QwSHl

荒川さんの投稿の画像は中抜けです。 全文は下記へ
https://www.facebook.com/yukari.arakawa.10/posts/pfbid02CDz9MZD5aWwUR7otVdjwu3n7FutZ86Q6Fp8oHjUCPqDhoCWG2HUV8z9QwzZ1HnMPl

AIの問題 脳に汗を~

脳に汗をかかせ、いろいろな引きだし、索引を頭の中に造ることなく、AIを使用することは、脳を劣化させてしまいかねませんね。
辞書代わりとしては超便利ですが、そもそも調べるためには、基本的な事項に関する知識がないと使いこなせません。
シェアに指摘にあるように、この点がAIに関する最大の問題でしょう。

-AIが出現する以前の年代は、現場で身体と脳に汗をかかせての作業をやってきたので、AIを脳の拡張として使いこなせる脳の状態にはあると思われます。
使いこなすスキルの点は、脇に置いておいてですが。

-90年代のWWWでは、ネットサーフィンなどと言い、ネット上に展開される情報を追いかけて、新たな知見を得るということがあった。キーワードを追いかけ、知識を深めるという点では、ある面、知的?な遊びだったろう。

-そのネットサーフィンも死語となり、画像・動画が流されるようになると、ネットへの受け身へと流れ、依存度がましていった。脳に汗をかかせることなく、情報を受け入れるのみ。情報の流れを追いかけ、流され、身を任せるのみ。

-スマホという便利な手持ち端末により、覚え、考えるということを放棄してしまったようだ。問えば答えが返されるという便利な状態では、脳に汗をかかせ、覚え、考えるという労力は避けるようになってしまう。そのうち、問いを発する力さえも劣化して行くことだろう。-最初からスマホを使い熟し、さらにAIという便利な道具を与えられ、生身の身体、脳の開発のできない環境で育ったものたちの行く末が心配ですね。
取り越し苦労でなければ良いのですが。

・・・

子供達に取って、大変な時に到ったと思います。
便利な道具を最初に与えたのでは、身心の劣化に進んでしまいます。
その劣化の方向を文科省が進めているということも問題です。
知的な作業もまた体力勝負であり、身心・脳に汗をかきトレーニングをし、一定水準に達していない者は使いものになりません。

トレーニングジムブなどで、筋肉トレをして身体の手入れを行うことは当たり前となっているに、脳を使いこなすためのトレーニングを教えず、知識という結果だけあればよいとショートカットを進めてきましたが、更に加速されていることが気かがりですね。

大学の高校化と言われてから久しいのですが、その改善がなされず、更なる地盤沈下へと進みそうで大きな危惧感を持っています。

https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02Y72S8rRPd9YasabGZYaUC2xXPnXDPfTpgcxDZchqP5rhhc5LyaHCeGSAui1L8WY6l

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いつもの悪い癖、蟹澤 さんのスレッドに書込。書込責任と記録としてシェア、コピペ、補強。

https://www.facebook.com/satoshi.kanisawa/posts/pfbid02KPK1HqBnVDGn4uBjLwVvTJc5D3Ath9ftkPdN2W6BzDhAkXYCSpLswkdWewo2kBEWl

精神性・霊性の劣化と強欲ネズミ講資本主義

音楽の素養なし、チェンバロ、ハープシコード、バージナルなどと呼ばれる古典的な楽器の音色が好きで、仕事等の際のバックグランドミュージックとして聞き流す程度だから、作曲者も題も記憶することはない。

聞いても、どこかで聞いたな、という程度。

私に取っては、聞いて邪魔にならない音楽が良い音楽。

時々、はっとする、心に響く音色などがある。

身の回りの自然とおなじ、ということかな。

精神性、霊性などということも深く考えることはない。

心地よく流れてゆく、それが自然だと勝手に思っている。

これに比較すると今の音楽?は、私にとってはうるさいだけ。

雑音だから、頭、心の中に残ることのなく消えて行く、消費し捨て去るだけの音。

現代の使い捨ての資本主義の様相が音にも現れているのだろう。

資本主義という巨大ネズミ講の生産システムは奴隷が支えている。

昔の奴隷は轡をはめられ、手足を鎖で繋ぎ、身心を縛り上げて酷使された。

現代の奴隷は、轡の代わりに口パンツを着けることを厭わぬよう、精神操作されたソフトな奴隷。

合法的に見えない鎖で縛り上げられた奴隷。

その奴隷が、労働者兼消費者としてマッチポンプの仕掛けにより使役され、利益、税だと称してピンハネされている。

合法奴隷は狂育、マスゴミなどにより飢餓感を植え付けられ物欲の固まりに育てられる。

当然のごとく奴隷に精神性・霊性などと意識は無用だから、剥奪されることとなる。

今、喰うことができ、刹那の楽しみに心奪われるように仕向け、消費という美名の元、サラリーを吐き出させれば良いのだ。

当然、精神性・霊性は低下・劣化の一途を辿って行くこととなる。

精神性・霊性が劣化してしまうと、逆説的に精神性・霊性の復興が叫ばれるのだが、ただ今は、そのような動きに対してもスピ系という商品が提示され、ガス抜きとして使われている。

音の劣化もこれと機を一にしているように感じる。

失われた30年の劣化の程度は著しい。

自由・平等・平和(博愛)などと理念理想の精神性を吐いたって、それは特定の人々、ネズミ講の胴元となっている人々にのみ許された境遇。

底辺を支える講員(消費奴隷)は、物欲をかき立てられる一方であり、物欲中毒に導かれ、リピーターとなるように仕向けられ、物を手に入れるためのサラリー欲しさに酷使される合法奴隷の境遇となってしまう。

すなわち、タコ部屋、女郎小屋に閉じ込められて自分の手足を喰う生活となってしまうのだ。

今や、日本列島タコ部屋、女郎小屋化。

強欲資本主義・巨大ネズミ講の実体は、奴隷制植民地主義だし、武器による植民地支配、支那清国を解体したアヘン戦争の時と本質は変わってはいないのだ。

富む支那清国に売りつけるものがなく、清国には西洋列強の垂涎となる物が溢れていたので、阿片・麻薬を売りつけ、支那人を中毒にし、それに抗議する清国を、西洋列強の唯一の強みである武器によって支配し、グローバルマーケットと称する巨大ネズミ講にに組込んだのだ。

市場が飽和してしまう、売るものが無くなってしまうと、ネズミ講の胴元への上納システムが止まってしまう。

これを防ぐため、戦争などによりリセットし、新たな市場を立ち上げにかかるのだ。

科学技術の進歩により、飢える心配がなくなったにもかかわらず、世界から戦争・騒乱が消えない理由だ。

昔は、奴隷というあからさまに過酷な条件の中での酷使だったから、その境遇から抜け出そうと必死でもがいた。

現在は、真綿で首を絞めるような巧妙な手口に支配方法が改良された。

精神改造により、自らが進んで奴隷の境遇になって行く自己家畜化の群とするるソフトな支配に変えたのだ。

進んで奴隷の境遇になって行くように仕向け、支配コストの効率化、縮減ができるからだ。

支配されるものは進んで畜舎というぬるま湯環境のなかで感性を閉じ、茹で蛙となってしまうように導くのだ。

精神性・霊性を高めるためには、そのぬるま湯から抜け出し、動き・感じ・考え・決断するという身心を適度なストレス・フィードバックのかかる環境、当たり前の環境に身を置かなければならないだろう。

グローバルマーケットへの依存度を減じて行くのです。

地域分散型の社会へと切り替えて行くのです。

自立自存・自律自尊・自足独立の人となることにより、精神性・霊性は高めることができるのです。

で、

これでよいのかおっかさん。

蘇れ母性。

子供達の未来のために。

山の放棄という国政変更レベルの大問題

2日  · 

プライバシー設定: 公開

山の放棄という問題を、国政レベルの大きな話しにしておこう。

貿易の自由化・貿易立国という政策の付け回しが山にしわ寄せされている。

しかし、その根本の問題に触れるものはいない。

それどころか、トランプ関税による貿易への締め付けを回避しようと国内農産物を生け贄に差し出し、食料輸入に励み食の自給にとどめを刺し、有事にはたちどころに飢餓列島としてしまおうという政治の動きがある。

国民を豊かにするための政治であるべきものが、国民・国土を食いものにし、国富を国外にたれ流し続けている政治とは?

私はこの状態を、「ステルス・ソフト植民地」と称したわけだが、いよいよその度合いが強められている。

貿易立国の奥の手が消費税。

輸出品は、国内消費ではないからと消費税分を企業に還付する仕組み。

貿易を行わぬ国民に対し貿易振興のためのダンピングの原資を付け回し払わせるのが消費税という悪の仕組み。

組織票・政治献金などによる大企業優遇政策だし、天下りのためだろう。

消費税等という懲罰的な課税はもってのほか。

本来ならば貿易という国策によって利益を出す大企業から、国策によって不利益を被った一次産業の振興のための資金を還流させる流れを造らなければならなかったのだ。

しかし、様々な農業助成など巧妙な仕組みに目を曇らせ、食の防衛を担う一次産業は壊滅的な状況へと導いた。

あと、5年、10年で米作り農家は消えてしまうことだろう。

農業法人の大規模モノカルチャーとなるだろう。

農業植民地化ともいう。

経済は既にグローバル金融勢力の植民地と化し、農業・土地も又奪われてしまうのだ。

既に林業は壊滅状態となり、山の手入れをするものがいなくなってしまった。

その山を、水源地を二束三文で外資が買い占めている。

貿易振興という名目で切り捨てられた山だが、経済的に成り立たなくても自分の山を守ろうと手を入れ続けた年代がいた。

しかし、高齢となり消え失せてしまった今、荒れるに任せるしか方策が無い。

それによって何が起きたのか?

山が荒れに荒れ、荒れるに任せジャングルとしてしまったのだ。

奥山の樹は大きくなり、人工林は大きくなりすぎうっ閉し、日が林床にまで射すことがなくなり、獣たちの住める場ではなくなってしまった。

これに変わり、獣の住処となったのは、手を入れることなく大きくしてしまった里山。

里山の奥山化といって良いだろう。

そのような地域生態系の変化によって熊など森の獣たちは、人里近い里山に住処を移したのだ。

政策が、人と獣の住処の境をなくしてしまったのだ。

しかし、その根本・本質を探ることなく、里にでてくる獣が悪いの一点張り。

部分最適の思考停止に陥り、根本的な原因を造った国策を見直すことはない。

根本的に解決するためには、貿易に依存する経済に導いた国政の転換が必要なのです。

因果は巡る糸車、貿易立国という政治家、官僚の思い付き?、国際連合(国連)・GHQの仕込んだ罠に安易に乗り続けた結果だ。

その罠の餌は、経済生長・金、今さえ良ければよいだ。

何故、大東亜・太平洋戦争となったのか?

それは、食の自給のためだったし、ガソリンなどの燃料・資源の輸入封鎖をされたことにより、国の存続を危うくされたため、坐して餓死するよりもと立ち上がったからだ。

しかし、敗戦により、その自衛のための戦争は何の意味もないものとされてしまったのです。

そして今、輸入を封鎖によって飢餓に追いむ体勢を造り、自分で自分の首をしめることを国が率先して行い、さらに強化しているのだ。

このような国の姿を見たら、なんのために戦ったのかと、戦死者は浮かばれないだろう。

政策の誤りは、政策の方向転換で変えなければならない。

しかし、本末転倒の政策を依然として続けている。

そして国民は、その問題の在処に無関心を装いつつけてきた。

その結果が、現在の世情となって現れている。

有事の際には即刻餓死に至ると、足元に火がつき始めても無関心という心の劣化。

平成元(’89)年に消費税が開始されたわけだが、これはグローバル金融勢力と国によるバブル潰しが歩調を合わせて行われたもの。

グローバル化の一環であり、失われた30年をつくり、現在も継続中である。

凝りもせず、とどめのない消費税の値上げを行おうとしている。

税は直接・間接をあわせると50%に近いものとなっている。

昔ならば、一揆を起こしているレベルだ。

政策によって生じた問題は、政策によって変えなければならない。

しかし国は、その問題解決を国民に押し付けているのだ。

それが、50%近い税率となつて現れている。

私の述べる政策の方向転換とは、我が国の自然環境をインフラとして、税を投じて、自然環境の整備と、持続的に管理することを法制化し、税を投じるということだ。

都市一極から地域・地方分散へと梶を切り直し、地域に金を落とし、一次産業も建て直し、地域経済を活性化させることで、国内で金を回すのだ。

地方に資金を回し、国内消費という循環を造り出し、海外への贈与ともいえる状態、海外に金をまき散らすATMなどと称される政治状態を終わらせるのだ。

自分たちの稼ぎ、税金は、自分たちが健康で元気に暮らし続けることのできる環境整備に用いるのだ。

自然環境インフラ整備と共に、老朽化した従来のインフラ・グレイインフラの維持管理に資金を回すのだ。

「美しい日本」というかけ声があったが、これを本気になって行うことが喫緊の課題となったのだ。 

国政レベルの転換を図るためには、個人レベルの覚醒が必要です。

現在の政治・経済に依存的な体質を切り替えて行かなければならないのです。

元気・健康な身心持ち主を増やして行かなければ、現在の依存的な体質の切替は困難です。

切替のためには基本的なこと、本質に立ち返ってやり直さなければなりません。

その基本・本質とは、自然に即した生活。

あたりまえのことをあたりまえにできる身心を手に入れなければなりません。

自分自身が健康な身心を手に入れること。

そして、当たり前のことを当たり前に行うことのできる次世代を育てなければなりません。

そのために、日の下にでて汗をかき深呼吸だし、母性よ甦れ、と叫びつつけているのです。

まずは健康・健全な身心を造り、維持すること。

そのような人が増えなければ、増やさなければ政治は変わらないのです。

一人ひとりの積み重ねが現在を造ったのです。

現在を変えるのも、一人ひとりの積み重ねなのです。

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いつもの悪い癖、佐藤さんのスレッドに書込。

書込責任と記録としてシェア、コピペ。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid025sYLDtemptL41x8YSpDV96gHAptgb526vYiqzfkCMQc4HUksqVnLiQS3BKMhfQ1Ll&id=100029496936259

もう、WEBではなく生成AIの時代

                         2025.05.14
この投稿から1年。

世の動きは尋常なく速いですね。

人の理解できるスピードを超えてしまいました。

頭の中に索引ができていると、なんとかなる。

WEBで検索すると大概のものが確認できる。

とても便利と1年前に投稿しました。

もう、WEBではなく生成AIの時代。

googleなど検索エンジンは淘汰されてしまいそうな雰囲気。

頭に中に何もなくとも、ChatGPTなどに質問すると、大概のものは整理・要約して答えてくれます。

整理・要約だけでなく、次のステップへ進むための道筋まで示してくれます。

ますます頭を使わなくても良くなってしまう。

脳の退化、まっしぐら。

産業革命以降、身体を使わなくなってきたため、脳の縮小、容積の減少という傾向にあった訳ですが、ますます拍車がかかりそうです。

だからこそ、「ママは何でも知っている」が大切になってくるのです。

この場合の「何でも」ということは、百科事典的な知識ではなく、身体を動かして蓄積し続けてきた経験智。

知識を持つだけではなんの役にも立たない時代に突入したのです。

詰め込み狂育は屁の突っ張りにもならないことが明確になったのです。

だからこそ、母性よ蘇れ。

ママが蓄積した経験智、生き方・生き様の伝達によってこそ、子供達の明るい未来を切り開くことができるのです。

母子密実一体の時、ママの振る舞い、ママを通じた、それこそ肉体的なレベルでの子への経験智の繋ぎ、無意識の世界への埋込が重要になるのです。

そして、母子密実一体の時という大切な環境を、大きく守る、父、そして家族という環境が大切となるのです。

しかし、その大切な時期を国・政治は親から取り上げ、0歳児から国が管理しようとしているのです。

ハイブリッドとするためには、機械と相性が良くなるよう個性を剥奪すると便利です。

そのための0歳児保育、保育所の低年齢化なのでしょう。

ますます、没個性的な依存的な人々を増やすこととなり、AIを駆使する一部の人達と、奴隷として扱われるものの分断への道を歩まされています。

ムーンショット目標は2050年、あと25年で人と機械のハイブリット化へと進めるのです。

そのワンステップが2030年、あと5年です。

SDG’sの目標達成年限も2030年ですね。

SDG’sの目標達成率はAIの解析では16%程度だそうですから、2030年には、SDG’sを推し進めるためには機械・AIとのハイブリッド化が必要とされて行くのではないでしょうか?

ハイブリッド化され、奴隷が常態化されてしまうならば、たちどころにSDG’sの目標は達成できてしまいます。

全ての人、の定義を変えてしまえばよいのですから。

人と奴隷を分担してしまえば良い。

かねてから申している新しき中世の到来です。

ムーンショット計画は、①空間・時間、②身体、③脳、この3つの制約から解放するとし、その手段はアバター、ロボットです。

機械・AIと人とのハイブリット化、良く言うと組合せなのだが、はっきり言うならば人のロボット化・奴隷化ということになるのでしょう。

ロボットとは、カレル・チャペックの造語でチェコ語の労働ですからね。

子に取って最も大切な時期、人となるための基礎を育てる時期を、国・政治に外注してしまうならば、人ではない個性を剥ぎ取られた没個性の病弱な身心を持つものに育ててしまうことでしょう。

子は、無意識の時の育て方により、神にでも悪魔にでもなることのできる素質を持っているのです。

没個性のものの行く末はロボット化?

子育て、育児のための経費を、そして狂育を受けさせるための経費を捻出するために父、母が外に出て働いています。

住みよい街とは、保育所への待機がない所なんていう時代です。

子を、ハイブリッドロボット・奴隷とするための費用を支弁しているのです。

また、子育て、狂育費が高いと、結婚をあきらめる若者が急増しています。

人工調節が必要とうそぶいている人々がいるのですから、もくろみ通りに進んでいるのです。

なんと捻れた、本末転倒を作り出す政治を行っているのでしょう。

その政治を、長いこと認め続けて来たのでしょう。

SF小説の描いたディストピアを造り出すために税金を納めているということに気が付かなければならないのです。

その認識が世界を変える始まりとなるのです。
1年前

この日の思い出を見る  

中野 裕司

2024年5月14日  · 

プライバシー設定: 公開

先の早川さんの「ヨモギ」に関する投稿のコメントに対し、何でも知っている、なんていう過分な反応。

調子にのっての長い書込、失礼。

・・・

うろ覚えなので、記憶に間違いがないかネットで確認をしています。

今は、便利ですね。

頭の中に索引ができていれば、関連が理解できていれば大体の物はネットで確認できます。

昔は百科事典、専門書ゆえ、確証を持てるまで確認するためには時間、手間暇がかかった。。

今、WEB上の外部記憶装置でなんとかなりますね。

しかし、頭の中の索引のできていない者がネットを頼ると危険ですね。

上辺だけで理解したつもりになり、深掘りが困難になってしまいフラットな世界にしてしまうことになる。

分節(情報の固まり)の相互の繋がりが見えなくなり、応用力が身につかなくなってしまいます。

真偽の見分けすら、できないこととなる。

ChatGPTなんていうものが出てきたから大変だ。

外部記憶がビックデーターと連結されているから、今後重要となるのは換算能力、スピードだとしてスパコンの開発競争となっている。

しかしその能力とは、情報・ビッグデーターの最初から終わりまで総当たりして必要な情報を得るためのスピードを増ための能力開発だから、力任せでありすこぶる原始的といえる。

発電方法が水力、火力、原子力と変わっても、蒸気タービンを回すという力任せであると同じだ。

ある程度、キーワード、関係性などによる絞り込みが行われても、焦点を定めての検索にはなりえず、閃きなどは期待できません。

検索のためのキーワードの選択など、人の使いこなす能力次第ということとなる。

シミレーションを行うには便利だろうが、これも使いよう。

一方人間の頭脳は、関連ある項目を一つの纏まりのある固まりとして記憶し、その固まりと固まりを結びつけるということで処理能力を高め、飛躍させている。

直感と言っても良いだろう。

その検索リスト、項目を作り出す本は、旺盛な興味。

飛躍させるためには、体感をベースとする情報の固まりと、索引(引きだし)を沢山作っておかなければならない。

そのバラバラの固まりが、煮詰まり、一つの目的に対し有機的に融合すると閃き、直感となって顕れる。

また、情報の固まりはぼやけていても、索引ができているならば、それをキーワードとして必要な情報を芋づる式に拾い出すことができるので省力・省エネでまとめることができる。

このようなことができる人材として、専門家よりも全体を見回すことのできるゼネラリストが重要となるのではと説いているのです。

専門家にしろ、ゼネラリストにしろ、発想力、応用力、直感力の優れた人材は、母の胎内、そして母子密実一体の時、三つ子の魂の時期をきちっと経過することのできた人、そしてその基礎をしっかりと体感に結びつけ強固にするのが6歳6ヶ月の習い始めに至る前の野生の時期だと感じ、説いているのです。

また、その時期をきちっと経過させ、旺盛な興味をもつ子にそだてるためには母親の力が大切となるのです。

で、母性を蘇れ、子ども達の明るい未来を造るため、と相成る訳です。

お母さんは、ゼネラリスト!
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid0n7oN4eB7kTzjqrJn724czNWRWo8zJwzHyW9XWDBkxk662VNFXQg1HJX3QFG3nq6Sl

、「マフは何でも 知っている 知 Mom's Story ジェイムズヤッフェ The Detective 小屋芙性訳 James Yaffe 早耳書屎」というテキストの画像のようです