「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

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567について/世界最古の土器・縄文土器

2021年4月15日 · 

先に、666、567、369について投稿しました。
「567についてわかりやすく説明されて」とメッセージをちょうだいしたので、詳細版をお示ししました。

-西洋と東洋・日本は表裏の関係にあるので、獣の数字とされる666も、ことなった解き方をしなければならないのです。666と567は密接な関係があるのです。
567は建設的な意味があるので、コロナ禍を567として用いることは、567を意味するものを潰そうとの呪詛と考えられるのです。
このため、コロナ禍を567と表すことには賛成できないのです。

-ソーシャルディスタンスのための三密回避と、三密という語を使っていますが、これはせめて3密とすべきでしょう。3密という省略言葉もあまり使うべきではないとも思っています。

-FBで何度か記しましたが、三密とは、真言密教修法の基本「三密加持」のことです。
衆生が身に印を結び (身密) 、口に真言を称え (口密) 、心に本尊を観じる (意密)真言を、口で唱えることを「口密」。
この3つを行じることにより、ご本尊と一体となり、「即身成仏」を達成する、と言うものです。

-ソーシャルディスタンス、人と人との距離感を三密と称することは、ご本尊と一体となるという方向とは逆のベクトルであり、これを否定するもの、呪詛になっているのです。

-さらに言うならば、真言宗の開祖、空海は高野山奥の院で入定し、56億7千万年後に現れる弥勒菩薩・未来仏に付き従いこの世界に来生されると言われており、このことから、567をミロクと解しているのです。

-すなわち、末法の切替の後に到来する極楽浄土・天国を567と称しているのです。
コロナ禍を567と表現することは、コロナ禍の後のニューノーマルを極楽浄土・天国とする、肯定するという意味なってしまうのです。

-同様の数字として369があるのですが、ミロクそのものですね。
先にも記しましたが、これを数字の語呂合わせ、遊びとみるか、何らかの意味があるのかとみるのとは、行動に大きな差が生まれると思うのです。

-567を弥勒と解釈するという考え方は、大本など神道系の団体に取り込まれているのですが、そのルーツと思われる説を、私が30年ほど前に公にしたしたという経緯があるので、気になっているのです。
このような言説は一般に流布させるものではないように思われるので、興味のある方に詳細をお示したのです。
結論は、何時もの母性の話になってしまいますが~。
詳細について興味のおありの方はメッセージ頂ければさし上げます。

-で、Tさんから、猶太やQなどの話しが出てきましたので、いつもの縄文以前にまで遡る我が日本の立ち位置などについてお返ししました。それをコピペしておきます。


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2020年4月15日 ·


猶太も日本の一部、同化しています。
太陽の昇る所を目指して出アフリカをした人々がたどり着いたのが日本。

ーアフリカで生まれた元々の人類は母系社会。
母性を中心する親族集団のなかで経験知の蓄積が行われ、子・孫・曾孫・玄孫へと知識・智恵の伝達がなされ、文化・文明の元となる集団脳、集団知が形成されました。
いのちの継承と知識・智恵の継承が行われるようになったのです。

ーそのような人々の一部が海沿いの豊かな自然伝いに日本までやってきたのです。海の民、漁労採取の人々です。
旧石器、新石器の時代のこと。これが縄文文化・文明です。

-もっとも古い土器である縄文土器、これもまたもっとも古い漆などを使いこなし、海を通じ大陸・揚子江文明などともつながる母系の穏やかなネットワーク世界を作っていました。
多神教的、循環という世界観をもつ人々です。

-更に太陽を追い、新大陸まで行った人々がインデアンと呼ばれた人々もいます。
ペルーでは縄文式の土器が見つかっています。
アフリカで生まれた人類の原型を保ち、発展させた人々が日本人の原型といえるのです。

ーこれに対して乾燥地、寒冷地、厳しい環境に向かった人々がいます。
厳しい自然の中で暮らすため、狩猟採取、獣を食べ飼い慣らす人々となりました。
-この人々は、商売の民でもあります。不足するものを手に入れる為の商売ですが、対等ならば取引、弱いものに対しては略奪が効率的です。たちまちのうちに山賊に早変わり。

-このため力を持つリーダーの本に結束する必要が生まれ、組織だった動きを得意とする父系社会となり、一神教・ヒエラルキー社会を作り、次第に大きな組織を造り、記録のための文字を作り足すことになります。
商取引の記録を残すためです。ユダヤ教、そこから基教・回教などが生まれるわけです。

ー気候変動、寒冷化により、乾燥地の人々、北方の人々は、温暖湿潤で豊かな土地への移動を余儀なくされてしまいます。これにより東西世界では、戦乱・文明の交代がおきるわけです。
豊かな土地のものは、組織だった動き、略奪を是とする乾燥地の人々に武力では敵う訳はありません。

ーわが国の場合では、揚子江文明の後継者が押し出されて、海の民・同族を頼り、海を渡り日本へと逃れて来ます。
その中には東遷のユダヤ人も含まれていました。

-九州や中国は、我が国では地方名ですが、元来は支那・中原を示すものです。
かつて、中原を治めていたものが自国の名・地名を移動したと考えられるのです。
和服は呉服、呉の国の服のことでがその一端でしょう。
古き支那の文化の良きところはわが国に移写されているのです。

-これらの人々は乾燥地の人々の文化の影響を受け、父系社会、そして武力、組織力を持つており、わが国にこのような文化を持ち込みました。移動といっても少数であり、縄文女系世界への入り婿といった形で同化して行ったようです。
この辺のいきさつの片鱗は記紀に示されているところです。

-母系を基礎、あるいは1階として、父系が乗っかっているという二重構造です。
かかあ天下、尻にしかれる、上(神)さん、奥、内儀として現在まで残されています。かかあとは、輝くもの、太陽です。

ー我が国は、文明国と言われる国の中で、唯一出アフリカの時代からの母系センスを残す国なのです。また、狭い国土に稠密な人口を抱え、循環型社会を築き平和に暮らしてきたという実績を持つ国なのです。

-しかし、明治以降、西洋文明の浸食により、日本的母性を損なうことに傾注し続け、循環型社会を破壊しまくっているのです。
その結果が、コロナ禍で露わになった、自分の頭で考えない人々の群れなのです。

ー地球上に人があふれた今日、わが国に残された母系的センスを世界に発信し広めてゆくことが必要なのですが、大きく損なわれているのです。
このため、これでよいのかおっかさん。母性よ蘇れ、とさけんでいるのです。

ー観足下。ユダヤだ、Qアノンだなど言わなくとも、足元に鉱脈が眠っているのです。

・・・

漆の活用も最古ですね。
海と川・山を繋ぐ漁労採取の生活様式が土器を生んだという説があります。
魚を食べるためには煮た方がよい。土器に、焼き石を入れることで煮ることができる。

多様な食があり、食が豊かだと、気候変動の影響が少なく、分散して暮らすことで危険回避ができ、争わずに済む。
性善説の社会が成立する。

牧畜と小麦の世界は、焼くことで食べることができる。乳を飲めば良い。
獣を飼い慣らし、使役し統御する術が暮らし。僅かな気候変動が食を圧迫するから移動し、移動先での争いとなる。
性悪説に基づく社会が出来上がる。

ウエットな森と海の文化と、乾燥した砂漠・草原の文化の違いです。

その文化遺伝子が根強く、穏やかな暮らしを保ってきたウエットな世界精神を、争いを当たり前のこととしてきた乾燥世界の精神が侵食し、支配をしている。
争いを好まぬ世界は、争いを自明のものとする世界に飲み込まれてしまうことは自明の理。
闘うことを前提とした思考方法を持っていないのだから、ウエットな性善説社会は、これにあがらう術は持たない。

乾燥世界の精神が世界を席巻してしまった今、移動先・拡散先を失ってしまった。
欧米派と支那派の乾燥世界勢力の2つの亜流が覇権を巡ってせめぎ合うようになった。
兵器が高度化したため、正面からぶつかり合うと共倒れとなってしまう。

このような飽和状態となった世界、地球の上で暮らし続けて行くためには、ウエットな世界の性善説を取り入れなければならない。石炭・石油などのエネルギーを使いこなせるようになったのだから、我良しに走らなければ、総ての人々が豊かに暮らせるようになったのだから。

先進国の中で、唯一ウエットな世界精神、性善説を保ち続けてきた我が国の立ち位置は、乾燥地の2つの性悪説精神に対し、地球の上で持続的な生活を営み続けて行くためには、性善説を優位にすることが大切だということを発信することにある。

旧石器、縄文から続く2万年余りの実績を持つ国だからこそ、言挙げできるのだ。
https://univ-journal.jp/14229/…

日本列島は、特殊な場所だった、ということですね。地質、地理、気象、人。
地質的には、4枚のプレートがせめぎ合うところ。
地理的には、ユーラシア大陸の東端。
気象的には、アジアモンスーンの東端。
人は、太陽を追いかけて日本列島に渡ってきた。
航海技術を持たなければ、日本列島にたどり着くことはできないから、海の民だった。
人類の発祥の地は、アフリカ大地溝帯。

生物の大進化は、地質的に不安定なところ、大地から放射線が漏れ出すところで進んでいる。
人類の進化も大地溝帯であり、そこから世界に拡散し、日本列島にはアフリカで生まれた旧い遺伝子を保ったままの人々がたどり着き、現在まで残っている。
インド、スンダランドの海岸沿いに船をつかい、日本列島にたどり着いたのだろう。
すなわち、航海技術、高度な技術文化を持っていただろう。

同時に、日の出を追いかけ、太陽の昇る地をめがけて、様々な人々が、様々な時代に日本列島にやってきた。
また、気候変動により砂漠の民が南下したため、闘いに敗れた人々、戦乱を避ける人々が、大陸・半島から押し出されるように日本列島に渡ってきた。
戦に破れ、故郷を追われるということの悲哀を知った人々により、支那文化の文物・良き部分が日本に持ちこまれたのだ。

支那の古音のままの漢字、着物(和服)は呉服と称されている。
九州という地名は、支那の中原を指すもの。中国という、そのものの地方名も残っている。
すなわち、旧い、ほんものの中国文化は我が国に残されているのです。

現在の支那は、長江・黄河文明の上に、乾燥地の民が乗っかってできた混合文化。
チャイナドレスといわれているものは満州服だし、現在の支那語はマンダリン(北京官話)と呼ばれているように、満州訛りであることからも理解できる。

日本列島は、アジアモンスーンの東端、四季に恵まれ、高温多雨で落葉広葉樹に覆われており、山・川・海の恵みが豊富であり、食の入手には困ることはなかった。
食を手に入れるためにいのちがけで争う必要はない。
気象災害は多い、地震も多いが、住まいする土地を選ぶならば問題はない。

時が経てば通り過ぎ、元に戻る。
自然現象に対し、恨みつらみを言い立ててもしょうがない。
災い、不幸なことは、総て水に流してしまうことができるのだ。

平和な土地だから、いのちを産みだし育てる者が偉い。
母系制社会が続き、性善説に基づく暮らしを営むことができた。縄文式土器は女性が作ったのではないかといわれている。
最古の漆製品は、櫛だった。

乱を逃れて大陸から逃れてきた人々は、海の民の末裔だったろう。
旧石器時代に列島に渡ってきた人々と同族、長江文明の末裔だったと思われる。
長江文化は、漁労採取の文化であるが、北から南下した砂漠の民と混交し、組織的な動き、男系社会を受け入れた人々だ。

大陸の沿岸地域の人々の中から生まれた考え方が老子道徳経だろう。
神仙方士・徐福は、秦の始皇帝が不老不死の霊薬を求めるのに応じ、はるか東方沖にある神仙の住む島に渡ったとされている。
支那の沿岸に住む者にとって、日本列島は神仙の住む所として認識されていたのだ。

組織力に優れた男系社会を持つ大陸渡来の者が、先住の母系社会と結合し、海の民の母系社会を基礎(一階)とし、大陸系男系社会を基礎の上に乗せる両系・双系社会を形成した。私は、二階建て構造といっている。この姿は、記紀神話の中に残されている。

このようにして形成され人々が日本民族となっていったのだ。人が住みにくいというよりは、世界の何処よりも住みやすい、豊かな土地柄だったといえ、文化的には世界の先進をなすものだったといえる。西欧科学文明により、物質科学では後塵を拝したが、精神文化では世界の先端を走っているといえる。
問題は、その自覚に乏しいことだろう。