里地・里山の風景は日本の原風景。
生物多様性の保全、外来植物の駆逐などという正体不明なものに税金を投ずる事はナンセンス。
里地、里山の保全にこそ投資をすべき。
さすれば、自ずから生物多様性は保全される。
外来の弱い自然を相手にする翻案生態学こそ駆逐すべきもの。
わが国の自然・風土、暴力的ともいえる再生力を無視し、実態と乖離した説を唱えるため、様々な嘘がはいる。
極相、自然林、広葉樹信仰。
挙げ句の果てには、自然林の生えている山は崩れない。
人工林は駄目。
この、神話により、多くの人の命が失われた。
樵、林業を悪者扱いするために、林業労働者のなり手が居なくなった。
今流行りについて乗り遅れるなと、やっと、管理が必要、里山は大切と言い始め、微妙に方向修正をし始めたのがここ数十年(十数年?)。
しかし、過去の神話はそのまま生かしつつ、生物純血主義を説き、新たな神話を作り出した。
外来種を駆逐するために多様な主体を動員するとの行動計画・国民総動員。
外来種というテロとの戦いだ。
永遠の戦いとなってしまう。
もう、信仰の世界だ。
このようなものに税金を投ずるのは無駄だろう。
理念理想を唱えるのではなく、里地・里山の保全・管理と具体的に示し、行うべきだろう。
減反など、何もしない農家に助成を行い続けてきた。
ならば、里地・里山の管理こそ助成をすべきだろう。
国土 ・景観・水源・多様性などの保全、国土の自然という公共財の保全、いくらでも理由は見つかる。
観光立国などとも言っていた。
緑の税、環境税など目的税が流行ってきたが、目的税としての徴収が可能だし、環境のためと言えば反対は少ない。
里地・里山管理を、田舎、故郷の産業・公共事業とするならば、お金・物の循環が始まり、高齢化、過疎化の歯止め、観光を含めた人の循環にもなることだろう。
悪者を探し出し、悪者退治をし、生物純血主義を金科玉条としていてもつまらない。
心が暗くなるだけだ。
日本の国土、里地・里山に手を入れて、ピカピカにし、豊かな自然と風土を誇れる国とし、世界の憧れとなる国造りをしようと誰も言わないのが不思議だ。
これが、究極の生物多様性保全だろう。
日本の国土、里地・里山には、それだけの潜在的パワーがある。
誰が、それに、気づき、掘り出してくれるのか。
掘り出してくれるのを待っている。
そのためには、生態学神話からの解放、暴力的とも言える再生力を組み込んだ生態学の確立、縦割り行政を風通しの良いものにする事が必要だ。
TTPが始まるならば、日本の農家は壊滅的な状況に陥るだろう。
それでは、農家は絶滅し、食の自給、食の防衛ができなくなる。
食の防衛のためには、助成が必須となるだろう。
農林業の従事者は、食の防衛、里地・里山の防衛のための防人として位置付けることが必要だろう。
黒田さんのFBスレッドへの書き込みを転載。
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