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いろいろ、本当の理由が挙げられているが、なんか違うな、違和感が大きいのです。
それは、皆「自分」が中心だからなんでしょうね。
個人主義という、現代教育の賜、成果なんでしょう。
しかし、これは主義であって、真実では無い。
人類史という長スパンの歴史に裏付けられたものではない。
実験中のスタイルなんです。
子育てが大変だと言われたくないから?
自分の達成感のための子育て?
自分の人格がどこかに行っちゃいそうだから?
本気で、自分中心の、この言い訳が本当だと思っているのだろうか?
子育ては、生理的早産の時期、授乳期は、母子一体を保つ必要がある。
その時は、母子一体、我が子のために、我が子と時間を共有する大切な時期。
無我夢中の時期だろう。
その後は、徐々に離れて行くことが大切。
伝統的な子育て技術が途絶え、このメリハリが上手く行かなくなったから、子供達は外界・世界との繋がりに対し不安感が強く、親離れしようとしない。
親も、子離れできないという悪循環のような気がする。
昔々の貧しかった時期は、否応なく子育てをやっていた。
今よりも、多くの子を生んで、育て上げていた。
子どもを抱っこし、おんぶし、家事労働をこなしながらも一体を保っていた。おんぶできない場合でも、目で追うことのできる範囲で仕事をした。
母が忙しい場合は、上の兄弟が、弟・妹をおんぶしていた。
それが当たり前だった。
その時期が過ぎると、子供達は次第に母から離れ、兄弟・親戚・友達集団の中で育って行く。育てるのでは無く、育っていった。
子供達は、子守などの労働力として家庭の中に組みこまれる。
弟・妹を子どもがおんぶしながら遊ぶのも、その一貫だったろう。
イザベラバードなど、幕末から明治初めの日本に関する紀行文を読んでみると、子育てについて興味深い文章にであう。
大人は、極度に子供達を可愛がる。
子供達は泣かない、親の言う事を良く聞く。
子育てに関しては、西洋よりも優れている。
などなど
以下、日本奥地紀行より抜粋して示す。
・これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。
・他人の子供に対しても、適度に愛情を持って世話をしてやる。自分の子にほこりをもっている。見て非常に面白いのは、毎朝六時頃、12人か14人の男達が低い塀の下に集まって腰を下ろしているが、皆自分の腕の中に二歳にもならぬ子どもを抱いて、可愛がったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしていることである。
・一家団らんの中に囲まれてふんどししか着けていない父親が、その醜いが優しい顔を温和しそうな赤ん坊の上に寄せている姿である。母親は、しばしば肩から着物を落とした姿で、着物を付けていない二人の子どもを両腕に抱いている。
・子供達は、私たちの考え方からすれば、余りにも温和しく、儀礼的に過ぎるが、その顔付や振る舞いは、人に大きな好感をいだかせる。彼らはとても温和しく従順であり、喜んで親の手助けをやり、幼い子どもに親切である。私は彼らが遊んでいるのを何時間もじっと見ていたが、彼らが怒った言葉を吐いたり、意地悪いことをしたりするのを見たことが無い。
・7歳か8歳の小さな女の子でさえも、あかちゃん背中におんぶして子ども遊びに興じていた。まだ、小さくて本当の赤ん坊を背に負えない子供達は、大きな人形を背中に結んで同じような格好をしていた。
・子供達は家庭において黙って従うことに慣れているから、教師は苦労をしないて、生徒を、静かに、良く聞く、温和しい子にておくことかてきる。教科書をしっみつめている生徒達の古風な顔には、痛々しいほどの熱心さがある。幼い生徒は、主として実物教育によって教えられていた。
・母の背中や父の腕に抱かれてい赤ん坊は目を覚ましても少しも泣かない。
・ここでは今夜も、他の幾千もの村々の場合と同じく、人々は仕事から帰宅し、食事を取り、煙草を吸い、子どもを見て楽しみ、背負って歩き回ったり、子供達が遊ぶのを見ていたり、藁で蓑を編んだりしている。いかに家は貧しくとも、彼らは、自分の家庭生活を楽しむ。少なくとも子供達が彼らを引きつけている。英国の労働者階級の家庭では、往々にして口論があったり言う事を聞かなかったりして、家庭は騒々しい場所となってしまうことが多いのだが、ここでは、そういう光景は見られない。日本では、親の言う事は温和しく聞くのが当然のこととして、赤ん坊の時から教え込まれている。
・私は日本の子供達がとても好きだ。私は今まで赤ん坊の泣くのを聞いたことが無く、子どもがうるさかったり、言う事を聞かなかったりするのを見たことが無い。日本では孝行が何ものにも優先する美徳である。何も文句を言わずに従うことが何世紀にもわたる習慣となっている。英国の母親達が、子供達を脅したり、手練手管を使ってだましたりして、嫌々ながら服従させるような光景は、日本では見られない。私は、子供達が自分たちだけで面白く遊べるように、上手く仕込まれているのに感心する。
・子供達は輪を作って座り「いろはがるた」をやっているのを、大人達はそれを熱心に見ている。子ども崇拝は、米国の場合よりも日本の場合がもっと一般的である。私が思うには、日本の形式が最も良い。
などなど
山形置賜地方をアルカディアと言ったみとは有名だが、バードのこのような日本の子供達の姿について述べた文書にはもっと注目して良いだろう。
朝鮮・中国紀行も記しているが、このような子供達の姿は日本奥地紀行にのみ見られるものだ。
子育て、育児は、如何に文化的なものであるのかを如実に示している。
バードが日本の関東~東北~北海道を歩いたのは1878(明治11)年のこと。
136年前には、貧しかったが、日本には、理想とする育児をしていたご先祖様が居たということは忘れてはならないだろう。
貧しいものの、子どもの倖せを中心にし、子どもと共の生活を送っていた社会があったのだ。
以前、子供達は母親のもの、親父はそれを守るもの、ということを述べたら、女性・母親を理想化しすぎ、理想化するなとのコメントが返された。
しかし、理想的な母親、父親、家族がこの地に暮らしていたのだ。
なぜ、便利で豊かにな時代に、これほど子育てを難しくしてしまうのだろう。
正直言って不思議だ。
昔ながらの育児技術を見直すことが必要だろう。
FB 2014年12月23日
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