人間さまは、生理的早産で生まれる。
だから、生まれ落ちてからも、野生動物のように自分の力で立ち上がることが出来るようになるまでは、母体の中にいるように、母子密着を図る必要がある。
たとえ、生まれ落ちたとしても、此処までが月満ちない状態と見るべき。
男は、旦那は、この、大切な時期の母子を守るために存在する。
社会制度も、この時期の母子を徹底的に守ることのできるように組み立てなければならない。
このときの母子密着体験が、外界・世界との関係を結ぶ基礎になる。
身体の健康と自立精神の基礎になる。
また、その後の母の楽な子育ての基礎となる。
密着が保たれ、安定した心と身体を築くことが出来るならば、子育ての大半は完了する。
その生命の大原則について理解した上で、男女共同参画など、今流行の議論を行うのならば良いだろう。
生理的早産という理屈はともかく、太古の昔から、母子密着の大切さは、伝統的な子育て技術として伝わって来たのだが、様々な屁理屈の元で捨て去られてきた。
学問的に証明されようがなかろうが、伝統的な子育て技術についての見直しと、再検証が必要だ。
社会の仕組みは、経済などと言う戯言ではなく、子供が幸せ、元気溌剌と暮らしをしつつ、大人となり、その命の輝きを次世代へとつないで行くこと、生命の継続を最重要課題として作って行く事が必要だ。
生命の目的は、生命の継続を図る事にあり、そのために進化し、そのような方向に進むとき、元気が出、快を感ずるように身体も心も出来ているのだから・・・。
中野 裕司
2014年12月23日 FB投稿
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