「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

やっぱり目が行ってしまうのは、背後の緑・木々の姿。

明治の頃は、緑が薄いね。
戦後、石油を燃やし続けて造った緑。
その緑は、自然? or 不自然?

見た目の森の姿は自然だが、その本質を探るならば石油が育てた森。
自然なのかな~ ?

いすれにしろ、石油などエネルギー資源がなくなると、昔のようにあっという間にはげ山になってしまうよね。
鉱物資源、石炭・石油・放射性鉱物などの資源が枯渇したら自然の制約の中で暮らさなければならなくなる。

姥捨て、子殺しなどが当たり前であった時代だ。
資源の枯渇ものとでは、ヒューマニズムなどというしゃれたこみとは言っていられない。生命は、地球よりも重い、等という戯言は言っておられない。
そのような自然の掟に立ち返って未来を見据える必要があるだろう。

石油などが枯渇するのは数100年のオーダーだ。
エネルギーをふんだんに使い、長寿命を達成したが、人生80年、生産性の高い40年とするならば、5世代後程度にはエネルギーは高価なものになっているだろう。
エネルギーを持つものと、持ちざるものの貧富格差は想像を絶する大きなものとなるように思える。

真空から無尽蔵のエネルギーを取り出す技術、効率的な永久機関が開発されない限り、資源の呪縛からは抜け出せない。
ならば、そのような画期的な、夢の技術を編み出すまで、子々孫々が如何に生き延びられるかを中心において、本気のもったいない戦略を立てて行かなければならないのだろう。

しかし、後代に対する責任は無視し、大量消費者糧などと言う戯言の元、大量消費をさせる事を前提、経済成長を大前提とした社会システムの見直しを図ろうとしない。
エコもまた、新たな消費の入り口にしてしまうのだから・・・・・。

自然という悠久の時間の中では、あっという間に滅びの世界に突入しようとしているのに、人間様というものは脳天気だな~。

正月気分が抜けたので、いやな事を言っておこう。

2017/01/05 FB より

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