「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

2日  · 

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山の放棄という問題を、国政レベルの大きな話しにしておこう。

貿易の自由化・貿易立国という政策の付け回しが山にしわ寄せされている。

しかし、その根本の問題に触れるものはいない。

それどころか、トランプ関税による貿易への締め付けを回避しようと国内農産物を生け贄に差し出し、食料輸入に励み食の自給にとどめを刺し、有事にはたちどころに飢餓列島としてしまおうという政治の動きがある。

国民を豊かにするための政治であるべきものが、国民・国土を食いものにし、国富を国外にたれ流し続けている政治とは?

私はこの状態を、「ステルス・ソフト植民地」と称したわけだが、いよいよその度合いが強められている。

貿易立国の奥の手が消費税。

輸出品は、国内消費ではないからと消費税分を企業に還付する仕組み。

貿易を行わぬ国民に対し貿易振興のためのダンピングの原資を付け回し払わせるのが消費税という悪の仕組み。

組織票・政治献金などによる大企業優遇政策だし、天下りのためだろう。

消費税等という懲罰的な課税はもってのほか。

本来ならば貿易という国策によって利益を出す大企業から、国策によって不利益を被った一次産業の振興のための資金を還流させる流れを造らなければならなかったのだ。

しかし、様々な農業助成など巧妙な仕組みに目を曇らせ、食の防衛を担う一次産業は壊滅的な状況へと導いた。

あと、5年、10年で米作り農家は消えてしまうことだろう。

農業法人の大規模モノカルチャーとなるだろう。

農業植民地化ともいう。

経済は既にグローバル金融勢力の植民地と化し、農業・土地も又奪われてしまうのだ。

既に林業は壊滅状態となり、山の手入れをするものがいなくなってしまった。

その山を、水源地を二束三文で外資が買い占めている。

貿易振興という名目で切り捨てられた山だが、経済的に成り立たなくても自分の山を守ろうと手を入れ続けた年代がいた。

しかし、高齢となり消え失せてしまった今、荒れるに任せるしか方策が無い。

それによって何が起きたのか?

山が荒れに荒れ、荒れるに任せジャングルとしてしまったのだ。

奥山の樹は大きくなり、人工林は大きくなりすぎうっ閉し、日が林床にまで射すことがなくなり、獣たちの住める場ではなくなってしまった。

これに変わり、獣の住処となったのは、手を入れることなく大きくしてしまった里山。

里山の奥山化といって良いだろう。

そのような地域生態系の変化によって熊など森の獣たちは、人里近い里山に住処を移したのだ。

政策が、人と獣の住処の境をなくしてしまったのだ。

しかし、その根本・本質を探ることなく、里にでてくる獣が悪いの一点張り。

部分最適の思考停止に陥り、根本的な原因を造った国策を見直すことはない。

根本的に解決するためには、貿易に依存する経済に導いた国政の転換が必要なのです。

因果は巡る糸車、貿易立国という政治家、官僚の思い付き?、国際連合(国連)・GHQの仕込んだ罠に安易に乗り続けた結果だ。

その罠の餌は、経済生長・金、今さえ良ければよいだ。

何故、大東亜・太平洋戦争となったのか?

それは、食の自給のためだったし、ガソリンなどの燃料・資源の輸入封鎖をされたことにより、国の存続を危うくされたため、坐して餓死するよりもと立ち上がったからだ。

しかし、敗戦により、その自衛のための戦争は何の意味もないものとされてしまったのです。

そして今、輸入を封鎖によって飢餓に追いむ体勢を造り、自分で自分の首をしめることを国が率先して行い、さらに強化しているのだ。

このような国の姿を見たら、なんのために戦ったのかと、戦死者は浮かばれないだろう。

政策の誤りは、政策の方向転換で変えなければならない。

しかし、本末転倒の政策を依然として続けている。

そして国民は、その問題の在処に無関心を装いつつけてきた。

その結果が、現在の世情となって現れている。

有事の際には即刻餓死に至ると、足元に火がつき始めても無関心という心の劣化。

平成元(’89)年に消費税が開始されたわけだが、これはグローバル金融勢力と国によるバブル潰しが歩調を合わせて行われたもの。

グローバル化の一環であり、失われた30年をつくり、現在も継続中である。

凝りもせず、とどめのない消費税の値上げを行おうとしている。

税は直接・間接をあわせると50%に近いものとなっている。

昔ならば、一揆を起こしているレベルだ。

政策によって生じた問題は、政策によって変えなければならない。

しかし国は、その問題解決を国民に押し付けているのだ。

それが、50%近い税率となつて現れている。

私の述べる政策の方向転換とは、我が国の自然環境をインフラとして、税を投じて、自然環境の整備と、持続的に管理することを法制化し、税を投じるということだ。

都市一極から地域・地方分散へと梶を切り直し、地域に金を落とし、一次産業も建て直し、地域経済を活性化させることで、国内で金を回すのだ。

地方に資金を回し、国内消費という循環を造り出し、海外への贈与ともいえる状態、海外に金をまき散らすATMなどと称される政治状態を終わらせるのだ。

自分たちの稼ぎ、税金は、自分たちが健康で元気に暮らし続けることのできる環境整備に用いるのだ。

自然環境インフラ整備と共に、老朽化した従来のインフラ・グレイインフラの維持管理に資金を回すのだ。

「美しい日本」というかけ声があったが、これを本気になって行うことが喫緊の課題となったのだ。 

国政レベルの転換を図るためには、個人レベルの覚醒が必要です。

現在の政治・経済に依存的な体質を切り替えて行かなければならないのです。

元気・健康な身心持ち主を増やして行かなければ、現在の依存的な体質の切替は困難です。

切替のためには基本的なこと、本質に立ち返ってやり直さなければなりません。

その基本・本質とは、自然に即した生活。

あたりまえのことをあたりまえにできる身心を手に入れなければなりません。

自分自身が健康な身心を手に入れること。

そして、当たり前のことを当たり前に行うことのできる次世代を育てなければなりません。

そのために、日の下にでて汗をかき深呼吸だし、母性よ甦れ、と叫びつつけているのです。

まずは健康・健全な身心を造り、維持すること。

そのような人が増えなければ、増やさなければ政治は変わらないのです。

一人ひとりの積み重ねが現在を造ったのです。

現在を変えるのも、一人ひとりの積み重ねなのです。

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いつもの悪い癖、佐藤さんのスレッドに書込。

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