「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

「土壌資源化・エコサイクル」カテゴリーのアーカイブ

「土と内臓」&「失われゆく我々の内なる細菌」

本屋で見つけた2冊。
「土と内蔵」、「失われてゆく我々の内なる細菌」。
まだ、読むには至っていないが、近頃、腸内細菌、マイクロバイオームに関する書籍が目白押しであり、その最新刊だろう。

かねてから、私は次のことを言い続けてきた。

生物進化の道筋、及び堆肥作り・土作りなどの類推から、土壌は海から陸に上がった植物が、根系を通じて養水分を得るために、海を陸に持ち上げたもの。
よき土壌には有効土壌菌が多く病害菌は生存できず、十分に根を発達させた植物は健全に生長し、良き作物を作り出す。
土壌は、植物と土壌微生物・細菌の共進化の結果出来上がったものである。
元気、健康な植物は、健全な土壌と健康な根系発達にささえられており、その淵源は土壌微生物とその餌になる土壌有機物(堆肥・腐植)にある。

これに対して、移動することにより餌を得るという生存戦略を取った動物は、おなかの中に土壌を取り込んだ。
それが腸内細菌叢(腸内フロラ)であり、動物もまた腸内微生物と共進化したと言えるのだ。
そして、腸内微生物叢の良し悪しが健康を大きく左右し、堆肥作りと同様にお腹の中に種菌を保管する場所があるはずであり、それは盲腸・虫垂突起だろうとも述べた。
また、栄養吸収のみならず、体内への異物侵入の関所としての免疫系、取り入れた食物に対する好き嫌い、満腹感などに由来する感情・心もまた腸が根っ子、淵源なのだと言うことも述べてきた。

食の淵源を辿るならば、私達は土壌微生物、植物、腸内微生物を介在して、土と太陽、そして二酸化炭素を食べて生きている。
エネルギーとしての太陽と気体の二酸化炭素を脇に置き、固体という面では、私たちは「土食らい」とも言えるのだ。
地球そのもの、住まいする周辺の土地を食べ続けてきた、といっても良いだろう。
だから、先達は「悔い改め」は「喰い改め」から、身土不二、地産地消とも説いてきた。

地域、その土地に根ざして植物と土壌微生物が共進化し、動物及びその腸内微生物もまたその土地に根ざし共進化して来のだから、その土地のものを食すことが最も自然に順応した健康的な生活のあり方と言うこととなる訳だ。
今流行の栄養価、カロリーオンリーでは、片手落ちであり、不健康な状態を作りやすい食物となってしまうという訳だ。
ましてや遺伝子組み換え作物などは、微妙なところで不協和音が生じることとなりやすい物となることは想像できる。
今の科学では解明不能な閾値の問題なのかもしれないが、長期間の後に、因果関係の定かではない異常として浮上することも考えられる。
生物多様性保全では、安全であることが確かめられるまでは新たなものの導入は避けると言う「予防原則」が声高に叫ばれている。
しかし、不思議なことに、我が身に直接関わる食の問題に対しては予防原則が唱えられないというアンバランスな問題も発生している。
健康問題の発生可能性よりも、経済原則が優先のようだ。
云々。

キチッと身体と心を使いこなすため、心身の健康を保つためには「腹」が大切という考え方は、経験智の積み重ねである東洋医学、和法などの伝統医学の世界では常識である。
近年、心の震源は腸を主とする臓器にあり、免疫もまた腸管系が中心となっているなどが科学、医学の世界でも解明されつつあり、虫垂が腸内微生物の隠れ家、保管庫となっているなどの解明が進み、腸内細菌に光が当てられるようになってから、伝統医学の世界へと急速に接近してきた。

「土と内蔵」、私が説いてきた世界そのもののタイトルだ。
「失われてゆく・・・」は、化学肥料、農薬、殺虫剤・殺菌剤の多用、及び土壌有機物(堆肥)の不足により、痛めつけられ、固結し、土壌微生物が失われた土壌と類似の腸内微生物環境に関するものと思われる。
土壌環境の悪化により、また、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」などのインパクトにより、化学肥料・農薬多用から有機栽培へと切り替わっていった。

さて、この2冊は、どのような新たな知見を示してくれるのだろう。
願わくば、「沈黙の春」のような社会環境を変えるようなインパクトのあるものであってほしい。
そのような書籍の出現を願っている。

画像に含まれている可能性があるもの:1人

・土と内臓
http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1524-5.html
・失われゆく我々の内なる細菌
https://www.msz.co.jp/book/detail/07910.html

2016年12月20日FB
https://www.facebook.com/himanaka/posts/1177028019013144

「都市環境へ適合した生態系造成のための気候変化対応に関する研究」国際セミナー

「都市環境へ適合した生態系造成のための気候変化対応に関する研究」国際セミナー

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日時:平成25年3月06日(火) 14:00~18:00

場所:ソウル(韓国) SNU Hoam Faculty House,Convention Center 1F,Water lily

セミナー内容:

  ・中野裕司(エコサイクル総合研究所/中野緑化工技術研究所)
    都市生態系造成のための植物生育基盤造成の取り組み

  ・中村富男(ワークソリューションNOW) 
    有機資源の循環による都市生態系復元技術

  ・前田正明(屋上緑化マネジメントサービス)
     都市の中に残された空間 駐車場緑化・多機能型防災駐車場

  ・李東根(ソウル大学教授)
    都市土壌の生態系復元・Gold  Network 

  ・討議
    座長:壇国大 Kim Young-ja
          

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・開催趣旨

都市生態系の再生・復元というと、地上部とそれを取り巻く環境要因に関した議論が行われてきた。
今回の国際セミナーは、もう一歩突っ込んで、植物の地上部を支える地下・根系・土壌微生物をも含む土壌環境の復元・再生を図ることをテーマとして実施した。
都市生態系の基盤となる土壌環境を整備することにより、ヒートアイランドの緩和・都市洪水などに対応可能な生態系の造成が可能となるものと考えるからである。
合わせて、東日本大震災の津波被害などの反省より、都市緑化としては未利用空間としてのこされている立体駐車場を緑化空間、及び避難所として活用する検討研究についての情報を示した。
都市生態系の造成は、土壌に根系を伸長させ生育する樹木・樹林が健全に生育できる土壌をも含む環境造成であるとともに、建築物壁面・屋上、あるいは、立体駐車場などを有機的・立体的にネットワークすることが必要であり、よりより緑地造成が気候変動による都市災害の減災につながるものと考えるからである。

・中野の講演内容

土壌は、陸上植物の生存を支えるため「海」の機能を陸上に持ち上げたものであり、そのような観点からの土壌・生育基盤整備を行う必要がある。
また、土壌というと、農地土壌の考え方の影響が大きく、均一な土層を想定することが多い。しかし、自然界の土壌の多くは、岩盤の上に薄層の土壌が存在、石礫地など不均一で僅かな土層の中で植物・樹木は生存している。このような土壌をモデルとした土壌づくりが都市部でも必要。
近頃では、耐圧基盤・ストラクチャルソイルミックス(SSM)等という概念が出てきたが、法面緑化の世界では30年ほど前からアスファルト破砕物を有機質系資材と混合し植物生育基盤を造成する技術(ミライクル緑化工法)が開発・実施され、地温が上昇するなどのデータがあり、良好な成績を示している。
この技術は、高温多雨な地域に人為的に乾燥型の生態系を造り出し草花を咲き誇らせるグラベル緑花工法、これを応用した都市屋上緑化技術「GreenField無灌水屋上緑化システム」、さらには、耐圧基盤として街路樹学校校庭緑化、緑の舗装などとして用いられている。
また、近頃では、このような技術を用いて、東日本大震災の津波被災跡に、築土(石)樹木根系補強土により築堤を行い、海岸防災林・緑の防潮堤を造るよう提案をしている。
都市部では、人・車の通行による踏み固め・踏圧と植物の生育を両立させなければならず、耐圧基盤を用いる事が有利である。
耐圧基盤は、骨材のかみ合わせにより荷重を支え、かみ合わせの間の隙間に植物根系を誘導するものであり、根系発達が良好となることが確認されている。
このような技術を活用し、植物根系の発達を促すことにより、より健全な地上部が形成され、多様な生物が生息する緑空間・都市空間が形成されるものと考える。
また、健全な樹木が生育することにより都市生態系が形成され、あわせてヒートアイランドなど都市環境の緩和が可能となる。
また、耐圧基盤はポーラスで空隙が多いため、降水は速やかに耐圧基盤中に浸透・貯留されるため、ゲリラ降雨・異常発達した台風などによる都市洪水の抑制・地下水涵養に対しても効果的である。

・中村富男氏の講演内容

都市緑地で発生する整枝剪定屑・刈草などは、堆肥化して都市土壌・植栽基盤に還元することが必要。
これによって、土壌微生物の生態系のバランスが取れ、かつ、都市有機性廃棄物の減少を行うことができるようになる。
また、都市部水域は富栄養化しており、水草・藻が異常発生している。
これを放置しておくならば、繁茂した藻などが枯死し、分解・腐敗し水底にヘドロとして堆積し、水質をさらに悪化させる元となる。
このような水草・藻などは、水分が多いため堆肥化は困難であるが、適正な技術を用いるならば堆肥化可能である。
堆肥化させた上、都市生態系を豊にするために土壌還元してあげることが望ましい。
これにより、土壌環境をも含めた健全な都市生態系が機能する。
しかし、現在の堆肥化技術は、都市衛生工学の延長線上にある、好気性菌を主とした分解・減量化の技術であり、アンモニア臭など臭気をともなうものが多く、良質な堆肥とは言いがたいものがある。
土壌還元する堆肥は、農業分野で培われて来た本来の堆肥化技術を用いる事が大切であり、好気性菌と嫌気性菌が共々働き有機物を分解し、植物に取って有効な成分を合成する発酵堆肥とすることが必要である。
堆肥化に必要な発酵菌は、土着菌を用いる事が好ましく、土着菌を培養して堆肥を行った中国・フィリッピンなどの事例を紹介した。
発酵堆肥は、悪臭を発生させること無く堆肥を造ることができ、植物の生育に対し有効な成分を含むものであり、発酵堆肥を都市植栽基盤に還元することにより、良好な都市生態系を再生することができる。

・前田正明氏の講演内容

都市緑化機構の都市緑化共同研究会・特殊緑化共同研究会において検討がなされている「駐車場緑化」について報告を行った。
高密度で利用されている都市空間の中で、緑化可能な空間として駐車場のスペースが注目されてるいる。
なかでも立体駐車場は未利用空間として残されており、快適なまちづくりのため積極的に取り組むべき場所と考えている。
立体駐車場は、緑化空間として用いるのみならず、津波被災などの場合、駐車場空間を避難地・仮設住宅設置空間としても活用可能であり、普段から壁面緑化・屋上緑化などを行い、快適な空間としておくことが、いざという時に役に立つ。
今後の立体駐車場は、多機能型防災駐車場としての活用が望ましい。
都市生態系の回復と、都市立体駐車場などの未利用空間を緑地として有機的・立体的に組み合わせることにより、より良い防災都市が形成できるものと考えられる。

以上

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震災復興を阻害するもの

このブログに記した、緑の防潮堤に関する提案を見たのか、震災瓦礫を活用する
震災復興について、インタビューしたい、卒論作成の参考としたいと、大学生が
やってきました。

思いつくままに、いろいろ話をしました。

緑の防潮堤など、震災瓦礫を用いた復興は技術的には可能であるが、法律・行政
的な仕組みが足かせになっている。

震災瓦礫はを県外持ち出しし処理するという事に対し、受け入れできないなどと
社会問題になっているが、震災廃棄物を現地で有効活用するならば、そのような
必要はない。

震災瓦礫の処理には処理費が必要であり、また、運賃が必要となる。
ニュースでははっきり言わないが、県外処理と言ってもただで処理をする訳では
ない。運賃を含めると、3万円~5万円/t程度の経費が必要で、これは税金でまか
なうこととなる。

その費用をごみ処理として使うのではなく、緑の防潮堤・築堤に植栽し海岸防災林
を創ることに回すならば、廃棄物処理という無駄金を使うことなく、コンクリート
三面張りによる防潮堤と同じ規模の緑の防潮堤を、同じ費用で数倍の長さを造成
できる。

緑の防潮堤を造るまでもなく、そのまま地盤沈下したところの埋立に使っても良い。
震災廃棄物は、東京都の夢の島を埋め立てたものとは違い、コンクリート・木材など
の綺麗なごみ、これを用いて、東日本大震災で地盤沈下したところを埋め立てるな
らば、あっという間に、震災瓦礫の処理は終わってしまう。

それを受け入れた自治体は、処理費を受け取ることができるから、これもまた、
あっという間に町並みの復興ができる。
なぜ、そのような事をしないのか、などいう話をしました。

東京の、現在は臨海副都心など言っている場所は、分別をしない生ゴミを含む
ごみにより、埋立られました。有機物が嫌気発酵し、メタンガスが立ちのぼってい
た処です。
それが、現在ではしゃれた高層ビルが立ちならぶ、臨海副都心となっています。

これをモデルとして、津波被災地のどこかが、我がふる里の地盤沈下をおこし
たところを埋め立て地にすると宣言し、住民説明し、法的な手続きを進め、埋め
立てを進めるならば、極めて短期に臨海副都心なみの町並みを創ることができ
ると思います。

このような方法があるのに、なぜ、嫌われながらも、県外へ震災廃棄物を持ち
出さなければならないのでしょう。
最も、県外持ち出しは木質系で、焼却処理するためだということかもしれませんが、
チップ化し、発酵させ、堆肥として用いるならば、県外へ持ち出すことなく有効活
用できます。

これにより、いま大騒ぎの?、なぜだか震災により陰が薄くなってしまいました
が、地球温暖化を防ぐ一助とすることができます。
木質震災廃棄物を、焼却処理するよりも、堆肥として生産力、緑を育てる素材
とした方がよいと思うのですが、いかがでしょうか?
しかし、現在は焼却処理をして二酸化炭素を出しまくっています。

資源としてではなく、ごみ=処理すべきものという考え方があるからでしょう。
しかし、これまでの、温暖化防止のため二酸化炭素を出すな、「明日のエコでは
間に合わない」とNHKを通じて国民を脅迫していたのは、何だったのでしょうか?

等と等と言う話をしているうちに、震災廃棄物の有効活用を妨げる縦割り行政
の問題、また、廃棄物として処理してしまうための税金の無駄遣い等という話に
エスカレートしてしまいました。

話が、拡散してしまいましたので、
拡散ついでに、このような構造に至った歴史的な経緯を含め、整理をしてみました。

異論・反論が多いと思います。
また、極論として記しましたので、被災地の方々に対しては失礼な記載もあります
がそのような傾向に認められるということでご寛恕願います。

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○○ さま

今日は、長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。
約束をしたpptなどを添付します。
参考になるならば、幸いです。
グリーン復興等という言葉にだまされることなく、本質を理解いただきたく、
話があちこちに飛び、拡散してしまいました。
失礼しました。

ところで、
グリーンという言葉の意味に、若い・未熟という意味があることはご存じですか?
皮肉になってしまいますが、いま行われているのは、まさしく「未熟な復興」です。
本質に迫ることなく、小手先のみ、被災者に補助という飴をあてがうことで物事を
済ませようとしております。
「地域づくり学科」ということですから、技術以前のコミュニティー・人間関係・人間
性・心という部分にウエイトをおき、漫談したとご理解ください。

キチッとした人間関係・コミュニティーを作り上げるには、リーダーとリーダーを盛り
立て・従いつつ、なおかつ、自立した人間の存在が必要です。隷属するのではなく、
自立した人間が持ち場持ち場をしっかりと守った上での集団作りです。

しかしながら、現在は、リーダーは不在、自立した人間も居ない。
皆が、それぞれ好き勝手なことを言い、妄想を膨らませお化けを造り、助成などを
求め、もたれ合いをやっています。
そのもたれあい、甘えまくった付けが、税金の値上げへと跳ね返ってくるという構図
まで目配りをしていただきたいということで余分なことも含め話しました。

一端上がった税金は下がることはありません。
結局、ムダに浪費されてしまうこととなります。
従って、税金の値上げ、無駄遣いにつながりそうな処は、キチッと目を光らせ、
異議申し立てをする必要があります。

震災だからと言って野放しにしてはならないのですが、何となく言いにくい雰囲気
をマスコミだけではなく、知識人と言われる方々が自粛という美名のもとに、雰囲
気として強要しております。

いろいろやると、バッシングを受けてしまう恐れがあるということで、周りの目を気に
しての自粛です。信念を持っての自粛ではありません。
いつから、このように知的な判断力が失われ、痴呆化してしまったのでしょうか?

このような賢しらなことを続けもたれ合い、震災復興に余分な税金を投与していると
税金が上がってしまい、勤労意欲をなくしてしまいかねません。
となると、国力の減衰に向かいます。

自らの判断により、覚悟を決めて税金の値上げに踏み切ったのならば、臥薪嘗胆、
目的を達したならば税率を引き下げるという判断もあり得ますが、官僚・政治の言い
なりで税金を上げることを認めてしまうならば、受け身で心が萎えて行くばかりです。
いま、まさにそのような下り坂になっています。

国力とは、お金のみではなく、人材面をも含みます。
この点に敏感な、中国・韓国は、日本バッシングを始めました。
毅然とした国に対し、バッシングを行う事はありえません。
諸外国から見て、いかに日本は弱々しく写っているのかが問題です。

しかも、税金・国力低下の付けを支払うのは、私たちの世代ではない、あなた
たち、ひいては、子々孫々に渡り負担する事になるため、問題は大きいのです。
しかし、震災復興予算に対し、そのような点から指摘する人はいません。
きっと、このような事を書くと、バッシングがくるものと思いますが、
その前に、心を静め、現状が正常なのかどうなのか、考えて欲しいものと思います。

今が良ければよい、私がよければよい、という意識であり、公序というものに対し思
いが至りません。
このため、廃棄物処理とは話がずれてしまいすが、震災後の処理により、このような
問題が露わになったのだから、その点に対して気づいて欲しい、そのような気づきが
広がることにより震災復興に魂が入るのだという意味で話しました。

震災復興は大切なことですが、それは、物質面のみの復興であってはなりません。
心、精神面の復興、すなわち、他に頼ることなく自立するためにという精神が醸成
されないと、真の復興にはつながらないと思うからです。

震災瓦礫の復興への活用は、技術(物)のレベルでは容易です。
しかし、心、その現れである政治・行政・法レベルでつまずいております。
行政・政治レベルの話はしましたが、法律レベルでは災害復旧は現況復旧という
原則があります。
この点については、中越地震などの際、現況復旧という原則の問題に対する指摘
がなされ、弾力的な運用を可能としました。

しかし、その運用に携わるのが人です。
弾力的な頭脳があってこそ、法の弾力的な運用が可能となる訳ですが、残念ながら
現在の教育システムではそのような人材は育ちません。枠外へ放り投げ出されてし
まいます。
その成果により、 震災復興では、残念ながら弾力的な運用がなされているとは言えま
せん。 前例主義、現況復旧ばかりです。

残念ながら、技術レベルを超えた話は、私個人では指摘はできても解決不能です。
多くの方に、このような問題があるということを理解していただき、現状を変えようとい
う思いが積層され、変えるという動きに連動しなくては解決へと向かいません。
量より質へ向かうターニングポイントがあるのですが、私が話したような事を知っている、
理解している方があまりにも少なすぎます。量の蓄積にすら至りません。
また、知っても、動こうとしない、あきらめムードのお利口さんが多すぎます。

と言うことで、震災廃棄物とは直接関係の無い話、しかし、私が本質と思っている事柄
の話になってしまいました。
現状のようなあきらめムードの悪循環、お化けを一生懸命造り、その陰におびえ、助成を
出せと騒ぐ地域住民、その代表の政治家・行政では、残念ながら餓鬼道・地獄絵をみて
いるような気さえしてきます。

それによって、税金が上がり貧しくなる、という程度ならばまだ良いのかもしれません。
国の力が衰えるということは、外国勢力に組みこまれる、植民化される、併合されると言
うことを示します。

中国・台湾・韓国・北朝鮮・ロシア、日本を取り巻くすべての国が、一斉に国境問題など
で騒ぎ始めました。
教科書では、平和憲法というまやかしを教えていますが、現実の世界は、パワーバラン
スの上に成り立っております。
日本を取り巻く諸外国が一斉に領土問題で動き出した。
これは何を示しているのでしょう?

ニュースでは、日本が諸外国に悪いことをしているというニュアンスを含む報道をし続けて
います。 それでも、この頃は、皆、中国人は変だぞとなり、中国人嫌いが増え始めました。
これは、中国侵略と称される日本の軍事行動が取られた時の情勢とすこぶる類似してお
ります。 そのうち、もうすでに?、国民の意識が変わったことに迎合し、マスコミは中国人
はひどいやつだという偏向した報道を始めるでしょう。
極端から、極端に感情が振れたとき、天災ならぬ、人災・戦が始まります。

江戸末・明治の先人は、植民地化されることを免れるために行動しました。
幕府を倒し、廃藩置県を行い、富国強兵を行いました。
無血革命です。

これは、維新の志士のみがなした技ではないと思います。
日本に住まいする皆が、危機感を共有していたからこそできたことです。
幕末の志士の活動のみクローズアップされますが、それを支えた草莽の民がおり、意識
の共有がなされていたからこそ、できたことと思います。
その当時の、日本人の知識レベル・危機感のレベルがそれだけ高かったという事だと
思います。

しかし、良いことずくめだけではありません。
明治以降、表面的な物質面のみの西洋文明を受け入れ、現場を離れた秀才を作り上げ、
リーダーに祭り上げ国作りを急いだことから、官僚主導・頭でっかちな、現在に至る病根が
我が国にはびこり始めました。

それでも明治時代は、江戸時代の「飯は食わねど高楊枝という武士」のプライドが残され
ており、、男女とも道徳的な抑制が効いていました。この時代は、日清・日露戦争など、
勝てるはずのない戦争も、精神力で乗り切りました。

しかし、明治の官僚を育てること、兵士を育てることを目的とした教育により、ステレオタイ
プの秀才が育ち、明治後期~昭和初めにかけて、このような秀才型が天下を取り、大東亜
戦争へと国民を引きづり込んでしまいました。
しかも、実力の伴わない精神力を説いたため、惨憺たる結果となってしまいました。

マスコミも、国民の声代弁すると称して、戦争推進を訴えました。
現在の全国新聞、地方新聞のすべてがそうでした。
その新聞が、今は平和を訴えます。
侵略した日本が悪い、諸外国は被害者だと主張します。

しかし、戦争は勝った方が正義というパワーバランスに基づくルールです。
戦争に対し、子供どおしの喧嘩両成敗のルールを適用して考えてみたり、喧嘩を
ふっかけた方が悪いと兄弟げんかと一緒にしてしまいます。
残念ながら、戦後教育の戦争理解はこの程度でしょう。

戦前は、このようなウソを教える英才教育に女性は汚染されておりませんから、
まだバックボーンのしっかりとした子供が育っていました。だんだん絶滅危惧種
になって来ましたが、戦前生まれは、背筋がキチッと伸び、心の姿勢もしっかり
している方が多いと感じています。

この世代よりも1世代前の方々が、日本男子かくあるべしと言う教育を受け一兵
卒となり、命がけで日本を守りました。
参謀本部という秀才の机上で創っためちゃくちゃな作戦に対し異議を唱えること
なく、粛々と戦地に散って行きました。
知覧の特攻平和記念館に残された遺書を読むと、泪を禁じ得ません。
その多くは、母・妻にあてたものです。
皆、表向きは国のためですが、自分の大切な家族を、ふる里を守るため戦地
へ赴いたのです。

アメリカは、命がけで戦うこのような一兵卒・日本男児(武士)の姿に恐怖を感じ、
日本を二度と立ち上がらせまいとして、そのような子を育てた大和撫子(良妻賢母)
を潰すべく権謀術策の限りを尽くしました。
その受け皿となり推進したのが、戦後解体されず残った秀才官庁と、官僚主導による
教育です。義務教育と称され、現在も続いております。

国軍は解体されましたが、官僚組織はそのまま無傷のまま残され、アメリカ軍の手足
になり、占領政策を推進する役割を果たしました。
アメリカの占領・ソビエトの占領(共産革命)という恐怖におびえる知識人も又、そのよう
な動きに積極的に迎合しました。
官僚・知識人が、国を売り、偏向した教育を行ってきたという事になります。

このため、日本は見かけ上は独立しているように見えますが、本質的にはアメリカの占
領下・植民地です。
属国、51番目の州と言う人もいます。日本の富の大部分は、アメリカに吸い上げられ
ました。 稼いでも、稼いでも、高度成長の時代でも、豊かさが実感できないという日本
になりました。
現在は、その傾向が更に悪化し、閉塞感が強まっております。

このような欺瞞を戦後半世紀、見て、見ない振りををしてきたのですから、精神分裂・
鬱状態になってしまいます。
その付けがボディブローのようにじわじわと効いてきて、震災によって、その不合理・
不条理な世界が一気に吹き出したと言う事だと思います。
それでも見てみない振り、変えようとしません。

現場・経験などという躰を通して理解した知恵のうえに知識を積み重ねるという方法で
はなく、明治以降始まった、知識の詰め込み教育・頭脳・抽象に偏った知識重視の教
育の成果と言えます。

結果、やんちゃな暴れん坊は淘汰され、みな、お利口さん、金太郎飴になってしまい
ました。
緊急時に、リーダーシップを取れる人が居なくなってしまいました。

そろそろ、このような現実を直視し、小手先・ごまかしではなく、本質的な部分から、
心の復興ということも考え合わせ、震災復興について考え、行動を起こして行かなけ
ればなりません。

戦後の復興は、戦争に負けた、多くの仲間が死んでいった、その分、残された人間が
先立った方の分までその重荷を背負って日本を立て直そうという気概を持った人々に
よりなされました。

東日本大震災の復興に関する、気概・旗印は何でしょう。
それは、津波で生き残った方々が、自らの足で立とうとする気概だと思いますし、外野
はその行動を応援することだと思います。それには、地元の考え方が優先であり、法律
で縛り上げ、助成金などで、足を引っ張り、立とうとする足を、心を萎えさせることで
はありません。

弱者のみに焦点を当てるのではなく、立ち上がろうという人々に対し目を向け、立ちあ
がるに際し障害となっている仕組みを取り払うことが復興支援の第一と考えておりま
す。
しかし、大上段からのお仕着せ、助けてあげると言いながらの強制が多すぎます。

震災直後、世界中が感動した震災地の助け合い、秩序だった動き、日本の美風が、
行政の初動の悪さ、被災者に助成の垂れ流しを行い、弱い物だけならばいざ知らず、
毅然と生きようとしている人の足まで引っ張り、すべてを弱い物にしてしまおうという
制度、 などにより消え去りました。

それを待っていたかのように、
気概ある国民、自立する民を守ろうとしない日本政府であることを見透かし、
諸外国は、我が国の国土の侵略を公然と行うようになりました。
すべてが、連動しているのです。

若い、回転の速い、切れる頭脳を駆使し、本質に迫られんことを期待します。
話を広げすぎると、卒論としてまとまらなくなるものと思いますので、今日の話、この
文書は話としてのみ聞き置きください。

以上 長々と失礼

震災瓦礫活用 緑の防潮堤・多目的海岸防災林 岩手日報掲載 + 負の遺産は残すな

震災瓦礫を活用し、防潮堤や海岸防災林を再生するマウンドを造ろうという
提案をしてきた。

これにより、樹木が生育する緑の防潮堤とすることができ、また、津波被災
を軽減するための防潮堤機能を備えた多目的海岸防災林とすることができる。

漁業・港湾サイドからに言うならば、緑の防潮堤。
林野・防災林サイドから言えば、多目的防災林と言うことになる。
言葉は違えども、本質的には同じものといえる。
有り体に言うならば、予算の出所が違うという人様の都合で名前が異なるも
のとなる。 

このような機能をもつ築堤・マウンド造りを、私は、築土(石)根系補強土に
よる築堤と称し、機会をてらえて発信してきた。

今回、この提案を「三陸エコビジョン」を推し進めている「遠野エコネット」
の千葉和さんが岩手日報の記事にしてくれた。
 ⇒ H240429岩手日報緑防潮堤・千葉和氏

記事内容は、技術的な部分に関する記載となったため、補足をしておく。

震災瓦礫と称しても様々なものがある。
瓦礫とは、本来廃棄物行政の用いる言葉で、コンクリート殻など無機質系、木
材など有機質系を含む。ごみ・廃棄物として処理すべきものという前提の
行政用語である。
この廃棄物行政用語が、マスコミが用いたため、誤解が生じている。
一般に、瓦礫というと木材などは含まれないが、廃棄物行政では木材までも
含め瓦礫である。 

国交省では、現場から廃棄物を出さない「ゼロエミッション」の取り組みから、
これらは建設副産物ととして取扱、コンクリート・アスファルトなど無機質系
のものと、抜根・伐開材など有機質系の資材に分けてその活用を行っている。
活用という前提での交通整理といえる。 

私の提案は、この震災瓦礫の活用に関するもので、コンクリートやアスファル
トなど無機質系の震災廃棄物を石とみたて、盛土中に混合しマウンドを造る事
を基本としている。
盛土中に有機物を混入してしまうと、嫌気的な状態で分解・発酵し、植物の
生育障害となるばかりでなく、分解した後空洞となりマウンドの構造物として
の強度をたもてなくなってしまうからである。 

自然の地山は、表土か薄く、樹木は地山基岩の割れ目に根系を侵入させ、樹体
を支えるとともに、水分の吸収を行っている。
コンクリートやアスファルトなどを大きく砕き塊状として、もり立てることに
より、塊と塊の間に隙間が生じ、その隙間に樹木の根系が侵入することとなり、
自然の樹林地と同様な基盤を造る事ができる。

むろん、コンクリート塊はアルカリ性となり根系侵入を阻害するため、流木・
流失家屋などの木材を堆肥化し、コンクリート塊とコンクリート塊の間に充填
することにより、樹木根系の侵入を容易にすることができるようになる。
このようにするならば、マウンド深くまで樹木根系を侵入させることができ、
樹木とマウンドか一体となった補強土構造を築くことができる。

コンクリートを用いるようになり、巨大な構造物まで造ることができるように
なり、また、要求する品質を得られ、設計・監理しやすいため、コンクリートは
多用されてきた。

しかし、コンクリート構造物の耐用年数は50年程度である。これが土木で言う、
永久構造物である。近頃では、耐久性を改良した100年コンクリートや、補修
を行う事により耐久性を増す工夫がされているが、それでも耐久年数は100年程度
といえる。

これに対し、津波は50年、100年、1000年という長期スパンで発生する。
いわゆる土木的な考え方、手法とは時間の位相が異なるものと言える。

税金を使い、多額な投資を行い頑丈なコンクリート構造物を造ったとしても、残
念ながら次の津波襲来の際には老朽化している、あるいは、作り直さなければ役
にたたないものとなっている可能性が高いと言える。
今回の津波でも、防潮堤の被災は大きく、あまり役に立ったとは言えない。
莫大な投資が、あっという間に無になってしまったわけである。 

防潮堤は、もともと海岸・砂浜の地盤の脆弱なところに建設されているため、地
震による震動、あるいは地盤液状化の発生により、堅いコンクリートは追随でき
ず、目地などが緩み、押し寄せる波、引く波により洗掘が発生し、破堤・倒壊し
たものと考えられる。

このように考えるならば、コンクリート構造物による防潮堤は、維持管理を行い
つつ定期的に作り替える必要がありながら、なおかつ、大型津波の発生の際には、
効果が期待できない恐れがあると言わなければならない。

このような懸念を避けるためには、莫大な予算をかけしっかりとした基礎工事を行い、
入念な維持管理を行いつつ、老朽化した箇所は作り替えるということを持続的に行う
こととなる。
現在は、このような方向で防潮堤の建設へと邁進しているように見受けられる。

今後の社会は、少子化へ向かい税収が減少して行くことは明らかである。
これまで構築してきた道路網・橋梁などの維持管理費すら捻出が困難になってきてい
る今日、巨大なコンクリート防波堤を作ることは、子孫に対して負の遺産を残すこ
とに繋がる可能性があると言わなければならない。

善意の結果、子孫へ負の遺産を残すという皮肉な結果になりかねない取り組みを行っ
ていると言える。

善意で行った結果、子孫へ負の遺産が残ってしまったという悲劇をさけるためには、
歴史の年月に耐え残った、歴史的な建造物に学ぶ必要があるものと考える。
古墳など歴史的建造物がそれにあたる。
これらの建造物は、「築土構木」という「土木」の語源となっているように、基盤
は土と石をうまく用い、建築資材として木材を匠に用いている。
防潮堤の建設にあたっても、このような歴史的な時間に耐え残った構造物に学び、
子孫に感謝される構造物を残したいと考え、築土(石)根系補強土による築堤につい
ては、提案した。
震災瓦礫を活用して時間の重みに耐えてきた歴史的建造物に類したものを造ろうと
提案である。

ただし、コンクリート構造物・防潮堤を否定している訳では無い。漁業・港湾施設
のように重点的に守らなければならない箇所は、がっちりと守る、津波被災が人災
に繋がらない箇所は、防潮堤を造る事なく、自然の海岸はしっかり保全する、この
中間ゾーンに対し、緑の防潮堤・多目的防災林を造るなど、総合的な観点からゾー
ニングを行い、目的と機能を明確にすることが必要である。 

「津波で大規模な被災が発生したから危ない・危険だ」と、いたずらに恐怖感をあ
おり、構造物により守ろうというこれまで通りの姿勢ではなく、人知では、人間が
こしらえた構造物では自然の災害から人を守ることができないという真摯な反省に
立ち、自然と順応的に生活するという立場に立ち、子孫に感謝されるよう、知恵を
絞り出すときと言える。

このためには、これまでのルールを前提年、これに従わざる得ない行政サイドに
任しっきりにするのではなく、地域の特性・事情・風土に合った取り組みが行われ
るよう、地域住民の声の結集が必要になる。
                                  以上

津波被災地 1年後の状況確認調査 震災瓦礫処理・緑の防潮堤など

昨年4月に、震災復興支援、及び被災地の自然回復についての状況確認のため、
自然環境復元協会有志による現地調査を実施した。
⇒ H240422気仙沼視察

私が参加した目的は、津波によって流された海岸林の跡地に震災瓦礫の集積が始まっており、
震災瓦礫が片づかないと海岸林の復旧に取りかかることができないという話が伝わってきた
ため、震災瓦礫を活用した築堤を行い、海岸防災林を再生できないか確認するためであった。
震災瓦礫を撤去することなく、その場で活用できるならば、一挙両得と考えたからだ。

三陸筋の海岸・谷を埋めるという処理方法は避けるべきだが、かといって、他所に震災瓦礫
を運搬し処理するのも経済性・環境面で問題が大きいため、他所に持ち出すことなく、発生
したその場での活用法を探ることが必要と思ったからである。

瓦礫・廃棄物と考えると処理は困難となるか、生産生を持つ土壌として現地に還元できるなら
ば話は別である。このため、震災瓦礫の土壌資源化を図ることができないかの確認を行った。
結果、震災廃棄物の土壌資源化は可能と判断し、築土(石)根系補強土による築堤を行い海岸
防災林、緑の防潮堤を造ろうという提案を、機会をとらえて発信してきた。

これは、コンクリートなど無機質震災瓦礫を石とみたて、石礫混じりの築堤を行い、津波に
よる流木、倒壊家屋などの木材(有機物)は堆肥化させ土壌に混合し、あるいは、生のまま
チップ化しマルチング材として用い、その上に樹木・草本類を生育させ、植物の根系の緊縛
力・杭効果により、築堤の浸食防止と補強を行うというものである。

同様の提案を横浜国大名誉教授宮脇氏が行い、環境省、野田首相が震災廃棄物を活用した防
潮堤を造るとの発言がなされたことより、方向性が定まったと思いきや、現地から津波被災
を免れ生き残った海岸林を伐採し、コンクリート製の防潮堤造りが始まっているとの情報が
よせられたため、今一現地の状況の確認を行わなくてはならないと調査、確認に出かけた。
時間の関係で仙台平野の状況の確認はできなかったが、気仙沼~宮古に掛けての状況確認を
行うことができた。⇒ レポートH240422気仙沼視察

その結果、海岸部では次の状況が確認できた。

・海岸部では

1.津波により浸食された海岸には自然回復が始まっている。
2.しかし、残された海岸林を伐採し、大型土嚢による仮設防潮堤が建設されている。
3.仮設防潮堤の位置が不適切と考えられ、陸域と海岸の移行帯が寸断されている。 

津波により、自然海岸が取り戻されたといえ、この自然海岸を保全するよう防潮堤の
必要性、位置、構造などについての協議が早急に必要である。
一方で高台移転による復興を進めつつ、一方では今回の様な津波被災を防ぐという前提
での復旧が計画・実施されようとしている。
縦割り行政の弊害といえる事態が発生している。

高台移転が前提ならば、港湾施設など重要部の周辺のみの対策で足りるはずであり、全域
防潮堤とする必要性はない。
地域の復興という全体・総合的な観点・計画の中で、防潮堤の築造など部分を煮詰めるこ
とが重要である。

・震災瓦礫については

4.瓦礫の集積が進み、片づいて来ている。
5.その一方で、最終的な処理方法が定まっていない。
6.築土(石)根系補強による緑の防潮堤・海岸防災林(多目的防災林)の造成が望まれる。
  今回は、以前木材堆肥化物を今後したコンクリート殻により法面補強を行い、ケヤキ
  を植栽した場所について、堀取り調査をおこなった。
  法面が崩れないよう締め固めたたため隙間が潰され密実になっており、根系発達はす
  こぶる良好という状態ではないが、コンクリート瓦礫の間の隙間へ根系侵入している
  ことは確認できた。  

先にも記したように、震災瓦礫は他所へ持ち出すのではなく、現地で活用することを大前
提とすべきである。現地で活用すべく、あらゆる知恵を絞ることが重要と考える。
東京都は廃棄物の海面埋立をやっていた。無機・有機を問わず分別することなく埋立を
行い、覆土し港湾施設・公園を作った。夢の島・お台場(13号埋め立て地)などである。
その港湾部が現在は、東京臨海副都心となり、大勢の人が訪れる場となっている。
このような前例を参考とするならば、震災で裸地になった一角をコンクリートなど無機
性の震災瓦礫で盛土し、木材など有機性廃棄物は堆肥化し、土砂と混合し土壌資源化
するならば、新たな街づくりが可能となる。
他所へ持ち出すことなく、緑の防潮堤、街づくりの基盤材など、瓦礫・廃棄物ちという
イメージを払拭し、自ら処理・活用するための知恵を出すことが重要と考える。

・津波により立ち枯れとなった樹木の処理

7.津波被災により枯死した樹木の伐採が始まっていた。
8.過剰な伐採と思われる箇所があった。

活用されて以内ならば、震災廃棄物の増大に繋がるとともに、斜面の場合、次第に樹木
の腐朽により根系緊縛力が失われ、表層崩壊を起こす可能性もある。
廃棄物処理、法面安定など総合的な観点から整理しつつ、進めて行く必要がある。

以上

築土(石)根系補強土の提案 海岸防災林・防潮堤の築堤

TDMのみなさん。
「ひまなか」こと中野です。

必要土量の話から、樹木根系と岩盤、適地適木まで話が拡散してきました。

これらについては、みなさまの経験から、大いに語っていただきたい問題です。
もう一つ、土壌改良の宿題も残っていました。
いずれも、樹木医として重要な課題と思います。

マニュアル・仕様書思考から、現場発想への変換、自然から学べということなのでしょう。
皆さんが現場で見たもの、感じたことをお知らせいだけると助かります。

拡散ついでに、さらに話を拡散させてしまいます。

東日本大震災の海岸防災林の状況についての報告ありがとうございます。

津波被災地をみてまわったところ、海岸林が空き地となり、そこに震災瓦礫の集積が始まっており、その瓦礫のを撤去しないと海岸防災林の再生はできないの声が聞こえてきました。そこで、震災瓦礫を土壌資源として活用する方法(エコサイクル)を提案しました。

林野庁、国土交通省サイドに提案しましたが、同様に考える方が多数いたようで、震災瓦礫を築堤に埋めるという(案)が出てきました。

東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会 など
http://www.rinya.maff.go.jp/j/tisan/tisan/kentou.html

しかし、ただ深いところに埋めるというのでは、ゴミを目に見えないところへ隠してしまえ、というこれまでと同じゴミ処理の発想のため、コンクリート、アスファルト瓦礫を積み上げ、その隙間を岩盤の割れ目に見立て、その割れ目沿いに樹木根系を深く侵入させ、震災瓦礫と樹木根系による複合補強築堤造る事を提案しました。
正木さんのおっしゃる、流れ盤的なクラックの沢山ある様相の地盤を造ってしまえ、という訳です。
今風に言うならばストラクチャル・ソイル・ミックス(SSM)ですね。

それにより、海岸側には塩水のエコトーン、陸側には淡水エコトーンを造ると生物多様性も生まれる。
海側は、痩せた土壌としマツを、築堤背面風裏には木質系の震災廃棄物を堆肥化し混ぜ込み少し肥えた土壌としカシワ、コナラなど落葉広葉樹、中低木を配しましよう。また、松島では多島海により津波が分散され、互いに打ち消し合い被害が少なかったのにヒントを得て、平野部では多島海状の築堤構造とするなどの提案を行いました。れにより、景観的にも風情が生まれます。秋田県の象潟、九十九島のような景色です。
http://kakurezato.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-d386.html
こうするとおもしろいよね、やってみたいねと言う盛り沢山の提案です。

これについては、6月に仙台市で行われたフォーラム、及び9月に遠野市で行われたプレフォーラムにて話す機会を得ました。
また、(財)日本環境センター機関誌「生活と環境」誌に原稿が掲載されました。
H23.09.01生活と環境 海岸エコトーン

フォーラム 仙台湾 / 海岸エコトーンの復興を考える
― 浅海・砂浜・防潮堤・湿地・海岸林・農耕地を一体化する視座 ―
日時:2011年6月4日(土) 13:30~16:30 (開場: 13:00)
http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/news/110531-1.shtml

三陸エコビジョン・プレフォーラム「海と人との持続可能な共存を求めて」
~三陸被災地の持続可能な自然と共存する復興を目指して~
日時:2011年9月6日 2011年9月4日(日):13時~17時30分
http://tonomagokoro.net/archives/6892

これまで、瓦礫を埋めてしまえなどと言おうものならば、自然保護団体系の方々から総攻撃に合うのが常でした。
今回は様相が異なりました。理想論をいえない状況、より現実的な対応が求められているのでしょう。

仙台でのフォーラムでは、他の話題提供者に対しするどい質問を投げかけていた市民の方がいらっしゃいました。
私の番になり、なにを言われるかなと待ち構えておりましたが、なにも質問が出ません。
やれやれと胸をなで下ろすやら、拍子抜けするやら・・・。
フォーラムが終わった後、尋ねてこられ私の話が一番おもしろかったと感想を述べてくれました。
これまでの同様の集会とは、大きく様変わりしたことを感じました。

このような動きが遠野でのフォーラムへとつながりました。
遠野で行ったフォーラムの話しに対し、地元自治体に働きかけたいという要望がありましたので、提案書の形で取纏直しし直しました。

これは、海岸防災林のみならず、防潮堤も同様の構造、すなわち、土(石)構造物+樹木根系緊縛による複合補強土とする(案)です。
H230924石土根系補強築堤提案(1)
土木屋として考えると、コンクリートによる防潮堤を作り直すと土建屋が潤います。現実は、その方向へと進んでいます。
災害復旧予算は災害前と同じ状態に戻すことが前提、仕様書・マニュアルなどが整備されている。前例が沢山ある。が理由です。

しかし、50年、100年というロングスパンに対し、コンクリート構造物の耐久性を考えると持たないのでは無いでしょうか?
土木分野で永久構造物とは50年です。鉄筋コンクリートの場合は50年、ダムのようなマスコンクリートでも100年です。これは、コンクリートの中性化による劣化です。劣化を防ぐために様々なメンテナンスの方法が考えられていますが、限界があります。
100~200年スパンで考えると、造っては壊し、造っては壊しの繰り返しです。その間に、維持管理補修を行わなければなりません。
少子高齢化で社会構造が変化しております。これまでのような税収が期待できません。
政府は借金で身動きがとれません。

地獄の賽の河原の石積みと同じ様相が思い浮かびました。
賽の河原で、子供たちが石を積みますが、積み上げたと思ったら鬼が来て壊します。
その繰り返し、無間地獄です。

子孫にそのような負の遺産を残すよりも、ありきたりの土(石)構造の方が耐久性の面では実績があります。
歴史的構造物と呼ばれるものは、土(石)構造物です。
まして、樹木根系により緊縛し補強するならば、永久的に持つのではないでしょうか?
むろん、健全な樹木を維持するための維持管理を行う必要はあります。

欲を言わせてもらうならば、このような土構造物が築かれることにより樹木医の出番が増えます。
巨樹老木、天然記念物、街路樹と市場を拡大してきましたが、新たな市場確保のためにも、このようなことを考え提案してゆくことが必要でしよう。

このような考え方は、今後予想される東海、東南海地震のための備えとしても重要です。

子々孫々に負の遺産を残さない、景色がよくなり、今流行の生物多様性もアップする、樹木医の職分も増える、良いことだらけの仕組みを作りたいものです。

ご覧の上、ご批判いただけると幸甚です。

以上 (お前、こんなことを書いている暇があったら依頼した仕事をやってしまえとの声が聞こえてきそうです)

「フォーラム 仙台湾/海岸エコトーンの復興を考える」を終えて

2011/6/6(月) 3:01

フォーラム、お疲れ様でした。
また、大変お世話になりました。盛況の内の閉会、慶賀に堪えません。

生 態系の物質循環の中にゴミを組み込め、土壌として使いこなせ、という提案。生態系の諸先生・市民の方々よりおしかりを受けるものと考えておりました。しか し、フォーラムが終わった後、市民の方がやってきて、おもしろい話だった、このような技術が確立していることは知らなかった、どしどしやって欲しいとの話 を聞き、安堵しました。

生き物の住処を確保・保全することは大切なことですが、それ以上に生態系の流れ、循環に人間の営みを組み込むこと が重要と考えております。昔の農耕主体の収奪的な関係とは異なる、収奪可能な資源により人口が抑制される、筋肉エネルギーによる生産力に縛れるというもの ではなく、効率的・持続可能なエネルギーに支えられ、かつ、生態的循環の環の中で生活する、そのような仕組みが作れないかと知恵を絞ることが重要と考えま す。
地史的なスケールで考えるならば、生物は自らが排泄する廃棄物を上手く利用するように進化・適応してきました。嫌気的な世界から、酸素を用いる好気的な世界に適応したものが現在の植物、動物です。酸素は廃棄物で有り、有毒でした。
毒 を制することで進化してきたということから考えるならば、原子力の利用も含め、冷静に、感情的にならずエネルギー問題、廃棄物問題について考える必要があ ろうかと考えます。先に廃止と決めてかかるのでは無く、様々な検討を加えた結果の廃止とする、暫定的利用を認めつつ廃止とする等、いろいろな選択肢があろ うかと思います。

同様、生態系に関する研究は、人間の生活をも含めた生態系というものはいかにあるべきか、そのような方向に役立ててこそ 生きた学問になるものと考えますが、残念ながら現状は生き物中心・人間疎外となっていることが残念に思われます。海岸エコトーンから、人間をも組み込んだ 生態系という視点への取り組みへと進むことを期待します。

フォーラムでは、生態系サービスという言葉が多発されました。
このような欧米的人間中心・一神教的善悪二元論の考え方が行き詰まったところから現在の環境問題が発生しています。
生態系サービスという言葉を人間様の都合に良いときのみ使うのではなく、今回のような地震・津波に対してまで生態系サービスと考えてきたのが日本人の心性だと理解しております。二元論を超越し、すべてを受け入れるという姿勢です。

このような受容的な自然の恵みという美しい言葉を用いること無く、サービスといううつろな言葉が一人歩きする姿はグロテスクです。災害もまた、自然のサービスと考えるならば、安易にこのような言葉は使えません。
人間利するものはサービス、利さないものは悪として徹底的に排除するという二分法では成り行かなくなってしまいました。
災害をも含め、天地・自然の恩恵・恵みと考える一般庶民の感覚から学問・技術を構築し直す必要があるように思われます。

また、自然の災いは、生態学で言うところの攪乱と言えます。
大 きな災害・人命が失われたため、このような言い方は御法度なのでしょうか?そのような観点からの考えからの取り組み・発言が少なかったことに少しがっかり もしております。攪乱であるならば、この後の新たな生態系の復元を見守るという姿勢をとることができます。私が生態学をおもしろいと思い専攻したのは、そのよう なスケールの大きな考え方があったからです。

洗い流された蒲生干潟が、再び復活しつつあるという話がなされましたので、一縷の希望を見いだしました。
時間がかかるでしょうが、是非、ここは、余分な手を加えず自然の推移に任せてもらいたいものと考えます。
自然の速度と、人為の速度の差が明らかになるものと思います。
あるいは、人為が加わってこその生態だったということになるかもしれません。

自然の災害を甘受し、そこから立ち上がると言うことが日本の歴史です。
僅かな期間の攪乱・災害を甘受し、それから立ち上がり次の攪乱までの間、自然の恵みを享受するということが古来からの生活のあり方でした。順応的生活とでも言えるでしょう。
この、あきらめとも言うべき生活のあり方が、津波被害に遭っても整然と受け流し生活するという姿勢に繋がっています。
このようなありかたが諸外国の絶賛するものとなっております。風土に由来する文化です。

生態学も、このような風土に立脚したあり方へとシフトすることが必要なのではないかと感じております。
すなわち、猛威とも言うべき驚異的な自然の再生力に立脚した生態学です。
近頃の生態学は、欧米からの輸入による弱い生態を守り保全するという延長上にあるような気がしております。
人 間の手が過度に加わった場合はこのような視点が必要ですが、我が国の自然の大半は、手を入れ続けることにより維持されてきた強い自然です。痛んでも下手に いじらず、手を加えることは最低限に止め、後は自然の回復力に任せるというやり方をするならば、数十年で自然は回復します。むしろ、その後のケアが大切と なります。

急ぎ成果を出さなければならないという成果主義が学問の世界にひたひたと寄せてきていることが根本的な問題なのでしようか。
なにやら手を加えすぎるように思えます。

釈迦に説法となってしまいました。

・・・・・

懇親会の時に話しました四省庁による緑化植物取扱方針検討調査の顛末について補足します。

3年計画で実施する予定のものが、予算が取れなかったとして2年で中止となった委員会です。
外来緑化植物をどのように扱うかという検討会でした。

外来生物による被害の防止等に配慮した緑化植物取扱方針検討調査
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=7857

四省庁で行う合同委員会の前に、どのようなスタンスで発言するか意見交換を行いました。
① 生物多様性条約など外国のお仕着せに従うのか?(長いものには巻かれろ?)
② 今までの実績を踏まえ常識的に進めるのか?
(外来牧草を50年間使っているが、20~30年で樹林に還っている。河川に逸出しているから悪者とされているが、それは、河川環境を人為的に変えたからであって、牧草が悪いという訳では無い)
林野庁は、以上のいずれのスタンスで行くのか決めてくれ、それ如何により、私も発言内容を考えなければならない、という問いかけをしました。
これまで緑化植物を多用してきたものの実感として②が妥当とする意見が多かったため、かねてからの外来牧草を悪者とする論法に対し異を唱えました。四省庁の委員会では、外来牧草の使用は何ら問題ない、という論陣を張りました。

ただし、ウイーピングラブグラス(WLG)については、マスコミが騒ぎ、すでに悪者としてレッテルを貼られてしまいましたので、無理に使用しなくとも問題は発生しないため、ここまで活躍してくれて、ありがとうと感謝して引退してもらうという妥協案も示しました。過去、経費を十分にかけることのできなかった時代、乾燥が激しく・貧養な立地条件に耐え生育してくれるため、安価にはげ山を緑化し、浸食防止を行うことができ、その結果、数十年で森林に還すことができたという実績を持つものです。

その昔は、東名・名神高速道路を走る観光バスの中では、ガイドさんが「奇跡の草」、「恋にすすり泣く草」として、法面を緑化・被覆する姿をたたえ、説明してくれました。
安価にはげ山を緑化し、土砂流出を防いでくれた恩義のある植物に対し、外来植物は悪者というレッテルを貼り付け、排除しようとします。このような恩義のある植物を悪者扱いをするというセンスが信じられません。
環境に優しい、生き物に優しいなどという発言は、商売用としか思えません。
時代が変わったから引退してくれ、今までありがとうと感謝の念を示すことが筋というものです。

専門委員のメンバーは、大半が応用生態学系の学者、官サイドの研究機関の諸先生、多勢に無勢、私の主張は聞き入れられず、技術者風情が何を言うか、学術論文として認められたものに異を唱えるのか、天下の印籠が目に入らぬのか、とたしなめられました。
外来植物は悪者という言葉が飛び買います。思わず、技術屋風情ではありますが、ここは学問的に討議する場なのではないですか?、最初から悪者と色を付けての討議はまずいのではと発言してしまいました。もう、宗教の世界です。

2年目の委員会で、外来牧草が悪者とされた現場を見に行くと、私の主張する通りでした。
外来牧草(ウイーピングラブグラス WLG)は、河川環境が変化したため生育するようになったことが明らかになったのです。

WLG が、氾濫原に侵入し、カワラノギクなど氾濫原植生を被圧する、根系が砂を抱えて立地環境を改変する、従って自然植生・生態系を荒らすWLGは悪者だ、種子 の供給源となる川上の法面植生が原因、そこへ種をまいた法面屋が悪い。すべて駆逐せよ、今後は外来牧草は使用してはならないという論法でした。また、査読 を受け論文となっているものに異をとなえるのはけしからん、という論法でもありました。

もっともらしいのですが、ちと事実と違うのです。
50年余りWLGは使い続けて来たのですが、WLGが目立つようになったのは2010年に近くなってからです。それ以前は、氾濫原を旺盛に被覆しているという状態ではないのです。

委員会で現場調査に言った折、河川事務所の担当者にそのころ河川環境になにか変化があったものと聞いて見ました。
得られた返答は、「そのころ上流で砂利採取をやめました」というものでした。
さらに極めつけは、その現場のカワラノギクは一端絶滅した。花が綺麗なため、河川事務所の周りに播いていたものが残っていたため、再び増やそうと播種したもの、ということでした。

上流で川砂利採取が行われなくなり河川の攪乱も無くなり氾濫原が形成されなくなった、治山治水・ダム建設の成果により洪水が抑えられ、流量が少なくなったため河床が削られ低くなり、氾濫原が陸化し乾燥した。
結果、洪水による氾濫原の形成・撹乱はなされなくなり、乾燥が激しくなり氾濫原植生は消失した。その空いたニッチに乾燥に耐えるWLGが侵入・定着した。
河川の立地条件が変化が主因であり、WLGの繁茂は結果であったわけです。

こ のような事実が判明し、外来牧草を悪者とする理由が無くなったため、その点を明記せよ、牧草を悪者扱い化することを止めよと迫りましたが、その話は5時以 降にしてくれと言う奇妙な話となり、委員会は終了してしまいました。以降、再び委員会が招集されることはありませんでした。

閉会後、発言をせずじっと効いていた専門委員の一人が、この本はあなたに読んでもらうのが良さそうだと、著作を手渡してくれたのが印象的でした。

環境ホルモン、ダイオキシン、地球温暖化、生物多様性などの環境問題は、いずれも強い政治的なバイアスがかけられておりますが、残念ながらこれに異を唱える学者がほとんどおりません。科研費の問題があるのでしょうが、まことにもって不誠実です。
このためか、近頃では環境の話はウソが多いと、批判が出始めております。

このようなペテンまがいの不誠実な政治的な動きと連動しているならば、いずれ不審の芽が大きく膨らみ、批判の対象となり、市民の理解を得ることができなくなり、自らの足下が崩れることになってしまいます。
目指す方向は一緒のように見えても、ウソはウソと明言しつつ、政治的な動きとは別に、自己の足下を見つめ、できることを一つ一つ積み重ねて行くことが大切と考えます。

我が国の自然の回復力・復元力は、驚異的に強いものと考えております。
エネルギー問題が解決した場合は、放置された樹林の海の中に、都市とゴミ処理場が点在するということになりかねないと考えます。しかし、エネルギー問題が解決されないならば、おじいさんは芝刈りにというはげ山の世界に立ち返るということになるので使しょうか?
エネルギー問題を解決しつつ、岳・海、奥山、里山、里、都市という自然と農・魚、都市がバランス良く融合する世界が形成されることを祈ります。

以上 懇親会の発言の補足まで またまた長くなり、失礼しました。