「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

「年頭」カテゴリーのアーカイブ

平成30年 新年の挨拶 + 干支(戊戌)について  

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

 平成30年(2018年) 1月1日、戊戌(ぼじゅつ、つちのえ・いぬ[土兄・犬]・35/60番) 元旦
(昭和93年/大正107年/明治151年)

戊・戌 いずれの字源も矛

・・・・・ ・・・・・ いつもの干支を巡る与太話です。お暇な方はどうぞ ・・・・・

今年はどうなるやら・・・。
いにしえの先賢の経験知の積み重ねである干支(えと)から今年の傾向を探ってみましょう。

干支は、十干十二支60年を一巡り(一元)として、世界が循環しつつ生成発展をして行くという考え方。
植物が芽を出し、生長・成長し変化して行く様と、世界の変化の相似性を感じ取った古人の経験知の集合といえます。

・・・・・

今年の干支は、「戊(土の兄)・戌(犬)」です。
「つちのえ・いぬ」の年ということになります。

干支の最初甲子(きのえね)から35番目、60年(還暦)周期の真ん中、折り返しから5年目の年が始まりました。
60年の前半30年で造りあげた事柄の完成を目指すべく動き出し、5年が経過しました。
あるいは前半30年、青年期までに積み重ねた知識・経験に、さらに磨きをかける壮年期(朱夏)に入り5年が経過したといえます。
干支60年の周期の中での盛り、夏(朱夏)の時期です。

人も60年、陰陽五行、干支の巡りで動いているとされています。
胎児・幼児(0歳~5歳)、小年(6歳~14歳)、青年(15歳~29歳)、壮年(30歳~44歳・朱夏)、中年(45歳~64歳・白秋)、高年・老年(65歳~ ・玄冬)という5段階を経て成長します。
0歳~29歳までを春(青・木)、壮年期を夏(朱・赤・火)、中年期を秋(白・金)、老年期を冬(黒・水)とし、中年から老年への切り替わりの時期を土用(黄)とし、五行に当てはめています。

さて、今年の干支・戊戌を分解し、傾向を把握することとしましよう。

干支は、十干(五行)と十二支で構成されていますが、大きな年回り・幹(干)は干支の戊で、細かな部分・枝(支)は、十二支の戌をヒントとしイメージを膨らませて行くということになります。

また、他の干支にはない戊戌と、同様の字形、意味を同じくする文字が二つ続く年回りという特徴があります。二つ重なると言うことは、物事(斧)が強調、極端化されがちと言う事も表します。

・十干(根・幹の部分、天) 戊:土の兄(陽)

甲子から始まり、十干3巡目し、4巡目の半ば5年目・戊に入りました。

十干の始まりの甲は種子の芽吹きが潜在している状態で、乙は芽吹きに備え屈曲している状態、芽が殻の中で縮んだ状態でしたが、丙となり、火(陽気が)働き炳(明らか・つよし)となって行く、すなわち芽が地上に伸びて形をはっきりとさせる状態となったものが、丁では伸びきり、盛を少し過ぎ、戊に至ると生い茂った草木(陽)が蒸れ始め病害が出やすくなるため、これに手を入れ、風通しをよくしなければならない状態に至った事を示しているのです。
すなわち、枝葉を茂らせ、枝がしなだれ下がった状態(丁)となったため、これを矛で剪定し整理する時期に至ったということなのです。

戊の字象は、木と戈(ほこ・矛)であり、伸びきり繁茂した草木を刈り払う道具を表している。

昨年の丁の字象、ー(横棒)と│(縦棒)のぶつかり合った対立を整理するという事でもあります。
ただし、整理すると言っても、壮年期のパワーを潜ませているため、そのやり方により、解決に向かうことも、逆に更に撹乱させてしまうこともありますから、注意が必要です。

・十二支(枝・葉の部分、地) は戌(いぬ)

十二支の11番目。
元来は1年、12の月を表したものだが、12年の巡りへと拡大された。
11月を子(始まり)として月が変化して行くので、戊は9月に配される。
十二支の象も、十干と同様、夏の盛を少し越えた時期であり、草木が生い茂っており、刈り払う事が必要な時期といえる。

戌は、戊にーを加えたもので、茂と同意。
枝葉が茂って日当たりが悪くなり、風通しが悪くなって病虫害が出やすくなった象。
枝葉末節が過剰、肥大した姿。
戌伐(切断)、不要な枝葉を切り払う必要があるのです。
それにより、病害の発生による樹勢の衰退を防ぎ、来年の成長を期待できるようになるのです。

以上より、干支の枝である戌もまた、過熟状体に繁茂した枝葉を刈り払い、風通しをよくすることを示しているのです。

干支では、3年を一つの区切りとして動きを読み取るということをします。
甲午、乙羊、丙申と続いた3年の区切りが終え、今年から丁酉(革命・革新)、戊戌(過繁茂・行き過ぎを整理)、己亥(動き・爆発)と続く新たな展開へ向けての助走の年となり、その舵切りで次の十二支の始まり庚子(こうし・かのえね)の方向が定まるのです。

政治、経済など、自分の興味のある処に、このような象が暗示する様を当てはめ、各人が考察する必要があります。
干支の示すところをヒントに、幹と枝葉の関係などの事象がなにを現しているのか、考えてみると面白いでしょう。

自分、個人の興味ある分野について干支の示す象を考察する助けとして、十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせた60年(一元)を一区切りとして過去へさかのぼり、世情を確認して見ましょう。

※昭和33(1958)年(一元前)

・政治・社会
国際原子時の起点 / 欧州経済共同体設立 / アラブ連合共和国建国/ China大躍進 /
関門トンネル開通 / 売春禁止法施行 / 安保解散 / 各地でTV局開設 / 東京タワー竣工 /
電車特急「こだま」運転開始 / 天皇陛下と美智子妃が婚約 / 新1万円札(聖徳太子)発行
・科学
米、初の宇宙衛星打ち上げ / ヴァンアレン帯の発見。
・食
学校給食に牛乳加わる / チキンラーメン販売 / 缶麦酒発売 / 炭酸飲料ファンタ発売
・災害
狩野川台風神奈川県に上陸

※明治31(1898)年(二元前)

・政治・社会
米西戦争 / 英・清より英九龍半島租借 / 仏・清より広州湾租借 /
米、ハワイ併合・フィリッピン・グアム・プエルトリコ領有 /
沖縄徴兵の対象となる / 日本初の鉄道スト / 家族法施行 / 淀橋浄水場竣工、初の水道 /
上野公園西郷隆盛銅像除幕 / 児玉源太郎台湾総督 / 初の政党内閣(隈板内閣)
・科学
キューリー夫妻、ラジウム発見

※天保9(1838)年(3元前)

・社会・政治
英・人民憲章発表 / 英・ビクトリア女王戴冠式 /
江戸城西の丸再建 / 江戸大火 /中山みき天理教創始 / 緒方洪庵大阪に適適斉塾を開く

・享保3年(1778)年(4元前)
クック、ハワイ諸島に到着 / 米・独立戦争 /
ロシア船が蝦夷地に来港 / 豊後、安芸両国の農民検地の中止を訴えて一揆が起きる。

・政治的な動きとしては、4元前に、米国の独立戦争勃発、キャプテンクックがハワイ諸島を発見し、2元前に米国がハワイを併呑している。発見から120年後である。米国の西部開拓、西へ西へと向かう動きがハワイ、フィリッピンに達したのである。その1元後には日本を飲み込み、ソフトな占領政策といえる安保問題により、国会が解散に追い込まれている。
苅込・整理が上手く行かず、その後の安保反対運動へと拡大する道を開くこととなった。

2元前に、上野公園に西郷隆盛の銅像が建ち、2元の後、120年後の今年はNHK大河ドラマで西郷隆盛が持ち上げられる。明治革命の主役を演じた西郷隆盛であったが、革命の結果は自らの思いとは大きく乖離し長州勢力の腐敗の温床となるなどにより、不満分子に担ぎ上げられ西南戦争にて死することとなる。
明治政府に取っては反逆の徒であるが、後ろめたき故に、一新後33年もしてから贖罪のため銅像を建てた。
しかし、その影響を畏れ、式服ではなく浴衣姿という偉人としては異例の銅像である。
今回のNHKで西郷隆盛の大河ドラマはどのような思惑が隠されているのだろうか?
坂の上の雲などから始まる明治賛歌はどのような意味を持っているのだろう。
近頃、とみに、明治革命の問題点が取りざたされ、官製の歴史の見直しが巻き起こってきているが、これに棹さすような行為に思われる。

・科学の世界では、2元前にキューリーによるラジウムの発見、1元前は宇宙衛星の打ち上げと、原子力、宇宙科学の走りとなっている。

・食の世界では、学校給食の欧米化による牛乳の導入、インスタントラーメン、缶麦酒・清涼飲料が1元前のことである。

政治的には、なにやらきな臭ささ、混乱・撹乱の兆しが見受けられ、科学の世界は新たな切り口の科学が始まるが、いずれもその後、兵器へと転用され花開くものとなってしまった。
食の世界では、食生活の乱れの始まった年回りということとなる。

・・・・・

このような時期を人の身体に当てはめてみると次のようにいえるだろう。

陰の女性の場合は33歳が本厄です。
壮年期の盛であり、勢いが盛んであるだけに気をつけなければならない時とされます。
35歳の今年は、次の37歳の厄・女を卒業する時期となる庚子(新たな芽生え・更新の象)の厄を楽に越すことができるよう準備の時となります。
33歳を過ぎると、身体的にはホルモンバランスが変化し、子どものできない身体への脱皮の準備にかかります。
37歳以降、脱皮・変身をはかるということになります。

陽の男は、42歳が本厄。
男に取って最も盛んな時期ですが、盛んなときほど変動は激しく出やすく、中年に入る準備の時でもあります。

栄養の不良だった時代、人生50年などと言っていた時代は、50歳に近づくと老境に入ったとされておりました。
栄養状態が良くなった今日は、まだまだ若造です。
30代は、油の乗り切った40代を過ごすことができるよう、助走の時となりました。
助走といっても無理を重ねるということではありません。
力を発揮出来るよう、しなやかな身体と心を練り上げるときと言うことです。
30代でしなやかな身体と心を練り上げるならば、中年、老年は健やかに過ごすことができるという事なのです。

その次の厄は、陰陽・男女ともに干支が一巡する61歳となります。
還暦60から折り返し、0に戻る新たな巡りが始まります。
120歳、大還暦に向けての折り返しです。
60歳で折り返すと61歳ではなく、59歳、58歳と、だんだん若返って行くと考えると楽しく生きて行けそうです。
理想は、0歳の大還暦にあの世に旅立つことです。
人間の生物学的な最大寿命(潜在力)が120年と言われておりますから、大還暦に挑戦するのも一興と思います。

栄養と共に、衛生状態がよくなり、老化のメカニズムも理解され、120歳まで生きることが可能な時代となってきました。
しかしながら、一方では、30代の助走に失敗し、過度の栄養の取り過ぎによる生活習慣病を引き寄せてしまい、なおかつ生活習慣が招き寄せたにもかかわらず、医療に頼り、医者が治すと信じこまされ、信じ込み、自分の足で立ち上がろうとしないため、慢性的な自殺行為に及び、中年後半から老年に生きる屍となりかねないということが、今日の状態となっております。

貧富、健康、共に二極化が進んで行くという時代へと進みつつあります。
様々な情報をかしこく受取り、自立・自尊を図ることがいよいよ大切となってきております。

ともあれ、干支的には今年は、30代半ば、油の乗り切った40代へ向けての助走の時となります。
この30代半ばまでに身につけた体力、知力を壮年期で如何に使いこなすかで中年、老年のあり方が定まってきます。
干支的には、社会又しなやかさを造り保たないと、つらい中年期を迎えることとなってしまいます。

草木、樹木、植物は過繁茂となり、刈り払い、強剪定し、風通しをよくしなければならない状態。
人は、意気盛んな壮年期ではあるが、心身の手入れを行い、しなやかな身体と心を涵養し、中年・老年に向かっての助走の時。
社会は、成熟した状態に至っており、爛熟から腐り落ちるのか、その果実を上手く食べ、次なるステップへ進むための資とできるのかが問われているようです。

—————————————————————-

干支の世界では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図・幾何による占星術)のように星と人とを数で直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還環境を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。
それが十干・十二支(干支)です。
干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄(え)、後を弟(と)としたことより、干支を「えと」と呼ぶようになりました。

五行は、7曜から、太陽と月を除いた5つの惑星。
木星、火星、土星、金星、水星なのですが、新羅万物に対し、この5つの逆走する惑星の性に分け分類し五行説としました。
万物は、五行(五つの性質)から成り立っていて、その消長、結び合い、循環によりあまたの現象として現れるというものです。兄・弟で陰陽、5グループは五行、偶数と奇数の組合せで物事を理解することができるとしたわけです。

十干十二支では、60年で一周期、還暦となります。
宇宙・天地・自然を貫き、循環するエネルギーの変化の過程を60のタイプに分類したものといえるのです。

五行相生説では、木火土金水、木火土金水と循環し、土から金が生まれ、金は水を生むという流れが順当に進んでいることを吉とします。自然の循環に即しているからです。
これとは異なり、五行相克説は他の性に対し優位になる状態を示し、火は金を克し、金は木を克す、のであり、火は金を溶かし、木を倒すのに金物の斧を使うと言うように、押さえ込む様を現します。
いわゆる「あいしょう・相性」が五行であり、循環する方向の流れが吉(相性が良い)であり、相対する性とは、凶(相性が悪い)と見るわけです。

平成29年丁酉の年 干支 FBイントロ

「平成29年年賀+干支の話し」が長くなってしまったので、FBへ解題を投稿。
ここから、長い干支の分析へと導きます。

平成29年 年賀+干支の話し 丁酉

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

平成29年 2017年 1月1日 丁酉(ひのととり・34番) 元旦

丁酉:ひのととり ⇒ ひのとり(火の鳥) と縮めちゃいましょう。
火の鳥・フェニックスが今年のイメージ。

・・・・・ ・・・・・ いつもの干支を巡る与太話です。お暇な方はどうぞ ・・・・・

今年はどうなるやら・・・。
いにしえの先賢の経験知の積み重ねである干支から今年の傾向を探ってみましょう。

昨年のイントロ。
読み返してみると、主張したいことは昨年と同じ故、今年バージョンに字句を訂正、多少強化をして再掲載。
思っていること、考えていることは進歩しないですね。

平成28年 年賀+干支による運気

—————————————————————-

東日本大震災、福島原発の発生からはや6年が経過しておりますが、問題解決への道程は遠く、なかなかに進まず、それどころか新たな問題、負の資産が増すばかりのようです。
天災とはいいながら、人災であることが色濃くなってきております。
また、火山活動も全国で活発化し、一昨年から山で入山禁止が相次ぎ、現在も持続しております。
豪雨による災害は、山筋の土石流のみならず、低地の洪水被害を引き起こしてしまいました。
岩手、熊本では、災害の傷跡が消えやらぬ内に再び災害に見舞われるという状態、岩手では地震災害の後に豪雨災害、熊本では豪雨災害の後に地震災害という具合となりました。
気候変動は落ち着く様子はなく、ますます極端化の一途。
もう、全国、何処に発生してもおかしくはないという状態になってしまいました。
一昨年、昨年と年を越しても暖かな日が続き過ごしやすいお正月となりました。
しかし、各地のスキー場が小雪で困っております。
これも気性の極端化のあらわれ、冬の暖かさ、小雪は、夏の渇水の先触れ。
雪も又、小雪傾向が続いています。
昨年は関東地方では渇水の心配もしましたが、豪雨により救われた形になりました。
季節、その季節らしい装いで巡ってこないと、人間社会のみならず生き物の世界も攪乱されてしまいます。
地球規模の大変動期に入ったとされておりますが、大過なく、一年を暮らすことができれば良いと願っております。

被災地の調査や、倒木事故の情報を見るにつけ感じることは、災害により被災に会う、会わないは紙一重。
これを避けるためには、危険を察する野生の勘を取り戻し、磨くしかない。
それても足らない、日頃から運の良い人となるように努めなくてはならないと強く感じます。

では、運の良い人になるには?
古今東西の難問です。
このような難問に答えを得るために、東洋では経験知を積み重ねてきました。
その一つが長年の自然観察結果、植物の成長、季節変化の観察結果から洞察することにより得られた十干・十二支の組合せによる干支(えと)です。
干支は、植物の生長の様などの観察と経験より得られた直感(勘)により造られたもの、勘を研ぎ済し、多様な経験を積んだ先哲、先達が、時を超えて経験を蓄積し、整理したものなのだと感じております。

さて、それでは例年のごとく、干支より今年の傾向・年回りをうかがって見ましょう。

・・・・・

東洋哲学は、直線的な時間・空間ではなく、時間・空間・万物の生成化育は循環していると直感的に捉えておりました。
万物のみならず、目に見えない世界、万霊も又あの世とこの世を循環していると感じ取っておりました。
従って、人間から見た場合、天災、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎないと捉えた訳です。
我が国では、そのような感性が当たり前ですから、地震・津波被災に遭っても諦め、混乱の中にあっても我良しに走ることなく秩序だった行動となります。
このような感性・行動に世界が驚愕したと伝えられております。
自然の循環を観察した結果、干支・暦などが生まれたわけですが、現在も正にその循環を感じ取りながら、私たちは生活をしているのです。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)が生まれましたが、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
東西とも、月、星の動きより暦が造られましたが、特に太陽、月、木星の周期に注目しています。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支が対応しているものといえます。
古代の賢人は、太陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
すなわち、人は小宇宙と考え、天・星の運行と密接な関係を見いだそうとしたわけです。
ここから、天・地・人の乱れは連動すると捉え、慎みある生活を送ることにより、天地が安泰であることを祈ったのです。
西洋科学、物質科学では、このような考え方は迷信だと切り捨て、己勝手、自己の権利を主張する訳ですが、人間性という観点から見るならば、自分勝手であることを抑え、慎み、天地の巡りと共に生活をしようというあり方の方が精神的には高く、深いものと思います。
人は地球に溢れ、現在の物の消費と廃棄を是とすることで成り立つ物質文明を、現在の水準で持続させるためには、数個の地球が必要という状態になってしまいました。
このまま地球を食いつぶすか、循環を取り戻し持続可能とするのかは、私たちの行動、考え方にかかっているわけです。
先哲・先賢の循環を基礎とした教えに学び、慎みのある生活へと切り替えて行く時期に来ていると言えましよう。

干支の世界では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図・幾何による占星術)のように星と人とを数で直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還環境を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。
それが十干・十二支(干支)です。

干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄(え)、後を弟(と)としたことより、干支を「えと」と呼ぶようになりました。

五行は、7曜から、太陽と月を除いた5つの惑星。
木星、火星、土星、金星、水星なのですが、新羅万物に対し、この5つの逆走する惑星の性に分け分類し五行説としました。
万物は、五行(五つの性質)から成り立っていて、その消長、結び合い、循環によりあまたの現象として現れるというものです。

兄・弟で陰陽、5グループは五行、偶数と奇数の組合せで物事を理解することができるとしたわけです。
十干十二支では、60年で一周期、還暦となります。
宇宙・天地・自然を貫き、循環するエネルギーの変化の過程を60のタイプに分類したものといえるのです。

今年は、「丁(火の弟)・酉」です。
「ひのと・とり」の年ということになります。
干支の最初甲子(きのえね)から34番目、60年周期(還暦)の真ん中、折り返しから4年目の年の始まりとなりました。
60年の前半で造りあげた事柄の完成へと動き始める時期です。

男(陽)は、42歳が役ですが、陰の女性の場合は33歳が本厄です。
34の今年は、陰の後厄。
厄年をうまくこえると、次の37歳の厄、女を卒業する時期となる庚子(新たな芽生え・更新の象)の厄を楽に越すことができるようになります。
33歳を過ぎると、身体的にはホルモンバランスが変化し、子どものできない身体への脱皮の準備にかかります。
37歳で、脱皮・変身するという事になります。

栄養の不良だった時代、人生50年などと言っていた時代は、老境に入ったとされておりましたが、栄養が良くなった今は、まだまだ若造です。
その次の厄は、陰陽・男女ともに干支が一巡する61歳となります。
還暦60から折り返し、0に戻る巡りが始まります。
120歳、大還暦に向けての折り返しです。

60歳で折り返すと61歳ではなく、59歳、58歳と、だんだん若返って行くと考えると楽しく生きて行けそうです。理想は、0歳の大還暦にあの世に旅立つことです。
人間の生物学的な最大寿命(潜在力)が120年と言われておりますから、大還暦に挑戦するのも一興と思います。

さて、今年の干支を分解して見ましょう。

・十干(根・幹の部分、天) 丁:火の弟(陰)
甲子から始まり、十干3巡目の4年目・丁に入りました。
乙は、芽吹きに備え屈曲している状態、芽が殻の中で縮んだ状態でしたが、丙となり、火(陽気が)働き炳(明らか・つよし)となって行く、すなわち芽が地上に伸びて形をはっきりとさせる状態となったものが、丁では伸びきり、盛を少し過ぎてきた状態(陰)となった事を示している。
すなわち、枝葉を茂らせ、枝がしなだれ下がった状態を示している。
丁の字象は、頭の-(横棒)は昨年の丙(ひのえ)の横棒を引き継ぎ、引き続き丙の延長のまま推移していることを示している。一方、下の│(縦棒)は─(横棒)との緊張、対立の様相があらわれていることを示しており、昨年の流れが持続しつつ、新たな動きが生じ対立が生まれることを示している。

・五行では、丁は火の弟で火。
五行相生説では、木火土金水、木火土金水と循環し、土から金が生まれ、金は水を生むという流れが順当に進んでいることを吉とします。自然の循環に即しているからです。
これとは異なり、五行相克説は他の性に対し優位になる状態を示し、火は金を克し、金は木を克す、のであり、火は金を溶かし、木を倒すのに金物の斧を使うと言うように、押さえ込む様を現します。
いわゆる「あいしょう・相性」が五行であり、循環する方向の流れが吉(相性が良い)であり、相対する性とは、凶(相性が悪い)と見るわけです。

干支の根・幹となる「干」は、盛を過ぎ衰退へと向かう変化の兆しと、その中から変化が生まれ出ようという兆し、衝突し火が燃え上がろうとしているとし、これを革命と見るのである。

・十二支(枝・葉の部分、地) 酉(とり):金・陰
十二支の10番目。
酉は、酒を醸造する器であるが、草木の熟した実を壺に入れ、発酵させた状態である。
酉は、老、飽く、成る、熟す、と意味が通じており、生長したものが熟し老いて行く象である。
新たな勢力があらわれ出る年、革命の年とされている。

以上より、干支の枝である酉は、成熟し老いに向かう象であり、古きものから新しきものへと向かう革命の象とも見ることができる。

酉は、取りでもある。
舞台などの最後を「取り」というが、これは、真打ち・最後の演者がギャラを纏めて受取り、これを分配するところから名付けられたものだが、ものごとの総括、総決算という意味となる。
古きものの総決算としての革命と言う事だろう。

また、酉は、採り、撮り、執り、捕り、であり、物を集めるという意味を含んでいる。
十理(とり)とするならば、篭目(加護目・六芒星)に編んだ籠に閉じ込められた鳥(童謡・カゴメ)が軛を解かれ放たれた象であり、集めた物を腐らせる事なくスムーズに循環する世界(1→10・十理)を指すものとなる。

干(幹)支であるから、丁を幹とし、酉を枝葉として兆しを捉えることとなる。
幹は伸び盛を過ぎたが、枝葉は茂り実を稔らせ、熟した実が発酵している。
幹は火のように勢いがあり、枝葉は黄金のように耀いている。
しかし、その影・内部(陰)では、新たな芽生え、ひこばえが動きはじめている。
五行的に見るならば、幹は火、枝葉は金、火は金に勝(克)つという五行相克となっており、変化が表に出るためには大きな力が必要ようとなり、革命的な様相を帯びることとなる。
ということが、今年の象と見ることができる。

干支では、3年を一つの区切りとして動きを読み取っている。
甲午、乙羊、丙申と続いた3年の区切りが終え、今年から丁酉、戊戌、己亥と続く新たな展開、革命・革新の3年の始まりである。

政治、経済など、自分の興味のある処に、このような象が暗示する様を当てはめ、各人が考察する必要があります。
干支の示すところをヒントに、幹と枝葉の関係などの事象がなにを現しているのか、考えてみると面白いでしょう。

自分、個人の興味ある分野について干支の示す象を考察する前に、参考として十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせた60年(一元)を一区切りとして過去へさかのぼり、世情を確認して見ましょう。

・昭和32(1957)年(一元前)
ソ連、米国へ核実験の中止を申し入れ。
東海村原子炉臨界、原子の火がともる。
日本原子力発電株式会社設立。
鍋底不況(神武景気と岩戸景気の端境期)。
学生運動の原点となった砂川事件発生。
諫早豪雨(死者856名)
国産1号ロケット。

・明治30(1897)年(二元前)
足尾鉱毒事故被害民の請願運動。
金本位制・貨幣法公布
日本勧業銀行設立。
八王子大火(八王子市の大半焼失)

・天保8(1837)年(3元前)
大塩平八郎の乱
生田万の乱
(天保の改革の切っ掛けとなる)
モリソン事件(米船モリソン号が漂流民を輸送して浦賀港に入港するも砲撃に遭う)

・安永6(1777)年(4元前)
各地で一揆勃発。
三原山噴火。

以上を俯瞰するならば、次のように言えます。
噴火、大火、原子力の火、一揆・乱・学生運動の原点となった事件、それと豪雨。
金本位制、鉱毒など金に関わるもの。
天災、動乱(革命)的な動きが多い年巡りです。
根・幹の部分では、│と─の衝突、幹と枝は、火は金に勝(克)つという五行相克、乱の姿が現れているようです。
一方では、原子力発電、国産一号ロケット、金本位制、ペリーの黒船の来訪へとモリソン号事件など、次の時代への魁となる新たな動きが始まっています。

しかし、特に気になることは、福島原発事故の元となった原子炉が一元前に臨界となっていることです。一元、60年も出しました経たないうちに負の資産となってしまいました。
新たな技術の導入に対しては、慎重に検討を重ね導入を行わないと、一元の巡りを経ないうちに負の資産となってしまうということも示しております。
また、各地での一揆や乱の発生、請願運動、学生運動など、これまで行ってきた諸政策の積もりに積もった歪みが浮上し問題を発生させ、そのつけを一揆・乱・運動が「取り」という形となり総決算へと向かう象ということも言えるのだろう思います。

騒乱へと発展させないためには、干支の示す象より対策を考えるならば、茂った枝葉を整理し、風通しを良くし、林床まで日光が入るようにし、病虫害の発生しにくい状態とすることが大切です。
また、根っ子の部分、土壌の改良も必要となります。
自分の身の回りに発生する可能性のある騒乱とは、その枝葉とは、整枝剪定などその手入れの方法とは、と考察を進めることが大切なのです。

しかし、60年サイクル(一元)はおもしろいですね、一定の傾向が出てくるのは不思議ですね。

酉にこだわるならば、12年毎に巡り来る酉年は、自然災害の発生が多いという傾向があるようだ。
http://www.asyura2.com/15/jisin21/msg/724.html

12年周期の十二支、その5倍のスパン60年の巡りの干支、いずれもが天災の多い年回りのようです。

さて、干支により、今年の年の巡りの傾向がつかみ出せたとしても、対策が上手く行かなければ大変です。
後付けの対策はどうしても対処療法的な部分最適かとなりがちです。
根っ子の部分、劣化した土壌に関する対策まで行うことは困難です。
それでも人災的な問題は対応可能ですが、天災となると手の下しようがありません。
災害、天災、災難に遭わない運の良い人になることが一番です。
このためには、野生の勘を磨かなければなりません。

野生の勘を育てるには、野生の経験を積み重ねるしかありません。
特に、物心のつかない、すなわち幼児期の記憶に残っていない時期、3歳~4歳までの間に、野生の経験を十分に積ませる事が大切です。
妊娠・受精してから、この時期までの間の経験の蓄積が、無意識となり、身体と心の健康を造り出し、運の良い人とします。

image

40億年前に地球上に生命が誕生しました。
私たちは、母体・子宮の中でこの生命の歴史を忠実にトレースし、繰り返して生まれてきます。
そのまくり返しはDNAに刻み込まれ、野生の動物(ほ乳類)は、生まれ落ちたときから自力で立ち上がり、母親のおっぱいへ向かう本能が付与されています。
すなわち、動物の運動機能は、生まれ落ちたときには、一人前に生長しているのです。
その後、栄養の摂取により性の成熟へと向かい、子孫を残して死に至ります。
生命を繋いで行くことが、唯一の使命と言えます。

しかし、人は、大脳が肥大化したため、胎児の身体が一人前になるまで待っていたならば、母胎が持ちません。
このため、生理的早産の状態、未熟な状態で生まれてきます。
このため、自力で歩き、おっぱいにたどり着くことができるようになるまで、守らなければなりません。
このとき、外界に生まれ落ちても子宮の中にいるのと同じ刺激の少ない状態を保ち、次第に刺激の量を増し、外界・野生の世界へと同化させてゆくことが大切となります。
また、ハイハイし、立ち上がり、動き回ることができるようになったならば、なめ回す、触りまくるということになりますが、このとき、身体をフルに使わせ、外界との接触を十分に行わせ、五感の発達を促さなくてはなりません。
このなめ回しにより、環境中のばい菌を取り入れ、腸管免疫の確保・整備が行われます。
それ以前に、母体の産道を通過するとき、おっぱいにしゃぶりついたときに、母体のもつばい菌を取り込み、腸内細菌叢を形成させる事となります。

「眼・耳・鼻・舌・身」という五感をフル活用し、その情報を大脳にインプットし、神経回線が密に、複雑に結ばれることにより「意」の元となる、「意」を支える、無意識がしっかりと形成されます。
五感をフルに使うという事は、なめ回しなどを含め、外界の微生物環境を我が身に受け入れると言うことでもあり、腸内環境・腸内微生物相の多様化・複雑さを増こととなります。
腸内細菌叢を健全に生育させることが、子供の栄養、心身の健康を保つ基となるのです。
大脳のみならず、消化系器官の神経系もまた、動き回り、なめ回すことで回路が繋がれて行くのです。
さらには、免疫細胞の強化・教育も行っているのです。
腸内環境を整えることは、意識ではコントロールできない内臓神経を健全にする事であり、また、大脳神経も健全にする事であり、身体活動のベースとなる無意識は、五感をフル活動させた結果の有形無形の情報との接触により獲得される消化系、及び大脳系神経節の結束と免疫力の賦活なのです。
そして、この無意識をベース、足かがりとして意識の世界へと歩み出すのです。
動物は、無意識の世界を生きており、この無意識の世界の広さ、深さ、多様さを、人も動物である幼児期に形成させることが必要なのです。

40億年の生命の旅を再体験し、腸内細菌叢を育て、動物的な感覚までも体験し大脳に刻み込まなければ人にはなれないのです。
人が、人としての大脳活動・意識をフルに使っての行動を行うためには、生まれ落ちてから五感をフルに使った野生の生活体験が被必要なのです。
人の場合、生命40億年の歴史を繰り返す体験は、子宮の中で終わるのではなく、生まれ落ちてからもの子ごろつくまで、3歳頃まで続くのです。
私見では、野性時代をキチッと過ごさせ自然とふれあう機会の多い子は、勘が研ぎ澄まされ、運の良い人になるのだと思っています。

天変地変が日常化してきた昨今、ますます災害がよけて通る運の良い人となりたいものです。
野生動物は、研ぎ澄まされた感覚、勘により、災害を察知して逃げ出します。
そのような野生を鈍らせず、磨きをかけて行きたいものです。

私たちの年代は、貧しかったが、野山川海、自然の中で、時には生命を落とす危険を冒しながら遊び回っておりましたので、野生の勘は幾分残っていることでしょう。
しかしながら、豊かになるにつれ自然から離れ、野生の勘を培う機会・時を失ってしまいました。
野生の勘を養うためにはということを考え、理解したのは、子をお腹に宿したときからの胎教、生まれ落ちた後の育児、乳幼児期、3歳までの体験の蓄積が大きいのではないかと思い当たりました。
で、このような事を語り始めたところ、講演の機会を得ることができました。
天変地変、及び文明病の激甚化、天・地・人の狂いに歯止めをかけるためには、心身共に健康で、勘の良い(感性に優れた)子ども達を育てることが必要だし、母性の復権を唱えています。

ギリシャ神話の登場人物の一人オイデップスが、顔は人間、身体はライオンという怪獣スフィンクスの謎かけに答えるという話があります。
スフインクスは、通りかかった旅人に謎かけをし、知恵比べを挑み、答えられなかった者喰らってしまう。逆に、正答の場合は、スフィンクスが海に身を投げて自らの生命を断つという設定だ。

その問いは「「朝に4本、昼に2本、夜に3本の足を持ち、その上声を出すものは何か」というものです。
オイディプスはそれは人間であると答えます。
その理由は「人間は幼児の時は4本足で這い、成人になると2本足で歩き、老人になると杖を使うからだ」としました。
なぞなぞの答えとしては、オイデップスの解でよいのだろうが、この答えのみでは何か物足りない。もう少し深い意味があるのでは無いかと考えていたが、フト、先に示した人間の一生の発達段階を示しているのではないかということに思いあたりました。
朝に4本とは、乳幼児期、ハイハイの時期にあたり、4本足を持つ者として象徴される動物の野生の感性を磨き上げる時であり、2本足とは、野生の身体と感性を完成させた後、それを土台として文化・文明を受容し発達させる大人・成人という発達段階であり、3本の足とは、文化・文明を築いてきた老賢者の象徴なのではないかと思うに至ったのです。
胎教に始まり、乳幼児期から3才頃までに至る母子密実一体の時に養われる野生の身体、感性が土台となって、先人が築いた文化・文明を継承し発展させ、老いては若者・後人に文化・文明の精華を賢者として引き渡すという役割、発展段階があるのだろうと思うのです。
このような発展段階を意識するならば、生まれた時から、老いて死するときまでの役割、なすべき事が明確となる。
生き物としての最大の使命は、生命を伝えて行くことなのだがその為の発展段階が明確にされるのだ。
オイディプスは、このような事柄について洞察し返答した。
これにより生命の道の本質の継承が図られた故、その後はオイデップスとして象徴される人に任せ、スフインクスは生命の源たる海に身を投じ、生命の大元へと立ち返ったと見ることができるのではないだろうか?

災害から逃れることのできる運の良い人ということから、人間が人として進化してきた生命史、自然の流れに即した野生の心身、感性をもつ子を育てることが大切だろうというところまで来てしまった。

————————————- いつもの毎年同じ能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)により発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。
中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代はすべてが循環するという世界観でした。
しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というスピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これは、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干十二支は5×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れると感じていた模様です。人間の寿命では、、120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、社会的活動ができるのが約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すという事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、いずれかの時期に合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせたため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思います。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえましよう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

大地震は70年
不況は60年
とも言われます。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事、1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいたというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上 十干十二支・干支をヒントに、イメージを広げてみました。

平成28年 年賀+干支による運気

平成28年 2016年 1月1日 丙申(ひのえさる・33番) 元旦

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

・・・・・ ・・・・・ いつもの干支による与太話です。お暇な方はどうぞ ・・・・・

今年は、どうなるやら・・・・・。
干支から。

東日本大震災、福島原発の問題は5年を経過しておりますが、なかなかに進みません。
また、火山活動も全国で活発化し、昨年五月の連休にはあちこちの山で入山禁止が相次ぎました。
豪雨による災害は、山筋の土石流のみならず、低地の洪水被害を引き起こしてしまいました。
気候変動も落ち着く様子はなく、年を越しても暖かな日が続き過ごしやすいお正月でしたが、各地のスキー場が小雪で困っております。
地球規模の大変動期に入ったとされておりますが、大過なく、一年を暮らすことができれば良いと願っております。

被災地の調査や、倒木事故の情報を見るにつけ感じることは、被災する、しないは紙一重。
危険を察する野生の勘を取り戻し、磨くしかない。
それても足らない。
運の良い人にならなければならないな、と強く感じます。

では、運の良い人になるには?
古今東西の難問です。
このような難問に答えを得るために、東洋では経験知の積み重ねを行ってきました。
その一つが長年の自然観察結果から得られた十干・十二支の組合せによる干支です。
経年のごとく、干支より今年の傾向を見てみましょう。

運の良い人、とは災難に遭わずに済む人のことです。
このためには、野生の勘を磨かなければなりません。
干支とは、野生の勘が磨かれていた先哲の経験知の積み重ねにより生まれたものと思います。
干支を参考としつつ、それぞれが野生の勘を研ぎ澄ませてください。

野生の勘を育てるには、野生の経験を積み重ねるしかありません。
特に、物心のつかない、すなわち幼児期の記憶に残っていない時期、3歳~4歳までの間に、野生の経験を十分に積ませる事が大切です。
妊娠・受精してから、この時期までの間の経験の蓄積が、無意識となり、身体と心の健康を造り出します。

40億年前に地球上に生命が誕生しました。
私たちは、母体・子宮の中で生命の歴史を忠実にトレースし、繰り返して生まれてきます。
野生の動物(ほ乳類)は、生まれ落ちたときから自力で立ち上がり、母親のおっぱいに向かいます。
すなわち、大小は別にして、運動機能は一人前に成長しているのです。
その後、栄養の摂取により性の成熟へと向かい、子孫を残して死に至ります。

しかし、人は、大脳が肥大したため、身体が一人前になって生まれると母胎が持ちません。
このため、生理的早産の状態で生まれてきます。
このため、自力で歩き、おっぱいにたどり着くことができるようになるまで、守らなければなりません。
このとき、外界に生まれ落ちても子宮の中にいるのと同じ刺激のすくない状態を保ち、次第に刺激の量を増し、外界・野生の世界へと同化させてゆくことが大切となります。
また、ハイハイし、立ち上がり、動き回ることができるようになったならば、なめ回す、触りまくるということになりますが、このとき、身体をフルに使わせ、外界との接触を十分に行わせ、五感の発達を促さなくてはなりません。

この「眼・耳・鼻・舌・身」という五感をフル活用し、その情報を大脳にインプットし、神経回線が密に、複雑に結ばれることにより「意」の元となる、「意」を支える、無意識がしっかりと形成されます。
五感をフルに使うという事は、なめ回しなどを含め、外界の微生物環境を我が身に受け入れると言うことでもあり、腸内環境・腸内微生物相の多様化・複雑さを増こととなります。
大脳のみならず、消化系器官の神経系もまた、動き回り、なめ回すことで回路が繋がれて行くのです。
さらには、免疫細胞の強化・教育も行っているのです。
腸内環境を整えることは、意識ではコントロールできない内臓神経を健全にする事であり、また、大脳神経も健全にする事であり、身体活動のベースとなる無意識は、五感をフル活動させた結果の有形無形の情報との接触により獲得される消化系、及び大脳系神経節の結束と免疫力の賦活なのです。
そして、この無意識をベース、足かがりとして意識の世界へと歩み出すのです。
動物は、無意識の世界を生きており、この無意識の世界の広さ、深さ、多様さを幼児期に形成させることが必要なのです。

40億年の生命の旅を再体験し、動物的な感覚までも体験しなければ人にはなれないのです。
人が、人としての大脳活動・意識をフルに使っての行動を行うためには、生まれ落ちてから五感をフルに使った野生の生活体験が必要なのです。
人の場合、生命40億年の歴史を繰り返す体験は、子宮の中で終わるのではなく、生まれ落ちてからもの心がつくまで続くのです。
私見では、野性時代をキチッと過ごさせることのできた子は、勘が研ぎ澄まされ、運の良い人になるのだと思っています。

干支は、植物の生長の様などの観察から造られているわけですが、そのような勘が研ぎ済まれ、多様な経験を積んだ先哲、先達が、時を超えて経験を蓄積し、整理したものなのではないかと思っています。

・・・・・

自然の中での生活は、万物の生成化育・循環の中に包み込まれています。
人から見た場合、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎません。
そのような自然の循環を観察した結果、干支・暦などが生まれました。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支と対応しているものといえます。
太陽、月、木星の周期から暦が造られたという事になります。

人は小宇宙という考え方があります。
ならば、人々の織りなす社会は人が集まった宇宙とも言えます。
古代の賢人は、太陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
中国では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図・幾何による占星術)のように星と人とを数で直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還環境を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。
それが十干・十二支(干支)です。

干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄(え)、後を弟(と)としたことより、干支を「えと」と呼ぶようになりました。

五行は、7曜から、太陽と月を除いた5つの惑星。
木星、火星、土星、金星、水星なのですが、新羅万物に対し、この5つの逆走する惑星の性に分け分類し五行説としました。
万物は、五行(五つの性質)から成り立っていて、その消長、結び合い、循環によりあまたの現象として現れるというものです。

兄・弟で陰陽、5グループは五行、偶数と奇数の組合せで物事を理解することができるとしたわけです。
十干十二支では、60年で一周期、還暦となります。
宇宙・天地・自然を貫き、循環するエネルギーの変化の過程を60のタイプに分類したものといえるのです。

今年は、「丙(火の兄)・申」です。
「ひのえ・さる」の年ということになります。
干支の最初甲子(きのえね)から33番目、60年周期(還暦)の真ん中、折り返しから3年目の年の始まりとなりました。
60年の前半で造りあげた事柄の完成へと動き始める時期です。

女性の場合は33歳が本厄、厄年にあたります。
33歳の厄を上手く超えると、次の37歳の厄、女を卒業する時期となる厄を楽に越すことができるようになります。
33歳を過ぎると、身体的にはホルモンバランスが変化し、子どものできない身体への脱皮の準備にかかります。
男では、42歳の厄がこれに当たります。

栄養の不良だった時代、人生50年などと言っていた時代は、老境に入ったとされておりましたが、栄養が良くなった今は、まだまだ若造です。
その次の厄は、陰陽・男女ともに干支が一巡する61歳となります。
還暦60から折り返し、0に戻る巡りが始まります。
120歳、大還暦に向けての折り返しです。

60歳で折り返すと61歳ではなく、59歳、58歳と、だんだん若返って行くと考えると楽しく生きて行けそうです。理想は、0歳の大還暦にあの世に旅立つことです。
人間の生物学的な最大寿命(潜在力)が120年と言われておりますから、大還暦に挑戦するのも一興と思います。

さて、今年の干支を分解して見ましょう。

・十干(根・幹の部分、天) 丙:火の兄(陽)
甲子から始まり、十干3巡目の3年目・丙に入りました。
昨年、乙は、芽吹きに備え屈曲している状態、芽が殻の中で縮んだ状態でしたが、丙となり、火(陽気が)働き炳(明らか・つよし)となって行く、すなわち芽が地上に伸びて形をはっきりとさせる状態を示している
ます。
また、神に生け贄を捧げる机の象であり、生け贄を火で赤々と燃やすから炳。
物事がはっきりと形をとって現れるということを意味します。
植物の生長を形象として見る十干としては、丙は、五行のはじめの季節、春の盛と見ることができる。
植物が発芽し、炳然(へいぜん)現れ出ることとなる。

しかし、丙の上の一の字は陽気を現すのですが、その下は冂に入るであるから陽気が箱の中に閉じ込められ衰退するということも示している。
明らかになったから、消失へと向かうのであるが、まだまだ充実しているということを示している。
また、下の開いている箱だから、箱を持ち上げると逃れられることも示している。

・五行では、金。
五行相生説では、木火土金水、木火土金水と循環し、土から金が生まれ、金は水を生むという流れが順当に進んでいることを吉とします。自然の循環に即しているからです。
これとは異なり、五行相克説は他の性に対し優位になる状態を示し、火は金を克し、金は木を克す、のであり、火は金を溶かし、木を倒すのに金物の斧を使うと言うように、押さえ込む様を現します。

いわゆる「あいしょう・相性」が五行であり、循環する方向の流れが吉(相性が良い)であり、相対する性とは、凶(相性が悪い)と見るわけです。

・十二支(枝・葉の部分、地) 申(さる):金・陰
十二支の9番目。
申は、伸と同じで、万物が伸びる、草木が十分に伸びきった状態を示しています。
進展する力に満ち、陽気が盛んなのですが、伸びきることにより陰気が詰まってくるという事でもあります。
あるいは、伸、人が真っ直ぐ伸びた形、申は電光を現しています。
子(ね)から生長が始まり、半ばを超え、夏から秋となり、秋にさしかかっている状態と言えます。
時間で言えば、午後3時から5時、七つ時にあたります。

子(ねずみ)の芽吹きから始まり9番目の申(さる)、すなわち夏が過ぎ秋に入り、枝葉が繁茂しているが次第に衰えて行く姿といえる。

根・幹を現す十干は、芽を地上に現し、伸びて形をはっきりさせる状態であり、
枝葉を現す十二支は、晩秋にさしかかり枝葉を茂らせるも冬支度に懸かっている状態を表している。
幹は旺盛に伸びつつあるも枝葉の部分は衰え始まっているという事でしょうか?
あるいは、天は旺盛だが、地は秋の気配が訪れているという事でしょうか?
矛盾を抱えている象と言えます。
あるいは、根・幹は陽気が満ちあふれてはいるものの箱に閉じ込められており、このため枝葉は秋の様相を帯びているということで、このままでは、物事が明らかにされつつ、次第に衰退に入って行くということなのかもしれません。
ならば、陽気を箱から取り出すことにより、陽気が形となって発揮されるのかもしれません。
その箱とは何か、相性の良い土・水の示すものは、また、相性の悪い火と木とは?

政治、経済など、自分の興味のある処に、このような象が暗示する様を当てはめ各人が考察する必要があります。
干支の示すところをヒントに、自分にとって幹は旺盛だが、枝葉が衰え始めているという事象がなんなのか、考え理解し、対策を実行することにより成功が訪れる、または、閉じ込められた陽気を箱から出すためになにをなすか、などと解釈するということになる訳です。

大きな話しとして政情を見るために、十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせた60年を一区切りとして過去へさかのぼって見ましょう。

昭和31(1956)年(一巡前)
原子力三法公布施行。原子力委員会が発足。
第4回参議院選挙。昨年結党した自由民主党過半数を確保。
国際連合加盟。
日ソ交渉再開。日ソ漁業条約・海難救助協定調印。国交回復共同宣言調印。
三陸沖に大津波襲来。一万6千余戸が全壊、流出、2万7千人余りの死者が出る。
北京で戦後初の日本商品見本市を開催。
神武景気、造船高世界第一位となる。
デパートラッシュ。
太陽の季節。太陽族。
映画館新築ブーム。
もはや戦後ではない。
水俣病問題化。

明治29(1896)年(二巡前)
清国、仏、オランダなどと通商航海条約調印
日本郵船、欧州定期航路を開設。
日露協商条約調印。
伊藤博文首相(第二次内閣)、内閣不統一により辞表提出、黒田清輝枢密院議長が臨時首相兼任。
朝鮮親露クーデター。
台湾総督府条例公布。
明治三陸大津波 死者2万人
信濃川堤防決壊
陸羽地震。 死者209名
富山県下大大水害 流出3000戸
函館大火 2220戸消失
豊田佐吉、自動織機発明
映画の一般公開。

天保7(1836)年(三巡前)
唐物密輸取締。
幕府、米の石高に応じ江戸廻送を許可。
東海、陸奥などの酒造りを禁ず。
諸国飢饉、奥羽地方が酷く死者10万人を越えた。
全国で農民一揆。

享保元(1716)年(四巡前)
霧島山、噴火。
徳川吉宗将軍となり、享保の改革に着手。
大阪で大火。

4巡前は、
徳川幕府ができ100年余りが経過し、江戸中期に入った。
米を経済の基本とした経済運営を行ってきたが、そのほころびが出始めた。
8代吉宗が将軍職に就き、財政を安定させるための改革に乗り出した。
甘藷の栽培、治水の実施や目安箱を置き、小石川養生所を設置するなどを行った。
石高を上げるために新田開発に力を入れた。
基教に関係のない漢訳洋書の輸入を緩和した。
しかし、米の生産量が増えることにより、逆に米価の下落を招くなどの問題が生じた。
力をつけ始めた商人の力を殺ぐため贅沢を禁じたため、商業は振るわなくなった。

吉宗は善政を行ったが、家康のさだめた米を中心とする経済を遵守し、商人・商業を抑圧したために経済は困窮していった。
一方、漢訳洋書の輸入を緩和したことにより、国外の諸事情、技術情報の入手が可能となった。

幹としては妥当と思える政策を実施したが、商業の発達という時代の流れを見定めることができなく、改革は上手く行かなかった。
気概と結果が上手くつながって行かなかったのです。
丙子申は、そのような結果に終わった享保の改革の始めの年にあたるのです。

3巡前は、
天保の飢饉が続き、全国で農民一揆が多発した。
一方、西南諸国は、支那との密貿易により財政を整えていった。

ここにも、困窮による一揆の多発と、密貿易による冨の蓄積という矛盾が現れています。

2巡前は、
日清戦争終結後のひとときの平和の年。
日清通商航海条約を締結し、三国干渉などにより低下した海外に対する影響力を強化するために日本郵船、欧州定期航路を開設した。

大きな特徴はない年だが、つかの間の平和の中で、次なる戦争の準備が進められていたのだろう。
幹の部分の戦争準備と、枝葉の庶民の一時の平和。
と、思いきや、地震、津波、洪水、大火、災害の当たり年となってしまいました。

1巡前は、
神封景気に踊っている中、原子力委員会が発足し、三陸を大津波がおそっている。
日ソ国交の回復、北京での見本市が行われている。

幹の部分は神封景気に浮かれているが、枝葉の部分では、津波被災が深刻となっている。
1巡前、2巡前、三陸筋には津波がおそっている。
巡りから、5年ほど速かったという事になるのだろうが、干支をキチッと見定めていたならば、そろそろ津波が襲ってくる周期だと、準備ができたようにも思える。
このような事を感じ、身体が動く人が運の良い人なのだろう。

丙申の年周りは、火山の噴火、津波、冷害による飢饉と農民一揆という天変地変と騒乱が発生しているようです。
津波の襲来と原子力委員会の発足の時が重なっているのは興味深い事実です。
偶然とも言える関連ですが、津波と原子力発電所の関係については、突っ込んだ議論をすべきサインが出されていたとも受け取れます。
また、漢訳洋書の輸入緩和、支那との密貿易、欧州航路の開設、ソビエトとの国交回復など、海外との関係も共通項としてありそうです。
新たな動きの前兆でしょうか?
漢訳洋書の輸入が蘭学の興隆繋がり、倒幕に至る経緯となってしまうのですから、これもまた、皮肉・矛盾と言えるのかもしれません。
また、根・幹の取る方向により、枝葉である庶民に与える影響がマイナスだったり、結果が矛盾している場合が多いようです。

しかし、60年サイクルはおもしろいですね、不思議ですね。
全壊の三陸津波の襲来と原子力委員会の設立の時期が重なっていたとは、意外でした。
真摯に自然現象、災害について考察していたならば、福島原発は防ぎ得たとつくづく思います。
福島原発は、結果として臨界爆発に至りましたが、電源さえ確保出来ていれば防ぎ得た事故です。
技術の問題ではなく、人災と言える事故です。

人災の発生を防ぐためには、自然、見えぬ世界、物言わぬ世界に対して真摯に振る舞うことが必要です。
科学技術を過信して、危険を察知する勘が鈍ったために発生してしまった事故と言えます。

いずれの災害発生地を見て回っても、死者が発生するという事の裏には、人災的な要素が読み取れます。これを、予想外として片付けさせてしまうことは問題があると思います。
災害が発生した後に現況復旧を行い、類似箇所を含め災害対策の予算を付ける、ということが現状ですが、これでは、対処療法であり、手遅れとなってしまいます。
予想外の災害を防ぐことはできません。
対処療法ではなく、干支のような大きな視点で物事を見る目も必要なのではないでしょうか?

勘と経験の世界、野生の勘の世界を余りにも軽視しているために天災と言われる事故、その他の社会的な問題が多発していると言えると思います。

経済、政治、医療、教育、様々な問題が発生していますが、みな、自分さえ良ければ良い、今さえ良ければ良いという、「我良し」の発想が招いた問題だと思います。
歴史は繰り返すと言いますが、問題を繰り返し、繰り返す毎に被害を大きくしていたのでは洒落になりません。
科学技術が発達すればするほど、その影響は甚大となって行きます。

科学技術が発達すればするほど、巨大科学となり、その全貌を把握できる人間がいなくなり、また、手足、五感を使い経験を積み重ね、勘を磨く機会が失われ、勘が鈍って行く。
そして、巨大科学・技術と人間の間が無限に開いて行く。
この逆説的な状況について真摯に考えてゆくことが必要です。

巨大科学・技術を使いこなすためには、逆説的となりますが、野生の経験を積み、勘を研ぎ澄まし、不測の事態、予測不能に対応可能な人材を育てる必要があろうかと思います。
ひと言で言うならば、全体を見通す目を持った、運の良い人です。
科学が進むほど、人材が育たなくなっていると感じるのは私だけでしょうか?
巨大科学・技術を使いこなすためには、科学的な素養と共に、天象地象から干支を感得した先人・賢哲のような能力を持つ人材を育成しなければならないのです。

東洋哲学は、天地人の調和を考究するものです。
人の和の乱れが、天変地変を招くものと考えられております。
また、人の和(バランス)を保つためには、忠恕なる人を育てることにあるとしております。
科学・技術教育のみならず、孔子の言う忠恕、孟子の言う仁義という感覚が必要になるのです。
人材教育をしっかり行い、その上で科学・技術教育がなされなければ、人災的な要素の払拭は困難でしょう。
そして、人間はますます部分の仕事、部品のように取り扱われるようになってしまいます。

中国・韓国などとの問題、グローバル経済という人の和が乱れた結果、豪雨災害・火山・地震などの増大へと繋がっているように思えます。
干支などの東洋哲学を、迷信と捉えるか、経験知と捉えるかは各人の考え方一つです。
ただ言えることは、地下資源をやたら掘りまくり、エネルギー源として石油・石炭を燃やし続けた結果、地球規模の環境問題が発生したと考えられているのですから、「我良し」の人間が増え、人の和の乱れが天変地変を招いている、ということも否定できないと思う訳です。

現代教育では、神様・仏様の実在を証明できないからいないとされています。
しかし、証明されていないものの存在は、確率から言うならば居るも居ないも50%です。
基教など一神教の神が、旧約・新訳に記された状態で存在するとは思えませんが、確率論的には、神・仏が存在する可能性は高いと言えます。
特に、我が国のように自然そのものを神と捉える、祖先を神として敬うという信仰形態の場合はなおさらです。
さらに言うならば、神仏はその存在を問うものではなく、各人が感じ取る、感得するものなのですから、居る、居ないという問題では無いのです。
感じられる人には居るのであって、感じられない人に取っては居ないのです。
それは、芸術を理解できる、感じ取れるということに似たものと言えます。
感じ取れるという事は、嫌なものは回避でき、良きものには同化できるという事で、運の良い人の基本となる能力だと思います。
信仰とは、地球・自然に対する謙虚な姿勢そのもの、地球・自然の状態を感じ取ることのできる感覚に根ざしているのだと思います。

————————————- いつもの毎年同じ能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)により発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。
中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代はすべてが循環するという世界観でした。
しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というスピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これは、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干十二支は5×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れると感じていた模様です。人間の寿命では、、120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、社会的活動ができるのが約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すという事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、いずれかの時期に合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせたため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思います。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえましよう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

大地震は70年
不況は60年
とも言われます。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事、1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいたというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上 十干十二支・干支をヒントに、イメージを広げてみました。

TDMのみなさん
「ひまなか」こと、中野です。

本年も、TDMよろしくお願いいたします。

大神さんのNo.10088「腐朽菌との戦い」で年末を迎えました。
樹木医、永遠の課題ですね。

昨年は、No.9579に始まり1年のメール数は509通、1日当たり1.4通の情報交換となりました。
参加者は586人と漸増ですが新たな参加者が増えております。

みなさまのおかげで、いろいろな情報交換・交流ができました。
ありがとうございました。

みなさま情報発信力のみが頼りのTDMです。

今年も、情報発信・情報交換の輪を広げてゆくことにご協力ください。

平成26年 2014年 1月1日 甲午(きのえうま・こうご) 元旦

 ・・・・・ ・・・・・ 毎年の、いつもの与太話です。お暇な方はどうぞ ・・・・・

今年は、どうなるやら・・・・・。干支から。

東日本大震災・福島原発という予測不能と称された災害から3年が経過しようとしております。

東日本大震災の復興は遅遅として進まず、当初の狼煙の勢いは失速し、なし崩しに災害復旧対策の原則である現況復旧(平時の災害対応)へと向かっております。

地域の住民の方々も、遅れに遅れる震災対策に翻弄され、早期の現況復旧を望む声が高まっております。

最初の手の打ち方のまずさが、最後まで尾を引いてしまいました。

災害を機会に「禍転じて福となす」という発想は、取り入れられることなく、遠のいてしまいました。

グランドデザインを示すことができず、かけ声と部分最適化に終始するのみの縦割り行政の結果です。

せっかくのチャンスを生かし切れない、残念な事です。

これも又初動が悪いため国民の信頼を失い、健康被害のない部分に対してまで除染を行い、無駄金を使い、非生産的な作業を進めるというお粗末さ。

除染作業ではなく、除染は詐欺よ!と叫びたくなってしまいます。

外来種問題についても同じ事。

明治まで遡って無理矢理悪者を造り出すというやり方は、褒められたものではありません。

環境問題といいながら、環境問題の専門家と称する学者・識者が自己の専門家集団・派閥のために動いています。自己の主張を通すため、嘘も方便と事実に基づかない論文を根拠に迫ります。
それが自己の都合に合うため、環境省は取り上げます。
嘘も方便で、国民の利益になるならば目もつぶりますが、真逆です。

さすがに、此ではまずいと感じたのか、環境省の方向変換が始まったようですが、此までの経済的な損失、外来種種は悪者とすり込まれた意識の取り戻しは困難です。

あれやこれや、明治元年1868年以降、戦前戦後一貫として145年にわたり続く行政組織の制度疲労による問題が顕著になった、と考えるのは私だけでしょうか?
明治維新70年後の敗戦で一次改められたかに見えた行政組織のあり方ですが、そこから70年を経過し、制度疲労は再び頭を持ち上げてきたように思えます。

世の中は60年~70年周期で循環するという事が東洋哲学・易などの考え方ですが、今後は如何になることやら・・・・・。

アベノミックスで経済は持ち直す方向へと進んでいますが、今後の消費税の施行もあり余談を許せません。

大正から戦争突入までの間の文書類、世の動きを見ていると、その流れが相似している様に思えます。

昭和初めは世界恐慌などの厳しい時代ですが、個人の残した記録を見ると、意外と昭和10年頃までは明るい感じがします。

暗くなったと感じ始めるのは昭和11年2.26事件以降、高橋蔵相が殺害された後のことです。

2.26等のテロに対して厳罰を持って処理せず容認したため、これに乗じた軍部が政治を掌握し、結託した官僚により様々な法律が作られ、マスコミがこれに悪のりし煽り強化に動いたため、次第に暗く窮屈な世の中になり、国民総動員へと向かいます。

近頃の○○基本法など、法律さえ作れば国民は動くとするやり方は、戦前の動きとの相似を感じます。

一方、3つの大陸プレートが接するあたりでアウターライズ型の余震が多発しており、東京都・関東周辺は不気味な状態を呈しており、予防的な対策が望まれております。

また、伊豆大島などの集中豪雨・台風災害は大規模化し、その復興対策の速やかならんことが望まれます。

政治・経済以上に、災害関連も又気になるところです。

災害被害の規模などの資料を示すのは一生懸命ですが、具体策が目に見えてきません。

このため、自己防衛しか方法はないようです。
自己防衛の究極は、被災時にそこにいないことです。
被災の時は、他所にいるという運を磨くことが一番です。
人様の役に立つことを沢山して、神頼みするしか方法は無いようです。

アベノミックスは、世界恐慌を世界で最初に乗り切った高橋是清蔵相の施策がモデルと言われています。高橋蔵相は、関東大震災の後の不況、満州への進出促進、世界恐慌を乗り切るために起用されわけです。アベノミックスが東日本大震災の後、長引くデフレ基調の元、中国への市場進出という環境の元で始められたことと社会環境も相似しております。

このようなことから類推するならば、もし、2度の消費税などでアベノミックスがつまずくならば、高橋是蔵相亡き後と類似する軌を辿るやもしれません。

・・・・・

自然の中での生活は、万物の生成化育・循環の中に包み込まれています。
人から見た場合、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎません。
そのような自然の循環を観察した結果、暦が生まれました。

アベノミックスも又、大きな周期の中、類似の環境の中で船出したように思えます。
過去に学び、同じ轍を踏まないことを祈ります。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支と対応しているものといえます。

人は小宇宙という考え方があります。
ならば、人々の織りなす社会は人が集まった宇宙とも言えます。
古代の賢人は、大陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
中国では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図)のように星と人とを直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。

干支を「えと」と読みますが、これは兄(え)弟(と)から来ています。
干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄、後を弟としたことより、「えと」とよぶようになりました。

今年は、
甲午ですから、木の兄・午ですから、「きのえ・うま」の年と言うことになります。
干支の最初甲子(きのえね)から31番目、60年周期の真ん中、折り返しの始まりとなりました。
木(木行)は、樹木の生長する様を現すものであり、生命の泉から涌き出て流れ、胎内と霊性を兼ね備える性質を表す「冬」に培われた気(木)が青々と伸び始めるという「春」の象徴でもあります。

甲午:

・十干(根幹) 甲:陽の木

これまでは干では、水=冬(増ゆ)、春に向けでじっくりと内実の力を蓄えている時期でしたが、甲となり、これからは芽吹きの時期となります。

しかし、まだ春早い時期、木の芽が堅いからの中から出ようとしている象。

人の世で言うならば、古い体制が次第に崩れ、次の時代を担う新たな動きが生まれつつある。

・十二支(枝葉) 午:陽の火

支では、午。十二支の7番目、これもまた干支と同じ半ばの象です。
半ばではありますが、午には逆らうという意味があり、陽気が下から上に突き上げることを象っています。
旧来のしきたり陋習を打ち破り革新的な動きが出てくる年回りとされています。
陽の木・陽の火 ⇒ 相生(木生火) 火によって木が燃えさかるという兆しでもあります。

これらをまとめると、「旧来のしきたり風習に包まれつつ、新たな息吹が出現してくる象」とされます。

先に述べた、先例主義の玩弄陋習な現在の官僚機構が解きほぐされ、新たな動きが洗われるという事でしょうか? 良き方向への動きであることを望み祈ります。

十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせると60年周期となりますが、60年を一区切りとして過去へさかのぼると、

・昭和29 (1954)年
教育二法案・教員の政治活動制限
第5福竜丸・ビキニ環礁で被爆
防衛庁設置・自衛隊設立
自衛権の保有と自衛隊は合憲の統一見解発表

・明治27(1894)年
日英新通商航海条約・地外封建の撤廃なる
日清戦争布告・黄海海戦勝利・旅順占領
日本国内に挙国一致的雰囲気広がる

・天保5(1834)年
天保の飢饉の最中
鉄線の増鋳

・正徳4(1714)年
外国船との海上密貿易の禁止
金銀の改鋳

徳川時代は、江戸幕府ができてから100年余りが過ぎ、鎖国した中でも商人か力を付け、幕府は天保・正徳など改鋳によるデノミにより財政難を切り抜けてきました。

しかし、寒冷化による飢饉などの発生により状況は悪化の一途を辿り、その後の黒船の来朝などにより、やがては倒幕へと結びついて行く変化の兆しが見え始めるという年回りとなっています。

明治27年に入ると、開国の際に締結させられた英国との不平等条約を自力撤廃に持込、日清戦争に打ち勝つなど列強への仲間入りの兆しが見え始めました。

これもまた、変化の兆しです。

しかし、日清日露の大戦にからくも勝利を収めたが、その後、戦後の処理が悪く、国民の理解を得るに至らず、中国とアメリカなどとの多方面展開を余儀なくされ大東亜戦争へ突入し敗れるという変化の結末を迎えます。稚拙な官僚主義が招いた結果です。

戦後の昭和に入ると、昭和29年には自衛隊を設立し自衛可能・自立した国家となる兆しが芽生えています。

この兆しが現在は、防衛庁を防衛省に格上げし、自衛隊海外派遣するにまでに至っています。

甲午の年回りは、外国との関係・防衛問題が浮上するとともに、財政悪化対策が国内政情不安に結びつく兆しを秘めているようです。

————————————- いつもの毎年同じ能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)より発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。

中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代はすべてが循環するという世界観でした。

しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というスピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これは、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干十二支は10×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れると感じていた模様です。120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、、社会的活動ができるのが約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すという事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、どこかで合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせたため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思います。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえましよう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事を1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいたというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上 十干十二支・干支をヒントに、イメージを広げてみました。

謹賀新年 平成25年元旦

昨年は、大変お世話になりました。
今年もよろしくお願い申し上げます。

平成25年 2013年 1月1日 癸巳(きし・みずのとみ)・昭陽大荒落 元旦

地震・津波、台風・集中豪雨+福島原発という予測不能が連発した年から、2年が過ぎようとしております。
その後の後始末は遅々として進まず、今年こそは、復旧・復興が速やかに進まんことを祈ります。

新たに阿部内閣が発足し、建設系株価はのきなみ高騰。
復興の兆しが見えてきました。
公共投資が増すことにより、経済循環が始まることを期待します。
民衆が生活自営のためにため込んだ資金を、0%金利とし、金利の高い海外に資金移動を計り、某国に貢ぐのではなく、国内に循環させてもらいたい物です。

経済が立ち直り、より良き一年となるよう、年頭にあたり祈念いたします。

・・・・・

自然の中での生活は、万物の生成化育・循環の中に包み込まれています。
人から見た場合、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎません。
そのような自然の循環を観察した結果、暦が生まれました。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支と対応しているものといえます。

人は小宇宙という考え方があります。
ならば、人々の織りなす社会は人が集まった宇宙とも言えます。
古代の賢人は、大陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
中国では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図)のように星と人とを直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。

干支を「えと」と読みますが、これは兄(え)弟(と)から来ています。
干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄、後を弟としたことより、「えと」とよぶようになりました。

今年は、
癸巳ですから、水の弟・巳ですから、「みずのと・み」の年と言うことになります。

水(水行)は、生命の泉から涌き出て流れ、胎内と霊性を兼ね備える性質を表すとされ、「冬」の象徴でもあります。
この後、春である木(木行)へと五行は循環します。

前段はこの程度とし、毎年恒例の年頭の与太話です。

干支・十干十二支(天干地支)から、今年の雰囲気をよみとると・・・・・・。

癸巳(きし・みずのとみ=水の弟・蛇) 甲子(きのえね)から始まり30番目
60年を一年とするならば、その半ば、6月末、夏至(6月21日)の時期。

・十干(根幹)
癸(き) 甲(きのえ)から始まり10番目。最初に立ち戻る。
四方に刃が突き出た戈(ほこ)のことで、これを使って計ることを意味する。
種子の内部が計りうるほど成熟した状態を示す。
昨年の壬(じん)は、女性が妊娠した形。
草木が種子の内部に新しい生命を妊んだ状態。孕む、大きく成る。
であるから、種子が成熟し、殻を破り外へ飛びださんとしている象。
十干の最後。甲(発芽)へ還る象。

・十二支(枝葉)

巳(み・し) 子(ね)から始まり、6番目。中間の折り返し。
中国古代は、蛇形を神としてまつったことから、自然神をまつる(祀)ことを指す。
蛇の形で、くねくねしたさまをさす。これより先に進みがたし。
巳(し)は、「止」と同音のため、草木が盛りを極めて止まった状態を指している。
または、子(ね)より始まった陽(心)の気が、十二支の半ばの巳に止まり(終わり)、翌年午(午)から陰(物)の気が始まる。
陽の気が極まり、物事は一端集結し、新たに始まる、物象化するという意を持っている。
蛇は、旱魃の兆しとも言われている。
蛇の冬ごもりのように、身を潜め時期を待つべき時とも言われている。

これらを総合すると、
季節は6月末、植物は茂り成熟し、実はまさに飛びださんとしている。
新たな生命の始まりのための準備が整った。
しかし、季節は夏に向かい、乾燥している。
芽を吹き出させるためには、今しばらくの辛抱が必要だ。
変化をもたらそうと、もだえているようです。

十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせると60年周期となりますが、60年を一区切りとして過去へさかのぼると、

昭和28(1953)年
朝鮮戦争終結
吉田首相、馬鹿野郎解散。
奄美群島日本復帰。
NHKテレビ放送開始。

明治26(1893)年
海軍建艦補充のため内廷費を6年間下付
戦時、大本営条例を公布(日清戦争の準備)
横川・軽井沢間にアブト式線路完成

天保4(1833)年
風水害による奥羽・関東飢饉(天保の大飢饉~1839)
雨害で大島凶作
諸国で米不足、打ち壊しが相次ぐ。
歌川広重「東海道五十三次」

正徳3(1773)年
田沼時代
新銭鋳造(大銭改鋳を中止)
長崎の農民が、米商を襲う。
伊勢尾張水害
大原騒動 (飛騨の百姓一揆}

巳年は、干害とされておりますが、江戸時代の癸巳の年は、冷害・風水害が発生しています。
砂漠の国中国では、干害による飢餓の発生なのかもしれません。
アジアモンスーンの東端の我が国では風水害に変化するのかもしれません。
いずれにしろ、飢餓・飢饉の発生です。

江戸時代が寒冷期になっていたからかもしれませんが、癸巳の年に飢饉が始まっています。
このような様相に比較すると、温暖化?により食料問題が解決されているのは幸せと言えるかもしれません。

明治から昭和の60年間は、戦争の半世紀と言えるのかもしれません。
それ以降、現在に至るまでの60年は、我が国は戦渦にあっておりません。
これもまた幸せな半世紀といえます。

ただし、癸は最初に立ち戻る、巳は折り返しとなっており、何らかの変化が発生し、新たな相へと移り変わる年回りのようです。
先の60年前は、TV放送が始まりビジュアル⇒バーチャルへと進む端緒となりました。
五感を使う時代から、聴覚を主とするラジオ、視覚を使うTVへと進み、IC・ITと進化し、バーチャル・五感を用いず頭の中だけの世界へと進んでしまいました。
そろそろ、ITの果実を受容しつつ、五感、自らの躰を使いこなす時代へと変化をしてもらいたいものです。
自然=躰・五感を使いこなしつつ、第六感・総合・統合へと進むことを期待します。

なぜだか、バーチャルに進み、自然と離れるほど、細分化へと進み、統合・総合を忘れてしまうように思います。

・・・・・ 昨年は、次のようなことを記しました。 ・・・・・

新たな動きの始まりのような年回りのような気がします。
直近の昭和27年には、日本がアメリカより独立しようとしているが、共産・社会主義的な勢力により流血騒ぎが発生。
時がいたり、実をならせ自立・独立へと向かおうとしているが、これを揺さぶるり分裂させようとする動きが現れる。

その妥協の結果の構図が55年体勢、見かけ上の独立、その実態はアメリカの植民地のままとなり、現在まで引き続いております。
植民地と思われないように仕組むソフトな植民地政策、実に巧妙です。それには、内からの迎合・ねじれがあります。

今日、60年、一巡りの後の政治体制、民主・自民の新たな対立構図はどのように集結して行くかが問題です。
55年体制は、自民と社会のなれ合い、自民と民主のなれ合いとなってしまうのでしょうか?

それにもまして、戦前・戦後を通じて温存された官僚体制を改めることができるかが問題です。
戦前の天皇陛下の官僚が、戦後は国民のためではなく、アメリカのための官僚となってしまいました。
しかも、戦後、満州国経営に携わった革新官僚の手による社会主義国家・日本国コンツェルンと言うことが日本の実態でした。
アメリカ主導の下、新たな強兵ぬきの富国政策が始まりました。それにより、豊かな国ができましたが、自立の気概は失われてしまいました。

豊になりすぎた日本は、新自由主義、グローバリズムの名の下に日本国コンツェルンは解体され、アメリカの手により刈り取られました。働いても、その果実はアメリカに。
豊かさを実感できない時代から、少数の勝ち組、多数の負け組を生む構図へと変化してしまいました。
それにより、官民癒着の弊害、というよりも官僚が頭となり引っ張る日本国コンツェルンという見かけは解体されましたが、その実態となる官僚機構は手つかずのまま。手足・下請けにされてきた土木業界がまずやり玉に挙げられ、談合を行ったとし、悪者としておとしめられ、切り捨てられ、貧乏人となる競争を強いられております。
その構図が、全産業へと広がっております。

アメリカは、グローバリズムのお仕着せの次に、PPTなどさらなる縛・首枷を課そうとしております。
このような社会情勢の中で、真の自立・独立へと向かう事ができるのでしょうか?
これまで、経済戦争、天災などに耐え忍び、伸びゆこう・芽を出そうともがいておりますが、それを妨げ、ねじ曲げ、振るわせようという力もまた強大です。

・・・・・

民社のあまりにもひどい体たらく、自滅に至ったため、民社・自民の馴れ合いにまでは至りませんでした。
しかし、アメリカの手先に成り下がった官僚体制はそのまま、否、民社を手玉に取ったことにより、より強大になったのかもしれません。
マスコミの報じる一方的な情報を、実体験の伴わないバーチャルに順応させられた頭は、報道内容を無批判に受け取ってしまいます。
その結果、事実であるか否かの確認を怠り、また、科学的であるよりも感情・勘定を重視した判断をし、自分の都合に合わせお化けを造りだし、おびえております。
健康障害が発生する訳のない放射線レベルに対する過剰反応がその良い例です。
自己の実体験、及び、科学的な見地から真実を見つめ、判断する知恵が問われております。
—————————————————————- いつもの能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)より発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環
し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代は
すべてが循環するという世界観でした。しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というス
ピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これ
は、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干
十二支は10×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れる
と感じていた模様です。120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、、社会的活動ができるのが
約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すとい
う事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、どこかで合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせた
ため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思いま
す。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万
物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえまし
よう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事を1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上