「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

「東日本大震災」カテゴリーのアーカイブ

TDMのみなさん
「ひまなか」こと、中野です。

本年も、TDMよろしくお願いいたします。

大神さんのNo.10088「腐朽菌との戦い」で年末を迎えました。
樹木医、永遠の課題ですね。

昨年は、No.9579に始まり1年のメール数は509通、1日当たり1.4通の情報交換となりました。
参加者は586人と漸増ですが新たな参加者が増えております。

みなさまのおかげで、いろいろな情報交換・交流ができました。
ありがとうございました。

みなさま情報発信力のみが頼りのTDMです。

今年も、情報発信・情報交換の輪を広げてゆくことにご協力ください。

平成26年 2014年 1月1日 甲午(きのえうま・こうご) 元旦

 ・・・・・ ・・・・・ 毎年の、いつもの与太話です。お暇な方はどうぞ ・・・・・

今年は、どうなるやら・・・・・。干支から。

東日本大震災・福島原発という予測不能と称された災害から3年が経過しようとしております。

東日本大震災の復興は遅遅として進まず、当初の狼煙の勢いは失速し、なし崩しに災害復旧対策の原則である現況復旧(平時の災害対応)へと向かっております。

地域の住民の方々も、遅れに遅れる震災対策に翻弄され、早期の現況復旧を望む声が高まっております。

最初の手の打ち方のまずさが、最後まで尾を引いてしまいました。

災害を機会に「禍転じて福となす」という発想は、取り入れられることなく、遠のいてしまいました。

グランドデザインを示すことができず、かけ声と部分最適化に終始するのみの縦割り行政の結果です。

せっかくのチャンスを生かし切れない、残念な事です。

これも又初動が悪いため国民の信頼を失い、健康被害のない部分に対してまで除染を行い、無駄金を使い、非生産的な作業を進めるというお粗末さ。

除染作業ではなく、除染は詐欺よ!と叫びたくなってしまいます。

外来種問題についても同じ事。

明治まで遡って無理矢理悪者を造り出すというやり方は、褒められたものではありません。

環境問題といいながら、環境問題の専門家と称する学者・識者が自己の専門家集団・派閥のために動いています。自己の主張を通すため、嘘も方便と事実に基づかない論文を根拠に迫ります。
それが自己の都合に合うため、環境省は取り上げます。
嘘も方便で、国民の利益になるならば目もつぶりますが、真逆です。

さすがに、此ではまずいと感じたのか、環境省の方向変換が始まったようですが、此までの経済的な損失、外来種種は悪者とすり込まれた意識の取り戻しは困難です。

あれやこれや、明治元年1868年以降、戦前戦後一貫として145年にわたり続く行政組織の制度疲労による問題が顕著になった、と考えるのは私だけでしょうか?
明治維新70年後の敗戦で一次改められたかに見えた行政組織のあり方ですが、そこから70年を経過し、制度疲労は再び頭を持ち上げてきたように思えます。

世の中は60年~70年周期で循環するという事が東洋哲学・易などの考え方ですが、今後は如何になることやら・・・・・。

アベノミックスで経済は持ち直す方向へと進んでいますが、今後の消費税の施行もあり余談を許せません。

大正から戦争突入までの間の文書類、世の動きを見ていると、その流れが相似している様に思えます。

昭和初めは世界恐慌などの厳しい時代ですが、個人の残した記録を見ると、意外と昭和10年頃までは明るい感じがします。

暗くなったと感じ始めるのは昭和11年2.26事件以降、高橋蔵相が殺害された後のことです。

2.26等のテロに対して厳罰を持って処理せず容認したため、これに乗じた軍部が政治を掌握し、結託した官僚により様々な法律が作られ、マスコミがこれに悪のりし煽り強化に動いたため、次第に暗く窮屈な世の中になり、国民総動員へと向かいます。

近頃の○○基本法など、法律さえ作れば国民は動くとするやり方は、戦前の動きとの相似を感じます。

一方、3つの大陸プレートが接するあたりでアウターライズ型の余震が多発しており、東京都・関東周辺は不気味な状態を呈しており、予防的な対策が望まれております。

また、伊豆大島などの集中豪雨・台風災害は大規模化し、その復興対策の速やかならんことが望まれます。

政治・経済以上に、災害関連も又気になるところです。

災害被害の規模などの資料を示すのは一生懸命ですが、具体策が目に見えてきません。

このため、自己防衛しか方法はないようです。
自己防衛の究極は、被災時にそこにいないことです。
被災の時は、他所にいるという運を磨くことが一番です。
人様の役に立つことを沢山して、神頼みするしか方法は無いようです。

アベノミックスは、世界恐慌を世界で最初に乗り切った高橋是清蔵相の施策がモデルと言われています。高橋蔵相は、関東大震災の後の不況、満州への進出促進、世界恐慌を乗り切るために起用されわけです。アベノミックスが東日本大震災の後、長引くデフレ基調の元、中国への市場進出という環境の元で始められたことと社会環境も相似しております。

このようなことから類推するならば、もし、2度の消費税などでアベノミックスがつまずくならば、高橋是蔵相亡き後と類似する軌を辿るやもしれません。

・・・・・

自然の中での生活は、万物の生成化育・循環の中に包み込まれています。
人から見た場合、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎません。
そのような自然の循環を観察した結果、暦が生まれました。

アベノミックスも又、大きな周期の中、類似の環境の中で船出したように思えます。
過去に学び、同じ轍を踏まないことを祈ります。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支と対応しているものといえます。

人は小宇宙という考え方があります。
ならば、人々の織りなす社会は人が集まった宇宙とも言えます。
古代の賢人は、大陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
中国では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図)のように星と人とを直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。

干支を「えと」と読みますが、これは兄(え)弟(と)から来ています。
干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄、後を弟としたことより、「えと」とよぶようになりました。

今年は、
甲午ですから、木の兄・午ですから、「きのえ・うま」の年と言うことになります。
干支の最初甲子(きのえね)から31番目、60年周期の真ん中、折り返しの始まりとなりました。
木(木行)は、樹木の生長する様を現すものであり、生命の泉から涌き出て流れ、胎内と霊性を兼ね備える性質を表す「冬」に培われた気(木)が青々と伸び始めるという「春」の象徴でもあります。

甲午:

・十干(根幹) 甲:陽の木

これまでは干では、水=冬(増ゆ)、春に向けでじっくりと内実の力を蓄えている時期でしたが、甲となり、これからは芽吹きの時期となります。

しかし、まだ春早い時期、木の芽が堅いからの中から出ようとしている象。

人の世で言うならば、古い体制が次第に崩れ、次の時代を担う新たな動きが生まれつつある。

・十二支(枝葉) 午:陽の火

支では、午。十二支の7番目、これもまた干支と同じ半ばの象です。
半ばではありますが、午には逆らうという意味があり、陽気が下から上に突き上げることを象っています。
旧来のしきたり陋習を打ち破り革新的な動きが出てくる年回りとされています。
陽の木・陽の火 ⇒ 相生(木生火) 火によって木が燃えさかるという兆しでもあります。

これらをまとめると、「旧来のしきたり風習に包まれつつ、新たな息吹が出現してくる象」とされます。

先に述べた、先例主義の玩弄陋習な現在の官僚機構が解きほぐされ、新たな動きが洗われるという事でしょうか? 良き方向への動きであることを望み祈ります。

十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせると60年周期となりますが、60年を一区切りとして過去へさかのぼると、

・昭和29 (1954)年
教育二法案・教員の政治活動制限
第5福竜丸・ビキニ環礁で被爆
防衛庁設置・自衛隊設立
自衛権の保有と自衛隊は合憲の統一見解発表

・明治27(1894)年
日英新通商航海条約・地外封建の撤廃なる
日清戦争布告・黄海海戦勝利・旅順占領
日本国内に挙国一致的雰囲気広がる

・天保5(1834)年
天保の飢饉の最中
鉄線の増鋳

・正徳4(1714)年
外国船との海上密貿易の禁止
金銀の改鋳

徳川時代は、江戸幕府ができてから100年余りが過ぎ、鎖国した中でも商人か力を付け、幕府は天保・正徳など改鋳によるデノミにより財政難を切り抜けてきました。

しかし、寒冷化による飢饉などの発生により状況は悪化の一途を辿り、その後の黒船の来朝などにより、やがては倒幕へと結びついて行く変化の兆しが見え始めるという年回りとなっています。

明治27年に入ると、開国の際に締結させられた英国との不平等条約を自力撤廃に持込、日清戦争に打ち勝つなど列強への仲間入りの兆しが見え始めました。

これもまた、変化の兆しです。

しかし、日清日露の大戦にからくも勝利を収めたが、その後、戦後の処理が悪く、国民の理解を得るに至らず、中国とアメリカなどとの多方面展開を余儀なくされ大東亜戦争へ突入し敗れるという変化の結末を迎えます。稚拙な官僚主義が招いた結果です。

戦後の昭和に入ると、昭和29年には自衛隊を設立し自衛可能・自立した国家となる兆しが芽生えています。

この兆しが現在は、防衛庁を防衛省に格上げし、自衛隊海外派遣するにまでに至っています。

甲午の年回りは、外国との関係・防衛問題が浮上するとともに、財政悪化対策が国内政情不安に結びつく兆しを秘めているようです。

————————————- いつもの毎年同じ能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)より発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。

中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代はすべてが循環するという世界観でした。

しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というスピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これは、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干十二支は10×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れると感じていた模様です。120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、、社会的活動ができるのが約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すという事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、どこかで合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせたため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思います。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえましよう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事を1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいたというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上 十干十二支・干支をヒントに、イメージを広げてみました。

海岸防災林と肥料・施肥(林地肥培)

海岸防災林と肥料・施肥(林地肥培)

海岸防災林の復旧が本格化してきました。

海岸防災林の主目的は、海岸の飛砂を防止し農地・宅地を保全することでした。

昭和30年代まで、日本の山ははげ山でした。
そのはげ山から、降雨により土砂が流され海に供給され、それが波によって運ばれ、海岸に砂丘が形成されました。海から砂が吹き上げられ運び込まれたものです。
海岸の住宅、農地は、絶えず飛砂に脅かされていたわけです。

現在は、私たちの先輩の尽力で治山工事により日本の山々は緑に覆われるようになりました。そのような緑を、大昔から続いていたかのように錯覚が生まれています。
生態学・自然保護などの分野では、大昔から続いている自然を大切にと教えていますから、皆・山の緑は大昔からそこに存在している自然と誤解をしています。
しかし、つい最近まで、多くは禿げ山だったのです。
従って、正確には、先祖代々に渡り持続的な管理を行ってきた森林(里山)を引き続き管理し、緑に復した禿げ山を再び禿げ山にしないように大切に、なのですが・・・・・・・・・。
海岸も又、激しい飛砂にさらされていたのです。

この辺の詳細のついては、太田猛彦先生の「森林飽和(NHKブックス)」をご覧ください。

従って、海岸林の造成も又、治山緑化・緑化工の分野でした。
強い潮風の中、乾燥した砂丘に、営々とクロマツを植え続けました。
それが、現在の海岸防災林となり、白砂青松の風景を造り出しました。海岸の厳しい環境の中で、それに耐え確実に生育できるのはクロマツだけでした。

先人の努力により、禿げ山は緑に覆われ、海岸に押しよせる砂は減り、穏やかな海岸となりました。
海岸防災林は大きく生長し、海岸の風景を形づくるまでとなりました。
(までは逆に、山から土砂の供給が減ったため、海岸がやせ衰えるという状態にまでなっています。)

その裏には、我々の先輩である治山技術者のなみなみならない苦労とその技術の蓄積があったことは忘れてはなりません。

しかし、近頃は、何もしないことが自然=良いことだ、ありのままが良いことなのだという意識が強まってきているように思えます。
生態学的なものの見方がその後押しをしております。

狭い我が国の国土の中で原生の自然を保っている処は極々僅かな部分のみです。
国土の自然の多くは、人間が育み育てた自然(二次的自然)です。

二次的な自然は、様々な技術を用いて育み育ててきたものです。
その緑を育み育てた技術が、現在は忘れ去られています。
立派な林ができあがり、緑が回復してしまうと育林のための技術の必要が無くなるからです。また、化石燃料を用いることにより薪炭林は不要となり、森林(里山)の持続的な管理技術も又失われようとしております。
私たちは、その技術を継承し、持続可能な森林を育成して行かなければなりません。
今回の震災による津波は、そのような技術の継承の大切さも又教えてくれました。

現在は、何もしないことが自然という雰囲気が強く、また、化成肥料を多用する行き過ぎた農業に対する反省から、海岸防災林も又樹木さえ植えれば育つという考え方強いように思えます。
しかし、生育条件の厳しい海岸では、初期成育を良好として根系の発達を促すことが大切です。

このための技術が施肥(林地肥培技術)です。
施肥と言っても農業とは異なります。
農業は短期間で生産を上げる必要がありますが、海岸防災林の場合は、長期にわたる肥効が必要です。このため、固形肥料・コーティング肥料などの緩効性の化成肥料、あるいは、堆肥類を用いることが大切です。
堆肥は、バーク堆肥などが大表ですが、リサイクルという点を考えるならば、下水コンポストを用いることが適当でしょう。

これらの無機(化成肥料)・有機(堆肥類)を上手く活用することにより、根系の発達した海岸防災林を造成する事が可能となります。

緩効性肥料については、建設物価サービスの建設資材情報・別冊「災害に強いまちづくり(H25.3.)」に掲載されたものを添付します。

このような施肥技術により、健全な防災林を形成させることが必要でしょう。
そのためには、その立地条件に合った植物を用いることが重要です。
林学では、適地適木と称しますが、海岸の場合、長い年月をかけ選抜されたのがクロマツだったのです。

近頃は、広葉樹を用いるということが主張されておりますが、海岸砂丘という瘠悪で気象環境の厳しい環境では困難です。
広葉樹は、土壌環境の整ったところで良好な生育を示しますから、海岸の海砂で、潮風のあたる前線への導入は困難です。まずは、最前線にはクロマツを植栽することが適当です。その後背、内陸側にカシワ、ケヤキなどを導入することはできるでしょう。
それは、昔とは違い、山を緑にしたため、飛砂が激減したからです。
それでも、砂地に広葉樹林を形勢させることは困難と思われますから、厚い良質な客土が必要となります。

クロマツは痩せ地でも生育しますからね安価に実施できます。これに比較し、広葉樹林を成立させるためには客土などそれ相当の費用を投じる必要がありそうです。
近頃は、短絡的に自然が良い、日本の自然は広葉樹林だから広葉樹を植えるのが良いと説明をされている方々がおりますが、技術的な観点、経済的な観点からの説明が欠けているように思えます。

一方的・偏った情報では無く、多面的・多角的な情報を公表すべきですが、残念ながら偏った情報のみが発信されております。そのような情報はセンセーショナルで耳目を引きやすいためマスコミが取り上げます。
このため、一方的になりやすく、生物多様性などを主張しつつ、多様性を排除する方向が見え隠れしてしまいます。

海岸林の再生などには税金が投じられるのですから、現実・足下をキチッと見据えた意見、情報であるかを吟味し判断する必要があるでしょう。
一方的な情報からの判断では、無理無駄が多いように思えます。

以上

「都市環境へ適合した生態系造成のための気候変化対応に関する研究」国際セミナー

「都市環境へ適合した生態系造成のための気候変化対応に関する研究」国際セミナー

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日時:平成25年3月06日(火) 14:00~18:00

場所:ソウル(韓国) SNU Hoam Faculty House,Convention Center 1F,Water lily

セミナー内容:

  ・中野裕司(エコサイクル総合研究所/中野緑化工技術研究所)
    都市生態系造成のための植物生育基盤造成の取り組み

  ・中村富男(ワークソリューションNOW) 
    有機資源の循環による都市生態系復元技術

  ・前田正明(屋上緑化マネジメントサービス)
     都市の中に残された空間 駐車場緑化・多機能型防災駐車場

  ・李東根(ソウル大学教授)
    都市土壌の生態系復元・Gold  Network 

  ・討議
    座長:壇国大 Kim Young-ja
          

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・開催趣旨

都市生態系の再生・復元というと、地上部とそれを取り巻く環境要因に関した議論が行われてきた。
今回の国際セミナーは、もう一歩突っ込んで、植物の地上部を支える地下・根系・土壌微生物をも含む土壌環境の復元・再生を図ることをテーマとして実施した。
都市生態系の基盤となる土壌環境を整備することにより、ヒートアイランドの緩和・都市洪水などに対応可能な生態系の造成が可能となるものと考えるからである。
合わせて、東日本大震災の津波被害などの反省より、都市緑化としては未利用空間としてのこされている立体駐車場を緑化空間、及び避難所として活用する検討研究についての情報を示した。
都市生態系の造成は、土壌に根系を伸長させ生育する樹木・樹林が健全に生育できる土壌をも含む環境造成であるとともに、建築物壁面・屋上、あるいは、立体駐車場などを有機的・立体的にネットワークすることが必要であり、よりより緑地造成が気候変動による都市災害の減災につながるものと考えるからである。

・中野の講演内容

土壌は、陸上植物の生存を支えるため「海」の機能を陸上に持ち上げたものであり、そのような観点からの土壌・生育基盤整備を行う必要がある。
また、土壌というと、農地土壌の考え方の影響が大きく、均一な土層を想定することが多い。しかし、自然界の土壌の多くは、岩盤の上に薄層の土壌が存在、石礫地など不均一で僅かな土層の中で植物・樹木は生存している。このような土壌をモデルとした土壌づくりが都市部でも必要。
近頃では、耐圧基盤・ストラクチャルソイルミックス(SSM)等という概念が出てきたが、法面緑化の世界では30年ほど前からアスファルト破砕物を有機質系資材と混合し植物生育基盤を造成する技術(ミライクル緑化工法)が開発・実施され、地温が上昇するなどのデータがあり、良好な成績を示している。
この技術は、高温多雨な地域に人為的に乾燥型の生態系を造り出し草花を咲き誇らせるグラベル緑花工法、これを応用した都市屋上緑化技術「GreenField無灌水屋上緑化システム」、さらには、耐圧基盤として街路樹学校校庭緑化、緑の舗装などとして用いられている。
また、近頃では、このような技術を用いて、東日本大震災の津波被災跡に、築土(石)樹木根系補強土により築堤を行い、海岸防災林・緑の防潮堤を造るよう提案をしている。
都市部では、人・車の通行による踏み固め・踏圧と植物の生育を両立させなければならず、耐圧基盤を用いる事が有利である。
耐圧基盤は、骨材のかみ合わせにより荷重を支え、かみ合わせの間の隙間に植物根系を誘導するものであり、根系発達が良好となることが確認されている。
このような技術を活用し、植物根系の発達を促すことにより、より健全な地上部が形成され、多様な生物が生息する緑空間・都市空間が形成されるものと考える。
また、健全な樹木が生育することにより都市生態系が形成され、あわせてヒートアイランドなど都市環境の緩和が可能となる。
また、耐圧基盤はポーラスで空隙が多いため、降水は速やかに耐圧基盤中に浸透・貯留されるため、ゲリラ降雨・異常発達した台風などによる都市洪水の抑制・地下水涵養に対しても効果的である。

・中村富男氏の講演内容

都市緑地で発生する整枝剪定屑・刈草などは、堆肥化して都市土壌・植栽基盤に還元することが必要。
これによって、土壌微生物の生態系のバランスが取れ、かつ、都市有機性廃棄物の減少を行うことができるようになる。
また、都市部水域は富栄養化しており、水草・藻が異常発生している。
これを放置しておくならば、繁茂した藻などが枯死し、分解・腐敗し水底にヘドロとして堆積し、水質をさらに悪化させる元となる。
このような水草・藻などは、水分が多いため堆肥化は困難であるが、適正な技術を用いるならば堆肥化可能である。
堆肥化させた上、都市生態系を豊にするために土壌還元してあげることが望ましい。
これにより、土壌環境をも含めた健全な都市生態系が機能する。
しかし、現在の堆肥化技術は、都市衛生工学の延長線上にある、好気性菌を主とした分解・減量化の技術であり、アンモニア臭など臭気をともなうものが多く、良質な堆肥とは言いがたいものがある。
土壌還元する堆肥は、農業分野で培われて来た本来の堆肥化技術を用いる事が大切であり、好気性菌と嫌気性菌が共々働き有機物を分解し、植物に取って有効な成分を合成する発酵堆肥とすることが必要である。
堆肥化に必要な発酵菌は、土着菌を用いる事が好ましく、土着菌を培養して堆肥を行った中国・フィリッピンなどの事例を紹介した。
発酵堆肥は、悪臭を発生させること無く堆肥を造ることができ、植物の生育に対し有効な成分を含むものであり、発酵堆肥を都市植栽基盤に還元することにより、良好な都市生態系を再生することができる。

・前田正明氏の講演内容

都市緑化機構の都市緑化共同研究会・特殊緑化共同研究会において検討がなされている「駐車場緑化」について報告を行った。
高密度で利用されている都市空間の中で、緑化可能な空間として駐車場のスペースが注目されてるいる。
なかでも立体駐車場は未利用空間として残されており、快適なまちづくりのため積極的に取り組むべき場所と考えている。
立体駐車場は、緑化空間として用いるのみならず、津波被災などの場合、駐車場空間を避難地・仮設住宅設置空間としても活用可能であり、普段から壁面緑化・屋上緑化などを行い、快適な空間としておくことが、いざという時に役に立つ。
今後の立体駐車場は、多機能型防災駐車場としての活用が望ましい。
都市生態系の回復と、都市立体駐車場などの未利用空間を緑地として有機的・立体的に組み合わせることにより、より良い防災都市が形成できるものと考えられる。

以上

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震災復興を阻害するもの

このブログに記した、緑の防潮堤に関する提案を見たのか、震災瓦礫を活用する
震災復興について、インタビューしたい、卒論作成の参考としたいと、大学生が
やってきました。

思いつくままに、いろいろ話をしました。

緑の防潮堤など、震災瓦礫を用いた復興は技術的には可能であるが、法律・行政
的な仕組みが足かせになっている。

震災瓦礫はを県外持ち出しし処理するという事に対し、受け入れできないなどと
社会問題になっているが、震災廃棄物を現地で有効活用するならば、そのような
必要はない。

震災瓦礫の処理には処理費が必要であり、また、運賃が必要となる。
ニュースでははっきり言わないが、県外処理と言ってもただで処理をする訳では
ない。運賃を含めると、3万円~5万円/t程度の経費が必要で、これは税金でまか
なうこととなる。

その費用をごみ処理として使うのではなく、緑の防潮堤・築堤に植栽し海岸防災林
を創ることに回すならば、廃棄物処理という無駄金を使うことなく、コンクリート
三面張りによる防潮堤と同じ規模の緑の防潮堤を、同じ費用で数倍の長さを造成
できる。

緑の防潮堤を造るまでもなく、そのまま地盤沈下したところの埋立に使っても良い。
震災廃棄物は、東京都の夢の島を埋め立てたものとは違い、コンクリート・木材など
の綺麗なごみ、これを用いて、東日本大震災で地盤沈下したところを埋め立てるな
らば、あっという間に、震災瓦礫の処理は終わってしまう。

それを受け入れた自治体は、処理費を受け取ることができるから、これもまた、
あっという間に町並みの復興ができる。
なぜ、そのような事をしないのか、などいう話をしました。

東京の、現在は臨海副都心など言っている場所は、分別をしない生ゴミを含む
ごみにより、埋立られました。有機物が嫌気発酵し、メタンガスが立ちのぼってい
た処です。
それが、現在ではしゃれた高層ビルが立ちならぶ、臨海副都心となっています。

これをモデルとして、津波被災地のどこかが、我がふる里の地盤沈下をおこし
たところを埋め立て地にすると宣言し、住民説明し、法的な手続きを進め、埋め
立てを進めるならば、極めて短期に臨海副都心なみの町並みを創ることができ
ると思います。

このような方法があるのに、なぜ、嫌われながらも、県外へ震災廃棄物を持ち
出さなければならないのでしょう。
最も、県外持ち出しは木質系で、焼却処理するためだということかもしれませんが、
チップ化し、発酵させ、堆肥として用いるならば、県外へ持ち出すことなく有効活
用できます。

これにより、いま大騒ぎの?、なぜだか震災により陰が薄くなってしまいました
が、地球温暖化を防ぐ一助とすることができます。
木質震災廃棄物を、焼却処理するよりも、堆肥として生産力、緑を育てる素材
とした方がよいと思うのですが、いかがでしょうか?
しかし、現在は焼却処理をして二酸化炭素を出しまくっています。

資源としてではなく、ごみ=処理すべきものという考え方があるからでしょう。
しかし、これまでの、温暖化防止のため二酸化炭素を出すな、「明日のエコでは
間に合わない」とNHKを通じて国民を脅迫していたのは、何だったのでしょうか?

等と等と言う話をしているうちに、震災廃棄物の有効活用を妨げる縦割り行政
の問題、また、廃棄物として処理してしまうための税金の無駄遣い等という話に
エスカレートしてしまいました。

話が、拡散してしまいましたので、
拡散ついでに、このような構造に至った歴史的な経緯を含め、整理をしてみました。

異論・反論が多いと思います。
また、極論として記しましたので、被災地の方々に対しては失礼な記載もあります
がそのような傾向に認められるということでご寛恕願います。

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○○ さま

今日は、長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。
約束をしたpptなどを添付します。
参考になるならば、幸いです。
グリーン復興等という言葉にだまされることなく、本質を理解いただきたく、
話があちこちに飛び、拡散してしまいました。
失礼しました。

ところで、
グリーンという言葉の意味に、若い・未熟という意味があることはご存じですか?
皮肉になってしまいますが、いま行われているのは、まさしく「未熟な復興」です。
本質に迫ることなく、小手先のみ、被災者に補助という飴をあてがうことで物事を
済ませようとしております。
「地域づくり学科」ということですから、技術以前のコミュニティー・人間関係・人間
性・心という部分にウエイトをおき、漫談したとご理解ください。

キチッとした人間関係・コミュニティーを作り上げるには、リーダーとリーダーを盛り
立て・従いつつ、なおかつ、自立した人間の存在が必要です。隷属するのではなく、
自立した人間が持ち場持ち場をしっかりと守った上での集団作りです。

しかしながら、現在は、リーダーは不在、自立した人間も居ない。
皆が、それぞれ好き勝手なことを言い、妄想を膨らませお化けを造り、助成などを
求め、もたれ合いをやっています。
そのもたれあい、甘えまくった付けが、税金の値上げへと跳ね返ってくるという構図
まで目配りをしていただきたいということで余分なことも含め話しました。

一端上がった税金は下がることはありません。
結局、ムダに浪費されてしまうこととなります。
従って、税金の値上げ、無駄遣いにつながりそうな処は、キチッと目を光らせ、
異議申し立てをする必要があります。

震災だからと言って野放しにしてはならないのですが、何となく言いにくい雰囲気
をマスコミだけではなく、知識人と言われる方々が自粛という美名のもとに、雰囲
気として強要しております。

いろいろやると、バッシングを受けてしまう恐れがあるということで、周りの目を気に
しての自粛です。信念を持っての自粛ではありません。
いつから、このように知的な判断力が失われ、痴呆化してしまったのでしょうか?

このような賢しらなことを続けもたれ合い、震災復興に余分な税金を投与していると
税金が上がってしまい、勤労意欲をなくしてしまいかねません。
となると、国力の減衰に向かいます。

自らの判断により、覚悟を決めて税金の値上げに踏み切ったのならば、臥薪嘗胆、
目的を達したならば税率を引き下げるという判断もあり得ますが、官僚・政治の言い
なりで税金を上げることを認めてしまうならば、受け身で心が萎えて行くばかりです。
いま、まさにそのような下り坂になっています。

国力とは、お金のみではなく、人材面をも含みます。
この点に敏感な、中国・韓国は、日本バッシングを始めました。
毅然とした国に対し、バッシングを行う事はありえません。
諸外国から見て、いかに日本は弱々しく写っているのかが問題です。

しかも、税金・国力低下の付けを支払うのは、私たちの世代ではない、あなた
たち、ひいては、子々孫々に渡り負担する事になるため、問題は大きいのです。
しかし、震災復興予算に対し、そのような点から指摘する人はいません。
きっと、このような事を書くと、バッシングがくるものと思いますが、
その前に、心を静め、現状が正常なのかどうなのか、考えて欲しいものと思います。

今が良ければよい、私がよければよい、という意識であり、公序というものに対し思
いが至りません。
このため、廃棄物処理とは話がずれてしまいすが、震災後の処理により、このような
問題が露わになったのだから、その点に対して気づいて欲しい、そのような気づきが
広がることにより震災復興に魂が入るのだという意味で話しました。

震災復興は大切なことですが、それは、物質面のみの復興であってはなりません。
心、精神面の復興、すなわち、他に頼ることなく自立するためにという精神が醸成
されないと、真の復興にはつながらないと思うからです。

震災瓦礫の復興への活用は、技術(物)のレベルでは容易です。
しかし、心、その現れである政治・行政・法レベルでつまずいております。
行政・政治レベルの話はしましたが、法律レベルでは災害復旧は現況復旧という
原則があります。
この点については、中越地震などの際、現況復旧という原則の問題に対する指摘
がなされ、弾力的な運用を可能としました。

しかし、その運用に携わるのが人です。
弾力的な頭脳があってこそ、法の弾力的な運用が可能となる訳ですが、残念ながら
現在の教育システムではそのような人材は育ちません。枠外へ放り投げ出されてし
まいます。
その成果により、 震災復興では、残念ながら弾力的な運用がなされているとは言えま
せん。 前例主義、現況復旧ばかりです。

残念ながら、技術レベルを超えた話は、私個人では指摘はできても解決不能です。
多くの方に、このような問題があるということを理解していただき、現状を変えようとい
う思いが積層され、変えるという動きに連動しなくては解決へと向かいません。
量より質へ向かうターニングポイントがあるのですが、私が話したような事を知っている、
理解している方があまりにも少なすぎます。量の蓄積にすら至りません。
また、知っても、動こうとしない、あきらめムードのお利口さんが多すぎます。

と言うことで、震災廃棄物とは直接関係の無い話、しかし、私が本質と思っている事柄
の話になってしまいました。
現状のようなあきらめムードの悪循環、お化けを一生懸命造り、その陰におびえ、助成を
出せと騒ぐ地域住民、その代表の政治家・行政では、残念ながら餓鬼道・地獄絵をみて
いるような気さえしてきます。

それによって、税金が上がり貧しくなる、という程度ならばまだ良いのかもしれません。
国の力が衰えるということは、外国勢力に組みこまれる、植民化される、併合されると言
うことを示します。

中国・台湾・韓国・北朝鮮・ロシア、日本を取り巻くすべての国が、一斉に国境問題など
で騒ぎ始めました。
教科書では、平和憲法というまやかしを教えていますが、現実の世界は、パワーバラン
スの上に成り立っております。
日本を取り巻く諸外国が一斉に領土問題で動き出した。
これは何を示しているのでしょう?

ニュースでは、日本が諸外国に悪いことをしているというニュアンスを含む報道をし続けて
います。 それでも、この頃は、皆、中国人は変だぞとなり、中国人嫌いが増え始めました。
これは、中国侵略と称される日本の軍事行動が取られた時の情勢とすこぶる類似してお
ります。 そのうち、もうすでに?、国民の意識が変わったことに迎合し、マスコミは中国人
はひどいやつだという偏向した報道を始めるでしょう。
極端から、極端に感情が振れたとき、天災ならぬ、人災・戦が始まります。

江戸末・明治の先人は、植民地化されることを免れるために行動しました。
幕府を倒し、廃藩置県を行い、富国強兵を行いました。
無血革命です。

これは、維新の志士のみがなした技ではないと思います。
日本に住まいする皆が、危機感を共有していたからこそできたことです。
幕末の志士の活動のみクローズアップされますが、それを支えた草莽の民がおり、意識
の共有がなされていたからこそ、できたことと思います。
その当時の、日本人の知識レベル・危機感のレベルがそれだけ高かったという事だと
思います。

しかし、良いことずくめだけではありません。
明治以降、表面的な物質面のみの西洋文明を受け入れ、現場を離れた秀才を作り上げ、
リーダーに祭り上げ国作りを急いだことから、官僚主導・頭でっかちな、現在に至る病根が
我が国にはびこり始めました。

それでも明治時代は、江戸時代の「飯は食わねど高楊枝という武士」のプライドが残され
ており、、男女とも道徳的な抑制が効いていました。この時代は、日清・日露戦争など、
勝てるはずのない戦争も、精神力で乗り切りました。

しかし、明治の官僚を育てること、兵士を育てることを目的とした教育により、ステレオタイ
プの秀才が育ち、明治後期~昭和初めにかけて、このような秀才型が天下を取り、大東亜
戦争へと国民を引きづり込んでしまいました。
しかも、実力の伴わない精神力を説いたため、惨憺たる結果となってしまいました。

マスコミも、国民の声代弁すると称して、戦争推進を訴えました。
現在の全国新聞、地方新聞のすべてがそうでした。
その新聞が、今は平和を訴えます。
侵略した日本が悪い、諸外国は被害者だと主張します。

しかし、戦争は勝った方が正義というパワーバランスに基づくルールです。
戦争に対し、子供どおしの喧嘩両成敗のルールを適用して考えてみたり、喧嘩を
ふっかけた方が悪いと兄弟げんかと一緒にしてしまいます。
残念ながら、戦後教育の戦争理解はこの程度でしょう。

戦前は、このようなウソを教える英才教育に女性は汚染されておりませんから、
まだバックボーンのしっかりとした子供が育っていました。だんだん絶滅危惧種
になって来ましたが、戦前生まれは、背筋がキチッと伸び、心の姿勢もしっかり
している方が多いと感じています。

この世代よりも1世代前の方々が、日本男子かくあるべしと言う教育を受け一兵
卒となり、命がけで日本を守りました。
参謀本部という秀才の机上で創っためちゃくちゃな作戦に対し異議を唱えること
なく、粛々と戦地に散って行きました。
知覧の特攻平和記念館に残された遺書を読むと、泪を禁じ得ません。
その多くは、母・妻にあてたものです。
皆、表向きは国のためですが、自分の大切な家族を、ふる里を守るため戦地
へ赴いたのです。

アメリカは、命がけで戦うこのような一兵卒・日本男児(武士)の姿に恐怖を感じ、
日本を二度と立ち上がらせまいとして、そのような子を育てた大和撫子(良妻賢母)
を潰すべく権謀術策の限りを尽くしました。
その受け皿となり推進したのが、戦後解体されず残った秀才官庁と、官僚主導による
教育です。義務教育と称され、現在も続いております。

国軍は解体されましたが、官僚組織はそのまま無傷のまま残され、アメリカ軍の手足
になり、占領政策を推進する役割を果たしました。
アメリカの占領・ソビエトの占領(共産革命)という恐怖におびえる知識人も又、そのよう
な動きに積極的に迎合しました。
官僚・知識人が、国を売り、偏向した教育を行ってきたという事になります。

このため、日本は見かけ上は独立しているように見えますが、本質的にはアメリカの占
領下・植民地です。
属国、51番目の州と言う人もいます。日本の富の大部分は、アメリカに吸い上げられ
ました。 稼いでも、稼いでも、高度成長の時代でも、豊かさが実感できないという日本
になりました。
現在は、その傾向が更に悪化し、閉塞感が強まっております。

このような欺瞞を戦後半世紀、見て、見ない振りををしてきたのですから、精神分裂・
鬱状態になってしまいます。
その付けがボディブローのようにじわじわと効いてきて、震災によって、その不合理・
不条理な世界が一気に吹き出したと言う事だと思います。
それでも見てみない振り、変えようとしません。

現場・経験などという躰を通して理解した知恵のうえに知識を積み重ねるという方法で
はなく、明治以降始まった、知識の詰め込み教育・頭脳・抽象に偏った知識重視の教
育の成果と言えます。

結果、やんちゃな暴れん坊は淘汰され、みな、お利口さん、金太郎飴になってしまい
ました。
緊急時に、リーダーシップを取れる人が居なくなってしまいました。

そろそろ、このような現実を直視し、小手先・ごまかしではなく、本質的な部分から、
心の復興ということも考え合わせ、震災復興について考え、行動を起こして行かなけ
ればなりません。

戦後の復興は、戦争に負けた、多くの仲間が死んでいった、その分、残された人間が
先立った方の分までその重荷を背負って日本を立て直そうという気概を持った人々に
よりなされました。

東日本大震災の復興に関する、気概・旗印は何でしょう。
それは、津波で生き残った方々が、自らの足で立とうとする気概だと思いますし、外野
はその行動を応援することだと思います。それには、地元の考え方が優先であり、法律
で縛り上げ、助成金などで、足を引っ張り、立とうとする足を、心を萎えさせることで
はありません。

弱者のみに焦点を当てるのではなく、立ち上がろうという人々に対し目を向け、立ちあ
がるに際し障害となっている仕組みを取り払うことが復興支援の第一と考えておりま
す。
しかし、大上段からのお仕着せ、助けてあげると言いながらの強制が多すぎます。

震災直後、世界中が感動した震災地の助け合い、秩序だった動き、日本の美風が、
行政の初動の悪さ、被災者に助成の垂れ流しを行い、弱い物だけならばいざ知らず、
毅然と生きようとしている人の足まで引っ張り、すべてを弱い物にしてしまおうという
制度、 などにより消え去りました。

それを待っていたかのように、
気概ある国民、自立する民を守ろうとしない日本政府であることを見透かし、
諸外国は、我が国の国土の侵略を公然と行うようになりました。
すべてが、連動しているのです。

若い、回転の速い、切れる頭脳を駆使し、本質に迫られんことを期待します。
話を広げすぎると、卒論としてまとまらなくなるものと思いますので、今日の話、この
文書は話としてのみ聞き置きください。

以上 長々と失礼

震災瓦礫活用 緑の防潮堤・多目的海岸防災林 岩手日報掲載 + 負の遺産は残すな

震災瓦礫を活用し、防潮堤や海岸防災林を再生するマウンドを造ろうという
提案をしてきた。

これにより、樹木が生育する緑の防潮堤とすることができ、また、津波被災
を軽減するための防潮堤機能を備えた多目的海岸防災林とすることができる。

漁業・港湾サイドからに言うならば、緑の防潮堤。
林野・防災林サイドから言えば、多目的防災林と言うことになる。
言葉は違えども、本質的には同じものといえる。
有り体に言うならば、予算の出所が違うという人様の都合で名前が異なるも
のとなる。 

このような機能をもつ築堤・マウンド造りを、私は、築土(石)根系補強土に
よる築堤と称し、機会をてらえて発信してきた。

今回、この提案を「三陸エコビジョン」を推し進めている「遠野エコネット」
の千葉和さんが岩手日報の記事にしてくれた。
 ⇒ H240429岩手日報緑防潮堤・千葉和氏

記事内容は、技術的な部分に関する記載となったため、補足をしておく。

震災瓦礫と称しても様々なものがある。
瓦礫とは、本来廃棄物行政の用いる言葉で、コンクリート殻など無機質系、木
材など有機質系を含む。ごみ・廃棄物として処理すべきものという前提の
行政用語である。
この廃棄物行政用語が、マスコミが用いたため、誤解が生じている。
一般に、瓦礫というと木材などは含まれないが、廃棄物行政では木材までも
含め瓦礫である。 

国交省では、現場から廃棄物を出さない「ゼロエミッション」の取り組みから、
これらは建設副産物ととして取扱、コンクリート・アスファルトなど無機質系
のものと、抜根・伐開材など有機質系の資材に分けてその活用を行っている。
活用という前提での交通整理といえる。 

私の提案は、この震災瓦礫の活用に関するもので、コンクリートやアスファル
トなど無機質系の震災廃棄物を石とみたて、盛土中に混合しマウンドを造る事
を基本としている。
盛土中に有機物を混入してしまうと、嫌気的な状態で分解・発酵し、植物の
生育障害となるばかりでなく、分解した後空洞となりマウンドの構造物として
の強度をたもてなくなってしまうからである。 

自然の地山は、表土か薄く、樹木は地山基岩の割れ目に根系を侵入させ、樹体
を支えるとともに、水分の吸収を行っている。
コンクリートやアスファルトなどを大きく砕き塊状として、もり立てることに
より、塊と塊の間に隙間が生じ、その隙間に樹木の根系が侵入することとなり、
自然の樹林地と同様な基盤を造る事ができる。

むろん、コンクリート塊はアルカリ性となり根系侵入を阻害するため、流木・
流失家屋などの木材を堆肥化し、コンクリート塊とコンクリート塊の間に充填
することにより、樹木根系の侵入を容易にすることができるようになる。
このようにするならば、マウンド深くまで樹木根系を侵入させることができ、
樹木とマウンドか一体となった補強土構造を築くことができる。

コンクリートを用いるようになり、巨大な構造物まで造ることができるように
なり、また、要求する品質を得られ、設計・監理しやすいため、コンクリートは
多用されてきた。

しかし、コンクリート構造物の耐用年数は50年程度である。これが土木で言う、
永久構造物である。近頃では、耐久性を改良した100年コンクリートや、補修
を行う事により耐久性を増す工夫がされているが、それでも耐久年数は100年程度
といえる。

これに対し、津波は50年、100年、1000年という長期スパンで発生する。
いわゆる土木的な考え方、手法とは時間の位相が異なるものと言える。

税金を使い、多額な投資を行い頑丈なコンクリート構造物を造ったとしても、残
念ながら次の津波襲来の際には老朽化している、あるいは、作り直さなければ役
にたたないものとなっている可能性が高いと言える。
今回の津波でも、防潮堤の被災は大きく、あまり役に立ったとは言えない。
莫大な投資が、あっという間に無になってしまったわけである。 

防潮堤は、もともと海岸・砂浜の地盤の脆弱なところに建設されているため、地
震による震動、あるいは地盤液状化の発生により、堅いコンクリートは追随でき
ず、目地などが緩み、押し寄せる波、引く波により洗掘が発生し、破堤・倒壊し
たものと考えられる。

このように考えるならば、コンクリート構造物による防潮堤は、維持管理を行い
つつ定期的に作り替える必要がありながら、なおかつ、大型津波の発生の際には、
効果が期待できない恐れがあると言わなければならない。

このような懸念を避けるためには、莫大な予算をかけしっかりとした基礎工事を行い、
入念な維持管理を行いつつ、老朽化した箇所は作り替えるということを持続的に行う
こととなる。
現在は、このような方向で防潮堤の建設へと邁進しているように見受けられる。

今後の社会は、少子化へ向かい税収が減少して行くことは明らかである。
これまで構築してきた道路網・橋梁などの維持管理費すら捻出が困難になってきてい
る今日、巨大なコンクリート防波堤を作ることは、子孫に対して負の遺産を残すこ
とに繋がる可能性があると言わなければならない。

善意の結果、子孫へ負の遺産を残すという皮肉な結果になりかねない取り組みを行っ
ていると言える。

善意で行った結果、子孫へ負の遺産が残ってしまったという悲劇をさけるためには、
歴史の年月に耐え残った、歴史的な建造物に学ぶ必要があるものと考える。
古墳など歴史的建造物がそれにあたる。
これらの建造物は、「築土構木」という「土木」の語源となっているように、基盤
は土と石をうまく用い、建築資材として木材を匠に用いている。
防潮堤の建設にあたっても、このような歴史的な時間に耐え残った構造物に学び、
子孫に感謝される構造物を残したいと考え、築土(石)根系補強土による築堤につい
ては、提案した。
震災瓦礫を活用して時間の重みに耐えてきた歴史的建造物に類したものを造ろうと
提案である。

ただし、コンクリート構造物・防潮堤を否定している訳では無い。漁業・港湾施設
のように重点的に守らなければならない箇所は、がっちりと守る、津波被災が人災
に繋がらない箇所は、防潮堤を造る事なく、自然の海岸はしっかり保全する、この
中間ゾーンに対し、緑の防潮堤・多目的防災林を造るなど、総合的な観点からゾー
ニングを行い、目的と機能を明確にすることが必要である。 

「津波で大規模な被災が発生したから危ない・危険だ」と、いたずらに恐怖感をあ
おり、構造物により守ろうというこれまで通りの姿勢ではなく、人知では、人間が
こしらえた構造物では自然の災害から人を守ることができないという真摯な反省に
立ち、自然と順応的に生活するという立場に立ち、子孫に感謝されるよう、知恵を
絞り出すときと言える。

このためには、これまでのルールを前提年、これに従わざる得ない行政サイドに
任しっきりにするのではなく、地域の特性・事情・風土に合った取り組みが行われ
るよう、地域住民の声の結集が必要になる。
                                  以上

津波被災地 1年後の状況確認調査 震災瓦礫処理・緑の防潮堤など

昨年4月に、震災復興支援、及び被災地の自然回復についての状況確認のため、
自然環境復元協会有志による現地調査を実施した。
⇒ H240422気仙沼視察

私が参加した目的は、津波によって流された海岸林の跡地に震災瓦礫の集積が始まっており、
震災瓦礫が片づかないと海岸林の復旧に取りかかることができないという話が伝わってきた
ため、震災瓦礫を活用した築堤を行い、海岸防災林を再生できないか確認するためであった。
震災瓦礫を撤去することなく、その場で活用できるならば、一挙両得と考えたからだ。

三陸筋の海岸・谷を埋めるという処理方法は避けるべきだが、かといって、他所に震災瓦礫
を運搬し処理するのも経済性・環境面で問題が大きいため、他所に持ち出すことなく、発生
したその場での活用法を探ることが必要と思ったからである。

瓦礫・廃棄物と考えると処理は困難となるか、生産生を持つ土壌として現地に還元できるなら
ば話は別である。このため、震災瓦礫の土壌資源化を図ることができないかの確認を行った。
結果、震災廃棄物の土壌資源化は可能と判断し、築土(石)根系補強土による築堤を行い海岸
防災林、緑の防潮堤を造ろうという提案を、機会をとらえて発信してきた。

これは、コンクリートなど無機質震災瓦礫を石とみたて、石礫混じりの築堤を行い、津波に
よる流木、倒壊家屋などの木材(有機物)は堆肥化させ土壌に混合し、あるいは、生のまま
チップ化しマルチング材として用い、その上に樹木・草本類を生育させ、植物の根系の緊縛
力・杭効果により、築堤の浸食防止と補強を行うというものである。

同様の提案を横浜国大名誉教授宮脇氏が行い、環境省、野田首相が震災廃棄物を活用した防
潮堤を造るとの発言がなされたことより、方向性が定まったと思いきや、現地から津波被災
を免れ生き残った海岸林を伐採し、コンクリート製の防潮堤造りが始まっているとの情報が
よせられたため、今一現地の状況の確認を行わなくてはならないと調査、確認に出かけた。
時間の関係で仙台平野の状況の確認はできなかったが、気仙沼~宮古に掛けての状況確認を
行うことができた。⇒ レポートH240422気仙沼視察

その結果、海岸部では次の状況が確認できた。

・海岸部では

1.津波により浸食された海岸には自然回復が始まっている。
2.しかし、残された海岸林を伐採し、大型土嚢による仮設防潮堤が建設されている。
3.仮設防潮堤の位置が不適切と考えられ、陸域と海岸の移行帯が寸断されている。 

津波により、自然海岸が取り戻されたといえ、この自然海岸を保全するよう防潮堤の
必要性、位置、構造などについての協議が早急に必要である。
一方で高台移転による復興を進めつつ、一方では今回の様な津波被災を防ぐという前提
での復旧が計画・実施されようとしている。
縦割り行政の弊害といえる事態が発生している。

高台移転が前提ならば、港湾施設など重要部の周辺のみの対策で足りるはずであり、全域
防潮堤とする必要性はない。
地域の復興という全体・総合的な観点・計画の中で、防潮堤の築造など部分を煮詰めるこ
とが重要である。

・震災瓦礫については

4.瓦礫の集積が進み、片づいて来ている。
5.その一方で、最終的な処理方法が定まっていない。
6.築土(石)根系補強による緑の防潮堤・海岸防災林(多目的防災林)の造成が望まれる。
  今回は、以前木材堆肥化物を今後したコンクリート殻により法面補強を行い、ケヤキ
  を植栽した場所について、堀取り調査をおこなった。
  法面が崩れないよう締め固めたたため隙間が潰され密実になっており、根系発達はす
  こぶる良好という状態ではないが、コンクリート瓦礫の間の隙間へ根系侵入している
  ことは確認できた。  

先にも記したように、震災瓦礫は他所へ持ち出すのではなく、現地で活用することを大前
提とすべきである。現地で活用すべく、あらゆる知恵を絞ることが重要と考える。
東京都は廃棄物の海面埋立をやっていた。無機・有機を問わず分別することなく埋立を
行い、覆土し港湾施設・公園を作った。夢の島・お台場(13号埋め立て地)などである。
その港湾部が現在は、東京臨海副都心となり、大勢の人が訪れる場となっている。
このような前例を参考とするならば、震災で裸地になった一角をコンクリートなど無機
性の震災瓦礫で盛土し、木材など有機性廃棄物は堆肥化し、土砂と混合し土壌資源化
するならば、新たな街づくりが可能となる。
他所へ持ち出すことなく、緑の防潮堤、街づくりの基盤材など、瓦礫・廃棄物ちという
イメージを払拭し、自ら処理・活用するための知恵を出すことが重要と考える。

・津波により立ち枯れとなった樹木の処理

7.津波被災により枯死した樹木の伐採が始まっていた。
8.過剰な伐採と思われる箇所があった。

活用されて以内ならば、震災廃棄物の増大に繋がるとともに、斜面の場合、次第に樹木
の腐朽により根系緊縛力が失われ、表層崩壊を起こす可能性もある。
廃棄物処理、法面安定など総合的な観点から整理しつつ、進めて行く必要がある。

以上

築土(石)構造+樹木根系補強土 2 + 浦安液状化 SH型による貫入試験

築土(石)樹木根系補強土 1 提案書に対する質問

築土(石)樹木根系補強土提案書

「東日本大震災津波被害地に対する築土(石)根系補強築堤に関する提案書」は実に興味深く読みました。ただP10の下から6行目の「切土残土を住宅地などに転用することは避け、・・・の築造に使用することが望ましい。」 この理由が分りません。

地震による地盤液状化に弱いマサ土であっても地下水位の低い高地であれば転用可能だと思います。

嚆矢はコンクリート防潮堤に替えて軟弱地盤に追随可能な築堤の提案で100年以上の耐久性を担保しようたした点にあると思います。元寇の時の防塁跡はいまも博多湾に残っています。

いたずらに開閉式防潮堤しか浮かばなかった私ですが、築堤できない湾の開口部を津波の時どう防ぐのかは残った課題です。諫早湾のギロチンも100年持ちはしないでしょうし・・。

樹木治療研究会 代表
一般社団法人 日本樹木医会
福岡市南区花畑3-38-8
大神邦昭 090-3605-0743

返答

津波による海岸防災林の再生への取り組み、林野庁の委員会のとりまとめが出ました。

私が事務局をおおせつかっているNPO法人日本緑化工協会の緑化工技術講習会では、検討会座長の大田先生にお出ましいただき、検討結果について報告いただきました。

東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会
http://www.rinya.maff.go.jp/j/tisan/tisan/kentou.html

土手の高さ、震災瓦礫の利用など、あまり進展は認められません。
抜本的な方向を示してほしかったと思います。

コンクリート構造物は、ここ50年の取り組み、歴史の重みという面での検証は不十分です。本来の土木構造物は土と石と木材です。歴史の検証を十分に受けておりますが、均一な品質の確保という点で、マイナーな評価を受けております。

しかし、災害という長期のスパンの事柄については、歴史の重みに耐え残った伝統的な手法が有効と思います。また、作業・メンテなどを勘案するならば、経済性の点でも優れているものと思います。
土木技術の蓄積は、ここ50年余り、均一性という尺度のみならず、歴史の重みという観点から、技術を見直さなければならないものと感じております。

むろん、コンクリートを否定するものではありません。
港湾施設などコンクリート構造物により、がっちり守りつつ老朽化したならば手を入れるという剛的な手法を用いるべき場所、海岸林と防潮堤の機能を併せ持つ、築土(石)根系補強土、柔構造による自然回復型の長期間維持可能な箇所、なにも設けることなく、自然海岸を残す場所とゾーニングし、メリハリを作ってほしいものです。

三陸筋は今後しばらくは津波被害が来ないものと考えられますが、モデル的に構築し、仕様をつくり、東海・東南海地震にそなえ、西日本の長い海岸線にたいする備えの参考に供すことがよいのではないかという提案でした。

海岸防災林・防潮、今後は、自治体レベルの話になってゆきますから、どこかでモデル的に手がけていただきたいものと願っています。

・・・・・・・・

マサ盛土の液状化については、緑化工学会都市緑化研究部会による、浦安の液状化調査での知見を基にした発言です。

緑化工学会都市緑化研究部会における浦安地盤液状化と公園・緑地に関するシンポでの私の担当分のレジメを掲載します。H231013浦安シンポレジメ(中野)

浦安の埋立地は、海の高さよりも高く盛り立てているわけですが、浚渫盛土を抑えるため海側に堤防をこしらえております。
これにより、雨水などが埋め立て地盤のなかに滞留し、地下水位が高い状態となっておりました。ガスの復旧のための掘削箇所を見ますと30cm程度に湿潤線が認められます。
SH型を用いて貫入試験を行いましたが、1.5m程度以下はNd5以下、グズグスの状態でした。

SH型貫入試験については、下記HPをご覧ください。
表土層調査技術研究会
http://www.hyoudoken.jp/

また、一般に地下水位の高い箇所に盛土すると、水分供給かなされ、毛管水によるものか、湿潤線が高くなることも観察されております。

三陸筋では、津波による被災を受けない高さまで盛土するということですから、盛土高さは15~20m程度と推定されます。三陸筋はマサが多いため、浦安と同じような状態となるのではないだろうかと推測したわけです。

どのような土留め構造とするのかは不明ですが、盛土する箇所は低地・海岸部でしょうから地下水位は高く、かつ、雨水が貯留しやすい状態となり、液状化が発生しやすい地盤条件となるのではないかと考えたわけです。

中越沖地震の際、能登自動車道の盛土の崩れが多発し問題となりましたが、ボーリング結果では、多くの盛土のN値は5程度でした。盛土当初は適正に管理が行われたとしても、長期間のうちには雨水が滞留してしまいます。

SH型によるNd値は、ほぼN値と同値です。浦安の地盤は、1.5m以下はNd5以下であり、地震後も軟弱地盤のままでした。また、このことは、浅層の部分も液状化し、墳砂が発生したものと考えられました。

浦安の調査結果をめぐるシンポジウムでは、今後の減災をはかるため、高い地下水位を下げる方法についての討議がなされましたが、面積が大きく、海に近く勾配を取れないことなどから、その対策の決め手は見出すことができませんでした。

このシンポについては、近々発刊される緑化工学会誌に掲載されます。
興味のおありの方は、ご覧ください。

以上

築土(石)根系補強土の提案 海岸防災林・防潮堤の築堤

TDMのみなさん。
「ひまなか」こと中野です。

必要土量の話から、樹木根系と岩盤、適地適木まで話が拡散してきました。

これらについては、みなさまの経験から、大いに語っていただきたい問題です。
もう一つ、土壌改良の宿題も残っていました。
いずれも、樹木医として重要な課題と思います。

マニュアル・仕様書思考から、現場発想への変換、自然から学べということなのでしょう。
皆さんが現場で見たもの、感じたことをお知らせいだけると助かります。

拡散ついでに、さらに話を拡散させてしまいます。

東日本大震災の海岸防災林の状況についての報告ありがとうございます。

津波被災地をみてまわったところ、海岸林が空き地となり、そこに震災瓦礫の集積が始まっており、その瓦礫のを撤去しないと海岸防災林の再生はできないの声が聞こえてきました。そこで、震災瓦礫を土壌資源として活用する方法(エコサイクル)を提案しました。

林野庁、国土交通省サイドに提案しましたが、同様に考える方が多数いたようで、震災瓦礫を築堤に埋めるという(案)が出てきました。

東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会 など
http://www.rinya.maff.go.jp/j/tisan/tisan/kentou.html

しかし、ただ深いところに埋めるというのでは、ゴミを目に見えないところへ隠してしまえ、というこれまでと同じゴミ処理の発想のため、コンクリート、アスファルト瓦礫を積み上げ、その隙間を岩盤の割れ目に見立て、その割れ目沿いに樹木根系を深く侵入させ、震災瓦礫と樹木根系による複合補強築堤造る事を提案しました。
正木さんのおっしゃる、流れ盤的なクラックの沢山ある様相の地盤を造ってしまえ、という訳です。
今風に言うならばストラクチャル・ソイル・ミックス(SSM)ですね。

それにより、海岸側には塩水のエコトーン、陸側には淡水エコトーンを造ると生物多様性も生まれる。
海側は、痩せた土壌としマツを、築堤背面風裏には木質系の震災廃棄物を堆肥化し混ぜ込み少し肥えた土壌としカシワ、コナラなど落葉広葉樹、中低木を配しましよう。また、松島では多島海により津波が分散され、互いに打ち消し合い被害が少なかったのにヒントを得て、平野部では多島海状の築堤構造とするなどの提案を行いました。れにより、景観的にも風情が生まれます。秋田県の象潟、九十九島のような景色です。
http://kakurezato.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-d386.html
こうするとおもしろいよね、やってみたいねと言う盛り沢山の提案です。

これについては、6月に仙台市で行われたフォーラム、及び9月に遠野市で行われたプレフォーラムにて話す機会を得ました。
また、(財)日本環境センター機関誌「生活と環境」誌に原稿が掲載されました。
H23.09.01生活と環境 海岸エコトーン

フォーラム 仙台湾 / 海岸エコトーンの復興を考える
― 浅海・砂浜・防潮堤・湿地・海岸林・農耕地を一体化する視座 ―
日時:2011年6月4日(土) 13:30~16:30 (開場: 13:00)
http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/news/110531-1.shtml

三陸エコビジョン・プレフォーラム「海と人との持続可能な共存を求めて」
~三陸被災地の持続可能な自然と共存する復興を目指して~
日時:2011年9月6日 2011年9月4日(日):13時~17時30分
http://tonomagokoro.net/archives/6892

これまで、瓦礫を埋めてしまえなどと言おうものならば、自然保護団体系の方々から総攻撃に合うのが常でした。
今回は様相が異なりました。理想論をいえない状況、より現実的な対応が求められているのでしょう。

仙台でのフォーラムでは、他の話題提供者に対しするどい質問を投げかけていた市民の方がいらっしゃいました。
私の番になり、なにを言われるかなと待ち構えておりましたが、なにも質問が出ません。
やれやれと胸をなで下ろすやら、拍子抜けするやら・・・。
フォーラムが終わった後、尋ねてこられ私の話が一番おもしろかったと感想を述べてくれました。
これまでの同様の集会とは、大きく様変わりしたことを感じました。

このような動きが遠野でのフォーラムへとつながりました。
遠野で行ったフォーラムの話しに対し、地元自治体に働きかけたいという要望がありましたので、提案書の形で取纏直しし直しました。

これは、海岸防災林のみならず、防潮堤も同様の構造、すなわち、土(石)構造物+樹木根系緊縛による複合補強土とする(案)です。
H230924石土根系補強築堤提案(1)
土木屋として考えると、コンクリートによる防潮堤を作り直すと土建屋が潤います。現実は、その方向へと進んでいます。
災害復旧予算は災害前と同じ状態に戻すことが前提、仕様書・マニュアルなどが整備されている。前例が沢山ある。が理由です。

しかし、50年、100年というロングスパンに対し、コンクリート構造物の耐久性を考えると持たないのでは無いでしょうか?
土木分野で永久構造物とは50年です。鉄筋コンクリートの場合は50年、ダムのようなマスコンクリートでも100年です。これは、コンクリートの中性化による劣化です。劣化を防ぐために様々なメンテナンスの方法が考えられていますが、限界があります。
100~200年スパンで考えると、造っては壊し、造っては壊しの繰り返しです。その間に、維持管理補修を行わなければなりません。
少子高齢化で社会構造が変化しております。これまでのような税収が期待できません。
政府は借金で身動きがとれません。

地獄の賽の河原の石積みと同じ様相が思い浮かびました。
賽の河原で、子供たちが石を積みますが、積み上げたと思ったら鬼が来て壊します。
その繰り返し、無間地獄です。

子孫にそのような負の遺産を残すよりも、ありきたりの土(石)構造の方が耐久性の面では実績があります。
歴史的構造物と呼ばれるものは、土(石)構造物です。
まして、樹木根系により緊縛し補強するならば、永久的に持つのではないでしょうか?
むろん、健全な樹木を維持するための維持管理を行う必要はあります。

欲を言わせてもらうならば、このような土構造物が築かれることにより樹木医の出番が増えます。
巨樹老木、天然記念物、街路樹と市場を拡大してきましたが、新たな市場確保のためにも、このようなことを考え提案してゆくことが必要でしよう。

このような考え方は、今後予想される東海、東南海地震のための備えとしても重要です。

子々孫々に負の遺産を残さない、景色がよくなり、今流行の生物多様性もアップする、樹木医の職分も増える、良いことだらけの仕組みを作りたいものです。

ご覧の上、ご批判いただけると幸甚です。

以上 (お前、こんなことを書いている暇があったら依頼した仕事をやってしまえとの声が聞こえてきそうです)

津波被災地の塩害対策・馴養堆肥化

2011/4/27(水) 16:01

塩害・油分に対する対策に関する質問に対する返答

塩類障害を抑える、油分の分解を促進する堆肥を造り対応するという手があります。
現地で堆肥化する際に、塩分・油分を含んだ資材を用いて、菌相を馴化させます。
馴養堆肥と称しています。 理屈は簡単ですが、実際に馴養堆肥を造るためには専門家の派遣が必要となります。
種菌を造るならば、そのコツを伝授することにより、増やしてゆくことができます。
堆肥造りのプロは自分流のやり方に染まっていますから、そのコツを実践することが困難かもしれません。
むしろ、地域の志の高い方にそのコツを伝授することで上手く機能するようになるものと思います。
現地の要望があるならば、段取りすることができます。

・震災で発生した木質系廃棄物を炭化し処理する方法が採れないかという質問に対する返答
⇒炭化ではなく、現地で分別・破砕・チップ化しねマルチとして敷き均し、粉塵防止・悪臭分解として用いることを提案

炭化では大面積のカバーはできません。
分別した木材をタブグライダーなどの大型破砕機を用いてチップ化し、発酵助剤を混合し敷き均してゆく、マルチとして使用ということが現実的です。 むろん、炭を加えるならばよりよいものになります。
敷き均した木質マルチは、1~2年で分解し土壌化してしまいます。 すなわち、自然消滅です。

問題は、建築木材に含まれる重金属を含む防腐剤です。 重金属の問題を避けるために、建築廃材を炭化するにあたっては、基礎に近い防腐処理を行った部分を切断し、重金属を含む部分は別途処理するなど面倒くさいことをやっているということが現実です。

このような煩雑な作業をさけるために、建築廃材はバイオマス利用と称して、バイオマス発電に持ち込み燃やしてしまいます。 環境に優しい、エネルギー危機・地球温暖化対策といううたい文句・美辞麗句の元、もっとも手離れの良い、利益をあげられる仕組みが構築され、木質系廃棄物の多様な利用は妨げられてゆきます。

被災家屋については、基礎に近い部分と異なる部分を切り分けるなど手間のかかることをやることは不可能でしょうから、重金属は総量としカウントし、重金属の濃度は全体として希釈され問題ないとして進めることも一法です。しかし、行政サイドは問題発生の可能性のあるものについては極力回避しようとするため、そのような方法を採用することは困難でしよう。手間暇をかけ、分別しなければなりません。

古畳の堆肥化利用について、農水省から古畳には薬剤(防腐剤など)が用いられているから、農業で利用する際にはその点について確認し、薬品が含まれるものは利用してはならない、という趣旨の通達が出されました。 農業、人の口に入る作物に用いるための規制ですが、農業以外の用途にも拡大解釈されてゆきます。 古畳は、大切な有機物・資源と考えるのですが、大半が焼却処分されるようになりました。

このように、生活全般が通達などによる規制、および、問題回避のための自己規制の誘導が相まって、何もできない状態となっています。 行政の多くの仕組みが、このような構造となっておりますので、適度な配慮ではなく、極々安全・安心、行き過ぎた・過敏な配慮がなされるようになってしまい、ひ弱な高コスト社会が形成されてしまいました。

そのさえたるものは医療の世界ですが、制度すべてに蔓延しております。 便利、効率的、安全・安心のためというお節介による脅し文句に屈し、飼い慣らされ、自然から乖離した生活が強要されていることに気がつかなければなりません。現在の精度は、 自分の足で立とうという気概を失わせるためのもの、そのような前提で教育がなされているとしか思えません。 自然環境の復元とは、人にとっての(良い意味での)野生性の復元・復活だと考えるのですが、残念ながら、飼い慣らされた空間の中で、自然ごっこをやっているだけという、悲しい状態になっているものとも、辛口ですが感じています。

行政はいよいよ締め付けを厳しくし、新たな法律を造り、通達を流し、外郭団体を立ち上げ、焼け太りしてゆきます。 行政刷新、仕分けなどもパフォーマンスに終わってしまいました。 行政サイドに対する締め付けを厳しくすると、ますます仕組みを複雑とし、裏の仕組みが形成され、陰湿になって行きます。 正義の名の下に、高コスト社会、増税社会へと向かい邁進しております。 美辞麗句の後ろには嘘が仕込まれます。 誰もが反対できない環境問題、子供を人質にとられた教育問題がそのさえたるものです。地域社会に根ざした真にバランスのとれたリーダーが出現しないと、この構図は変えられません。 今回の被災は、その面でも重要と考えております。 地域社会が復権できるか否かが問われているものと思いますが、中央は締め付けを厳しくしてきております。

戦前は、各地に地主と称される人がおりました。 地主は悪と教育されてきましたが、そのような事実も一部ではあたかもしれませんが、地域社会の文化・教育・教養の要として機能してきました。 諸外国の地主とその地位・機能が全く異なるものでしたが、その点について問うことなくステレオタイプ的に悪としてしまいました。 私の田舎では、つい最近まで昔の小作が、盆暮れの挨拶に来ておりましたし、秋の収穫には米が届けられておりました。 地主制に問題が全くなかったとは言いませんが、地主・小作を含む地域共同体として良好に機能してきたのです。 このような地主を復活させる事はすでにできませんが、地域風土に適応した文化・教育・教養の要、リーダーが必要です。

環境教育とは、自然が大切、ビオトープはこのように造るんだよ、というものでは無く、地域環境・風土・文化を継承し発展させるための人材教育・全人教育こそが本旨と考えます。
このような立脚地点から、地域環境の町医者としての環境再生医のあり方を問い直すべき時が来ているように思われます。 また、被災地での対応には、地域の心あるリーダーとの結びつきを確保することが最重要課題です。

以上 またまた話が拡散してしまいました。

H23.04.25. 津波被災地の状況

2011/4/25(月) 21:31 中野 裕司(ひまなか)  自然環境復元協会 東日本大震災・復興支援プロジェクト(サイボウズLive)より

「ひまなか」こと、中野です。

東日本大震災、津波被災地の調査画像です。
整理せず、そのままのアップです。 被害状況をご確認ください。

大洗津波被害
https://picasaweb.google.com/lh/sredir?uname=113489745093463329374&target=ALBUM&id=5599478644422857153&authkey=Gv1sRgCIKEy87N0cvFXg&feat=email

仙台津波被害
https://picasaweb.google.com/lh/sredir?uname=113489745093463329374&target=ALBUM&id=5599480384798375361&authkey=Gv1sRgCLrr_MSujIPlvAE&feat=email

釜石-大船渡
https://picasaweb.google.com/lh/sredir?uname=113489745093463329374&target=ALBUM&id=5599481354900666225&authkey=Gv1sRgCJPN3fGItYqVYQ&feat=email 救援物資授受・交流 https://picasaweb.google.com/lh/sredir?uname=113489745093463329374&target=ALBUM&id=5599488435671149313&authkey=Gv1sRgCMnRrYbtpbvlrwE&feat=email

津波被災地は、まずは被災ゴミの撤去が急務です。 その後は、撤去後の分別・再利用・廃棄が必要となります。 その方策に関する提案が必要です。
いずれにしろ、現行の法規制・仕様・マニュアルに従っていたのでは遅れが長引くものと思います。

現地を直接見て、当事者意識にならないと具体策がイメージできないものと思います。 政治は現地を直接その目で見、当事者意識を共有することを避け行動に移そうとせず、 国民へのアピール、 党利党略など、 枝葉末節に走っているように思えます。

戦後造りあげたフラットな社会の結末が問われているものと思います。 日頃は、平等・分散系の組織・社会であっても、 いざという時には、トップダウンによる縦構造の社会・組織へと切り替えなければなりません。
アメリカなどは、平等をうたいながらも、星条旗へ誓いを立てさせることにより、縦型への社会へ切り替えるための装置を埋め込んでおります。 このため、いざ一大事、国難となると見事に一枚岩にまとまることができます。

日本は、外圧により見事にこのような装置なしにフラット化してしまいました。 悪平等、悪自由の極みです。 生涯雇用という形でのみ、会社組織に縦型社会が残っておりましたが、これもまた解体されてしまいました。 行き着く先は、あらたな不平等・較差社会、不自由社会です。
今回の被災は、被災地のみならず、日本という国のあり方が問われていると思います。 病根は深く広く巣くっています。 あめ玉を与えられ、愚民政策におどらされてきた国民個々が、このような事実に気がつかなければなりません。

自然の姿というものは、垂直・水平がバランスのとれた状態、メインの流れが断ち切られるとサブの流れがメインに切り替わる自由自在のつながりなのですが、エコを掲げる人たちは、自らの社会組織を自然に学ぼうとはしていません。 自らの社会組織に真のエコを取り込みたいものです。

以上