「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

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教育の志と目的

2015/11/28 FB より

国を栄えさせるためには 人材・人財を育成することが大切。
人材が財産。
そのことについては同意するが、しかし、この記事は何か違う。
教育費を無償とし、公平な教育を受けさせることが、人材確保のポイントとしている様だ。

何か違うという点について、いつもの悪い癖、大きな観点から俯瞰し論じてみよう。
何かとは、教育の目的と志という点だ。
そんな事は分かっているよ。
青臭いことをグズグズ言うなとの声が聞こえてきそうですが・・・。

公平以前の問題をぶつぶつと。

・・・・・

我が国の大昔の学問は、芸。
芸を磨き、伝えるものとして学問を行った。
家学としての学問、それを教伝と言う形で、教え伝え、磨いていった。
厳しいものではあったろうが、学び深める楽しみがあった。

もっと大昔、野山・川海からの採取により糧を得ていた縄文の時代は、農業を行う時代よりも余暇時間が多く、その余裕時間を土器や土偶などを作る事に当てたのではないかとの説がある。
その主体は女性であった。
土器・土偶は、土と水と火を使った、セラミック造り、最初の科学といえる。
自然観察と様々な試行錯誤と工夫の積み重ねによりその技術を会得しし、子供達に伝え、洗練させていったのだろう。
そこには、創意工夫と発見の楽しみがあったのだろう。
我が国の物造り、学の原点と言える。
その伝統が、紫式部、清少納言などと言う才女を生み出した。

仏需の学問が入って、学問は男のものとなったが、女は女としての学びの姿勢は残されたものと思う。

そのような伝統のもと、江戸期に学問・教育が隆盛となった。
武士の学問は、修身斉家治国平天下。
武を武道に高めつつ、修身斉家を学び、教養としたのだ。
そして、故郷を隆盛に導いた。
郷土の伝統的な産業は、このような考えを持つ人々により造られていった。

自藩を守り、発展させるための学問であり、それを儒教に求めた。
表は理学である朱子学を学び、裏では、実践を解く陽明学を学んだ。
そして、これが洋学を学ぶ基礎となった。
幕末には、西洋に対するコンプレックスなどはなく、オランダ語を習得し、オランダ語が役に立たないとしるやずくさま英語へと切り替え、必要とすることは積極的に習得した。
その知的欲求はすさまじいものがあった。
それを、母が支えた。

(現在は、子どもの頃から米欧、諸外国に対する贖罪意識とコンプレックスを無意識下に植え付けられるために、英語を始めとする語学学習の障害になり、語学を生理的に受け付けない状態としているように思える。
それでいて、小学校から英語学習をせよ、というのだから本末転倒。
自国に対する揺るぎの無い自信を植え付け、他国を飲み込むほどの気概を持たせるならば、語学の問題は片付くだろう。
幕末の洋学ブームは、まさにそれであった。
不十分な語学ではあったのだろうが、志と気概により西洋人を圧倒した。)

江戸期には、民衆の間に読み書きそろばんという実学が拡がった。
また、石門心学などにより道徳が教えられた。
学びの場として寺子屋が隆盛となった。
寺子屋は、男のみならず女も通い、手習いの先生の1/3は女であったと言われている。
明治を支えたのは、武士階級のみではなく、これら実学を修めた多くの民衆であった。

江戸の平安の時代、武士も民衆も、実際に使える知識を求めると共に、知的な興味、知りたいという衝動に溢れていたものと思える。
幕末、明治初期に我が国を訪れた欧米の人々は、皆、庶民の識字率、知的レベルの高さに驚き、記している。
否、戦国時代に布教に来たバテレン・宣教師は、異口同音、知的レベルが高く、日本での布教は大変だとバチカンに報告している。

日本人の遺伝子には、知識の旺盛な吸収欲というものが埋め込まれていると思うのだ。

明治に入ると、江戸期の知的財産をベースに西洋科学を吸収し、富国強兵を国策とした。
武道・儒教的センスの上に、洋学を接ぎ木した。
和魂洋才だ。
これは、成功を納めた。
瞬く間に洋学・技術をマスターし、世界の大国にのし上がった。
知的な底力と、道徳力、胆力の賜であった。

その一方、薩長の藩閥による要職の独占に歯止めをかけるため、義務教育が導入された。
新たなタイプの科挙と言える。
知識を詰め込んだ秀才が、官僚となり国の舵取りをするシステムだ。
また、つよい軍隊を造るため、工業化の推進ため、生まれ・身分、及び、地方差をなくし、平均的な人材を造ることを目的としたものである。
これは、故郷人(藩に属す人)から、日本人・国民への切り替えでもあった。

義務教育の最初は、国の予算は乏しく、各地の篤志家が土地を提供し、拠金し、小学校を造った。
地域の識者が先生を務めた。
各地に藩校というモデルもあった。
郷土のためになる、郷土経営をし盛んとする人材造るため、力を、財を出すことは惜しまなかった。
郷土を愛し、郷土の延長上の国造りをする事のできる人材の育成であった。
故郷を出ても、錦に御旗を立てて帰ることを理想とした。
理念・理想の国ではなく、郷土の延長にある、地に足のついた国である。
これにより、力を出し切り没落した地域の名家、資産家もあった。

しかし、このような学校は、政府の統制により郷土色を失い、お国のために働く、工業社会に馴染む均一な人材づくりの場となっていった。
このような教育の中より選抜された知的な訓練のみに偏るエリート達が、天皇を神とする神国日本という理念の元に、国の運営を始める。
その結果が、大東亜戦争と敗戦である。
国の運営を誤るのである。

米国による長期にわたる様々な謀略により、戦いに引きずり込まれたのではあるが、安易にその謀略に乗ったのは、知識偏重のエリートの放漫さ、ガードの甘さに真因を求めることができるのだろう。
また、知的エリートの総ては、欧米に留学をしており、洗脳的教育やハニートラップなどを含めたインテリジェンスの餌食となり、欧米崇拝におちいり、国内で優越感を持ちつつ、劣等感ももったのだろう。
このような人々が国家経営を行うのだから、その劣等感が民衆にも広がり、潜在意識に植え込まれていったものと考えられる。
幕末・明治初期の志を持ち、対等に掛け合ったという伝統が廃れ、劣等感が植え付けられてしまった。

エリートの知識偏重、欧米崇拝に対し、庶民には、縄文から積み重ねられ、江戸時代に築き完成を見た道徳・美徳が根付いており、これが国の底力となり、明治以降70年余りの総力戦を戦い、耐え抜いた。
それは、母性的なパワーに下支えされたものと、私は思うのだ。

国家経営に当たるエリートの力量は見切っていた米国だが、その技術力と国民皆兵、庶民兵の猛烈、強烈な戦い方に畏れをなした米国は、敗戦により、二度と日本を大国の位置に登らせないため、日本魂を抜き去るものとした。
男のチンチンを取ってしまうのである。
それを、WGIP(ウオーギルトインフォメーションプログラム)と称している。
これまでと異なった富国挙兵とは逆コースの教育・洗脳である。

(この敗戦後の日本占領政策が大成功したことにより、その後の米国の海外戦略を決定づけた。
諸外国の総てが、日本のように力で占領し、洗脳することによって問題解決できるということが基本的な戦略となった。
これは、素直に御上に従うことが平和解決の道という日本的道徳の賜から生まれた特殊現象であることに気がつかないから、ベトナム、中東における戦争は、極致戦で勝っても民衆を治めることができず、混乱を後に残すものとなってしまった。
ジャスミン革命なども同じだろう。
米国の占領も、新たな八百万の神がやってきたという日本的感覚と、一神教的なセンスの差である。)

ここで、あえて洗脳といったのは、米国は意識して日本人に対し優勢学的な見地に基づく精神的な手術を行ったからである。
精神改造を行うため、あらかじめ日本に関する情報を集め、分析し、用意周到に取りかかったのだ。
日本学というものは、基教を日本に布教するためにはじめられたものだが、米国の日本学は、日本人を精神改造するために研究したことが始まりだ。
あろう事か、敗戦後、GHQのWGIPに積極的に協力した。
協力したのは、日本国の官僚とマスコミ、進歩的?知識人である。
エリートと称される人々である。

GHQは、戦争犯罪者を日本陸軍と決めつけ、処罰した。
協同謀議により、平和に対する罪、人道に対する罪を侵したという罪状だ。
なぜか、海軍は解体されたが、海軍からはA級戦犯として処罰されたものはいない。
リメンバーパルハーバー、が米国が戦争に踏み切る切っ掛けとなったわけだし、GHQは、大東亜戦争という我が国の名称は認めず、太平洋戦争としたわけだから、海軍こそが処罰の対象となるべきものと考えられる。
ここに、歴史の闇がありそうだが、ここでは触れない。

官僚とは、権力者に従い、その意志を代行し実施する集団。
天皇から、マッカーサー、米国へと権力が移っただけのこと。
八百万の神に一柱増えただけのこと。

マッカーサー、米国も、日本国民をトラブルなく納めるためには、官僚組織を温存し、そのまま使う事が効率的だから、官僚組織の上に新たな為政者・神として乗っかった。
これを、新たな幕府が開設されたと唱える人もいる。
現在も、この米幕府はそのまま続き、日本国は米幕府の占領下に置かれたままと言える。

話しを拡散させたようだが、現代教育の淵源はここに求めることができる。
GHQにより温存された官僚組織は、GHQの権力を背景に、敗戦前よりも更に統制を強めていった。
戦時下の体制をソフト化したものの、戦争による疲弊から立ち上がるためと称し、更に統制を強化したのだ。
名目は、国の再生・復興。その通り、しかし、そのため統制が更に強化され、現在まで続いている。

教育の問題もしかり。
敗戦前は、私学の設立は比較的容易であった。
そこでは、まだ、特徴のある人材を育てることが可能であった。
しかし、戦後は、一定の設備要件を満たさないと、新たな学校は開設できなくなった。
また、文科省の助成無しに、私学の運営ができないようにしてしまった。

学習教材、すなわち教科書は検定と称する手続きにより、一様に均され、生まれた国を貶める洗脳教育を行うアイテムとなっている。
学習時間がだんだん少なくなり、ゆとり教育などが実施され、地理・生物・地学など、実学的な面をもつ学科がどんどん削られ、地に足がつかない子供達を造り出している。

実学、自然・地に足のつく教育、身体で理解できる教育をしなければ、抽象的なことを教えても理解はできないのだ。
知識を減ずるだけでなく、知識を身につかないようにするためのカリキュラムとしている。
子供達を育てるという教育を通じ、WGIPという洗脳がこの70年間持続され、強化されてきたのだ。

これにより、親の教育権が奪われている。
親の教育権は、憲法以前の権利。
その大切な権利が奪われ、義務教育にすり替えられているのだが、問題にすることが無い。

考えてみるが良い、松下村塾のような設備のないところから、吉田松陰の感化力で多くの人材が輩出し、時代が変わったのだ。
このような現象は、松陰だけではなく、全国各地の私塾で人財を輩出させていたからこそ生まれたのだ。
教育は、設備ではなく、育てようという人の感化力と、育つ側の気概の問題なのだ。

現在の教育制度は、教育者の感化力を奪い、教えを請う子供達の気概を殺ぐ事ばかりを行っている。
学問の面白さを伝えるのではなく、出世のための手段としてのみ伝えている。
しかも、出世ということを経済的成功というものに矮小化している。
出世とは国のため、人のために役立つ人というものであるはずだが、己が経済的に楽に暮らすことができるよう、良い大学に入り、良い会社に入るというものだ、と世を挙げ洗脳している。
母親までもが、教育ママ、モンスターペアレントと化し、子どもの、社会の健全な未来を奪うことに腐心している。

これでは、子供達は授業がつまらなくなるのは当たり前。
教育が成り立たなくなり、学級崩壊に至るのは当たり前だろう。
生きることに対する意味を見いだせなくなり、無気力になるのが当たり前だろう。
人間は、自分のためだけに生きて行くことはできない。
集団で暮らす動物だから、他者から認められることなく生きて行くことはできないのだ。

このような、偏った教育システムに素直に従うことができる従順な子どもが成績が良いとされ、疑問をもつ元気なものは阻害され、アウトローになって行く。
そして、本来ならば笑い話となってしまうような事が当たり前となってしまっている。

それは、義務教育では偏差値を上げることはできず、良い大学には受からないから、義務教育の他に塾へ通うことが必要ということだ。
そして、子供達は塾の方が楽しい、ためになると言い出す始末。
傍から見ていたら漫才だが、皆、本気で一生懸命だ。

義務教育は百害あって一利無しという状態となってしまったのだから、潰せば良い、税金を払わなければ良いのだが、一端でき上がった制度は潰すことはできず、税金は給料から天引きされてしまうから、抵抗できない。

また、現行の教育制度は、神であり、権力者である米親分のもくろみ通りに進んでいるから、米親分にとっては、すこぶる成績優秀なシステムであり、さらに磨きをかけ持続させなければならないものになっているのだろう。
今の教師は教育目的を果たしていると言う点で、成績優秀と言える。

しかし、子供達に取ってはよけいなお節介、迷惑きわまりない存在。
我が国の将来を危うくする存在となっているのだが、教育要領というマニュアルに従っているだけなのだから・・・。
先生達は、このような事を続けていたのでは、人格に変調をきたしてしまうことだろう。
これを逃れるためには、日本人であることを捨てなければならなくなる。
そのために都合が良いのが世界一家、共産主義、グローバリズムだ。
国境をなくしてしまえば問題は解決する。

子どもを学校に通わせたことのある親達は、このような状態に疑問を持たないのだろうか?
残念ながら、疑問を持ったとしても、義務教育を否定する事は、法律違反となり罰則が適用される。
また、義務教育を否定し、家庭教育をするだけの財力も時間もないのが実際だ。
従って、財力のあるものと、ないものの教育較差が広がり、格差社会が嫌が上でも展開することとなる。
昔は、勉学に励むことが立身出世の道であり、頭のよい子は郷土の誉れとして奨学金を出し合い、上級の学校へと送り込んだが、今や、そのような道も閉ざされてしまい、教育格差が経済格差に直結する時代となったのである。

教育は、このような歪んだ社会で生き残るための手段と化し、塾に通い、有名大学に入り、良い会社に入るための手練手管を覚える場としてしまった。

このような状態で、記事に示されているように学費を無料にして、教育を受ける機会を平等にする事により人材・人財を育てることができるということは、不可能である。
教育の目的が正しい方向を向き、子どけも達の率先模範・師匠となる教育者が存在し、子供達の志を高めることができる人材・人財がいてこそ、教育を受ける機会均等というシステムが生きるのだ。

否、勉学、学問をしたいと言う志を植え付けるならば、否が応でも教育を受けるための機会を求めるのだ。
そのような志を持つ者を支援する仕組みさえ造れば良いのだ。
その志を誰が植え付けるのか、そこが思案のしどころなのだろう。

教育システムが、子供達を損なう方向を向いている場合、学費を無料として、教育を受ける機会を平等にすると言うことは、現在の統制・洗脳をさらに強化し、気力のない子ども達を大量に造り出すということになるのだと言う事について考える必要がある。

日本人の遺伝子には、学ぶという事がしっかりと刻まれている。
この良き遺伝子が、教育統制により著しく傷つけられている。
現在の教育のあり方について、表面のみ、部分のみではなく、全体、及び根っ子の部分まで掘り下げて確認し考える必要がある。

いつもの台詞となるが、総てが同じ土壌から生まれているのだ。
その土壌が、根っ子には触れさせまいと言う部分最適の繰り返しと、自己家畜化に向かう人々を造り出している。

いつものツッコミ所が沢山ある意見です。
いろいろツッコミ、考えてみてください。
私の屁理屈はともかく、教育が、社会がおかしくなっているということは、皆さんが感じていることと思います。

子々孫々に、子々孫々が、元気で心豊かな生活ができる故郷を引き渡すためにどのようにしたらよいのでしょうか。

西田さんのシェアをシェア。

足尾銅山煙害地の緑化・自然回復

足尾銅山煙害(亜硫酸ガス)によるはげ山を緑化したところです。
多くの人々が、低山ながらも展望がよいとして訪れる草原状の中倉山、沢入山の稜線は、はげ山だった時代の名残なのです。

これをネタに、いつもの大きな話をしてみましょう。
長いですよ。

足尾鉱山は、日本の銅産出量の40%を算出し、近代国家となる礎の一つとなったのです。。
しかし、一方では、洪水被害の拡大、鉱毒問題などを発生させました。

歴史的には、正と負の側面を明確に対峙させて見せてくれる面白い場所なのです。
そして、そのような正負の問題は、足尾ほど極端ではないものの、現在まであちこちで続いているといえるのです。

負による側面に対しては、田中正造を中心とする公害問題の指摘活動、それに続く人々の100年にわたる訴訟が行われました。
我が国の公害防止活動の原点となりました。

また、このはげ山を緑化するために新たな緑化の方法が考案され実施されました。
階段状に土留めし、土砂流出を防ぎ、先駆樹種を植えるという明治から続く伝統的な治山緑化手法とともに、外来牧草を緑の絆創膏として用い、早急に緑化被覆し表土の保全、表土の生成をはかり、その後の植生遷移による自然回復のスターターとしたのです。

我が国における、公害・緑化、環境問題の原点ともいえる場所なのです。

この景色から、正と負?、両方の側面を持つものとして見ていただけるとよいと考えます。
また、現在の我々の抱えている問題に対して、田中正造の活動などを逆照射していただけると幸甚です。

現在は、過大な被害者意識、負の側面のみを上げへつらい個人の保証を求めるという風潮が強くなってしまったのですが、田中正造が中心となって行った命がけの農民運動(押し出し)などの活動は地域の生活の場を守るという国に対峙する運動、真摯に今一度見直すことが必要と思われます。

当時の欧米列強の植民地に組み込まれないための殖産興業の一環としてた足尾銅山があるのですが、それによる環境問題の発生により地域住民が大きな被害を被りました。
その負の問題に対抗するために、地域住民の生活自衛のために時の権力に対し立ち上がったのが田中正造でした。
地域の自立自尊の生活を守ろうという信念が根っこにあったものと考えられます。

現在は、地域の生活自衛というものてではなく、個人が保証・助成金に絡め取られ、地域の独立心がそがれ、地域地域コミュニティが解体されようとしています。
都会では、すでに地域コミュニティはなきに等しい状態。

田中正造が目指した世界は、個人の保証ではなく、地域の生活を守るということだったと思っています。
しかし、現在は個人保証という毒薬により、地域のコミュニティが分断され、地域の活力が失われてしまっています。
生き物としての群れが暮らす場・地域よりも、個人を優先させてしまった結果です。
地域、個人のバランス感覚を失わせてしまった結果です。

その結果、地域との絆を取り去り、個人という側面のみを強調し、人の労働に対してまで、流動性などという言葉を使い、経営社の都合により切り捨てられるもの、根無し草となる方向へと推し進められました。
互いに助け合って生きてゆく群れではなく、個に分割されると身を守るすべを失ってしまいます。
個人は自由だ、好き勝手ができると、わがままが認められてゆく、その陰で進められた個の分断です。
今後は、さらにそのような方向性が強化されそうです。

地域コミュニティの自立自尊の精神がそがれてしまったため、未来を見ることなく、今さえよければということで、種子法の廃止、TTPなど我が国の未来、子々孫々の未来を奪い取るような問題に対し、無関心でいられるのです。
最近の動きについて、逆照射してみるとこのようにいえると思います。

それは、国(官僚)がなんとかしてくれるという、ぶら下がりの思想が根底にあるからです。
しかし、国(官僚)は民を効率的に治めるための知恵を絞るところであり、その国は、民の方を向いているとは限らないのです。
足尾の場合は、そのような傾向が大きく出、公害問題として噴出したわけですが、世界の政治・経済の運営は概ねそのような仕組みの上にできています。

民主主義とは、民の代表である代議士が、国を運営する官僚と対峙するこにより、民意が政治に反映されるということを指すのですが、地域コミュニティが解体された今、そのようなことは望めません。
地域のためというよりも、個人の利益により票を集めることができるからです。
そして、選挙の棄権とは、官僚に白紙委任するという意思表示となっていることに気がつきません。

地域のため、子々孫々が豊かに暮らすためということよりも、今が大切ですから、今の利益、目の前のにんじんを食べるために票を投じてしまうのです。
にんじんをぶら下げるのは、経済サイドです。
これにより、短期のもうけが優先され、未来の美林を作ろうという観点からの法は作られることがなくなり、美林、豊かな国土、農業を子孫に残せない状態となってしまいました。

民が食べてゆくための農業・産業ではなく、もうけを出すための農業・産業へと目的の変換がなされたのに、多くの民が気がつきません。
産業廃棄物、環境汚染は大きな問題。
しかし、TTPや二国間協議により、じわじわと健康被害をもたらす農薬、遺伝子組み換え食品の組み合わせ、食品添加物などの防波堤が打ち壊され、無制限に押し寄せ、鉱毒などよりも数段大きな産業公害、直接体内の汚染が進むという状態が発生してるのですが、問題としようとしません。

田中正造のようなリーダー、政治家の出現を願うとともに、公害を認めさせるために100年間闘い続けた民がいた、100年もかかったということを思いだし、子々孫々が安心て暮らすことにできる、豊かな国土をバトンタッチできるようになることを祈らざるをえません。

足尾の地は江戸時代から続く鉱山故、山の木は鉱石の精錬のため切り出され、はげ山となり、さらに近代精錬技術による亜硫酸ガスの発生により草木・低木類まで失ってしまいました。
当然、緑の被覆を失った山は崩れ、河川下流に堆積し天井川となり、台風による洪水により流され、下流に甚大な洪水被害をもたらすことになります。
鉱毒による健康被害も発生させるととなります。
このような問題に対し、立ち上がったのが田中正造です。

そして、はげ山を緑化し、洪水被害の軽減を図ることとなりました。
そのとき大活躍をしたのが、安価で効率的な外来牧草でした。
敗戦後の貧しいとき、安価に効率的に緑化し国土を守ったのです。

はげ山という面では足尾は極端でしたが、昭和30年代、燃料革命により石油を燃やすようになるまでは、全国の山ははげ山だらけでした。
大雨が降れば洪水となり、下流に土石が流され大被害が発生するということが続いていました。
そのはげ山を、治山・砂防工事などにより緑化し、また、治水・利水のためダム・護岸工事を行い、安全・安心な国土造りを行ってきたのです。
そのとき広い面積を利四日するために、外来牧草が用いられたのです。
私たちの先輩の仕事です。
結果、山は緑になり、安心・安全の国土を作ることができました。

そのような功績が大きな外来牧草を、60年以上使い続け、日本の国土を緑に服すきっかけ作りをした外来牧草を、60年をかけ緑になったからと、その緑だけを見て、ペテンにも等しい論文で外来だから悪者だと決めつける生態学者は何様のつもりでしょう。
恩を忘れた、人非人、天に唾する者と指弾をしておきましょう。
そのような論調を認め、悪乗りしている環境行政も国民を欺くものといえ、等しく同罪です。

治山事業によりはげ山は緑となりました。
また、人手の入れられるはげ山や、はげ山に近い薪炭林には有用樹が植えられました。
スギ、ヒノキなどの針葉樹・人工林です。
急勾配地や深山などの薪炭林はそのままです。
そして、燃料革命となりました。
結果、薪炭林としてきた里山は放置され、そのまま大きくなり、人工林にも手を入れることができなくなった状態で大きくなりました。
40年で、はげ山が緑になってしまうのですが、このようなことが全国で大なり小なりの規模で起きていたのです。

大きく見るならば経済変化の問題、市場の変化の問題ですが、なぜそのまま放置してしまうこととなったのでしょう。

このような国土の緑は、戦国以来のこと、この500年来、かつてなかった状態の景色なのです。
現在は、人手を入れらることのできなくなった緑は、どのように推移してゆくかということを、全国の山で大実験をしているのです。

しかし、生態学者は、そのような人の活動とともにあった緑を、大昔からあった自然、自然は弱いものだから手をつけるなと教え、自然は保護すべきもの、それが正義、人工林は悪、自然に手を入れることは悪だと教え、世論を誘導します。
白黒、善悪という単純化した話は、わかりやすいやすいため、皆、自然保護という安直な考え方による洗脳されてしまい、山の緑の管理を忘れてしまいました。
と、いうよりも、管理をしなくともほっとくのが自然だという手抜きのための根拠を与えてしまったのです。
管理をしなくともよいという理屈は便利ですから、行政が管理を先送りするための理屈としても用いてしまったとおもいます。
そして、その傷口は大きくひろがってしまいました。

結局、外観は緑であっても、山の緑、生態系は荒れ果ててしました。
大いなる質の低下です。
人手の入らなくなった自然の中で、シカ、イノシシ、クマ、サルなどが我がもの顔で跋扈するようになりました。
人間様を含む生態系の崩壊です。

生態学者のいう人間を含まない生態系は、日本の中には高山などごく一部にしか存在しないのですが、理念的な生態系のみが教育され続けました。
自然に手をつけるな、守れといい続けてきた人たちは、このような状態になるということは予想もできなかったのでしょうし、その適切な対策を示すこともありません。

人間を含まない生態系は存在しないのですから、日本全国、人手の入った緑ばかりですから、良好な自然を維持するためには管理をし続けなければならないのです。
ならば、誤りを認め管理しろ、といえばよいのですが、そのような提案は出てきません。
里山の荒廃が明らかになった時点で、里山管理について最近になって最もらしく言い出した程度です。
そんなことは、結果論ですから学者でなくともわかります。
問題は理屈ではなく、放置を許容してきたから、管理費が膨大になり、手のつけようがないということなのです。

しかし、生態学者は相変わらず、里山以外に対する自然に手を入れることを否定し続けています。
木を切る木こりは悪者、それでいて人工林は悪者、また、外来牧草を播くものは悪者と、悪者造りを続けています。
このような考え方が環境行政に組み込まれ、生物多様性保全が自然保護の隠れ蓑となって叫ばれてしまいました。
60年以来使い続けてきた、枯れた技術までも用いてはならぬとし、様々な問題を発生させてしまいました。

悪者を作り出すことは、紙芝居としては面白いのかもしれませんが、物事は解決に向かわず悪化させてしまうばかりです。
ひょっとしたら、これまで言い続けてきた悪者を作り出すという論法が皆の頭の中にすり込まれ、子供たちのいじめを助長しているのではないかと思うほどです。

健全・健康な緑、国土を形成してゆくためには、身近な自然に対しては適切な管理が必要なのです。
また、必要に応じて外来牧草なども含む多様な植物を使いこなすことが必要なのです。
これまで善悪二元論により洗脳された頭を切り替え、多様な技術を使いこなし、適正な管理をいかに行うかについて、自分の頭で考えていただけるならば幸いです。

足尾をネタにして、公害と緑の側面について長々記しました。
物事には正負の両方の側面があり、善悪二元論的な説明を信じ込んでしまうと、思わぬしっぺ返しがやってくる。
大きな事業を行うに際しての官の綺麗な説明、そして官の動きを保証する学とのなれ合いにより、民を洗脳によって方向付け推進する正義の仮面をかぶった事業という側面について、足尾のみの問題とせず、全国、今現在の問題として認識してもらいたいのです。
いったん始まってしまうとその動きは止めることができず、足尾鉱毒事件の法的な解決には100年を要し、失われた山の緑を取り戻すために今なお事業が継続されているという事実について、今一度真摯に考える必要があるでしょう。

2018.09.24.FB

「土と内臓」&「失われゆく我々の内なる細菌」

土壌は、植物が海を陸に持ち上げたもの。
植物と微生物・小動物の共生体だ。
全体で一つだ。

その海を皮の中に封じ込め、お腹の中に土壌を取り込んだのが動物。
養水分を体に取り入れる仕組みは、植物も動物も同じ。
土壌微生物の力を借りている。
と、大きく俯瞰し説いてきた。

「土と臓」は、このような観点について硬質な庭に有機物を与えつつけることで肥沃な土壌としたこと、そのことと体の微生物との関わり、病との関係について記している。
「失われてゆく我々のなる細菌」は、更に体腸内細菌叢に関して判明したこと、抗生物質などの使いすぎによる問題について記している。
良書である。

この数年で腸内細菌叢に関する知見が、このような書籍、マスコミを通じて世間に拡がった。
しかし、世間といっても広く、このようなことに興味を持つ人々の間に拡がったと言い直すべきだろう。
私たちの健康は、土壌微生物・腸内細菌叢との関わり、さらには、私たちの身体を構成する一つ一つの細胞が元気であることが土台となるのだということに関してまでの踏み込みは少ない。

微生物、細胞レベルにまで思いを凝らし、健康ということについて考え、これらの目に見えぬ小さき物が喜ぶ暮らしということに心馳せることが大切だろう。
食、薬剤、運動、呼吸は、細胞を元気にするためという考え方が必要だ。
味覚、噛む感覚などが鈍った結果、感覚、細胞の感覚を感じる力が劣化し、目、脳が欲する方向へと進みがちになってしまった。

結果、微生物を含む全体で一つ、繋がり、連鎖、循環の中で暮らしているのだが、目に見えぬ世界故、自分たちの都合でその連鎖を断ち切ってしまう。
この連鎖の破綻が、回りに回って私たちに返ってきたときに病におちいる。

これは、生命のつながりを第一に考え暗し続けてきた結果、古人の経験の積み重ねの結果、つたえ残された道に反する行為でもあった。
目先の便利、快適におぼれた結果の自然のしっぺ返しだ。
急激な変化は、最初は小さくても、拡大連鎖し、大きな反動・反力となって還ってくる。
操作可能の自然、自然を征服・管理しようとした結果だ。

こののような結果を真摯に受け取り、部分最適・対症療法に走ることなく、今一度、微生物、細胞、の声に耳を傾けよう。

FB:2017.12/22

サンチャゴ巡礼フランス人の道800km:14日目-1 オンタナス~ボアディジャ・デル・カミーノ 28.5km。

スペイン・サンチャゴ巡礼フランス人の道800km
H28.05.26.(水)、14日目 オンタナス~ボアディジャ・デル・カミーノ

 

サンチャゴ巡礼フランス人の道800km:13日目 <ブルゴス~オンタナス 25.7km>

スペイン・サンチャゴ巡礼フランス人の道800km
H28.05.25.(水)13日目 ブルゴス~オンタナス 25.7km

サンチャゴ巡礼フランス人の道800km:10日目 <サントドミンゴ・デ・~ペルラド 27.5km>

スペイン・サンチャゴ巡礼フランス人の道800km
H28.05.22.(日)、10日目 27.5km

 

サンチャゴ巡礼フランス人の道800km 世界遺産・ユソ修道院

フランス人の道から少しそれて、寄り道です。

サンチャゴ巡礼フランス人の道800km-7 ロスアルゴス~ログニョーロ 20km 

スペイン・サンチャゴ巡礼フランス人の道800km
H28.05.19.7日目 ロスアルゴス~ログローニョ 20km

サンチャゴ巡礼フランス人の道800km-6 エステーリャ~トレス・デ・リオ (29km)

スペイン・サンチャゴ巡礼フランス人の道800km
H28.05.18.(水) 6日目 エステーリャ~トレス・デ・リオ 29km

サンチャゴ巡礼フランス人の道800km-5   プエンテ・ラ・レイナ~エステーリャ  

スペイン・サンチャゴ巡礼フランス人の道800km
H28.05.17.5日目 プエンテ・ラ・レイ~エステーリャ 22km