「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

H27.05.24(日) 和賀岳山歩

<FB転載>

和賀岳のブナ林-2
岩を抱えて生育しています。
燃え上がる?緑の息吹を感じます。

H27.05.24.(日) 和賀岳山歩

<FB転載>

和賀岳のブナ林-3
雪に負けず生長しています。
雪に、倒されても、倒されても起き上がり、大きく太くなりました。

 

H27.05.24(日) 和賀岳 山歩

 

<FB転載>

和賀岳のブナ林-4
和賀岳は、アオモリトドマツなどの針葉樹林を欠いている。
30km余り北の裏八幡平にはアオモリトドマツ、コメツガなどの針葉樹林帯がブナ帯の上部に出現する。
和賀岳では、尾根筋に近くなるとブナが細く小さくなり、そのまま低木・草原、高山帯へと移行し、針葉樹林帯は認められない。

5月初めに登った磐梯山と東我妻山の関係と同じだ。
日本海側からの雪雲が、雪を降らせた後和賀山塊に到達するのだろう。
山頂部にはやや乾いた風が吹き寄せ、積雪量が少ないのだろう。
中腹には雪が積もるためブナが生育するが、山頂・尾根に近い処は積雪量が十分でなく、シラベの類が生育できないのだろう。

ブナ林も、八幡平と比較すると乾燥気味のような気がする。
八幡平は、ブナの純林とも言える状態だが、ブナの中に針葉樹やナラ類などが混交している。
一昨年見た、大山の大神山神社奥宮のブナ林と似ているように思える。

TDMのみなさん
「ひまなか」こと、中野です。

本年も、TDMよろしくお願いいたします。

大神さんのNo.10088「腐朽菌との戦い」で年末を迎えました。
樹木医、永遠の課題ですね。

昨年は、No.9579に始まり1年のメール数は509通、1日当たり1.4通の情報交換となりました。
参加者は586人と漸増ですが新たな参加者が増えております。

みなさまのおかげで、いろいろな情報交換・交流ができました。
ありがとうございました。

みなさま情報発信力のみが頼りのTDMです。

今年も、情報発信・情報交換の輪を広げてゆくことにご協力ください。

平成26年 2014年 1月1日 甲午(きのえうま・こうご) 元旦

 ・・・・・ ・・・・・ 毎年の、いつもの与太話です。お暇な方はどうぞ ・・・・・

今年は、どうなるやら・・・・・。干支から。

東日本大震災・福島原発という予測不能と称された災害から3年が経過しようとしております。

東日本大震災の復興は遅遅として進まず、当初の狼煙の勢いは失速し、なし崩しに災害復旧対策の原則である現況復旧(平時の災害対応)へと向かっております。

地域の住民の方々も、遅れに遅れる震災対策に翻弄され、早期の現況復旧を望む声が高まっております。

最初の手の打ち方のまずさが、最後まで尾を引いてしまいました。

災害を機会に「禍転じて福となす」という発想は、取り入れられることなく、遠のいてしまいました。

グランドデザインを示すことができず、かけ声と部分最適化に終始するのみの縦割り行政の結果です。

せっかくのチャンスを生かし切れない、残念な事です。

これも又初動が悪いため国民の信頼を失い、健康被害のない部分に対してまで除染を行い、無駄金を使い、非生産的な作業を進めるというお粗末さ。

除染作業ではなく、除染は詐欺よ!と叫びたくなってしまいます。

外来種問題についても同じ事。

明治まで遡って無理矢理悪者を造り出すというやり方は、褒められたものではありません。

環境問題といいながら、環境問題の専門家と称する学者・識者が自己の専門家集団・派閥のために動いています。自己の主張を通すため、嘘も方便と事実に基づかない論文を根拠に迫ります。
それが自己の都合に合うため、環境省は取り上げます。
嘘も方便で、国民の利益になるならば目もつぶりますが、真逆です。

さすがに、此ではまずいと感じたのか、環境省の方向変換が始まったようですが、此までの経済的な損失、外来種種は悪者とすり込まれた意識の取り戻しは困難です。

あれやこれや、明治元年1868年以降、戦前戦後一貫として145年にわたり続く行政組織の制度疲労による問題が顕著になった、と考えるのは私だけでしょうか?
明治維新70年後の敗戦で一次改められたかに見えた行政組織のあり方ですが、そこから70年を経過し、制度疲労は再び頭を持ち上げてきたように思えます。

世の中は60年~70年周期で循環するという事が東洋哲学・易などの考え方ですが、今後は如何になることやら・・・・・。

アベノミックスで経済は持ち直す方向へと進んでいますが、今後の消費税の施行もあり余談を許せません。

大正から戦争突入までの間の文書類、世の動きを見ていると、その流れが相似している様に思えます。

昭和初めは世界恐慌などの厳しい時代ですが、個人の残した記録を見ると、意外と昭和10年頃までは明るい感じがします。

暗くなったと感じ始めるのは昭和11年2.26事件以降、高橋蔵相が殺害された後のことです。

2.26等のテロに対して厳罰を持って処理せず容認したため、これに乗じた軍部が政治を掌握し、結託した官僚により様々な法律が作られ、マスコミがこれに悪のりし煽り強化に動いたため、次第に暗く窮屈な世の中になり、国民総動員へと向かいます。

近頃の○○基本法など、法律さえ作れば国民は動くとするやり方は、戦前の動きとの相似を感じます。

一方、3つの大陸プレートが接するあたりでアウターライズ型の余震が多発しており、東京都・関東周辺は不気味な状態を呈しており、予防的な対策が望まれております。

また、伊豆大島などの集中豪雨・台風災害は大規模化し、その復興対策の速やかならんことが望まれます。

政治・経済以上に、災害関連も又気になるところです。

災害被害の規模などの資料を示すのは一生懸命ですが、具体策が目に見えてきません。

このため、自己防衛しか方法はないようです。
自己防衛の究極は、被災時にそこにいないことです。
被災の時は、他所にいるという運を磨くことが一番です。
人様の役に立つことを沢山して、神頼みするしか方法は無いようです。

アベノミックスは、世界恐慌を世界で最初に乗り切った高橋是清蔵相の施策がモデルと言われています。高橋蔵相は、関東大震災の後の不況、満州への進出促進、世界恐慌を乗り切るために起用されわけです。アベノミックスが東日本大震災の後、長引くデフレ基調の元、中国への市場進出という環境の元で始められたことと社会環境も相似しております。

このようなことから類推するならば、もし、2度の消費税などでアベノミックスがつまずくならば、高橋是蔵相亡き後と類似する軌を辿るやもしれません。

・・・・・

自然の中での生活は、万物の生成化育・循環の中に包み込まれています。
人から見た場合、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎません。
そのような自然の循環を観察した結果、暦が生まれました。

アベノミックスも又、大きな周期の中、類似の環境の中で船出したように思えます。
過去に学び、同じ轍を踏まないことを祈ります。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支と対応しているものといえます。

人は小宇宙という考え方があります。
ならば、人々の織りなす社会は人が集まった宇宙とも言えます。
古代の賢人は、大陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
中国では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図)のように星と人とを直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。

干支を「えと」と読みますが、これは兄(え)弟(と)から来ています。
干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄、後を弟としたことより、「えと」とよぶようになりました。

今年は、
甲午ですから、木の兄・午ですから、「きのえ・うま」の年と言うことになります。
干支の最初甲子(きのえね)から31番目、60年周期の真ん中、折り返しの始まりとなりました。
木(木行)は、樹木の生長する様を現すものであり、生命の泉から涌き出て流れ、胎内と霊性を兼ね備える性質を表す「冬」に培われた気(木)が青々と伸び始めるという「春」の象徴でもあります。

甲午:

・十干(根幹) 甲:陽の木

これまでは干では、水=冬(増ゆ)、春に向けでじっくりと内実の力を蓄えている時期でしたが、甲となり、これからは芽吹きの時期となります。

しかし、まだ春早い時期、木の芽が堅いからの中から出ようとしている象。

人の世で言うならば、古い体制が次第に崩れ、次の時代を担う新たな動きが生まれつつある。

・十二支(枝葉) 午:陽の火

支では、午。十二支の7番目、これもまた干支と同じ半ばの象です。
半ばではありますが、午には逆らうという意味があり、陽気が下から上に突き上げることを象っています。
旧来のしきたり陋習を打ち破り革新的な動きが出てくる年回りとされています。
陽の木・陽の火 ⇒ 相生(木生火) 火によって木が燃えさかるという兆しでもあります。

これらをまとめると、「旧来のしきたり風習に包まれつつ、新たな息吹が出現してくる象」とされます。

先に述べた、先例主義の玩弄陋習な現在の官僚機構が解きほぐされ、新たな動きが洗われるという事でしょうか? 良き方向への動きであることを望み祈ります。

十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせると60年周期となりますが、60年を一区切りとして過去へさかのぼると、

・昭和29 (1954)年
教育二法案・教員の政治活動制限
第5福竜丸・ビキニ環礁で被爆
防衛庁設置・自衛隊設立
自衛権の保有と自衛隊は合憲の統一見解発表

・明治27(1894)年
日英新通商航海条約・地外封建の撤廃なる
日清戦争布告・黄海海戦勝利・旅順占領
日本国内に挙国一致的雰囲気広がる

・天保5(1834)年
天保の飢饉の最中
鉄線の増鋳

・正徳4(1714)年
外国船との海上密貿易の禁止
金銀の改鋳

徳川時代は、江戸幕府ができてから100年余りが過ぎ、鎖国した中でも商人か力を付け、幕府は天保・正徳など改鋳によるデノミにより財政難を切り抜けてきました。

しかし、寒冷化による飢饉などの発生により状況は悪化の一途を辿り、その後の黒船の来朝などにより、やがては倒幕へと結びついて行く変化の兆しが見え始めるという年回りとなっています。

明治27年に入ると、開国の際に締結させられた英国との不平等条約を自力撤廃に持込、日清戦争に打ち勝つなど列強への仲間入りの兆しが見え始めました。

これもまた、変化の兆しです。

しかし、日清日露の大戦にからくも勝利を収めたが、その後、戦後の処理が悪く、国民の理解を得るに至らず、中国とアメリカなどとの多方面展開を余儀なくされ大東亜戦争へ突入し敗れるという変化の結末を迎えます。稚拙な官僚主義が招いた結果です。

戦後の昭和に入ると、昭和29年には自衛隊を設立し自衛可能・自立した国家となる兆しが芽生えています。

この兆しが現在は、防衛庁を防衛省に格上げし、自衛隊海外派遣するにまでに至っています。

甲午の年回りは、外国との関係・防衛問題が浮上するとともに、財政悪化対策が国内政情不安に結びつく兆しを秘めているようです。

————————————- いつもの毎年同じ能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)より発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。

中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代はすべてが循環するという世界観でした。

しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というスピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これは、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干十二支は10×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れると感じていた模様です。120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、、社会的活動ができるのが約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すという事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、どこかで合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせたため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思います。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえましよう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事を1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいたというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上 十干十二支・干支をヒントに、イメージを広げてみました。

自然環境復元学会(旧・自然環境復元研究会・協会)は、人間疎外の自然保護運動の流れを汲む諸団体とは異なる、人間をも含む生態系、自然と人間の関わり合いを究明し、健康で幸せな人間生活を持続させるために自然復元を行うという団体だろうと感じ入会しました。

 その究極が、内なる自然、内外も無い人間を身ぐるみ抱え込む自然、自然=人間同体・共同体という考え方に集約されたように受け取っています。

 この点で、杉山イズム・自然環境復元という観点から、侵略的外来種リスト・外来種被害防止行動計画にはもの申していただきたく、お願いをいたします。

 環境省の推し進めている外来種問題、特に外来植物問題は、人間の産業活動を制限しても、外来牧草・芝草の使用を制限しようとしているように感じます。

 産業界にダメージを与えるだけならばまだしも、子供達に外来種教育を行う、地方自治体・NPO・ボランティアを動員し、外来種対策を行う(=駆逐)という国民運動化しようという動きが感じられます。

思い過ごしならば良いのですが・・・・・。

 なぜかこのような方向性に対し、変なものは変、おかしいものにはおかしいという人がいないようです。皆、おかしいとは感じていないのでしょうか?私は、おかしいと感じたものは率直に口に出してしまうため、いつのまにか矢面に立ってしまいます。面倒くさくてしょうが無い、仕事でも無い、乗り出した船、貧乏くじとぼやきながらもやっています。

 外来種問題・生物多様性保全に対しては、総論は賛成ですが、その強引な持って行き方は困りものです。このため、極論的な観点からもの申してみます。

 現在の応用生態学的な生物多様性保全という考え方(生物純血主義)は、1つの思想に過ぎないのですが、地球環境という人質を持ち出し、正義を振りかざしております。

自然界に、(人為的な)遺伝子の交雑を認めない、純系だけ残すという考え方は、欧米世界の悪しき優生学的な発想に基づくものなのですが、正論であると正義を振りかざしていますから、そのおかしさに気がつかないようです。

 日本の暴力的ともいえる復元力の強い自然に対し、欧米風の一端壊すと復元不能な自然環境に対するものの考え方を、翻案して入れるなよ、日本の自然・暴力的な程の回復力を持つ自然をキチッと観察して、日本の生態・風土に合った学問を構築してくれよ、安直に外来植物を悪者にするなよ、と、機会を捉えてはもの申しておりますが、微力故どこ吹く風です。

 挙げ句の果てには、外来種被害防止行動計画により、自治体・NPO・ボランテイアを駆り立てて外来種征伐の十字軍を造りあげ、国民運動に仕立てる算段のようです。

予算がないから、1つの方向に洗脳し、悪者退治に動員(駆り立て)しようという算段のように思われます。優生学に基づく動員、その発想は、本質的にはナチズム・全体主義と変わりありません。

 生物多様性保全を叫ぶ方々が、多様なに考え方、立場を排除するという大きな矛盾をやらかしておりますし、人間様の外来種を用いた多様な産業活動も否定しております。

植物の純血を守るために、産業活動をも制限しようというのです。
そもそも、植物の純血とは?

遺伝保全学という学問分野では、純系を守ることは群落の衰退につながる、如何にうまく交雑させるかという研究をやっています。立場立場で、考え方は異なるのです。
しかし、現在は保全生態学的な思想により動いています。

このままでは、法面のみならず、牧場・ゴルフ場・公園緑地・スポーツターフなどに用いる牧草・芝草までもが外来というだけで使用不能となってしまいそうです。

 逆に、外来という呼び方にこだわるがあまり外来牧草を排除した結果、在来種と称される中国産在来種が大量に使用されるという結果になっております。

これにより、国内の同種との交雑が発生しております。
ヨモギ、メドハギ、ススキ、イタドリ、ヤマハギ、コマツナギ等です。
もう、取り返しがつかないほどになっていますが、(外国産)在来種に対する根本的な対策はなされないようです。

 昔も今も、全体主義は役人の理想とする所でしょう。
そのような傾向に、多様性保全を語っている生態学者が手を貸し、推進しているということに気がついていないのでしょうか? 自らの学問を政治を使い実現させるというつもりかもしれませんが、実態は真逆です。

 生態学的な発想がやっと政治・行政に組みこまれる時代がやってきたと喜び勇み、原理的・理念的な発想で事に取り組むと、ねじれたユートピアとなってしまいます。理想という非常識に固められた窮屈な世界です。

人間様の営みに対し、急速に変化を伴うような施策は、いずれ、形を変えて、そのつけ、反発が、自らの子孫に襲いかかって来ます。これは歴史の鉄則です。

 外来種退治を国民運動とするための、その1つの伏線なのでしょう。
外来種被害防止行動計画には、環境省から文科省へ申し入れをし、文科省が教育委員会へ外来種教育を行うようにとの通達を出したとの記載があります。

 外来種という言葉には、すっかり手垢がついてしまいました。
侵略的等という冠を付けてしまったため、外来種=悪者です。

環境省の旗印を受け、マスコミ、自然保護団体などが本気になって、外来種=悪者と啓蒙活動を行っています。
その結果、外来種=悪者というレッテルが貼られてしまいました。

 国土交通省などは省庁間の政策のすりあわせでは無く、マスコミに煽られた大衆の動きを察知して、媚びる形で外来種対策を進めています。このため、無理が発生し、仕組みを構築すること無く、建前に現場を合わせるろ、という形になっておりますから、無理難題・現場サイドは混乱が常態化しております。
その結果が、先に示した中国産外来植物の多用です。

 このような動きを、学校教育の場で、更に強化しよう、洗脳を推し進めようというのでしょうか?
生き物は中立的なもの、善も悪も無いんだよ。
外来種と言われるものだって、そうなのよ。
人間様の使い方が悪かったんだよ。
それを反省し、改めようとしているんだ。
適切に管理しようね。
なんて話が出来る教師がいるとは思えません。
外来種教育と言っても、単に外来種=悪者というイメージを植え付け、強化するだけの事になるのでしょう。

 人間様のやらかしたことを、外来種が悪いと責任転嫁しているだけなのですが、そのような事実・史実には触れることは無いでしょう。
結果、子供達にあやまった自然観を植え付けてしまうことになります。
あるいは、巧みな責任転嫁の方法を教え込むわけですから、人生観そのものを傷つけてしまいます。

 日本の風土の中で形成されてきた、自然に包まれ、自然と共に生きて行くという、人生観そのものが揺らぎだしているのですが、日本的な人生観にとどめを刺すこととなるように思います。

内なる自然の全否定です。
自然ととにあった日本的生活観の破壊です。

 これにより、子供達の自然に対する考え方は変化し、大きく分けて2つに分かれて行くものと思います。

 1つは、自然の中には外来種という悪者がいるという自然観をもつ子供達です。
自然に興味を持つ子供達の多くは、このような考え方になるものと思われます。
自然と対峙する、欧米的な善悪二元論的な世界観を持つようになるのでしょう。
自らの立場のみを正義とし、勧善懲悪というファナティックな世界観を持つにいたるものと思います。

日本人精神の欧米化が一層進みます。
このような考え方が、人種問題などへ変化して行くことは容易です。
今後、中国・韓国との関係が悪化すると、その傾向はエスカレートして行くでしょうが、その種まきをしているという事になります。行き着く先は、人種差別です。時代と逆行していますね。

 もう一つは、自然にあまり興味を持たない子供達です。
興味を持たないと言っても、潜在意識に外来種=悪者というイメージがすり込まれてしまいますから、自然は嫌いとなり、自然離れ、都市空間、あるいはバーチャルな空間に住まいするという傾向が一層強まるようになるものと思います。
バーチャルな空間も又、自らが大将、勧善懲悪の世界です。

バーチャルなゲーム空間は、暴力空間ですから、悪者はやっつけろと、右翼化しつつある今日、これもまた人種差別的な動きに連動する傾向を持つようになるものと思われます。

 自然が好きな子は、悪者退治というファナティックな世界に住み、自然に無関心な子は、さらに自然離れを促進させる。
これが、現在進めている外来種教育の行く末と思います。

 私も植物社会学、森林生態学を学んだものの一人ですが、
一人でも多くの子供達に自然大好きになって欲しい、自然の中で遊び転げられる世界を作りたいと考え行動してきました。
しかし、一部?の生態学者の旧態依然とした自然保護運動の発想から抜け出せない、対立的な発想から、無意識とは思いますが、今後の社会混乱を煽動していることに、悲しみを覚えます。

自然を破壊する、自然を守る、いずれも自分を自然の外に置いた欧米的な発想の延長上の行為です。
日本的、彼我一体というものの考え方にたった生態学の構築が望まれます。
私の受取方が極端すぎるということであれば良いのですが、このような方向へと進む事が無いように祈ります。

 現在、外来種問題に携わっている諸先生には、もうすこし歴史的・長い時間をかけた観点から考えていただきたいと切に思っています。
元来、植物生態学は、遷移など長いスパンでものを観察し、考える学問であったはずです。
わたしは、そのような部分に対し興味を持ちました。
そして、この40年現場を見続けてきました。
結果、現在外来植物=悪者論を吐くような状態にはなっていないことだけは断言できます。
外来牧草からスタートした現場も、20年、30年と時間が経過すると、周辺自然へ同化しています。

 外来植物が悪者扱いされる場所は、すべて人間様が環境改変を行った場所です。
100%、完全にという意味で、すべてとしてしまうと語弊がありますが、外来植物に関する問題の100%近いものが人間様の環境改変に起因するものであり、また、意図・非意図的に人間様が外来種を運び込んだものです。

すべての責任は人間様にあります。
ならば、外来植物を悪者扱いすることなく、改変した環境を元に戻すか、管理し続けるしかありません。
それが責任の取り方です。
外来種に対する責任転嫁は問題外と言えます。

 時間をかけ、環境改変した結果なのですから、時間をかけ、もとに戻して行く必要があります。
我が国のパワフルな自然環境では、それが可能です。
また、復元・管理を行うための仕組み、予算化、生業化が必要です。

 「明日のエコでは間に合わない」、「外来種=悪者」というマイナスイメージを与え、脅迫感をあおり、外来種教育により洗脳するという手法を用いて、急げ急げとあおり立てる事に何のメリットがあるのでしょう。

行き着く先は、自然から離れた非人間的な社会だと思います。
私の危惧に終わることを切に祈ります。

 以上

海岸防災林と肥料・施肥(林地肥培)

海岸防災林の復旧が本格化してきました。

海岸防災林の主目的は、海岸の飛砂を防止し農地・宅地を保全することでした。

昭和30年代まで、日本の山ははげ山でした。
そのはげ山から、降雨により土砂が流され海に供給され、それが波によって運ばれ、海岸に砂丘が形成されました。海から砂が吹き上げられ運び込まれたものです。
海岸の住宅、農地は、絶えず飛砂に脅かされていたわけです。

現在は、私たちの先輩の尽力で治山工事により日本の山々は緑に覆われるようになりました。そのような緑を、大昔から続いていたかのように錯覚が生まれています。
生態学・自然保護などの分野では、大昔から続いている自然を大切にと教えていますから、皆・山の緑は大昔からそこに存在している自然と誤解をしています。
しかし、つい最近まで、多くは禿げ山だったのです。
従って、正確には、先祖代々に渡り持続的な管理を行ってきた森林(里山)を引き続き管理し、緑に復した禿げ山を再び禿げ山にしないように大切に、なのですが・・・・・・・・・。
海岸も又、激しい飛砂にさらされていたのです。

この辺の詳細のついては、太田猛彦先生の「森林飽和(NHKブックス)」をご覧ください。

従って、海岸林の造成も又、治山緑化・緑化工の分野でした。
強い潮風の中、乾燥した砂丘に、営々とクロマツを植え続けました。
それが、現在の海岸防災林となり、白砂青松の風景を造り出しました。海岸の厳しい環境の中で、それに耐え確実に生育できるのはクロマツだけでした。

先人の努力により、禿げ山は緑に覆われ、海岸に押しよせる砂は減り、穏やかな海岸となりました。
海岸防災林は大きく生長し、海岸の風景を形づくるまでとなりました。
(までは逆に、山から土砂の供給が減ったため、海岸がやせ衰えるという状態にまでなっています。)

その裏には、我々の先輩である治山技術者のなみなみならない苦労とその技術の蓄積があったことは忘れてはなりません。

しかし、近頃は、何もしないことが自然=良いことだ、ありのままが良いことなのだという意識が強まってきているように思えます。
生態学的なものの見方がその後押しをしております。

狭い我が国の国土の中で原生の自然を保っている処は極々僅かな部分のみです。
国土の自然の多くは、人間が育み育てた自然(二次的自然)です。

二次的な自然は、様々な技術を用いて育み育ててきたものです。
その緑を育み育てた技術が、現在は忘れ去られています。
立派な林ができあがり、緑が回復してしまうと育林のための技術の必要が無くなるからです。また、化石燃料を用いることにより薪炭林は不要となり、森林(里山)の持続的な管理技術も又失われようとしております。
私たちは、その技術を継承し、持続可能な森林を育成して行かなければなりません。
今回の震災による津波は、そのような技術の継承の大切さも又教えてくれました。

現在は、何もしないことが自然という雰囲気が強く、また、化成肥料を多用する行き過ぎた農業に対する反省から、海岸防災林も又樹木さえ植えれば育つという考え方強いように思えます。
しかし、生育条件の厳しい海岸では、初期成育を良好として根系の発達を促すことが大切です。

このための技術が施肥(林地肥培技術)です。
施肥と言っても農業とは異なります。
農業は短期間で生産を上げる必要がありますが、海岸防災林の場合は、長期にわたる肥効が必要です。このため、固形肥料・コーティング肥料などの緩効性の化成肥料、あるいは、堆肥類を用いることが大切です。
堆肥は、バーク堆肥などが大表ですが、リサイクルという点を考えるならば、下水コンポストを用いることが適当でしょう。

これらの無機(化成肥料)・有機(堆肥類)を上手く活用することにより、根系の発達した海岸防災林を造成する事が可能となります。

緩効性肥料については、建設物価サービスの建設資材情報・別冊「災害に強いまちづくり(H25.3.)」に掲載されたものを添付します。

このような施肥技術により、健全な防災林を形成させることが必要でしょう。
そのためには、その立地条件に合った植物を用いることが重要です。
林学では、適地適木と称しますが、海岸の場合、長い年月をかけ選抜されたのがクロマツだったのです。

近頃は、広葉樹を用いるということが主張されておりますが、海岸砂丘という瘠悪で気象環境の厳しい環境では困難です。
広葉樹は、土壌環境の整ったところで良好な生育を示しますから、海岸の海砂で、潮風のあたる前線への導入は困難です。まずは、最前線にはクロマツを植栽することが適当です。その後背、内陸側にカシワ、ケヤキなどを導入することはできるでしょう。
それは、昔とは違い、山を緑にしたため、飛砂が激減したからです。
それでも、砂地に広葉樹林を形勢させることは困難と思われますから、厚い良質な客土が必要となります。

クロマツは痩せ地でも生育しますからね安価に実施できます。これに比較し、広葉樹林を成立させるためには客土などそれ相当の費用を投じる必要がありそうです。
近頃は、短絡的に自然が良い、日本の自然は広葉樹林だから広葉樹を植えるのが良いと説明をされている方々がおりますが、技術的な観点、経済的な観点からの説明が欠けているように思えます。

一方的・偏った情報では無く、多面的・多角的な情報を公表すべきですが、残念ながら偏った情報のみが発信されております。そのような情報はセンセーショナルで耳目を引きやすいためマスコミが取り上げます。
このため、一方的になりやすく、生物多様性などを主張しつつ、多様性を排除する方向が見え隠れしてしまいます。

海岸林の再生などには税金が投じられるのですから、現実・足下をキチッと見据えた意見、情報であるかを吟味し判断する必要があるでしょう。
一方的な情報からの判断では、無理無駄が多いように思えます。

以上

海岸防災林の再生=現況復旧?

東日本大震災で甚大な被害を受けた海岸防災林復旧への取り組みが始まっている。
しかし、当初のかけ声とは裏腹に災害復旧の原則である現況復旧的な方向へと流されているような気がする。

被災後、いち早く震災瓦礫を有効活用し、高いマウンドを造り、津波被災対策をも視野にいれた海岸防災林を再生するように提案した。
震災当初に震災特区的な指定を行い、ある面超法規的な取り組みがなされたならばその可能性があったと思われる。しかし、そのような取り組みはなされなかった。このため、一般的な行政の枠組みの中で災害復旧が進められることとなった。

そもそも震災瓦礫という言葉そのものが、その現れである。
瓦礫とは、ゴミのこと、廃棄物行政の用いる用語である。

廃木材、土砂、コンクリート・アスファルトガラなどは、建設・土木分野では瓦礫とは言わない。建設副産物、有効活用すべき資材・資産である。

震災後、震災地を建設・土木現場として一括指定したならば、震災瓦礫という言葉は用いられること無く、資源としての有効活用が可能となったのである。

災害地を一般地とみなしたため、建設・土木行政ではなく廃棄物行政の管轄となった。これにより、震災瓦礫はゴミとして扱われることとなり、有効活用の道は閉ざされ、ゴミとして税金を投じて処理・処分(廃棄・捨てる)する事となった。

しかも、他所へ運び出しての処理が進められた。
無料で処理するのではなく、運賃をかけ他所へ持ち出し、処理費用を投じて廃棄処理をおこない、有限の廃棄物処理場の寿命を縮めようというのだから二重・三重のムダと言える。なおかつ、地域住民の反対を押し切っての処理・処分である。
ゴミ・震災瓦礫としたため壮大なムダを行っているといえる。

そのムダは、税金として国民に課せられ、消費税などの値上げに繋がり子々孫々へそのつけが回されて行く。
原発の除染なども同様だ。
福島県下では健康被害は全く認められない。
しかし、マスコミ等が垂れ流した根拠の無い情報により、不信感が肥大化し、その住民の声に迎合する行政とによりムダな経費が使われ、そのつけが子々孫々へとつけ回されて行くこととなる。

放射線被害そのものより、住民に不感・不信感を植え付けるマスコミ、そのマスコミに踊らされた住民に迎合する形で推し進められる行政指導による避難、環境の変化によるストレス、運動不足による被害の方が格段に大きいことは黙して語らない。

チェルノブイリの被爆に関する追跡調査結果においては、被爆そのものよりも避難による住環境の変化によるストレスによる健康被害の方が甚大だとされているが、そのような科学的な報告を一顧だにしないのが現実である。

冷静・客観的な情報に基づき行動すべきなのに、マスコミ、一部の識者と称する扇動的な意見のみが大きく取りざたされ、被害者意識を高めるためのステレオタイプの物語が紡ぎ出される。

東日本大震災の被災から2年以上の月日が経過した。
そろそろ冷静になり考え直すべき時と思うが、被害者意識を高めるための物語だけが後に残され、あとは風化の一途をたどり、一般的な行政の枠組みの中で復旧が行われている。縦割り行政の中での調整に手間取り、対策は遅遅として進まない。

このような中で進められている海岸防災林の再生は、現状復旧といえる。
砂丘の後の後背湿地のような箇所は、地下水位が高く植栽したクロマツの根系の発達が悪く、今回の津波では根返りし流木化した。このような部分に対しては土盛りを行い健全な成長を促す、地下水位の低い箇所に対しては、現状のままで植裁を行うというものだ。
今後の津波への対策とはなっていないと言える。

さる会合で、海岸防災林の専門家に質問を行った。
現状は、津波対策では無く現況復旧としか見えない。
陸前高田の高田松原にて幹折れした樹木の年輪を調べると約50年程度である。先の津波により被災した後、植え直したものと考えられる。
これより鑑みると、現状のまま植裁し海岸林を再生したとしても、50年周期で来る津波により壊滅状態となり、また、一からやり直すこととなる。
千年に一度の津波に対する対策ということが当初の話であったが、50年対応にもなっていない、如何に?
という内容である。

これに対する回答は、地元の要望を汲み上げて実施しているというものであった。

残念ながら、地元と言っても一枚では無い。
多数の意見が複雑に入り組み、利害が絡みまとまらないことが現状だ。
また、正確な知識も無く、地元の要望というものがまとまって上がらない状態となっている。
建前としては、地域住民の代表としての議員・政治家がいるが、これとても情報不足であり、また、必ずしも地域を代表する意見を述べることができるわけではない。多数派工作を行わなければ意見が通らないという現状がある。

すなわち、地元の意見を傾注してと言うことは、地元の意見は聞こえない、従って現況復旧を優先すると言うことと受け取ることができる。

行政・政治家、いずれもが責任の所在を明らかにすること無くボールを投げ合っていると言える。その中で取り残されるのは地域住民である。
海岸防災林は粛々と再生されるだろうが、50年後の津波により水泡のアワとなってしまう可能性が高い。

住民の声をまともに持ち上げられる仕組み作りが急務と言える。

以上

「都市環境へ適合した生態系造成のための気候変化対応に関する研究」国際セミナー

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日時:平成25年3月06日(火) 14:00~18:00

場所:ソウル(韓国) SNU Hoam Faculty House,Convention Center 1F,Water lily

セミナー内容:

  ・中野裕司(エコサイクル総合研究所/中野緑化工技術研究所)
    都市生態系造成のための植物生育基盤造成の取り組み

  ・中村富男(ワークソリューションNOW) 
    有機資源の循環による都市生態系復元技術

  ・前田正明(屋上緑化マネジメントサービス)
     都市の中に残された空間 駐車場緑化・多機能型防災駐車場

  ・李東根(ソウル大学教授)
    都市土壌の生態系復元・Gold  Network 

  ・討議
    座長:壇国大 Kim Young-ja
          

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・開催趣旨

都市生態系の再生・復元というと、地上部とそれを取り巻く環境要因に関した議論が行われてきた。
今回の国際セミナーは、もう一歩突っ込んで、植物の地上部を支える地下・根系・土壌微生物をも含む土壌環境の復元・再生を図ることをテーマとして実施した。
都市生態系の基盤となる土壌環境を整備することにより、ヒートアイランドの緩和・都市洪水などに対応可能な生態系の造成が可能となるものと考えるからである。
合わせて、東日本大震災の津波被害などの反省より、都市緑化としては未利用空間としてのこされている立体駐車場を緑化空間、及び避難所として活用する検討研究についての情報を示した。
都市生態系の造成は、土壌に根系を伸長させ生育する樹木・樹林が健全に生育できる土壌をも含む環境造成であるとともに、建築物壁面・屋上、あるいは、立体駐車場などを有機的・立体的にネットワークすることが必要であり、よりより緑地造成が気候変動による都市災害の減災につながるものと考えるからである。

・中野の講演内容

土壌は、陸上植物の生存を支えるため「海」の機能を陸上に持ち上げたものであり、そのような観点からの土壌・生育基盤整備を行う必要がある。
また、土壌というと、農地土壌の考え方の影響が大きく、均一な土層を想定することが多い。しかし、自然界の土壌の多くは、岩盤の上に薄層の土壌が存在、石礫地など不均一で僅かな土層の中で植物・樹木は生存している。このような土壌をモデルとした土壌づくりが都市部でも必要。
近頃では、耐圧基盤・ストラクチャルソイルミックス(SSM)等という概念が出てきたが、法面緑化の世界では30年ほど前からアスファルト破砕物を有機質系資材と混合し植物生育基盤を造成する技術(ミライクル緑化工法)が開発・実施され、地温が上昇するなどのデータがあり、良好な成績を示している。
この技術は、高温多雨な地域に人為的に乾燥型の生態系を造り出し草花を咲き誇らせるグラベル緑花工法、これを応用した都市屋上緑化技術「GreenField無灌水屋上緑化システム」、さらには、耐圧基盤として街路樹学校校庭緑化、緑の舗装などとして用いられている。
また、近頃では、このような技術を用いて、東日本大震災の津波被災跡に、築土(石)樹木根系補強土により築堤を行い、海岸防災林・緑の防潮堤を造るよう提案をしている。
都市部では、人・車の通行による踏み固め・踏圧と植物の生育を両立させなければならず、耐圧基盤を用いる事が有利である。
耐圧基盤は、骨材のかみ合わせにより荷重を支え、かみ合わせの間の隙間に植物根系を誘導するものであり、根系発達が良好となることが確認されている。
このような技術を活用し、植物根系の発達を促すことにより、より健全な地上部が形成され、多様な生物が生息する緑空間・都市空間が形成されるものと考える。
また、健全な樹木が生育することにより都市生態系が形成され、あわせてヒートアイランドなど都市環境の緩和が可能となる。
また、耐圧基盤はポーラスで空隙が多いため、降水は速やかに耐圧基盤中に浸透・貯留されるため、ゲリラ降雨・異常発達した台風などによる都市洪水の抑制・地下水涵養に対しても効果的である。

・中村富男氏の講演内容

都市緑地で発生する整枝剪定屑・刈草などは、堆肥化して都市土壌・植栽基盤に還元することが必要。
これによって、土壌微生物の生態系のバランスが取れ、かつ、都市有機性廃棄物の減少を行うことができるようになる。
また、都市部水域は富栄養化しており、水草・藻が異常発生している。
これを放置しておくならば、繁茂した藻などが枯死し、分解・腐敗し水底にヘドロとして堆積し、水質をさらに悪化させる元となる。
このような水草・藻などは、水分が多いため堆肥化は困難であるが、適正な技術を用いるならば堆肥化可能である。
堆肥化させた上、都市生態系を豊にするために土壌還元してあげることが望ましい。
これにより、土壌環境をも含めた健全な都市生態系が機能する。
しかし、現在の堆肥化技術は、都市衛生工学の延長線上にある、好気性菌を主とした分解・減量化の技術であり、アンモニア臭など臭気をともなうものが多く、良質な堆肥とは言いがたいものがある。
土壌還元する堆肥は、農業分野で培われて来た本来の堆肥化技術を用いる事が大切であり、好気性菌と嫌気性菌が共々働き有機物を分解し、植物に取って有効な成分を合成する発酵堆肥とすることが必要である。
堆肥化に必要な発酵菌は、土着菌を用いる事が好ましく、土着菌を培養して堆肥を行った中国・フィリッピンなどの事例を紹介した。
発酵堆肥は、悪臭を発生させること無く堆肥を造ることができ、植物の生育に対し有効な成分を含むものであり、発酵堆肥を都市植栽基盤に還元することにより、良好な都市生態系を再生することができる。

・前田正明氏の講演内容

都市緑化機構の都市緑化共同研究会・特殊緑化共同研究会において検討がなされている「駐車場緑化」について報告を行った。
高密度で利用されている都市空間の中で、緑化可能な空間として駐車場のスペースが注目されてるいる。
なかでも立体駐車場は未利用空間として残されており、快適なまちづくりのため積極的に取り組むべき場所と考えている。
立体駐車場は、緑化空間として用いるのみならず、津波被災などの場合、駐車場空間を避難地・仮設住宅設置空間としても活用可能であり、普段から壁面緑化・屋上緑化などを行い、快適な空間としておくことが、いざという時に役に立つ。
今後の立体駐車場は、多機能型防災駐車場としての活用が望ましい。
都市生態系の回復と、都市立体駐車場などの未利用空間を緑地として有機的・立体的に組み合わせることにより、より良い防災都市が形成できるものと考えられる。

以上

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昨年は、大変お世話になりました。
今年もよろしくお願い申し上げます。

平成25年 2013年 1月1日 癸巳(きし・みずのとみ)・昭陽大荒落 元旦

地震・津波、台風・集中豪雨+福島原発という予測不能が連発した年から、2年が過ぎようとしております。
その後の後始末は遅々として進まず、今年こそは、復旧・復興が速やかに進まんことを祈ります。

新たに阿部内閣が発足し、建設系株価はのきなみ高騰。
復興の兆しが見えてきました。
公共投資が増すことにより、経済循環が始まることを期待します。
民衆が生活自営のためにため込んだ資金を、0%金利とし、金利の高い海外に資金移動を計り、某国に貢ぐのではなく、国内に循環させてもらいたい物です。

経済が立ち直り、より良き一年となるよう、年頭にあたり祈念いたします。

・・・・・

自然の中での生活は、万物の生成化育・循環の中に包み込まれています。
人から見た場合、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎません。
そのような自然の循環を観察した結果、暦が生まれました。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支と対応しているものといえます。

人は小宇宙という考え方があります。
ならば、人々の織りなす社会は人が集まった宇宙とも言えます。
古代の賢人は、大陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
中国では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図)のように星と人とを直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。

干支を「えと」と読みますが、これは兄(え)弟(と)から来ています。
干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄、後を弟としたことより、「えと」とよぶようになりました。

今年は、
癸巳ですから、水の弟・巳ですから、「みずのと・み」の年と言うことになります。

水(水行)は、生命の泉から涌き出て流れ、胎内と霊性を兼ね備える性質を表すとされ、「冬」の象徴でもあります。
この後、春である木(木行)へと五行は循環します。

前段はこの程度とし、毎年恒例の年頭の与太話です。

干支・十干十二支(天干地支)から、今年の雰囲気をよみとると・・・・・・。

癸巳(きし・みずのとみ=水の弟・蛇) 甲子(きのえね)から始まり30番目
60年を一年とするならば、その半ば、6月末、夏至(6月21日)の時期。

・十干(根幹)
癸(き) 甲(きのえ)から始まり10番目。最初に立ち戻る。
四方に刃が突き出た戈(ほこ)のことで、これを使って計ることを意味する。
種子の内部が計りうるほど成熟した状態を示す。
昨年の壬(じん)は、女性が妊娠した形。
草木が種子の内部に新しい生命を妊んだ状態。孕む、大きく成る。
であるから、種子が成熟し、殻を破り外へ飛びださんとしている象。
十干の最後。甲(発芽)へ還る象。

・十二支(枝葉)

巳(み・し) 子(ね)から始まり、6番目。中間の折り返し。
中国古代は、蛇形を神としてまつったことから、自然神をまつる(祀)ことを指す。
蛇の形で、くねくねしたさまをさす。これより先に進みがたし。
巳(し)は、「止」と同音のため、草木が盛りを極めて止まった状態を指している。
または、子(ね)より始まった陽(心)の気が、十二支の半ばの巳に止まり(終わり)、翌年午(午)から陰(物)の気が始まる。
陽の気が極まり、物事は一端集結し、新たに始まる、物象化するという意を持っている。
蛇は、旱魃の兆しとも言われている。
蛇の冬ごもりのように、身を潜め時期を待つべき時とも言われている。

これらを総合すると、
季節は6月末、植物は茂り成熟し、実はまさに飛びださんとしている。
新たな生命の始まりのための準備が整った。
しかし、季節は夏に向かい、乾燥している。
芽を吹き出させるためには、今しばらくの辛抱が必要だ。
変化をもたらそうと、もだえているようです。

十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせると60年周期となりますが、60年を一区切りとして過去へさかのぼると、

昭和28(1953)年
朝鮮戦争終結
吉田首相、馬鹿野郎解散。
奄美群島日本復帰。
NHKテレビ放送開始。

明治26(1893)年
海軍建艦補充のため内廷費を6年間下付
戦時、大本営条例を公布(日清戦争の準備)
横川・軽井沢間にアブト式線路完成

天保4(1833)年
風水害による奥羽・関東飢饉(天保の大飢饉~1839)
雨害で大島凶作
諸国で米不足、打ち壊しが相次ぐ。
歌川広重「東海道五十三次」

正徳3(1773)年
田沼時代
新銭鋳造(大銭改鋳を中止)
長崎の農民が、米商を襲う。
伊勢尾張水害
大原騒動 (飛騨の百姓一揆}

巳年は、干害とされておりますが、江戸時代の癸巳の年は、冷害・風水害が発生しています。
砂漠の国中国では、干害による飢餓の発生なのかもしれません。
アジアモンスーンの東端の我が国では風水害に変化するのかもしれません。
いずれにしろ、飢餓・飢饉の発生です。

江戸時代が寒冷期になっていたからかもしれませんが、癸巳の年に飢饉が始まっています。
このような様相に比較すると、温暖化?により食料問題が解決されているのは幸せと言えるかもしれません。

明治から昭和の60年間は、戦争の半世紀と言えるのかもしれません。
それ以降、現在に至るまでの60年は、我が国は戦渦にあっておりません。
これもまた幸せな半世紀といえます。

ただし、癸は最初に立ち戻る、巳は折り返しとなっており、何らかの変化が発生し、新たな相へと移り変わる年回りのようです。
先の60年前は、TV放送が始まりビジュアル⇒バーチャルへと進む端緒となりました。
五感を使う時代から、聴覚を主とするラジオ、視覚を使うTVへと進み、IC・ITと進化し、バーチャル・五感を用いず頭の中だけの世界へと進んでしまいました。
そろそろ、ITの果実を受容しつつ、五感、自らの躰を使いこなす時代へと変化をしてもらいたいものです。
自然=躰・五感を使いこなしつつ、第六感・総合・統合へと進むことを期待します。

なぜだか、バーチャルに進み、自然と離れるほど、細分化へと進み、統合・総合を忘れてしまうように思います。

・・・・・ 昨年は、次のようなことを記しました。 ・・・・・

新たな動きの始まりのような年回りのような気がします。
直近の昭和27年には、日本がアメリカより独立しようとしているが、共産・社会主義的な勢力により流血騒ぎが発生。
時がいたり、実をならせ自立・独立へと向かおうとしているが、これを揺さぶるり分裂させようとする動きが現れる。

その妥協の結果の構図が55年体勢、見かけ上の独立、その実態はアメリカの植民地のままとなり、現在まで引き続いております。
植民地と思われないように仕組むソフトな植民地政策、実に巧妙です。それには、内からの迎合・ねじれがあります。

今日、60年、一巡りの後の政治体制、民主・自民の新たな対立構図はどのように集結して行くかが問題です。
55年体制は、自民と社会のなれ合い、自民と民主のなれ合いとなってしまうのでしょうか?

それにもまして、戦前・戦後を通じて温存された官僚体制を改めることができるかが問題です。
戦前の天皇陛下の官僚が、戦後は国民のためではなく、アメリカのための官僚となってしまいました。
しかも、戦後、満州国経営に携わった革新官僚の手による社会主義国家・日本国コンツェルンと言うことが日本の実態でした。
アメリカ主導の下、新たな強兵ぬきの富国政策が始まりました。それにより、豊かな国ができましたが、自立の気概は失われてしまいました。

豊になりすぎた日本は、新自由主義、グローバリズムの名の下に日本国コンツェルンは解体され、アメリカの手により刈り取られました。働いても、その果実はアメリカに。
豊かさを実感できない時代から、少数の勝ち組、多数の負け組を生む構図へと変化してしまいました。
それにより、官民癒着の弊害、というよりも官僚が頭となり引っ張る日本国コンツェルンという見かけは解体されましたが、その実態となる官僚機構は手つかずのまま。手足・下請けにされてきた土木業界がまずやり玉に挙げられ、談合を行ったとし、悪者としておとしめられ、切り捨てられ、貧乏人となる競争を強いられております。
その構図が、全産業へと広がっております。

アメリカは、グローバリズムのお仕着せの次に、PPTなどさらなる縛・首枷を課そうとしております。
このような社会情勢の中で、真の自立・独立へと向かう事ができるのでしょうか?
これまで、経済戦争、天災などに耐え忍び、伸びゆこう・芽を出そうともがいておりますが、それを妨げ、ねじ曲げ、振るわせようという力もまた強大です。

・・・・・

民社のあまりにもひどい体たらく、自滅に至ったため、民社・自民の馴れ合いにまでは至りませんでした。
しかし、アメリカの手先に成り下がった官僚体制はそのまま、否、民社を手玉に取ったことにより、より強大になったのかもしれません。
マスコミの報じる一方的な情報を、実体験の伴わないバーチャルに順応させられた頭は、報道内容を無批判に受け取ってしまいます。
その結果、事実であるか否かの確認を怠り、また、科学的であるよりも感情・勘定を重視した判断をし、自分の都合に合わせお化けを造りだし、おびえております。
健康障害が発生する訳のない放射線レベルに対する過剰反応がその良い例です。
自己の実体験、及び、科学的な見地から真実を見つめ、判断する知恵が問われております。
—————————————————————- いつもの能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)より発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環
し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代は
すべてが循環するという世界観でした。しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というス
ピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これ
は、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干
十二支は10×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れる
と感じていた模様です。120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、、社会的活動ができるのが
約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すとい
う事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、どこかで合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせた
ため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思いま
す。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万
物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえまし
よう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事を1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上

市場単価・物価版に掲載さている緑化植物と、現在設計・発注され使用が求められている生物多様性保全、周辺の自然環境に配慮した緑化植物との間に矛盾が発生している。

この矛盾を解消すべく、日本緑化工学会から修正をもとめる意見書が、市場単価調査の担当とされる九州地方整備局に提出された。
「市場単価の植生工で設定している使用植物に関する問題点と修正に関する意見書」

市場単価及びその基礎となる物価版に掲載される緑化植物に関しては、様々な問題を輻輳しているため、意見書の内容は難解である。

このため、法面緑化を行う場合、現場として理解しておかなければならない矛盾部分について、要約して示す事とした。

矛盾1.在来種(郷土種)という記載

物価版などに掲載されている緑化植物は、「在来種(郷土種)」と記載されている。
草本類のヨモギ、ススキ、イタドリ、メドハギ、及び、木本類のヤマハギ、コマツナギである。

しかし、そのすべてが外国(主として中国)の自生地で採取されたものであることは公知の事実となっている。特に、コマツナギは、性状が我が国在来のコマツナギとは大きく異なるものであることは多方面から指摘されている。
環境省・国土交通省・農林水産省・林野庁(以下4省庁)による「緑化植物取扱方針検討調査」においては、このような実態を踏まえ、「(外国産)在来種」と記載している。

このような実態が指摘されながら、積算の基礎価格となる物価版などの記載の変更がなされていないことは問題である。

問題とは、次の二つを挙げることができる。

① 周辺自然環境に配慮するとし、外国産在来種を使い続ける根拠とされている。

緑化植物に関し知識のない設計者は、物価版などに記載される在来種(郷土種)という記載を鵜呑みにし、あるいは、よりどころとし、周辺の自然植生に配慮し自然に優しい緑化を行うとして、物価版記載の在来種(郷土種)を用いる事例が増加している。
外来牧草の使用が制限された場合、代替として物価版に記載している在来植物(郷土種)を使えば良いだろうという判断である。

我が国在来の植物であるかのような記載のため、発生する問題である。
これにより、自然度の高い地域に、(外国産)在来種が用いられることとなり、自然に優しい緑化、生物多様性保全などを謳いつつ、外国産の遺伝子を持った植物を導入するという愚行をおかす原因となっている。

生物多様性保全に対する配慮は多岐にわたるが、法面緑化を行うに際しては(1) 侵略的な外来生物を用いない、(2) 同地域に分布する植物の同種・近縁種を用いることにより、地域固有種の遺伝子レベルの汚染、すなわち、交雑を防ぐ、の二点が重要である。

外来生物というと、(1)の部分に目くじらをたて、これまで50年あまりの使用実績をもつ牧草類を、外来というだけで、外来牧草を悪者扱いする傾向が強い。

しかしながら、これら外来牧草は日当たりの良好な裸地状の箇所でしか生存ができず、自然度の高いうっ閉度された原野や樹林地には侵入・定着できず、外来牧草を用い法面を緑化したとしても20~30年の後には法面上に樹林が形成され、周辺自然に同化するものであり、自然回復のスターターとしての役割を果たしてきた。
この点では、牧草は外来ではあるが実質的な問題の発生は少ないものと言うことができる。

これに対し、(外国産)在来種は、我が国に同種の植物が自生するものであり、交雑による遺伝子の汚染が発生するものである。また、一端発生した遺伝形質の変化は、回復不能なものとなる。
目に見えない形で、生物多様性が浸食されてゆくものであり、問題の発生は潜伏し、より深刻といえる。

外来牧草は、逸出が発見されたならば判別は容易でありね駆除可能である。
これに対し、交雑・遺伝子レベルの汚染は取り返しのつかないものとなる恐れがある。

しかしながら、外来牧草の使用を咎める声は大きいが、(外国産)在来種を用いる事を咎める声が上がらないことは、不思議である。
このためか、物価版などでは、「在来種(郷土種)」という記載を改める必要性を認めてこなかったものと考えられる。

② 設計で周辺自然に配慮した緑化を謳っても、積算は市場単価のため、設計に即した施工をなすことができない。

物価版記載緑化植物は、市場単価の基礎となるものである。
すなわち、積算の根拠として重要な位置を占めるものである。
現在、法面緑化工はすべて市場単価により積算され発注されている。
市場単価に用いられる緑化植物は、法面の浸食防止を行う事を目的としたものが主であり、急速にの法面を緑化・被覆するために用いる事が前提となっているものである。

一方では、生物多様性国家戦略が策定され、生物多様性保全が行政の内部目的化され、外来生物法など、生物多様性保全を図るための施策が進められている。

このような動きを受け、国土交通省では、平成21年6月に発行した「道路土工-切土工・斜面安定工指針」では、植生工の部分について、生物多様性保全に配慮した改定がなされた。この改訂にあたっては、筆者も意見書を提出した。

林野庁では平成17年~19年「特定外来生物による被害の防止などに配慮した緑化植物取扱方方針検討調査」、平成20年~平成21年「荒廃地緑化手法検討調査」を実施し、筆者も委員として参加し意見を述べた。これらの成果を総合し、平成23年1月に「林野公共事業における生物多様性保全に配慮した緑化工の手引き」、手引きの別冊として、「同手引きに沿って実行する工事の施工、保育・管理ガイドブック」が作成された。

以上に示したように、仕様書・設計書レベルでは生物多様性保全に配慮した方向へと進んでいる。

従って現在は、設計と積算が矛盾し、整合性の取れない上程のまま放置されている状態となっている。
設計は、周辺自然環境に配慮した緑化を求めるが、積算は市場単価によるため、外来牧草・(外国産)在来種を用いる基礎価格となっている。

設計と積算の間の矛盾・齟齬については、受注した業者が良きに計らえというものである。
従って、①に示した、周辺自然に配慮した緑化が、物価版に記載された在来種(郷土種)を用いるということとなってしまう。

積算の基礎となる市場単価・物価版が、現状の設計仕様に追随し改訂されないために発生する矛盾であるが、生物多様性保全に与えている影響はおおきい。

現状に合わせた、早急なる改善を望むものである。

関連ブログ 「緑化工あれこれ」 もご覧ください。

その2に続く