「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

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母性礼賛 20260409

9年前の投稿 「母性礼賛」 コメントと共に浮上させておこう。
長いですよ。

昨日は、友人に誘われて「mana」のフラライブに、フラフラっと出かけた。
以前から気になっていた踊り・舞踊と女性の身体づくり、体育の関係について得るものがあるのでは無いかとの予感に駆られてのことだった。

とはいっても出不精につき、フラをわざわざ見に行くという気力はない。前日の夜、来ないかとの友人からの電話での誘いに乗り、フラフラと出かけたという訳だ。

「mama」のダンスは、いわゆるフラダンス、ショー的な要素を組み込んだものではない。
メレと称する詠唱、大きな瓢箪(イブ)を二つ重ねて造った「イプケペ」と呼ばれる打楽器のゆったりとしたリズムとに乗り踊る。
ハワイの神々に捧げる詠唱・踊り・音という事なのだろう。
火(火山)の女神ペレに捧げる踊りなど古典的なフラ(カヒコ)を演じてくれた。

イプケペは、胴の部分を叩きながら、一方で、床を突きリズムを取る。
そして詠唱、それに合わせ腰を落とし緩やかな風に乗るかのような舞。
心地良い緊張感に包まれた時が流れた。-ペレはハワイ島キラウエア火山の女神、火の女神であり、美しく猜疑心が強く、思い通りにならないと火を噴くという「女」の性そのものという神。
腹の中にマグクマをたぎらせ、気にあわないことがあるとマグマを吹き出す、という怖いが、その一方で魅力的で引かれる女神様。

男は、危なげな美人にはよろよろとなりますね。

でも、浮気をしたら、怖いのです。浮気もまた、男の性ですから、女神様は火を噴くことになりますね。
そのような内容を詠唱し所作にした舞ということであった(ということにしておこう)。

神話を基にし、神に捧げる舞であるからそうなのだろう。
しかし、私には、腰を落として舞う彼女らのお腹の中に真っ赤なマグマがたぎっているのを垣間見たような気がした。
神に捧げる舞であると共に、己自身の感情・心・無意識と体力の源泉である腰とそれに収まる腹に、自ずから力があつまるように、腰を落として、肩を落として流れるように舞う。

かねてから、お腹(腸)の中には土壌が収められているとし、腸の、腸の中の土壌の働きが心身の健康を保つためには大切だと解いてきた。
身土不二、食身不二、地産地消とは、住まいする大地・土壌と身体、心の連続性、循環について解いたものだ。
その基礎に、お腹の中に土壌があるという事実がある。

腸とお腹の中の土壌(腸内微生物フロラ)と食の三つにより、私たちの身体の栄養という物質的な基礎が支えられていると共に、免疫系、感情・心・無意識の世界までもがお腹の状態により左右されるという事は経験的に理解されていたが、科学の世界が現実の世界にやっと追いつき理解が深まってきた。

それと同時に、女性のお腹の中には子宮・性(生)がある。
この子宮が過去と未来をつなぐ生命の要となっている。「フラ」の動きは、肩の力を抜き、子宮、腸の収まる腰を揺さぶり動かし、活性化させる。子を生み出すための基となる腰を、腹をマグマの如く活性化させるのだ。

生き物は、腹・消化栄養が満ちるならば、その栄養を生殖というモードに振り向け、腹の中のマグマの排出をはかろうとする。
それが生命の営み、リズム。
子供の頃からフラを楽しく実習することにより、女性としての心身の基礎、生命をつないで行くための礎が形づくられるのだ。
母性の涵養だ。

フラに限らず、我が国に伝わる盆踊りなどの踊りにも、そのような要素が籠められていたと思っている。

季節の行事などを通じ、自らの身体鍛え開発するという装置が踊りだったのだろうが、それは、自らが演ずるものではなく、見るもの鑑賞するものとなってしまった。
自らが演じ、火の神の化身と変容して行くことが大切なのだろう。

女性の子宮は、丹田に位置する。男どもは、丹田を開発するために様々な稽古に勤しむ。武術の要諦は丹田開発にあるのだから。
肩の力が抜け、身体が弛みきり、丹田の一点に力が集中したとき、心も澄み切り、全力発揮し得るようになるからだ。

ところが、女は、意図せずして日常の中で丹田開発を行っている。
月一で訪れるもの、十月十日をかけてお腹の中で育て上げるものにより、自ずと丹田を意識し、開発されて行くのだ。
月一のリズムは、月、地球上に生息する生物・生命のリズムだし、十月十日では、我が子を通して、地球に生まれた生命の進化を反復しなぞるのだから、女の身体は小さな月・地球、まさしく小宇宙といえるのだ。

生命を産み出すことの出来ない男は、この点でかたわもの、半端物、女のお化け。
このため、頭を使ってものを造りだそうとあくせくする。

胎児が海から陸に上陸するときは、つわりとなり、母子ともに上陸劇を演じ、胎児へ語りかける母の子声は、神の声となって届くのだ(三木成夫説)。
子を産み落とした後の女、母は強いわけだ。

男は、神様に適うわけがない。
だまらっしゃい、のひと言で、凹むしかないのだ。
しかし、このような事実、体感を女が忘れてしまったことに、現代の不幸の元がある。

女が、母性を取り戻すならば、生命をつなぐものとしての自覚を取り戻すならば、世の中は自ずと平和になって行く。
エネルギーを自在に使いこなすことが出来るようになり、物が溢れている世界が到来したのに、貧しいために止む得ず行ってきた戦いを続けていること自体がおかしい、不思議。
しかし、そのような事には気がつかない。

ますます忙しく消耗する社会を造り出すべく、男女平等、一億総括役と頑張っている。
男が戦地に赴いた時に、女が労働力として扱われたのだが、そのような事実から鑑みるならば、まさしく女を経済戦争の尖兵としてかり出そうというもの。
女の男性化が男女共同参画の真意。

生命をつなぐことの出来ぬ男どもが造り出した組織という疑似人格(神?)を維持するためのイズム、イデオロギーに根ざした戦いに、女が巻きこまれる必要はない。
度をこした生産と消費のための戦いに加わる事はない。
自らが生命を生み出す事のできぬものの擬似的な行為だろう。
それは、AIなど人工生命、医療を通じての永遠の生命という方向を向いていることからもあきらかだろう。

このような騒動に巻きこまれていることが、女であること生命をつなぐ母であるということを忘れている姿。
母性の源泉は、腰(骨盤)の中に収まっている子宮・丹田にあり、身心の健康の基は、同じく腹の中に収まっている腸と腸の中の土壌(腸内微生物叢)にある。

「フラ」は、生命を繋ぎ、心身の健康を保つための腰を揺らし、腰を活性化させる、骨盤の可動性を高めるものと強く感じた。母性の回復を図るためには、肩を落とし、腰を落とし、腰・腹を練り作り上げることの大切さが改めて見せられた。

フラ=ハラ(腹)=腹腰なのだ。

男も又、頭でっかちを止めて、腹を練るべく方向転換をすれば良い。
自然、野生への回帰だ。
生き物、動物としての身体、心身のベースを整えなければ、健全な文化、文明は造れないのだから。

AI、永遠の生命も良いが、それ以前の私たちの生命を育んできた母なる地球、海・大地=自然・野生、女=母性というものに心を馳せなくてはならないだろう。
頭でっかちでは、身体、心身という基礎が伴わないから、いずれかの時が来たならば折れてしまうだろう。
地に足のつかない頭でっかちは、足を持たぬはかないもの、幽霊出あると古人は示してきた。

昔は、うらめしやと恨み辛みの感情が凝り固まり頭に血が上ったが、今や体感を伴わない知識のみが頭に上っての幽霊状態。今や、知を頭に上らせた魑魅魍魎跋扈の時となってしまった。
その閉塞感を感じ取り、魑魅魍魎が祓われるときを待ち望み、その時が近いことを皆が感じ出している。

血、知を腹に下げなければならならない。
このような事を思わせた緊張感溢れる古式フラの後には、日本歌謡・ポップスのリズムにのせての創作フラと笑い泣きの漫談。
空気の張り詰めた後の、お二人のフラの経験から紡ぎだされる至言と笑い、涙の数々。心あたたまる時間を過ごさせてもらった。

・・・ 以下、長いコメント2件 ・・・

大地(土壌)、水(川・海)の豊かな恵みを受けていた時は、女性を中心にした社会が営まれていました。
だから、現在でも女性は女将(上・神)さんだし、山の神だし、かかあ、おっかあ(耀くもの)と呼ばれています。

西洋、Chinaのママ(乳房)、博多では、ごりょんさん(御寮さん)。子供のためだけの人ではありません。
衣服、器物などを含む家内の総てを取り仕切る、切り盛りする存在。家(内)の管理を行うもの、経営者です。
その中の一つに子を産み育てる、後継者造りが含まれます。

しかし、西洋文明という自然から離れたいびつな理解の仕方により、女性の本質を見失ってしまいました。
でも、まだまだ太古からの積み重ねの雰囲気が残され、伝えられているのがネイティブといわれる人々であり、日本人もまだその一族に繋がっているのです。

ハワイは、日本は、ネイティブでありながら、その色彩を残しながら西洋文明を受容しているという不思議な世界です。
この点で、そこに住む人々がそのまま世界遺産としても良いほどのものだと思っています。
そして、その雰囲気が消えないうちに、キチッと復活させ、伝えて行かなければならない体術、技法が、フラなどとして残っているのだと思います。

太古の昔は、身体を動かすことのできる範囲からの恵で足りた生活をしていました。
旧石器、縄文の時代です。漁労採取の時代の方が、時間の余裕があり、質の高い文化が営まれたとされています。
世界最古とされる縄文土器を造ったなどに、その一端が現れています。

土器は、女が、煮炊きをするために造ったものだとされています。
複雑な文様、形を創るという時間があったのです。
また、土偶のテーマは女、母神です。生命の賛歌、繋ぎです。

男は、鉄砲玉。
力仕事や遠方に狩りに出かけたのでしょう。
男は、女子供を守り、働くために、女が化けたものだから、それに生命をかければ良いのです。
女の持つX遺伝子の一部が欠けたものがY遺伝子ですから、男は女の化け物と言ってもあながち間違いではありません。

旧石器、縄文時代の、もっとも大きな願いは、産み落とした子供を、無事育て上げることだったと思うのです。
縄文土器には、赤ちゃんの足形が沢山残されています。ペンダントとして、肌身離さず持ち歩いていたようです。
生まれ出た生命を如何に大切に思い、慈しんだのですが、残念ながら育ちきらずに旅たった子への思いの程が、足形として残されているのです。

暑さ寒さに晒され、細菌に対する知識が無い時代ですから、大きく育つ、育てあげるという事は大変なことだったのだと思います。
人は、身動きできない頭でっかちで産まれたため、一人前になるまで手厚く守ってあげなければなりません。
他の動物は、生まれた時が一人前ですが、人は異なります。母親が面倒を見なければ、文化を伝えなければ生きて行けない存在なのです。

食は、周辺から手に入れることができたため、時間はたっぷりあります。
自ずと女達の井戸端会議?が始まります。井戸端会議の大きなテーマは如何に丈夫な子供が授かるか、その為にはどのようにしたら良いのか、どのように育てるか、だったのではないかと思われます。

子供を産む、それは自分の身体のなかで十月十日育てるわけですから、その身体の変化の観察により、母となるための身体づくりということを考え、実践し、その成果を子に伝え、さらなる工夫をし、と、連綿と練り続け、母嬢はと伝えて来たに違いないのです。

それが、女性を巡る様々な文化として結晶しているのであり、フラ、盆踊りなどは、単なる踊りではなく、身体づくりという要素を持っているのだと思うのです。

しかし、そのような女性、母性の文化を差別の賜物としてしまったのです。男女差、蔑視、軽視という見方です。
確かにそれは、差別の賜物ではありますが、現在の理解とは真逆。聖なるもの、大切に守り伝えて行くべきものとしての差別です。
女らしさ、男らしさという性の本質に基づく差別です。性は、生命、生き物としての本質に関わることです。

それが、何故問題となるのかが不思議なことです。現代の感覚は、如何に生命の道から離れているかが理解できるでしょう。
生き物は、生命を繋いでいくということが本質。
そのための準備、身体づくりという観点が抜け落ちてしまいました。
また、それが、文化、文明の本質を支える基盤となると言うことも。

まずは、その本質、生命を繋ぐという根っ子の部分に着目して、そのためにいかように身体を使いこなしたのか、ということについて、自己の身体を通じて掘り起こすという作業が大切なのだと思います。
それが、男女の和合、天地の和合となり、生命を紡ぎ出し、生命を伝えるということとなるのですから。

さらには、健全な文化、文明を作り上げる基礎となるのです。
身体を育て、使いこなすということが、世界の平和、平安の礎なのです。
女、母性の復活を切にのぞむ所以です。

・・・

とにもかくにも、女=母がいないと何事も始まらないし、生命を繋げない。
しっかりと、楽に、生命を繋いで行くためには、その土台となる身体づくりが大切となる。
その技法としてのフラなどがあったと思うのだ。

身体をしなやかに使いこなすならば、頭(脳・心)も柔らかく使えるようになる。
そのような人(女)が増え、そのような子供を増やすならば、世界は楽しくなる。

出産は自然の摂理。生命が地球上に生まれてこのかた、途絶えることなく生命を繋いできた。
それが苦しみである訳は無い。
ひねり出せば良い。出産(排泄)の快感があるだろう。

それを苦しんで生まなければならないような身体と頭に、自らがしてしまった。
教育、マスコミなど、文化のなせる業、洗脳のたまものだ。

女と子供を守るために、男に見せつけ、脅し、従わせるための出産パフォーマンスを、女自身が苦しいものと信じ込み、思い込んでしまった。
だます者が、騙される側に回ってしまうと言うことほど滑稽なことはない。

しかし、だまされるものとなり、心と体を固めてしまった。
身体と頭・心を固めてしまうならば、出産は苦しいものとなってしまう。
そのようなとらわれから逃れるためにも、女として、母となるための身体づくりが大切なのだ。
柔らかねしなやかで、かつ強靱な身体と頭・心造りだ。

身体の土台は骨盤だ。
脳を治めている頭蓋骨・後頭骨は、骨盤と相似だ。骨盤が動き出すと、後頭骨も動き出す。
脳も、心も動き出すのだ。

(身体は、季節に応じ変化する。植物と同じで、はる(張る)には芽吹き花開こうとするのだ。冬縮こまったものが、冬至を越えると春に向かって開いて行く。外へ向かって開いて行くのだ。そもそも、冬(増・殖ゆ)は、開くために籠もるときなのだから。骨盤、頭部は次第に開き、5月になっても頭部が拓かない場合は5月病といわれる症状となってしまう。その動きの滞ったところで症状が出る。頭が、後頭骨がスムーズに動かないと五月病と言われるような精神的な症状があらわれる。)

以上は、私の私淑する野口晴哉先生の観察によるものだが、産むごとに身体が整い健康になると言っていた。
身体の力の総てを総動員し、全力を発揮し出産するのだから、骨盤を中心として体中が動くのだから、その一連の経過をキチッと成し遂げることができるならば、元気にならないわけはないのだ。
ならば、出産を機に元気になるように産まなければならないのだし、その工夫をすれば良い。

西洋医学を取り入れ、出産を病気として位置づけ、医者が関与しだしてから、おかしくしてしまったのだ。
産む楽しみよりも、生む恐怖を与えるようになった。
その方が儲かるし、医者の権威も増すからだ。
医療というものが、自然の営みの流れをせき止めてしまったのだ。

そんな事にはお構いなしの、我が家のシェフ(かみさん)は、何人でも産んであげると言っている。(子ども達が大きくなり、反抗しだしたら、産むのは良いが育てるのは嫌いだと言い出したが~)
女=母となる身体を造りにより、強い女となるのだ、ということを、男どもは女がひねり出したのだ、ということを、多くの女性に伝えてあげてください。

強いばい菌として、伝染させ、文明というものが造り出した誤った思い込み・洗脳を解いてあげてください。
フラという技法は、強力で楽しいばい菌になるものと思います。
感染してしまう女性が増し、女=母としての自覚を持つならば、自ずと楽しい世界が訪れるもの思っています。

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