「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

平成28年 2016年 1月1日 丙申(ひのえさる・33番) 元旦

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

・・・・・ ・・・・・ いつもの干支による与太話です。お暇な方はどうぞ ・・・・・

今年は、どうなるやら・・・・・。
干支から。

東日本大震災、福島原発の問題は5年を経過しておりますが、なかなかに進みません。
また、火山活動も全国で活発化し、昨年五月の連休にはあちこちの山で入山禁止が相次ぎました。
豪雨による災害は、山筋の土石流のみならず、低地の洪水被害を引き起こしてしまいました。
気候変動も落ち着く様子はなく、年を越しても暖かな日が続き過ごしやすいお正月でしたが、各地のスキー場が小雪で困っております。
地球規模の大変動期に入ったとされておりますが、大過なく、一年を暮らすことができれば良いと願っております。

被災地の調査や、倒木事故の情報を見るにつけ感じることは、被災する、しないは紙一重。
危険を察する野生の勘を取り戻し、磨くしかない。
それても足らない。
運の良い人にならなければならないな、と強く感じます。

では、運の良い人になるには?
古今東西の難問です。
このような難問に答えを得るために、東洋では経験知の積み重ねを行ってきました。
その一つが長年の自然観察結果から得られた十干・十二支の組合せによる干支です。
経年のごとく、干支より今年の傾向を見てみましょう。

運の良い人、とは災難に遭わずに済む人のことです。
このためには、野生の勘を磨かなければなりません。
干支とは、野生の勘が磨かれていた先哲の経験知の積み重ねにより生まれたものと思います。
干支を参考としつつ、それぞれが野生の勘を研ぎ澄ませてください。

野生の勘を育てるには、野生の経験を積み重ねるしかありません。
特に、物心のつかない、すなわち幼児期の記憶に残っていない時期、3歳~4歳までの間に、野生の経験を十分に積ませる事が大切です。
妊娠・受精してから、この時期までの間の経験の蓄積が、無意識となり、身体と心の健康を造り出します。

40億年前に地球上に生命が誕生しました。
私たちは、母体・子宮の中で生命の歴史を忠実にトレースし、繰り返して生まれてきます。
野生の動物(ほ乳類)は、生まれ落ちたときから自力で立ち上がり、母親のおっぱいに向かいます。
すなわち、大小は別にして、運動機能は一人前に成長しているのです。
その後、栄養の摂取により性の成熟へと向かい、子孫を残して死に至ります。

しかし、人は、大脳が肥大したため、身体が一人前になって生まれると母胎が持ちません。
このため、生理的早産の状態で生まれてきます。
このため、自力で歩き、おっぱいにたどり着くことができるようになるまで、守らなければなりません。
このとき、外界に生まれ落ちても子宮の中にいるのと同じ刺激のすくない状態を保ち、次第に刺激の量を増し、外界・野生の世界へと同化させてゆくことが大切となります。
また、ハイハイし、立ち上がり、動き回ることができるようになったならば、なめ回す、触りまくるということになりますが、このとき、身体をフルに使わせ、外界との接触を十分に行わせ、五感の発達を促さなくてはなりません。

この「眼・耳・鼻・舌・身」という五感をフル活用し、その情報を大脳にインプットし、神経回線が密に、複雑に結ばれることにより「意」の元となる、「意」を支える、無意識がしっかりと形成されます。
五感をフルに使うという事は、なめ回しなどを含め、外界の微生物環境を我が身に受け入れると言うことでもあり、腸内環境・腸内微生物相の多様化・複雑さを増こととなります。
大脳のみならず、消化系器官の神経系もまた、動き回り、なめ回すことで回路が繋がれて行くのです。
さらには、免疫細胞の強化・教育も行っているのです。
腸内環境を整えることは、意識ではコントロールできない内臓神経を健全にする事であり、また、大脳神経も健全にする事であり、身体活動のベースとなる無意識は、五感をフル活動させた結果の有形無形の情報との接触により獲得される消化系、及び大脳系神経節の結束と免疫力の賦活なのです。
そして、この無意識をベース、足かがりとして意識の世界へと歩み出すのです。
動物は、無意識の世界を生きており、この無意識の世界の広さ、深さ、多様さを幼児期に形成させることが必要なのです。

40億年の生命の旅を再体験し、動物的な感覚までも体験しなければ人にはなれないのです。
人が、人としての大脳活動・意識をフルに使っての行動を行うためには、生まれ落ちてから五感をフルに使った野生の生活体験が必要なのです。
人の場合、生命40億年の歴史を繰り返す体験は、子宮の中で終わるのではなく、生まれ落ちてからもの心がつくまで続くのです。
私見では、野性時代をキチッと過ごさせることのできた子は、勘が研ぎ澄まされ、運の良い人になるのだと思っています。

干支は、植物の生長の様などの観察から造られているわけですが、そのような勘が研ぎ済まれ、多様な経験を積んだ先哲、先達が、時を超えて経験を蓄積し、整理したものなのではないかと思っています。

・・・・・

自然の中での生活は、万物の生成化育・循環の中に包み込まれています。
人から見た場合、破壊・攪乱と見えるものも、その循環のなかの一コマに過ぎません。
そのような自然の循環を観察した結果、干支・暦などが生まれました。

いにしえの賢人達は、自然の観察から、1年を記録するのみならず、さらに大きな循環のサイクルを見いだしました。
古代バビロニアではアストロジー(占星術・学)、古代中国では十干十二支の60年の巡りや八卦・64卦の易となりました。
木星の周期は12年ですから、十二宮・十二支と対応しているものといえます。
太陽、月、木星の周期から暦が造られたという事になります。

人は小宇宙という考え方があります。
ならば、人々の織りなす社会は人が集まった宇宙とも言えます。
古代の賢人は、太陽のみならず、惑星・天体・銀河の動き:宇宙との対応・相似により、社会・人象を見ようとしました。
中国では、ホロスコープ(出生時の天体の配置図・幾何による占星術)のように星と人とを数で直接繋ぐことをせず、その間に自然・草木の生活還環境を仲介させ、物語を紡ぎ出しました。
それが十干・十二支(干支)です。

干は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干。
支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支です。
十干を、中国哲学の基礎となる五行(木火土金水)に変換するために、
甲乙(木)、丙丁(火)、戊己(土)、庚辛(金)、壬癸(水)の5グループに分け、
先を兄(え)、後を弟(と)としたことより、干支を「えと」と呼ぶようになりました。

五行は、7曜から、太陽と月を除いた5つの惑星。
木星、火星、土星、金星、水星なのですが、新羅万物に対し、この5つの逆走する惑星の性に分け分類し五行説としました。
万物は、五行(五つの性質)から成り立っていて、その消長、結び合い、循環によりあまたの現象として現れるというものです。

兄・弟で陰陽、5グループは五行、偶数と奇数の組合せで物事を理解することができるとしたわけです。
十干十二支では、60年で一周期、還暦となります。
宇宙・天地・自然を貫き、循環するエネルギーの変化の過程を60のタイプに分類したものといえるのです。

今年は、「丙(火の兄)・申」です。
「ひのえ・さる」の年ということになります。
干支の最初甲子(きのえね)から33番目、60年周期(還暦)の真ん中、折り返しから3年目の年の始まりとなりました。
60年の前半で造りあげた事柄の完成へと動き始める時期です。

女性の場合は33歳が本厄、厄年にあたります。
33歳の厄を上手く超えると、次の37歳の厄、女を卒業する時期となる厄を楽に越すことができるようになります。
33歳を過ぎると、身体的にはホルモンバランスが変化し、子どものできない身体への脱皮の準備にかかります。
男では、42歳の厄がこれに当たります。

栄養の不良だった時代、人生50年などと言っていた時代は、老境に入ったとされておりましたが、栄養が良くなった今は、まだまだ若造です。
その次の厄は、陰陽・男女ともに干支が一巡する61歳となります。
還暦60から折り返し、0に戻る巡りが始まります。
120歳、大還暦に向けての折り返しです。

60歳で折り返すと61歳ではなく、59歳、58歳と、だんだん若返って行くと考えると楽しく生きて行けそうです。理想は、0歳の大還暦にあの世に旅立つことです。
人間の生物学的な最大寿命(潜在力)が120年と言われておりますから、大還暦に挑戦するのも一興と思います。

さて、今年の干支を分解して見ましょう。

・十干(根・幹の部分、天) 丙:火の兄(陽)
甲子から始まり、十干3巡目の3年目・丙に入りました。
昨年、乙は、芽吹きに備え屈曲している状態、芽が殻の中で縮んだ状態でしたが、丙となり、火(陽気が)働き炳(明らか・つよし)となって行く、すなわち芽が地上に伸びて形をはっきりとさせる状態を示している
ます。
また、神に生け贄を捧げる机の象であり、生け贄を火で赤々と燃やすから炳。
物事がはっきりと形をとって現れるということを意味します。
植物の生長を形象として見る十干としては、丙は、五行のはじめの季節、春の盛と見ることができる。
植物が発芽し、炳然(へいぜん)現れ出ることとなる。

しかし、丙の上の一の字は陽気を現すのですが、その下は冂に入るであるから陽気が箱の中に閉じ込められ衰退するということも示している。
明らかになったから、消失へと向かうのであるが、まだまだ充実しているということを示している。
また、下の開いている箱だから、箱を持ち上げると逃れられることも示している。

・五行では、金。
五行相生説では、木火土金水、木火土金水と循環し、土から金が生まれ、金は水を生むという流れが順当に進んでいることを吉とします。自然の循環に即しているからです。
これとは異なり、五行相克説は他の性に対し優位になる状態を示し、火は金を克し、金は木を克す、のであり、火は金を溶かし、木を倒すのに金物の斧を使うと言うように、押さえ込む様を現します。

いわゆる「あいしょう・相性」が五行であり、循環する方向の流れが吉(相性が良い)であり、相対する性とは、凶(相性が悪い)と見るわけです。

・十二支(枝・葉の部分、地) 申(さる):金・陰
十二支の9番目。
申は、伸と同じで、万物が伸びる、草木が十分に伸びきった状態を示しています。
進展する力に満ち、陽気が盛んなのですが、伸びきることにより陰気が詰まってくるという事でもあります。
あるいは、伸、人が真っ直ぐ伸びた形、申は電光を現しています。
子(ね)から生長が始まり、半ばを超え、夏から秋となり、秋にさしかかっている状態と言えます。
時間で言えば、午後3時から5時、七つ時にあたります。

子(ねずみ)の芽吹きから始まり9番目の申(さる)、すなわち夏が過ぎ秋に入り、枝葉が繁茂しているが次第に衰えて行く姿といえる。

根・幹を現す十干は、芽を地上に現し、伸びて形をはっきりさせる状態であり、
枝葉を現す十二支は、晩秋にさしかかり枝葉を茂らせるも冬支度に懸かっている状態を表している。
幹は旺盛に伸びつつあるも枝葉の部分は衰え始まっているという事でしょうか?
あるいは、天は旺盛だが、地は秋の気配が訪れているという事でしょうか?
矛盾を抱えている象と言えます。
あるいは、根・幹は陽気が満ちあふれてはいるものの箱に閉じ込められており、このため枝葉は秋の様相を帯びているということで、このままでは、物事が明らかにされつつ、次第に衰退に入って行くということなのかもしれません。
ならば、陽気を箱から取り出すことにより、陽気が形となって発揮されるのかもしれません。
その箱とは何か、相性の良い土・水の示すものは、また、相性の悪い火と木とは?

政治、経済など、自分の興味のある処に、このような象が暗示する様を当てはめ各人が考察する必要があります。
干支の示すところをヒントに、自分にとって幹は旺盛だが、枝葉が衰え始めているという事象がなんなのか、考え理解し、対策を実行することにより成功が訪れる、または、閉じ込められた陽気を箱から出すためになにをなすか、などと解釈するということになる訳です。

大きな話しとして政情を見るために、十干(天・根幹)と十二支(地・枝葉)を組み合わせた60年を一区切りとして過去へさかのぼって見ましょう。

昭和31(1956)年(一巡前)
原子力三法公布施行。原子力委員会が発足。
第4回参議院選挙。昨年結党した自由民主党過半数を確保。
国際連合加盟。
日ソ交渉再開。日ソ漁業条約・海難救助協定調印。国交回復共同宣言調印。
三陸沖に大津波襲来。一万6千余戸が全壊、流出、2万7千人余りの死者が出る。
北京で戦後初の日本商品見本市を開催。
神武景気、造船高世界第一位となる。
デパートラッシュ。
太陽の季節。太陽族。
映画館新築ブーム。
もはや戦後ではない。
水俣病問題化。

明治29(1896)年(二巡前)
清国、仏、オランダなどと通商航海条約調印
日本郵船、欧州定期航路を開設。
日露協商条約調印。
伊藤博文首相(第二次内閣)、内閣不統一により辞表提出、黒田清輝枢密院議長が臨時首相兼任。
朝鮮親露クーデター。
台湾総督府条例公布。
明治三陸大津波 死者2万人
信濃川堤防決壊
陸羽地震。 死者209名
富山県下大大水害 流出3000戸
函館大火 2220戸消失
豊田佐吉、自動織機発明
映画の一般公開。

天保7(1836)年(三巡前)
唐物密輸取締。
幕府、米の石高に応じ江戸廻送を許可。
東海、陸奥などの酒造りを禁ず。
諸国飢饉、奥羽地方が酷く死者10万人を越えた。
全国で農民一揆。

享保元(1716)年(四巡前)
霧島山、噴火。
徳川吉宗将軍となり、享保の改革に着手。
大阪で大火。

4巡前は、
徳川幕府ができ100年余りが経過し、江戸中期に入った。
米を経済の基本とした経済運営を行ってきたが、そのほころびが出始めた。
8代吉宗が将軍職に就き、財政を安定させるための改革に乗り出した。
甘藷の栽培、治水の実施や目安箱を置き、小石川養生所を設置するなどを行った。
石高を上げるために新田開発に力を入れた。
基教に関係のない漢訳洋書の輸入を緩和した。
しかし、米の生産量が増えることにより、逆に米価の下落を招くなどの問題が生じた。
力をつけ始めた商人の力を殺ぐため贅沢を禁じたため、商業は振るわなくなった。

吉宗は善政を行ったが、家康のさだめた米を中心とする経済を遵守し、商人・商業を抑圧したために経済は困窮していった。
一方、漢訳洋書の輸入を緩和したことにより、国外の諸事情、技術情報の入手が可能となった。

幹としては妥当と思える政策を実施したが、商業の発達という時代の流れを見定めることができなく、改革は上手く行かなかった。
気概と結果が上手くつながって行かなかったのです。
丙子申は、そのような結果に終わった享保の改革の始めの年にあたるのです。

3巡前は、
天保の飢饉が続き、全国で農民一揆が多発した。
一方、西南諸国は、支那との密貿易により財政を整えていった。

ここにも、困窮による一揆の多発と、密貿易による冨の蓄積という矛盾が現れています。

2巡前は、
日清戦争終結後のひとときの平和の年。
日清通商航海条約を締結し、三国干渉などにより低下した海外に対する影響力を強化するために日本郵船、欧州定期航路を開設した。

大きな特徴はない年だが、つかの間の平和の中で、次なる戦争の準備が進められていたのだろう。
幹の部分の戦争準備と、枝葉の庶民の一時の平和。
と、思いきや、地震、津波、洪水、大火、災害の当たり年となってしまいました。

1巡前は、
神封景気に踊っている中、原子力委員会が発足し、三陸を大津波がおそっている。
日ソ国交の回復、北京での見本市が行われている。

幹の部分は神封景気に浮かれているが、枝葉の部分では、津波被災が深刻となっている。
1巡前、2巡前、三陸筋には津波がおそっている。
巡りから、5年ほど速かったという事になるのだろうが、干支をキチッと見定めていたならば、そろそろ津波が襲ってくる周期だと、準備ができたようにも思える。
このような事を感じ、身体が動く人が運の良い人なのだろう。

丙申の年周りは、火山の噴火、津波、冷害による飢饉と農民一揆という天変地変と騒乱が発生しているようです。
津波の襲来と原子力委員会の発足の時が重なっているのは興味深い事実です。
偶然とも言える関連ですが、津波と原子力発電所の関係については、突っ込んだ議論をすべきサインが出されていたとも受け取れます。
また、漢訳洋書の輸入緩和、支那との密貿易、欧州航路の開設、ソビエトとの国交回復など、海外との関係も共通項としてありそうです。
新たな動きの前兆でしょうか?
漢訳洋書の輸入が蘭学の興隆繋がり、倒幕に至る経緯となってしまうのですから、これもまた、皮肉・矛盾と言えるのかもしれません。
また、根・幹の取る方向により、枝葉である庶民に与える影響がマイナスだったり、結果が矛盾している場合が多いようです。

しかし、60年サイクルはおもしろいですね、不思議ですね。
全壊の三陸津波の襲来と原子力委員会の設立の時期が重なっていたとは、意外でした。
真摯に自然現象、災害について考察していたならば、福島原発は防ぎ得たとつくづく思います。
福島原発は、結果として臨界爆発に至りましたが、電源さえ確保出来ていれば防ぎ得た事故です。
技術の問題ではなく、人災と言える事故です。

人災の発生を防ぐためには、自然、見えぬ世界、物言わぬ世界に対して真摯に振る舞うことが必要です。
科学技術を過信して、危険を察知する勘が鈍ったために発生してしまった事故と言えます。

いずれの災害発生地を見て回っても、死者が発生するという事の裏には、人災的な要素が読み取れます。これを、予想外として片付けさせてしまうことは問題があると思います。
災害が発生した後に現況復旧を行い、類似箇所を含め災害対策の予算を付ける、ということが現状ですが、これでは、対処療法であり、手遅れとなってしまいます。
予想外の災害を防ぐことはできません。
対処療法ではなく、干支のような大きな視点で物事を見る目も必要なのではないでしょうか?

勘と経験の世界、野生の勘の世界を余りにも軽視しているために天災と言われる事故、その他の社会的な問題が多発していると言えると思います。

経済、政治、医療、教育、様々な問題が発生していますが、みな、自分さえ良ければ良い、今さえ良ければ良いという、「我良し」の発想が招いた問題だと思います。
歴史は繰り返すと言いますが、問題を繰り返し、繰り返す毎に被害を大きくしていたのでは洒落になりません。
科学技術が発達すればするほど、その影響は甚大となって行きます。

科学技術が発達すればするほど、巨大科学となり、その全貌を把握できる人間がいなくなり、また、手足、五感を使い経験を積み重ね、勘を磨く機会が失われ、勘が鈍って行く。
そして、巨大科学・技術と人間の間が無限に開いて行く。
この逆説的な状況について真摯に考えてゆくことが必要です。

巨大科学・技術を使いこなすためには、逆説的となりますが、野生の経験を積み、勘を研ぎ澄まし、不測の事態、予測不能に対応可能な人材を育てる必要があろうかと思います。
ひと言で言うならば、全体を見通す目を持った、運の良い人です。
科学が進むほど、人材が育たなくなっていると感じるのは私だけでしょうか?
巨大科学・技術を使いこなすためには、科学的な素養と共に、天象地象から干支を感得した先人・賢哲のような能力を持つ人材を育成しなければならないのです。

東洋哲学は、天地人の調和を考究するものです。
人の和の乱れが、天変地変を招くものと考えられております。
また、人の和(バランス)を保つためには、忠恕なる人を育てることにあるとしております。
科学・技術教育のみならず、孔子の言う忠恕、孟子の言う仁義という感覚が必要になるのです。
人材教育をしっかり行い、その上で科学・技術教育がなされなければ、人災的な要素の払拭は困難でしょう。
そして、人間はますます部分の仕事、部品のように取り扱われるようになってしまいます。

中国・韓国などとの問題、グローバル経済という人の和が乱れた結果、豪雨災害・火山・地震などの増大へと繋がっているように思えます。
干支などの東洋哲学を、迷信と捉えるか、経験知と捉えるかは各人の考え方一つです。
ただ言えることは、地下資源をやたら掘りまくり、エネルギー源として石油・石炭を燃やし続けた結果、地球規模の環境問題が発生したと考えられているのですから、「我良し」の人間が増え、人の和の乱れが天変地変を招いている、ということも否定できないと思う訳です。

現代教育では、神様・仏様の実在を証明できないからいないとされています。
しかし、証明されていないものの存在は、確率から言うならば居るも居ないも50%です。
基教など一神教の神が、旧約・新訳に記された状態で存在するとは思えませんが、確率論的には、神・仏が存在する可能性は高いと言えます。
特に、我が国のように自然そのものを神と捉える、祖先を神として敬うという信仰形態の場合はなおさらです。
さらに言うならば、神仏はその存在を問うものではなく、各人が感じ取る、感得するものなのですから、居る、居ないという問題では無いのです。
感じられる人には居るのであって、感じられない人に取っては居ないのです。
それは、芸術を理解できる、感じ取れるということに似たものと言えます。
感じ取れるという事は、嫌なものは回避でき、良きものには同化できるという事で、運の良い人の基本となる能力だと思います。
信仰とは、地球・自然に対する謙虚な姿勢そのもの、地球・自然の状態を感じ取ることのできる感覚に根ざしているのだと思います。

————————————- いつもの毎年同じ能書きです。

古代中国では、万物は一(・)より生じた陰陽(・・)により発したとされ、五行思想の十干十二支、易の六十四卦に表されるように循環し、一回りし元へ戻ると考えられておりました。
中国に限らず、古代ギリシャなど太陽・星々の動きより時間を観察していた時代はすべてが循環するという世界観でした。
しかし、いつの間にか、直線的・拡散的な世界観に変わってしまい、現在は効率化というスピード・加速まで求められるようになってしまいました。
あっというまに1年が過ぎてしまうこの頃です。
すべてが巡る、元の所へ戻るという世界観へ立ち戻ることができるならば、もう少しゆとりが生まれるように思います。

中国の場合、循環論が精緻にくみ上げられ、様々な循環論の中で最も我々の世界に入り込んでいるのが干支(えと)の世界です。これは、十干と十二支という二つの循環論を組み合わせたものです。

十干といっても、十干を陰陽(兄・え弟と)とし、五行(木火土金水)に還元しております。これと、十二支を掛け合わせたため、十干十二支は5×12=60年で一回りします。易は、六十四卦として表しますから、いずれも60年程度で一巡りし同じような事象が現れると感じていた模様です。人間の寿命では、、120年という長年月を見通すことは困難、60年程度が妥当なところと考えたのでしよう。

人間の一生を60年とし、その程度は観察できる、経験できるということでの組み立てと考えられますが、社会的活動ができるのが約30年と想定するならば、二世代となります。二世代を過ぎる当たりで、ご先祖様が行ってきた事柄を忘れ、同じ事を繰り返すという事かもしれません。
懲りない面々、ということなのでしょうか?
このような懲りない面々に対し、気をつけろよと言うサインを送っているものとも思われます。

もともとは、十干、十二支は別の概念と思われますが、いずれかの時期に合体されたものと考えられます。
いずれも、植物が芽吹き、生長し、実を結び枯れるまでのサイクルを表したものとされておりますが、これを無理矢理組み合わせたため、組み合わせの上での矛盾が発生します。この矛盾から、その年のイメージを浮かび上がらせるという事ができるものと思います。

十干十二支は、植物が芽生え、繁茂し枯れ朽ちてゆく春・夏・秋・冬の生命の姿、時間の経過により生ずる変化の考察より、天地万物の変化を類推的に読み取ろうとするものです。科学的な根拠というよりは、先人の長年の経験と類推による経験科学?といえましよう。

十干十二支は、10×12=60で一巡りです。60年を1サイクルとする変化です。
経済額では、約60年周期で好不況が起きるとしております(コンドラチェフの波)。
・ 技術革新に起因するコンドラチェフの波(約60年周期)
・ 長期設備投資に起因するクズネッツの波(約20年周期)
・ 中期設備投資に起因するジュグラーの波(約10年周期)
・ 短期在庫投資に起因するキチンの波(約3~4年周期)
これらの波が輻輳ししうねり60年で会合します。
このような動き、うねりを植物の生成繁茂に仮託したものといえます。

近頃、これに加え
・社会体制・歴史サイクルの変化 70年説 明治維新+70=太平洋戦争終焉(1945)+70=2015年何か起きる?
・個人の季節サイクル 春・夏・秋・冬 各3年×4=12年説
・人生の生長ステージ 7年一節×12段階説
などが言われております。

大地震は70年
不況は60年
とも言われます。

易が64卦となっており、60~70と少し幅を持って循環しているのかもしれません。
一世代約30年、二世代でふた巡りというところでしたが、長寿命となったため7×12=84年説まで出てきました。

さらに長い循環としては、村山節の800年周期説という物があります。
「文明は800年周期で東西が交代している。西暦2000年が東西文明の交差する年であり、今まで800年続いた西洋の時代が終わり、これから800年が東洋の時代になる。」という説です。
東西の歴史上の出来事を、時間軸の中で俯瞰(歴史上の出来事、1年を同じ長さとし長い巻物とした)すると、800年で循環していることに気づいたというものです。
日本の発展、それに続くアジア諸国の発展、中国の目覚め、言い得て不妙なものがあります。

以上 十干十二支・干支をヒントに、イメージを広げてみました。

コメント先: "平成28年 年賀+干支による運気" (1)

  1. […] 昨年のイントロ。 読み返してみると、主張したいことは昨年と同じ故、今年バージョンに字句を訂正、多少強化をして再掲載。 思っていること、考えていることは進歩しないですね。 平成28年 年賀+干支による運気 […]