「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

9年前の投稿 「母性礼賛」 コメントと共に浮上させておこう。
長いですよ。

昨日は、友人に誘われて「mana」のフラライブに、フラフラっと出かけた。
以前から気になっていた踊り・舞踊と女性の身体づくり、体育の関係について得るものがあるのでは無いかとの予感に駆られてのことだった。

とはいっても出不精につき、フラをわざわざ見に行くという気力はない。前日の夜、来ないかとの友人からの電話での誘いに乗り、フラフラと出かけたという訳だ。

「mama」のダンスは、いわゆるフラダンス、ショー的な要素を組み込んだものではない。
メレと称する詠唱、大きな瓢箪(イブ)を二つ重ねて造った「イプケペ」と呼ばれる打楽器のゆったりとしたリズムとに乗り踊る。
ハワイの神々に捧げる詠唱・踊り・音という事なのだろう。
火(火山)の女神ペレに捧げる踊りなど古典的なフラ(カヒコ)を演じてくれた。

イプケペは、胴の部分を叩きながら、一方で、床を突きリズムを取る。
そして詠唱、それに合わせ腰を落とし緩やかな風に乗るかのような舞。
心地良い緊張感に包まれた時が流れた。-ペレはハワイ島キラウエア火山の女神、火の女神であり、美しく猜疑心が強く、思い通りにならないと火を噴くという「女」の性そのものという神。
腹の中にマグクマをたぎらせ、気にあわないことがあるとマグマを吹き出す、という怖いが、その一方で魅力的で引かれる女神様。

男は、危なげな美人にはよろよろとなりますね。

でも、浮気をしたら、怖いのです。浮気もまた、男の性ですから、女神様は火を噴くことになりますね。
そのような内容を詠唱し所作にした舞ということであった(ということにしておこう)。

神話を基にし、神に捧げる舞であるからそうなのだろう。
しかし、私には、腰を落として舞う彼女らのお腹の中に真っ赤なマグマがたぎっているのを垣間見たような気がした。
神に捧げる舞であると共に、己自身の感情・心・無意識と体力の源泉である腰とそれに収まる腹に、自ずから力があつまるように、腰を落として、肩を落として流れるように舞う。

かねてから、お腹(腸)の中には土壌が収められているとし、腸の、腸の中の土壌の働きが心身の健康を保つためには大切だと解いてきた。
身土不二、食身不二、地産地消とは、住まいする大地・土壌と身体、心の連続性、循環について解いたものだ。
その基礎に、お腹の中に土壌があるという事実がある。

腸とお腹の中の土壌(腸内微生物フロラ)と食の三つにより、私たちの身体の栄養という物質的な基礎が支えられていると共に、免疫系、感情・心・無意識の世界までもがお腹の状態により左右されるという事は経験的に理解されていたが、科学の世界が現実の世界にやっと追いつき理解が深まってきた。

それと同時に、女性のお腹の中には子宮・性(生)がある。
この子宮が過去と未来をつなぐ生命の要となっている。「フラ」の動きは、肩の力を抜き、子宮、腸の収まる腰を揺さぶり動かし、活性化させる。子を生み出すための基となる腰を、腹をマグマの如く活性化させるのだ。

生き物は、腹・消化栄養が満ちるならば、その栄養を生殖というモードに振り向け、腹の中のマグマの排出をはかろうとする。
それが生命の営み、リズム。
子供の頃からフラを楽しく実習することにより、女性としての心身の基礎、生命をつないで行くための礎が形づくられるのだ。
母性の涵養だ。

フラに限らず、我が国に伝わる盆踊りなどの踊りにも、そのような要素が籠められていたと思っている。

季節の行事などを通じ、自らの身体鍛え開発するという装置が踊りだったのだろうが、それは、自らが演ずるものではなく、見るもの鑑賞するものとなってしまった。
自らが演じ、火の神の化身と変容して行くことが大切なのだろう。

女性の子宮は、丹田に位置する。男どもは、丹田を開発するために様々な稽古に勤しむ。武術の要諦は丹田開発にあるのだから。
肩の力が抜け、身体が弛みきり、丹田の一点に力が集中したとき、心も澄み切り、全力発揮し得るようになるからだ。

ところが、女は、意図せずして日常の中で丹田開発を行っている。
月一で訪れるもの、十月十日をかけてお腹の中で育て上げるものにより、自ずと丹田を意識し、開発されて行くのだ。
月一のリズムは、月、地球上に生息する生物・生命のリズムだし、十月十日では、我が子を通して、地球に生まれた生命の進化を反復しなぞるのだから、女の身体は小さな月・地球、まさしく小宇宙といえるのだ。

生命を産み出すことの出来ない男は、この点でかたわもの、半端物、女のお化け。
このため、頭を使ってものを造りだそうとあくせくする。

胎児が海から陸に上陸するときは、つわりとなり、母子ともに上陸劇を演じ、胎児へ語りかける母の子声は、神の声となって届くのだ(三木成夫説)。
子を産み落とした後の女、母は強いわけだ。

男は、神様に適うわけがない。
だまらっしゃい、のひと言で、凹むしかないのだ。
しかし、このような事実、体感を女が忘れてしまったことに、現代の不幸の元がある。

女が、母性を取り戻すならば、生命をつなぐものとしての自覚を取り戻すならば、世の中は自ずと平和になって行く。
エネルギーを自在に使いこなすことが出来るようになり、物が溢れている世界が到来したのに、貧しいために止む得ず行ってきた戦いを続けていること自体がおかしい、不思議。
しかし、そのような事には気がつかない。

ますます忙しく消耗する社会を造り出すべく、男女平等、一億総括役と頑張っている。
男が戦地に赴いた時に、女が労働力として扱われたのだが、そのような事実から鑑みるならば、まさしく女を経済戦争の尖兵としてかり出そうというもの。
女の男性化が男女共同参画の真意。

生命をつなぐことの出来ぬ男どもが造り出した組織という疑似人格(神?)を維持するためのイズム、イデオロギーに根ざした戦いに、女が巻きこまれる必要はない。
度をこした生産と消費のための戦いに加わる事はない。
自らが生命を生み出す事のできぬものの擬似的な行為だろう。
それは、AIなど人工生命、医療を通じての永遠の生命という方向を向いていることからもあきらかだろう。

このような騒動に巻きこまれていることが、女であること生命をつなぐ母であるということを忘れている姿。
母性の源泉は、腰(骨盤)の中に収まっている子宮・丹田にあり、身心の健康の基は、同じく腹の中に収まっている腸と腸の中の土壌(腸内微生物叢)にある。

「フラ」は、生命を繋ぎ、心身の健康を保つための腰を揺らし、腰を活性化させる、骨盤の可動性を高めるものと強く感じた。母性の回復を図るためには、肩を落とし、腰を落とし、腰・腹を練り作り上げることの大切さが改めて見せられた。

フラ=ハラ(腹)=腹腰なのだ。

男も又、頭でっかちを止めて、腹を練るべく方向転換をすれば良い。
自然、野生への回帰だ。
生き物、動物としての身体、心身のベースを整えなければ、健全な文化、文明は造れないのだから。

AI、永遠の生命も良いが、それ以前の私たちの生命を育んできた母なる地球、海・大地=自然・野生、女=母性というものに心を馳せなくてはならないだろう。
頭でっかちでは、身体、心身という基礎が伴わないから、いずれかの時が来たならば折れてしまうだろう。
地に足のつかない頭でっかちは、足を持たぬはかないもの、幽霊出あると古人は示してきた。

昔は、うらめしやと恨み辛みの感情が凝り固まり頭に血が上ったが、今や体感を伴わない知識のみが頭に上っての幽霊状態。今や、知を頭に上らせた魑魅魍魎跋扈の時となってしまった。
その閉塞感を感じ取り、魑魅魍魎が祓われるときを待ち望み、その時が近いことを皆が感じ出している。

血、知を腹に下げなければならならない。
このような事を思わせた緊張感溢れる古式フラの後には、日本歌謡・ポップスのリズムにのせての創作フラと笑い泣きの漫談。
空気の張り詰めた後の、お二人のフラの経験から紡ぎだされる至言と笑い、涙の数々。心あたたまる時間を過ごさせてもらった。

・・・ 以下、長いコメント2件 ・・・

大地(土壌)、水(川・海)の豊かな恵みを受けていた時は、女性を中心にした社会が営まれていました。
だから、現在でも女性は女将(上・神)さんだし、山の神だし、かかあ、おっかあ(耀くもの)と呼ばれています。

西洋、Chinaのママ(乳房)、博多では、ごりょんさん(御寮さん)。子供のためだけの人ではありません。
衣服、器物などを含む家内の総てを取り仕切る、切り盛りする存在。家(内)の管理を行うもの、経営者です。
その中の一つに子を産み育てる、後継者造りが含まれます。

しかし、西洋文明という自然から離れたいびつな理解の仕方により、女性の本質を見失ってしまいました。
でも、まだまだ太古からの積み重ねの雰囲気が残され、伝えられているのがネイティブといわれる人々であり、日本人もまだその一族に繋がっているのです。

ハワイは、日本は、ネイティブでありながら、その色彩を残しながら西洋文明を受容しているという不思議な世界です。
この点で、そこに住む人々がそのまま世界遺産としても良いほどのものだと思っています。
そして、その雰囲気が消えないうちに、キチッと復活させ、伝えて行かなければならない体術、技法が、フラなどとして残っているのだと思います。

太古の昔は、身体を動かすことのできる範囲からの恵で足りた生活をしていました。
旧石器、縄文の時代です。漁労採取の時代の方が、時間の余裕があり、質の高い文化が営まれたとされています。
世界最古とされる縄文土器を造ったなどに、その一端が現れています。

土器は、女が、煮炊きをするために造ったものだとされています。
複雑な文様、形を創るという時間があったのです。
また、土偶のテーマは女、母神です。生命の賛歌、繋ぎです。

男は、鉄砲玉。
力仕事や遠方に狩りに出かけたのでしょう。
男は、女子供を守り、働くために、女が化けたものだから、それに生命をかければ良いのです。
女の持つX遺伝子の一部が欠けたものがY遺伝子ですから、男は女の化け物と言ってもあながち間違いではありません。

旧石器、縄文時代の、もっとも大きな願いは、産み落とした子供を、無事育て上げることだったと思うのです。
縄文土器には、赤ちゃんの足形が沢山残されています。ペンダントとして、肌身離さず持ち歩いていたようです。
生まれ出た生命を如何に大切に思い、慈しんだのですが、残念ながら育ちきらずに旅たった子への思いの程が、足形として残されているのです。

暑さ寒さに晒され、細菌に対する知識が無い時代ですから、大きく育つ、育てあげるという事は大変なことだったのだと思います。
人は、身動きできない頭でっかちで産まれたため、一人前になるまで手厚く守ってあげなければなりません。
他の動物は、生まれた時が一人前ですが、人は異なります。母親が面倒を見なければ、文化を伝えなければ生きて行けない存在なのです。

食は、周辺から手に入れることができたため、時間はたっぷりあります。
自ずと女達の井戸端会議?が始まります。井戸端会議の大きなテーマは如何に丈夫な子供が授かるか、その為にはどのようにしたら良いのか、どのように育てるか、だったのではないかと思われます。

子供を産む、それは自分の身体のなかで十月十日育てるわけですから、その身体の変化の観察により、母となるための身体づくりということを考え、実践し、その成果を子に伝え、さらなる工夫をし、と、連綿と練り続け、母嬢はと伝えて来たに違いないのです。

それが、女性を巡る様々な文化として結晶しているのであり、フラ、盆踊りなどは、単なる踊りではなく、身体づくりという要素を持っているのだと思うのです。

しかし、そのような女性、母性の文化を差別の賜物としてしまったのです。男女差、蔑視、軽視という見方です。
確かにそれは、差別の賜物ではありますが、現在の理解とは真逆。聖なるもの、大切に守り伝えて行くべきものとしての差別です。
女らしさ、男らしさという性の本質に基づく差別です。性は、生命、生き物としての本質に関わることです。

それが、何故問題となるのかが不思議なことです。現代の感覚は、如何に生命の道から離れているかが理解できるでしょう。
生き物は、生命を繋いでいくということが本質。
そのための準備、身体づくりという観点が抜け落ちてしまいました。
また、それが、文化、文明の本質を支える基盤となると言うことも。

まずは、その本質、生命を繋ぐという根っ子の部分に着目して、そのためにいかように身体を使いこなしたのか、ということについて、自己の身体を通じて掘り起こすという作業が大切なのだと思います。
それが、男女の和合、天地の和合となり、生命を紡ぎ出し、生命を伝えるということとなるのですから。

さらには、健全な文化、文明を作り上げる基礎となるのです。
身体を育て、使いこなすということが、世界の平和、平安の礎なのです。
女、母性の復活を切にのぞむ所以です。

・・・

とにもかくにも、女=母がいないと何事も始まらないし、生命を繋げない。
しっかりと、楽に、生命を繋いで行くためには、その土台となる身体づくりが大切となる。
その技法としてのフラなどがあったと思うのだ。

身体をしなやかに使いこなすならば、頭(脳・心)も柔らかく使えるようになる。
そのような人(女)が増え、そのような子供を増やすならば、世界は楽しくなる。

出産は自然の摂理。生命が地球上に生まれてこのかた、途絶えることなく生命を繋いできた。
それが苦しみである訳は無い。
ひねり出せば良い。出産(排泄)の快感があるだろう。

それを苦しんで生まなければならないような身体と頭に、自らがしてしまった。
教育、マスコミなど、文化のなせる業、洗脳のたまものだ。

女と子供を守るために、男に見せつけ、脅し、従わせるための出産パフォーマンスを、女自身が苦しいものと信じ込み、思い込んでしまった。
だます者が、騙される側に回ってしまうと言うことほど滑稽なことはない。

しかし、だまされるものとなり、心と体を固めてしまった。
身体と頭・心を固めてしまうならば、出産は苦しいものとなってしまう。
そのようなとらわれから逃れるためにも、女として、母となるための身体づくりが大切なのだ。
柔らかねしなやかで、かつ強靱な身体と頭・心造りだ。

身体の土台は骨盤だ。
脳を治めている頭蓋骨・後頭骨は、骨盤と相似だ。骨盤が動き出すと、後頭骨も動き出す。
脳も、心も動き出すのだ。

(身体は、季節に応じ変化する。植物と同じで、はる(張る)には芽吹き花開こうとするのだ。冬縮こまったものが、冬至を越えると春に向かって開いて行く。外へ向かって開いて行くのだ。そもそも、冬(増・殖ゆ)は、開くために籠もるときなのだから。骨盤、頭部は次第に開き、5月になっても頭部が拓かない場合は5月病といわれる症状となってしまう。その動きの滞ったところで症状が出る。頭が、後頭骨がスムーズに動かないと五月病と言われるような精神的な症状があらわれる。)

以上は、私の私淑する野口晴哉先生の観察によるものだが、産むごとに身体が整い健康になると言っていた。
身体の力の総てを総動員し、全力を発揮し出産するのだから、骨盤を中心として体中が動くのだから、その一連の経過をキチッと成し遂げることができるならば、元気にならないわけはないのだ。
ならば、出産を機に元気になるように産まなければならないのだし、その工夫をすれば良い。

西洋医学を取り入れ、出産を病気として位置づけ、医者が関与しだしてから、おかしくしてしまったのだ。
産む楽しみよりも、生む恐怖を与えるようになった。
その方が儲かるし、医者の権威も増すからだ。
医療というものが、自然の営みの流れをせき止めてしまったのだ。

そんな事にはお構いなしの、我が家のシェフ(かみさん)は、何人でも産んであげると言っている。(子ども達が大きくなり、反抗しだしたら、産むのは良いが育てるのは嫌いだと言い出したが~)
女=母となる身体を造りにより、強い女となるのだ、ということを、男どもは女がひねり出したのだ、ということを、多くの女性に伝えてあげてください。

強いばい菌として、伝染させ、文明というものが造り出した誤った思い込み・洗脳を解いてあげてください。
フラという技法は、強力で楽しいばい菌になるものと思います。
感染してしまう女性が増し、女=母としての自覚を持つならば、自ずと楽しい世界が訪れるもの思っています。

https://www.youtube.com/watch?v=yPVYMn-RbgAhttps://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid0Pq3fseLmMYtCJCHjvBtPP84eL6UGBTF4n9FfZQP9L5PDaWQLeUQoAysBHvtCu3WQl&id=100015857313340

https://l.facebook.com/l.php?u=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DyPVYMn-RbgA%26fbclid%3DIwZXh0bgNhZW0CMTAAYnJpZBExbDlSc0RkWWl0Vnl5UjNGU3NydGMGYXBwX2lkEDIyMjAzOTE3ODgyMDA4OTIAAR6YBrMhxRgY87iIxijd1GxswPFfEffHqoTfgZehmZc61n-qIe8IMvxWu6J_8g_aem_BnzHVX9cxglQIREHZ3ghkQ&h=AT6Spw-g6hXSPxj0suYVdUj8GvQzjOzHY1cfF22fWW-As4M_1yXOSv2prGja0Ke9hudXDrUZ6ZubBFOLDInyQF_DOvoMoco5jmLxPpTgq5N4SjwJLHqJP1dlQG40R52-TwZm78AOYlKROWx4op9k7EnLGeQW0z06&tn=-UK*F

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部分最適、対症療法の積み重ね。無理・無駄の積み重ねで、税の負担を増やすだけ。
根治へ向かうためには、制度疲労を起こした仕組みをリセットしなければならない。

> 対症療法では無駄にしかならないですね…
> なんでそれに気づかないのか、謎でしかないです。
とのコメントに対して。

そんなことは百も承知でしょう。
問題の先延ばし ⇒ 問題が起きる ⇒ 対策という部分最適・対症療法 ⇒ 焼け太り ⇒ 問題の先送り ⇒ エンドレスの悪循環での依存と行政の肥大。
すべてが国民の依存を誘導し、行政が肥大するように制度設計されている。
1%の者達の利のためという根本原理の上に成り立っている。

これは生長があってこそ成り立つ仕組み。
生長とは、人口増加の言い換え。資本主義と称する巨大ネズミ講は、新たな講員を増やし走り続けないと破綻してしまう。
これが生長を善とする理由。末端講員を確保し続けるための商品開発が必要だ。

我が国の場合、少子化により、このような制度が行き詰まって、制度疲労を起こしている。

そのほころびを埋めるための移民政策。移民を呼び込み人口増加を図り、人手不足を補い、生長を保とうというのでしょう。
さすれば文化的軋轢という新たな問題が発生し、新たな焼け太りのネタを造り出す事ができる。
転んでもただでは起きない。
ありとあらゆる手段を使って焼け太りして行くのです。

国民の命・健康と財産を守る、という憲法は空文化していますね。
もともと空文憲法だから当たり前か。

世界という点からは、生長が鈍化するならば、戦争を起こし、破壊し新たな需要を作り出せば良い、また、供給を止めインフレにしてしまえば良い。
それが新型コロナ戦争だし、ウクライナに始まり、ドンバスからイランまで続く戦争の時代の本質だろう。
ソ連が潰れ、China中共の市場開放による生長に限りが見え始めたため、戦乱による撹乱を引き起こし軍産複合体の在庫払いを行い、撹乱が鎮まった後の経済活性化をねらっているのかな?
1%の銭金・支配欲の亡者とその取り巻きは、庶民とは異なる原理で動いていますからね。
何れにしろ利の最大化をねらっての両建ての動きなのでしょう。と、大きな話にしておこう。


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いつもの悪い癖、中西さんのスレッドに書込。書込責任と記録としてシェア、コピペ。https://www.facebook.com/ai.nakanishi.169/posts/pfbid02wWWJ6Jrhk2QWGtMSydy3fydoMmQMjaZXHb6dkxTq3JLx5zEoPNz6dNuJjSUoDhorl

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https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02WYvgTBV83SavJdUutDKmetszer5ijmngcqMmg8LEj5GH9NmBd1yczi9WpRAjuEkal

ご報告と、ヘイトに関する注意喚起。またまた私の投稿がメタAIのご注意を受けてしまいました。
このような投稿が削除されてしまうのですね。
私の投稿の閲覧者も減ってきているように思えます。
囲い込まれてしまったかな?

4/3の投稿ですが、ずいぶん時間が経ってからのお叱りですね。
この投稿も、同様お叱りを受けてしまうのでしょうか?
このような投稿はFBの安寧を犯してしまうそうなので、絶対に真似しないでください。

国内仕様による○○地方への配慮によるものと受け取っていましたが、我が国というよりも、彼方の地方からの指示によるものではないかと考えるようになりました。
じわじわと、全方位にわたり目に見えない○○が進められているようです。
いよいよ、ステルス・ソフトジェノサイド本格化ということでしょうか?なんて言うことを投稿すると、またまたご注意を受けてしまいそうです。

参考として、今回のご注意を受けた投稿と、前回ご注意に対する抗議に対する「審査結果」をお示ししておきます。
以前は、「第三者組織」による判断とされていたようですが、今回は『弊社のテクノロジーにより、~ 措置が講じられました』とされています。
メタAI君の判断のようですね。

ヘイトもAIによって判断・お仕置きされるようになってしまったようです。
このようなお仕置きにより、長芋のに巻かれろ、という姿勢を摺り込まれてしまうのですね。
長芋を摺り下ろしたネバネバのとろろは好きですが、長芋はで人を巻けるかな? と、伏せ文字、暗号を使わないと本音を言えない時に入ってしまったようです。
私の判断とメタAI君との判断には大きな齟齬があるようです。
しかし、その溝を埋める手立てはありません。
すなわち、専制・専政、情報操作ということですね。

繰り返します、このような投稿は絶対にしないでください。
なんだかな~、世も末・まっ盛り!

どの部分が禁忌に触ったのかわかりませんが~。
枝の国という用語かなと思ったのですが、それだけではないようですね。
悪しき文化、との組合せのようでもあり、それが政治的な批判なのかな~。
文化には良き側面と悪しき側面の両方がありますからね。そのような批判さえ許さないとなると、日本国は既に枝の国と同様の言論統制になっといるということですね。自分の投稿に対するコメントまでも管理され、削除されていますからね。

-女性の身心、子どもの身心のひどい状態、情報統制、もう死に体の国になってしまいました。

目を通されたいないようなのでここでも記しておきますが、スマホが普及してから、若い女性が子どもを産める身体ではなくなった、として助産を止めた助産師さんの話を聞き、これをFBにアップしました。
体力・肚の力は衰え、頭デッカチ・脳が常時興奮状態となってしまったため、身体を弛めいきむことができなくなってしまっているのですね。
こまったものです。

FBリンク:
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid034VTTXoR28qNzFk1FHmzf5eqJ2Ak4d3X65VJEytR94rMdxGeQke1ytT7eMGrkus3Vl

父の日だそうな-2

父の姿が霞んで見えないについて、更に辛辣に記しておこう。

こんな投稿をしたのでは炎上してしまうでしょう。

しかし、そんなことを恐れてはいられなくなってしまいました。

このままでは日本民族は滅んでしまいます。

そのことを理解してくれる方に届けば良いと思い、投稿をしています。

友達範囲の投稿にコメントしたら、次の返答が返ってきました。

> そうなんですよ、男と対等に張り合おうとする女が多すぎます、男を上手に操る女が減りました。

> 言い過ぎかもしれませんが、豚もおだてりゃ木に登ると言います、ブタは男それとも女(^^)

残念ながら、女も男も、どちらも豚になってしまいました。

近頃の政治家のたるんだ顔を見てください。

他国の政治家の引き締まった顔、背すじを伸ばした姿勢。

この覇気のなさ、口先三寸のみの逃げの答弁での責任感のなさの露呈。

他国に馬鹿にされ、舐められてしまってます。

これだけで、国は終わったなと思ってしまいます。

いいように喰わてしまう仕組みに、女も男も、楽ちんだと安直に乗ってしまった結果ですね。

餌と温かな住処が与えられ、幾分の遊びが許される環境。

しかし、いくら環境が良くても、与えられた畜舎という環境に満足する自己家畜化の群となってはいけません。

畜舎に囲い込まれ、楽しているうちにじわじわと足元が崩されてしまいました。

気が付くと亡国の民へと押しやられています。

一次産業はめちゃくちゃ、有事には餓えがまってます。

経済も外資が牛耳るようになり、失われた30年から浮上の見通しもないありさま。

そして今、土地が奪われています。

さらには、人の入替が行われています。

人そのものを武器としてしまう支那中共の得意技。

いずれはチベット、ウイグルの様に蹂躙されてしまいそうです。

植民地化が露骨となり、ステルス・ソフトジェノサイドへと向かっています。

しかし、その様な恐ろしい世界が国際政治だということに気が付かないまま、ぬるま湯につかった生活。

自分たちが茹で蛙状態、もう一炊きすると茹であがってしまう危機的な状態にあるということに気が付きません。

まずは女が雌豚になるように調教され、それに雄がついて行き豚化して行くというストーリーでした。

それが男女平等だし、3S政策、公団住宅による核家族、専業主婦・昼メロおばはんなどだったのです。

これによる女性の劣化はすごかった。

皆、一斉に崩れてしまったために気が付かない。

男はサラリーマン化し、働く姿から子供達は遠ざけられました。

男の素晴らしさからは目隠しされてしまいました。

それはTVの普及などにより加速化されました。

白物家電で時間の余裕ができたものだから、隣の芝生が青いと不平不満と嫉妬の固まりとなり、雄豚を尻に敷き、稼ぎが悪いと悪態をつき、その醜態を子供らに見せつけました。

そして、自分の境遇に対する呪いをカバーするために、子供達を自分の望みのための代理戦争に引き釣り込み、良き会社に入るための前哨戦としての受験戦争を造り出しました。

子供達は受験戦争で消耗し、大人の嘘っぱちの世界を垣間見、夢も希望もなくし自死を選択するものも出してしまいます。

「あきらめた子」を大量に造り出しています。

女の子は、母親の姿をみて、能ある鷹は角を隠すではなく、男を馬鹿にして尻に引くことを習い性にしてしまいました。

不平不満の渦巻く世の中にしてしまったのだから、個人、そして個人の集合体たる国の運、国運が良くなるわけはありません。

なので、

これでよいのかおっかさん。

母性よ甦れ。

子供達の明るい未来のために。

と叫んでいるのです。

・・・

画像は、

より拝借。

大意はありません。

1人、ユーストマ、、「男が、 こんな感じで いいのかな? 父 族が 族 家 家父 。 も が イ な イ ん だ 感 。 ど、 か じ イ だ イ 感 じ。 人それぞれ、 樣性 というけれど! BEAMS FATHER'S EAMFATHER'SDA DAY」というテキストのグラフィックのようです

3早川 奈穂子、他2人

父の日だそうな-1

しかし、父の姿は霞んで見えない。

何故だろう?

女と男、大きく俯瞰し考えて見ます。

男が、子供を守る、女を守るのは集団動物の基本的性質。

そして、女は自分たちを守ってくれるものを立てる。

これは集団動物としてはあたりまえ、自然なこと。

男はそれに答えるため、強くあらねばならないでしょう。

力がすべての場合は、強い男を中心として群れを造る。

それは、いのちを伝えるための智恵。

しかし人類は、知恵のある女を中心に母系性社会を造った。

集団が小さく、餌が豊富な場合は女系性の方がうまくゆく。

女の子も、男の子も等しく、女・母が産んだのだから。

女系性社会では、男は遊ぶことと種付けがもっぱらの仕事。

男の出番は有事の時となる。

そのような社会では、通い婚や入り婿となる。

女が男を選ぶのだから、当然のこと、女に認めてもらうため男を磨いただろう。

母もまた、男の子を男らしくなるように育てただろう。

やがて、1:1のつがいを作り、男は狩りやいざという時には力をあわせ協同するという集団動物へと進化した。

つがいを造るという方向の選択には、女、子育てが大きく働いた。

女が協同歩調を取らなければ、つがいはできないだろう。

生まれ落ちてから長い間、身動きのできない子と母親を守らせるため、固定的なペアを造る方向へと進んだのだろう。

食の主なものは女が近所で採取したが、肉などうまいものは狩りをして男が持ち帰った。

獲物を女、子どもに持ち帰るためには直立し、手を使うことは好都合だった。

男は持ち上げるほどによく働く、おいしいものを持ち帰る、その循環で男を磨き、さらに凛々しく男らしくなる。

利口な女達は、男を持ち上げてよい気分にし、よく傍楽方向へと進め、ついには財布の紐を握るのは女という世界を造った。

女系性社会の仕組みの延長だ。

男の子も母が産んだのだから、食の豊かな高温多湿な世界では母の思う方向へと進化した。

日常は母親の世界だが、非日常、憧れの対象は父親の世界と棲み分けを造ったのだろう。

人口が増えたり、異常気象などで餌の入手が困難となった場合は男の力がものをいうようになる。

そのような地域では男の力がものをいい、やがて男尊女卑、力で支配する社会となっていった。

乾燥地、寒冷地、砂漠の民の世界だ。

しかし、財を築いた場合は、財産権は女も持っていた。

支配し、虐げられる弱者を造る社会は、幾重にも重層的に弱者が造られ、ガス抜きが行われる。

力を持たない女にしわ寄せがなされ男尊女卑へと傾斜していったのたろう。

しかし、女系だろうが男系だろうが、いずれにしろ、女が男を立て、男を矢面に立て、女が奥に控えるというやり方でうまく機能してきた。

その知恵が文化として示されると、これらの書籍の説くところとなる。

いのちを伝え行くために、進化という時間をかけて作り出された智慧と体制だ。

わが国の場合は、食が豊かだったから女系性社会を基礎とし男系がその上に乗るという形の家族制度だった。

2階建て?、双系制と言うらしい。

家の経営は女が行い、外向きのことを男が行った。

家の経営とは、家・いのちの継続と、そのために子を産み育てる、すなわち人材育成だ。

男を立てる、雄々しく育てることは、男をしていのちをつなぐ核となる家を守るための必須のものだった。

その核とは女、女なしにいのちの継承はできないからだ。

そのような仕組みが崩れたのは、明治革命によりイギリス国教会をモデルにした天皇一神教により、女性をマリア的な存在、良妻賢母と位置付けたことによる。

女を経営者という座から、子を産み育て、男にかしづくものとしたのだ。

一般には儒教的とされているが、明治政府が狂育により埋めこんだのは猶基回一神教的な男尊女卑だったのです。

狂育により、高等狂育を受けた女性から経営者としての自覚が失われ、次第に下々にまで広がっていった。

しかし、農村、地方の大家族までは、このような考え方は拡散しなかった。

江戸自体は見かけは儒教的な男尊女卑であったがそれは武家であり、実態は女性上位だった。

かかあ・耀くもの、奥、ご内儀、そしてかみさん(神・上さま)という言葉に良く表れている。

明治革命により女性の権利が剥奪され、西洋的男尊女卑にすり替えられてしまったのだ。

ここに、わが国の女性性の劣化が始まった。

そして敗戦により押し付けられた自由、平等、平和。

西洋の虐げられ続けてきた女性を解放する運動、ウーマンリブの行き過ぎた流れが我が国にも押し寄せ、女は男と対立する存在と教えられ、農村部からも良俗は失われ、女性性の劣化に拍車がかけられたのです。

互いに助け合い、相和し子どもを育てる男女が、敵対する存在として教えられたのです。

男女同権、それは男も女も否定すること。

男と女、まるで異なる生物学的存在を同じと見なしてしまうのだから、混乱が生ずることは必定。

男と同じとは女性が男性化することであり、強くなった女性・母は、男の子のチンチンをとり、男を中性化してしまったのです。

女が、家族を守る存在という、生き物としての男の存在を否定したです。

しかし、女も生き物、集団動物であること、そして男を否定したならば、その根源的な存在基盤を失ってしまう。

それが核家族化だし、家の崩壊。

女は、他の手を借りず、独りで子を産み育てなければならない事態としてしまった。

自分の頭で考えることをせず、無批判なまま政治のなりゆきを受け入れてしまったため、女性の受難の時を造り出してしまったのです。

いのちの継承の危機を作り出してしまったのだ。

男は男らしく、女は女らしく、いたわり合い、助け合うという、生き物、人としての当たり前のことを、男女平等などという理念・理想の空理・空論を植え付けられ、信じてしまい過去の良俗、伝統文化を否定してしまった結果なのです。

その結果が現在の混迷状態となって顕れている。

しかし、現代の政治は狂育を通じて、生き物としての存在を否定することを教え、衰退、滅亡へと進めることを止めようとはしない。

国民を、グローバル金融勢力の仰ぐ、金・利の神のための人身御供とし続けている。

現況は母親が、男の子のチンチンを取りまくり、戦う気概を奪い続けているので、この流れは人を食い尽くすまで止むことはないのでしょう。

女性性を奪い、結果、男性性を失わせることによるステルスソフトジェノサイドが進められているのです。

で、

これでよいのかおっかさん。

蘇れ母性。

子供たちに明るい未来を残すため。

とあいなるのです。

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いつもの悪い癖、保坂さんのスレッドに書込。

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すべてのリアクション:

55

音楽の素養なし、チェンバロ、ハープシコード、バージナルなどと呼ばれる古典的な楽器の音色が好きで、仕事等の際のバックグランドミュージックとして聞き流す程度だから、作曲者も題も記憶することはない。

聞いても、どこかで聞いたな、という程度。

私に取っては、聞いて邪魔にならない音楽が良い音楽。

時々、はっとする、心に響く音色などがある。

身の回りの自然とおなじ、ということかな。

精神性、霊性などということも深く考えることはない。

心地よく流れてゆく、それが自然だと勝手に思っている。

これに比較すると今の音楽?は、私にとってはうるさいだけ。

雑音だから、頭、心の中に残ることのなく消えて行く、消費し捨て去るだけの音。

現代の使い捨ての資本主義の様相が音にも現れているのだろう。

資本主義という巨大ネズミ講の生産システムは奴隷が支えている。

昔の奴隷は轡をはめられ、手足を鎖で繋ぎ、身心を縛り上げて酷使された。

現代の奴隷は、轡の代わりに口パンツを着けることを厭わぬよう、精神操作されたソフトな奴隷。

合法的に見えない鎖で縛り上げられた奴隷。

その奴隷が、労働者兼消費者としてマッチポンプの仕掛けにより使役され、利益、税だと称してピンハネされている。

合法奴隷は狂育、マスゴミなどにより飢餓感を植え付けられ物欲の固まりに育てられる。

当然のごとく奴隷に精神性・霊性などと意識は無用だから、剥奪されることとなる。

今、喰うことができ、刹那の楽しみに心奪われるように仕向け、消費という美名の元、サラリーを吐き出させれば良いのだ。

当然、精神性・霊性は低下・劣化の一途を辿って行くこととなる。

精神性・霊性が劣化してしまうと、逆説的に精神性・霊性の復興が叫ばれるのだが、ただ今は、そのような動きに対してもスピ系という商品が提示され、ガス抜きとして使われている。

音の劣化もこれと機を一にしているように感じる。

失われた30年の劣化の程度は著しい。

自由・平等・平和(博愛)などと理念理想の精神性を吐いたって、それは特定の人々、ネズミ講の胴元となっている人々にのみ許された境遇。

底辺を支える講員(消費奴隷)は、物欲をかき立てられる一方であり、物欲中毒に導かれ、リピーターとなるように仕向けられ、物を手に入れるためのサラリー欲しさに酷使される合法奴隷の境遇となってしまう。

すなわち、タコ部屋、女郎小屋に閉じ込められて自分の手足を喰う生活となってしまうのだ。

今や、日本列島タコ部屋、女郎小屋化。

強欲資本主義・巨大ネズミ講の実体は、奴隷制植民地主義だし、武器による植民地支配、支那清国を解体したアヘン戦争の時と本質は変わってはいないのだ。

富む支那清国に売りつけるものがなく、清国には西洋列強の垂涎となる物が溢れていたので、阿片・麻薬を売りつけ、支那人を中毒にし、それに抗議する清国を、西洋列強の唯一の強みである武器によって支配し、グローバルマーケットと称する巨大ネズミ講にに組込んだのだ。

市場が飽和してしまう、売るものが無くなってしまうと、ネズミ講の胴元への上納システムが止まってしまう。

これを防ぐため、戦争などによりリセットし、新たな市場を立ち上げにかかるのだ。

科学技術の進歩により、飢える心配がなくなったにもかかわらず、世界から戦争・騒乱が消えない理由だ。

昔は、奴隷というあからさまに過酷な条件の中での酷使だったから、その境遇から抜け出そうと必死でもがいた。

現在は、真綿で首を絞めるような巧妙な手口に支配方法が改良された。

精神改造により、自らが進んで奴隷の境遇になって行く自己家畜化の群とするるソフトな支配に変えたのだ。

進んで奴隷の境遇になって行くように仕向け、支配コストの効率化、縮減ができるからだ。

支配されるものは進んで畜舎というぬるま湯環境のなかで感性を閉じ、茹で蛙となってしまうように導くのだ。

精神性・霊性を高めるためには、そのぬるま湯から抜け出し、動き・感じ・考え・決断するという身心を適度なストレス・フィードバックのかかる環境、当たり前の環境に身を置かなければならないだろう。

グローバルマーケットへの依存度を減じて行くのです。

地域分散型の社会へと切り替えて行くのです。

自立自存・自律自尊・自足独立の人となることにより、精神性・霊性は高めることができるのです。

で、

これでよいのかおっかさん。

蘇れ母性。

子供達の未来のために。

バブルがつぶされて以降、貧しさマインドが世間を覆ってしまいました。

グローバル化と称して事務屋の管理の力を強くして、現場の裁量権を取り上げていった。

結果、当初、若干の利益は出たが、現場の活力を失い悪循環に陥った。

技術屋は居なくなり、作業監督のみになってしまった。

改良はなされても、新規の開発はなくなった。

そして、余分な管理のための管理仕組み、書類が増え、作業監督さえもおろそかになっていった。

グローバル化=標準化、マニュアル化、管理とし、技術屋を、人をないがしろにした結果、技術屋は、週末は韓国へ行って技術移転?。

良いアルバイトとなった。

韓国の次は支○中○だ。

定年、リストラ後は、高給で雇ってくれる。

こうして敗戦後叩き上げで会得・造った技術を流出させ、スカスカにしてしまった。

グローバル化だと官主導で、ISOの取得が流行だしました。

私は、USO800と称していましたがね。

これでコンサルは儲けました。

以降、コンサルタントや広告代理店という体裁の良い理屈のみの虚業が大流行り。

中身のないデコレーション。

書類も、わかりやすく短文・箇条書きで、図・絵を多くして、などとしてしまいました。

体裁のみ、中身なしの紙芝居。

私は、この流れに逆らい、中身いっぱいの長文で抵抗し続けてきましたがね。

で、企業の中では生きづらくなり、独立とあいなりました。

官は国際標準に従うことが良いことだとISOなどを持ち上げ、その裏で、国土交通省などは指針・仕様書などの英文化を進めました。

何のことはない、バブル潰し・経済戦争に敗れての門戸開放、グローバル金融勢力の軍門に下った、経済植民地として組込まれたということなのです。

効率化、株主優先、利益は株主、国外へ。

利益が出なければリストラをしろ。

あれから20年が30年となり、凋落が酷いですね。

人を育てる、開発する余裕があったら利益を出せ、ということですね。

出過ぎた利益は使うでもない、内部保留としてしまう、投資に回さないから国内経済は廻らなくなる。

あげくの果ての円高だから、内部保留は相対的に消えて行く。

虻蜂取らず。

さらに状況の悪化に拍車をかけたのは、談合問題。

マスゴミは談合問題を執拗に取り上げ攻撃するものだから、国民は談合の本質を理解することなく、建設・土建業を悪者にしてしまいまった。

談合の本質とは官製談合、天下りのための仕組みだ。

天下りという問題がなければ、ルールをオープンにして公開の場でのし合いができた。

ルールとは、その仕事を取るために、如何に先行投資をし、如何に努力をしたかについて鎬を削るのだから。

談合、話し合いのない世界はないのだから、談合は見えない世界、頂上談合となっていった。

談合潰しの結果は、地域の沈没として跳ね返って来た。

風が吹けば桶屋が儲かる、ではなく、風が吹けば巡りに巡って自分の手足を喰わなければならないような状態に追い込まれるのだ。

それどころか、若者の理工離れを引き起こし、大学の理工学系は沈没。

人材育成そのものができなくなってしまい、著しい質の低下を生み出してしまった。

その低下を公的、準公的な資格で補おうとするのだが、頭デッカチを造るだけ。

資格試験のための仕様書、マニュアル、手引きの丸呑み、そこに記されている以外のことができなくなってしまった。

工夫ができなくなってしまった。

そのような資格保持者の方が、現場たたき上げよりも給与が高いという本末転倒。

汗して現場で働く、もの造りをするという雰囲気を破壊してしまいました。

アホらしくなった技術屋は、韓国・○那○共へ技術を売り、横流し。

教育を通じても、企業内部でも人材を育てるということができなくなったので当然のことながら、時間を経るに連れ地盤低下を引き起こしてしまいます。

このような流れに抵抗し続け数10年。

いいかげんしろと、国・4省庁の委員会の根拠とするペテンの論文を論破し委員会を継続できなくしたり、委員会の座長に逆らい追い出されたり、学会に波紋を起こしてみたりしましたが、力不足。

やっとコロナ禍で、国・官という虚構に目覚めた人が出始めましたが、その視野を国政全体に広げることのできる人は僅か。

このような状況を変えて行くためには、大勢の目覚めが必要ですが、狂育と記さなければならないほど教育、人材の劣化は著しく、前途多難。

狂育を受けたものの子らがさらに狂育を受けるという負の拡大再生産。

幼子の時から身心を壊してしまい、依存的な人々を増やそうという動きが加速されているので、「母性よ蘇れ」と叫んでいるのです。

そして、現状の問題に対する反対運動のすべてを、「子供達の未来のために」というところに集束させて行かないと、分断され潰されてしまうため、理念理想のきれい事、ペテンは捨て「いのち」という根っ子に繋がれ」ともの申しているのです。

分断し、ポシャらせるということが改革潰しの常套手段ですからね。

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2日  · 

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山の放棄という問題を、国政レベルの大きな話しにしておこう。

貿易の自由化・貿易立国という政策の付け回しが山にしわ寄せされている。

しかし、その根本の問題に触れるものはいない。

それどころか、トランプ関税による貿易への締め付けを回避しようと国内農産物を生け贄に差し出し、食料輸入に励み食の自給にとどめを刺し、有事にはたちどころに飢餓列島としてしまおうという政治の動きがある。

国民を豊かにするための政治であるべきものが、国民・国土を食いものにし、国富を国外にたれ流し続けている政治とは?

私はこの状態を、「ステルス・ソフト植民地」と称したわけだが、いよいよその度合いが強められている。

貿易立国の奥の手が消費税。

輸出品は、国内消費ではないからと消費税分を企業に還付する仕組み。

貿易を行わぬ国民に対し貿易振興のためのダンピングの原資を付け回し払わせるのが消費税という悪の仕組み。

組織票・政治献金などによる大企業優遇政策だし、天下りのためだろう。

消費税等という懲罰的な課税はもってのほか。

本来ならば貿易という国策によって利益を出す大企業から、国策によって不利益を被った一次産業の振興のための資金を還流させる流れを造らなければならなかったのだ。

しかし、様々な農業助成など巧妙な仕組みに目を曇らせ、食の防衛を担う一次産業は壊滅的な状況へと導いた。

あと、5年、10年で米作り農家は消えてしまうことだろう。

農業法人の大規模モノカルチャーとなるだろう。

農業植民地化ともいう。

経済は既にグローバル金融勢力の植民地と化し、農業・土地も又奪われてしまうのだ。

既に林業は壊滅状態となり、山の手入れをするものがいなくなってしまった。

その山を、水源地を二束三文で外資が買い占めている。

貿易振興という名目で切り捨てられた山だが、経済的に成り立たなくても自分の山を守ろうと手を入れ続けた年代がいた。

しかし、高齢となり消え失せてしまった今、荒れるに任せるしか方策が無い。

それによって何が起きたのか?

山が荒れに荒れ、荒れるに任せジャングルとしてしまったのだ。

奥山の樹は大きくなり、人工林は大きくなりすぎうっ閉し、日が林床にまで射すことがなくなり、獣たちの住める場ではなくなってしまった。

これに変わり、獣の住処となったのは、手を入れることなく大きくしてしまった里山。

里山の奥山化といって良いだろう。

そのような地域生態系の変化によって熊など森の獣たちは、人里近い里山に住処を移したのだ。

政策が、人と獣の住処の境をなくしてしまったのだ。

しかし、その根本・本質を探ることなく、里にでてくる獣が悪いの一点張り。

部分最適の思考停止に陥り、根本的な原因を造った国策を見直すことはない。

根本的に解決するためには、貿易に依存する経済に導いた国政の転換が必要なのです。

因果は巡る糸車、貿易立国という政治家、官僚の思い付き?、国際連合(国連)・GHQの仕込んだ罠に安易に乗り続けた結果だ。

その罠の餌は、経済生長・金、今さえ良ければよいだ。

何故、大東亜・太平洋戦争となったのか?

それは、食の自給のためだったし、ガソリンなどの燃料・資源の輸入封鎖をされたことにより、国の存続を危うくされたため、坐して餓死するよりもと立ち上がったからだ。

しかし、敗戦により、その自衛のための戦争は何の意味もないものとされてしまったのです。

そして今、輸入を封鎖によって飢餓に追いむ体勢を造り、自分で自分の首をしめることを国が率先して行い、さらに強化しているのだ。

このような国の姿を見たら、なんのために戦ったのかと、戦死者は浮かばれないだろう。

政策の誤りは、政策の方向転換で変えなければならない。

しかし、本末転倒の政策を依然として続けている。

そして国民は、その問題の在処に無関心を装いつつけてきた。

その結果が、現在の世情となって現れている。

有事の際には即刻餓死に至ると、足元に火がつき始めても無関心という心の劣化。

平成元(’89)年に消費税が開始されたわけだが、これはグローバル金融勢力と国によるバブル潰しが歩調を合わせて行われたもの。

グローバル化の一環であり、失われた30年をつくり、現在も継続中である。

凝りもせず、とどめのない消費税の値上げを行おうとしている。

税は直接・間接をあわせると50%に近いものとなっている。

昔ならば、一揆を起こしているレベルだ。

政策によって生じた問題は、政策によって変えなければならない。

しかし国は、その問題解決を国民に押し付けているのだ。

それが、50%近い税率となつて現れている。

私の述べる政策の方向転換とは、我が国の自然環境をインフラとして、税を投じて、自然環境の整備と、持続的に管理することを法制化し、税を投じるということだ。

都市一極から地域・地方分散へと梶を切り直し、地域に金を落とし、一次産業も建て直し、地域経済を活性化させることで、国内で金を回すのだ。

地方に資金を回し、国内消費という循環を造り出し、海外への贈与ともいえる状態、海外に金をまき散らすATMなどと称される政治状態を終わらせるのだ。

自分たちの稼ぎ、税金は、自分たちが健康で元気に暮らし続けることのできる環境整備に用いるのだ。

自然環境インフラ整備と共に、老朽化した従来のインフラ・グレイインフラの維持管理に資金を回すのだ。

「美しい日本」というかけ声があったが、これを本気になって行うことが喫緊の課題となったのだ。 

国政レベルの転換を図るためには、個人レベルの覚醒が必要です。

現在の政治・経済に依存的な体質を切り替えて行かなければならないのです。

元気・健康な身心持ち主を増やして行かなければ、現在の依存的な体質の切替は困難です。

切替のためには基本的なこと、本質に立ち返ってやり直さなければなりません。

その基本・本質とは、自然に即した生活。

あたりまえのことをあたりまえにできる身心を手に入れなければなりません。

自分自身が健康な身心を手に入れること。

そして、当たり前のことを当たり前に行うことのできる次世代を育てなければなりません。

そのために、日の下にでて汗をかき深呼吸だし、母性よ甦れ、と叫びつつけているのです。

まずは健康・健全な身心を造り、維持すること。

そのような人が増えなければ、増やさなければ政治は変わらないのです。

一人ひとりの積み重ねが現在を造ったのです。

現在を変えるのも、一人ひとりの積み重ねなのです。

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                         2025.05.14
この投稿から1年。

世の動きは尋常なく速いですね。

人の理解できるスピードを超えてしまいました。

頭の中に索引ができていると、なんとかなる。

WEBで検索すると大概のものが確認できる。

とても便利と1年前に投稿しました。

もう、WEBではなく生成AIの時代。

googleなど検索エンジンは淘汰されてしまいそうな雰囲気。

頭に中に何もなくとも、ChatGPTなどに質問すると、大概のものは整理・要約して答えてくれます。

整理・要約だけでなく、次のステップへ進むための道筋まで示してくれます。

ますます頭を使わなくても良くなってしまう。

脳の退化、まっしぐら。

産業革命以降、身体を使わなくなってきたため、脳の縮小、容積の減少という傾向にあった訳ですが、ますます拍車がかかりそうです。

だからこそ、「ママは何でも知っている」が大切になってくるのです。

この場合の「何でも」ということは、百科事典的な知識ではなく、身体を動かして蓄積し続けてきた経験智。

知識を持つだけではなんの役にも立たない時代に突入したのです。

詰め込み狂育は屁の突っ張りにもならないことが明確になったのです。

だからこそ、母性よ蘇れ。

ママが蓄積した経験智、生き方・生き様の伝達によってこそ、子供達の明るい未来を切り開くことができるのです。

母子密実一体の時、ママの振る舞い、ママを通じた、それこそ肉体的なレベルでの子への経験智の繋ぎ、無意識の世界への埋込が重要になるのです。

そして、母子密実一体の時という大切な環境を、大きく守る、父、そして家族という環境が大切となるのです。

しかし、その大切な時期を国・政治は親から取り上げ、0歳児から国が管理しようとしているのです。

ハイブリッドとするためには、機械と相性が良くなるよう個性を剥奪すると便利です。

そのための0歳児保育、保育所の低年齢化なのでしょう。

ますます、没個性的な依存的な人々を増やすこととなり、AIを駆使する一部の人達と、奴隷として扱われるものの分断への道を歩まされています。

ムーンショット目標は2050年、あと25年で人と機械のハイブリット化へと進めるのです。

そのワンステップが2030年、あと5年です。

SDG’sの目標達成年限も2030年ですね。

SDG’sの目標達成率はAIの解析では16%程度だそうですから、2030年には、SDG’sを推し進めるためには機械・AIとのハイブリッド化が必要とされて行くのではないでしょうか?

ハイブリッド化され、奴隷が常態化されてしまうならば、たちどころにSDG’sの目標は達成できてしまいます。

全ての人、の定義を変えてしまえばよいのですから。

人と奴隷を分担してしまえば良い。

かねてから申している新しき中世の到来です。

ムーンショット計画は、①空間・時間、②身体、③脳、この3つの制約から解放するとし、その手段はアバター、ロボットです。

機械・AIと人とのハイブリット化、良く言うと組合せなのだが、はっきり言うならば人のロボット化・奴隷化ということになるのでしょう。

ロボットとは、カレル・チャペックの造語でチェコ語の労働ですからね。

子に取って最も大切な時期、人となるための基礎を育てる時期を、国・政治に外注してしまうならば、人ではない個性を剥ぎ取られた没個性の病弱な身心を持つものに育ててしまうことでしょう。

子は、無意識の時の育て方により、神にでも悪魔にでもなることのできる素質を持っているのです。

没個性のものの行く末はロボット化?

子育て、育児のための経費を、そして狂育を受けさせるための経費を捻出するために父、母が外に出て働いています。

住みよい街とは、保育所への待機がない所なんていう時代です。

子を、ハイブリッドロボット・奴隷とするための費用を支弁しているのです。

また、子育て、狂育費が高いと、結婚をあきらめる若者が急増しています。

人工調節が必要とうそぶいている人々がいるのですから、もくろみ通りに進んでいるのです。

なんと捻れた、本末転倒を作り出す政治を行っているのでしょう。

その政治を、長いこと認め続けて来たのでしょう。

SF小説の描いたディストピアを造り出すために税金を納めているということに気が付かなければならないのです。

その認識が世界を変える始まりとなるのです。
1年前

この日の思い出を見る  

中野 裕司

2024年5月14日  · 

プライバシー設定: 公開

先の早川さんの「ヨモギ」に関する投稿のコメントに対し、何でも知っている、なんていう過分な反応。

調子にのっての長い書込、失礼。

・・・

うろ覚えなので、記憶に間違いがないかネットで確認をしています。

今は、便利ですね。

頭の中に索引ができていれば、関連が理解できていれば大体の物はネットで確認できます。

昔は百科事典、専門書ゆえ、確証を持てるまで確認するためには時間、手間暇がかかった。。

今、WEB上の外部記憶装置でなんとかなりますね。

しかし、頭の中の索引のできていない者がネットを頼ると危険ですね。

上辺だけで理解したつもりになり、深掘りが困難になってしまいフラットな世界にしてしまうことになる。

分節(情報の固まり)の相互の繋がりが見えなくなり、応用力が身につかなくなってしまいます。

真偽の見分けすら、できないこととなる。

ChatGPTなんていうものが出てきたから大変だ。

外部記憶がビックデーターと連結されているから、今後重要となるのは換算能力、スピードだとしてスパコンの開発競争となっている。

しかしその能力とは、情報・ビッグデーターの最初から終わりまで総当たりして必要な情報を得るためのスピードを増ための能力開発だから、力任せでありすこぶる原始的といえる。

発電方法が水力、火力、原子力と変わっても、蒸気タービンを回すという力任せであると同じだ。

ある程度、キーワード、関係性などによる絞り込みが行われても、焦点を定めての検索にはなりえず、閃きなどは期待できません。

検索のためのキーワードの選択など、人の使いこなす能力次第ということとなる。

シミレーションを行うには便利だろうが、これも使いよう。

一方人間の頭脳は、関連ある項目を一つの纏まりのある固まりとして記憶し、その固まりと固まりを結びつけるということで処理能力を高め、飛躍させている。

直感と言っても良いだろう。

その検索リスト、項目を作り出す本は、旺盛な興味。

飛躍させるためには、体感をベースとする情報の固まりと、索引(引きだし)を沢山作っておかなければならない。

そのバラバラの固まりが、煮詰まり、一つの目的に対し有機的に融合すると閃き、直感となって顕れる。

また、情報の固まりはぼやけていても、索引ができているならば、それをキーワードとして必要な情報を芋づる式に拾い出すことができるので省力・省エネでまとめることができる。

このようなことができる人材として、専門家よりも全体を見回すことのできるゼネラリストが重要となるのではと説いているのです。

専門家にしろ、ゼネラリストにしろ、発想力、応用力、直感力の優れた人材は、母の胎内、そして母子密実一体の時、三つ子の魂の時期をきちっと経過することのできた人、そしてその基礎をしっかりと体感に結びつけ強固にするのが6歳6ヶ月の習い始めに至る前の野生の時期だと感じ、説いているのです。

また、その時期をきちっと経過させ、旺盛な興味をもつ子にそだてるためには母親の力が大切となるのです。

で、母性を蘇れ、子ども達の明るい未来を造るため、と相成る訳です。

お母さんは、ゼネラリスト!
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid0n7oN4eB7kTzjqrJn724czNWRWo8zJwzHyW9XWDBkxk662VNFXQg1HJX3QFG3nq6Sl

、「マフは何でも 知っている 知 Mom's Story ジェイムズヤッフェ The Detective 小屋芙性訳 James Yaffe 早耳書屎」というテキストの画像のようです

ことばを選択しよう   FB 2025/05/08 プライバシー設定: 公開

自分の放つ言葉は、自分の耳も聞き取り、脳のメモリに記憶し蓄積している。

脳のメモリは、PCのメモリと同じで価値付けなしに蓄積するだけだけ。

繰り返される言葉によって上書きつされ強化され、無意識の世界に蓄積し続けてしまう。

その無意識は自己の考え方、行動を方向付けてしまう基礎として作用する。

無論、放った言葉は、相手の無意識の中にも沈着する。

負の循環と連鎖を造る元となる。

周辺、そして世界を平らかとするためには、言葉を選ぶことが大切だ。

古来から「和顔愛語」と教えられてきたが、脳科学・情報科学の発達によりその理由、メカニズムが明らかになってきた。

古人の経験の積み重ね、時間のフィルターを経て残されてきた伝統的な智慧や恐るべし。

今やSNSなどににより、言葉だけではなく、画像、文字による汚染がすさまじい。

己の発する情報は良きものとし、悪しき情報を選別することが大切となった。

https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02PoYe4V9wetfaTj4vd55g2yCxesJ25ZAfGwnbLkabiCcDxEWNX8vvHcZpF9oL4bErl

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