「ひまなか(中野裕司)」の感じ、考えたこと・・・・・・・・・。                                  ML・FBなどの投稿を掲載します。

ご報告と、ヘイトに関する注意喚起。またまた私の投稿がメタAIのご注意を受けてしまいました。
このような投稿が削除されてしまうのですね。
私の投稿の閲覧者も減ってきているように思えます。
囲い込まれてしまったかな?

4/3の投稿ですが、ずいぶん時間が経ってからのお叱りですね。
この投稿も、同様お叱りを受けてしまうのでしょうか?
このような投稿はFBの安寧を犯してしまうそうなので、絶対に真似しないでください。

国内仕様による○○地方への配慮によるものと受け取っていましたが、我が国というよりも、彼方の地方からの指示によるものではないかと考えるようになりました。
じわじわと、全方位にわたり目に見えない○○が進められているようです。
いよいよ、ステルス・ソフトジェノサイド本格化ということでしょうか?なんて言うことを投稿すると、またまたご注意を受けてしまいそうです。

参考として、今回のご注意を受けた投稿と、前回ご注意に対する抗議に対する「審査結果」をお示ししておきます。
以前は、「第三者組織」による判断とされていたようですが、今回は『弊社のテクノロジーにより、~ 措置が講じられました』とされています。
メタAI君の判断のようですね。

ヘイトもAIによって判断・お仕置きされるようになってしまったようです。
このようなお仕置きにより、長芋のに巻かれろ、という姿勢を摺り込まれてしまうのですね。
長芋を摺り下ろしたネバネバのとろろは好きですが、長芋はで人を巻けるかな? と、伏せ文字、暗号を使わないと本音を言えない時に入ってしまったようです。
私の判断とメタAI君との判断には大きな齟齬があるようです。
しかし、その溝を埋める手立てはありません。
すなわち、専制・専政、情報操作ということですね。

繰り返します、このような投稿は絶対にしないでください。
なんだかな~、世も末・まっ盛り!

どの部分が禁忌に触ったのかわかりませんが~。
枝の国という用語かなと思ったのですが、それだけではないようですね。
悪しき文化、との組合せのようでもあり、それが政治的な批判なのかな~。
文化には良き側面と悪しき側面の両方がありますからね。そのような批判さえ許さないとなると、日本国は既に枝の国と同様の言論統制になっといるということですね。自分の投稿に対するコメントまでも管理され、削除されていますからね。

-女性の身心、子どもの身心のひどい状態、情報統制、もう死に体の国になってしまいました。

目を通されたいないようなのでここでも記しておきますが、スマホが普及してから、若い女性が子どもを産める身体ではなくなった、として助産を止めた助産師さんの話を聞き、これをFBにアップしました。
体力・肚の力は衰え、頭デッカチ・脳が常時興奮状態となってしまったため、身体を弛めいきむことができなくなってしまっているのですね。
こまったものです。

FBリンク:
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid034VTTXoR28qNzFk1FHmzf5eqJ2Ak4d3X65VJEytR94rMdxGeQke1ytT7eMGrkus3Vl

父の日だそうな-2

父の姿が霞んで見えないについて、更に辛辣に記しておこう。

こんな投稿をしたのでは炎上してしまうでしょう。

しかし、そんなことを恐れてはいられなくなってしまいました。

このままでは日本民族は滅んでしまいます。

そのことを理解してくれる方に届けば良いと思い、投稿をしています。

友達範囲の投稿にコメントしたら、次の返答が返ってきました。

> そうなんですよ、男と対等に張り合おうとする女が多すぎます、男を上手に操る女が減りました。

> 言い過ぎかもしれませんが、豚もおだてりゃ木に登ると言います、ブタは男それとも女(^^)

残念ながら、女も男も、どちらも豚になってしまいました。

近頃の政治家のたるんだ顔を見てください。

他国の政治家の引き締まった顔、背すじを伸ばした姿勢。

この覇気のなさ、口先三寸のみの逃げの答弁での責任感のなさの露呈。

他国に馬鹿にされ、舐められてしまってます。

これだけで、国は終わったなと思ってしまいます。

いいように喰わてしまう仕組みに、女も男も、楽ちんだと安直に乗ってしまった結果ですね。

餌と温かな住処が与えられ、幾分の遊びが許される環境。

しかし、いくら環境が良くても、与えられた畜舎という環境に満足する自己家畜化の群となってはいけません。

畜舎に囲い込まれ、楽しているうちにじわじわと足元が崩されてしまいました。

気が付くと亡国の民へと押しやられています。

一次産業はめちゃくちゃ、有事には餓えがまってます。

経済も外資が牛耳るようになり、失われた30年から浮上の見通しもないありさま。

そして今、土地が奪われています。

さらには、人の入替が行われています。

人そのものを武器としてしまう支那中共の得意技。

いずれはチベット、ウイグルの様に蹂躙されてしまいそうです。

植民地化が露骨となり、ステルス・ソフトジェノサイドへと向かっています。

しかし、その様な恐ろしい世界が国際政治だということに気が付かないまま、ぬるま湯につかった生活。

自分たちが茹で蛙状態、もう一炊きすると茹であがってしまう危機的な状態にあるということに気が付きません。

まずは女が雌豚になるように調教され、それに雄がついて行き豚化して行くというストーリーでした。

それが男女平等だし、3S政策、公団住宅による核家族、専業主婦・昼メロおばはんなどだったのです。

これによる女性の劣化はすごかった。

皆、一斉に崩れてしまったために気が付かない。

男はサラリーマン化し、働く姿から子供達は遠ざけられました。

男の素晴らしさからは目隠しされてしまいました。

それはTVの普及などにより加速化されました。

白物家電で時間の余裕ができたものだから、隣の芝生が青いと不平不満と嫉妬の固まりとなり、雄豚を尻に敷き、稼ぎが悪いと悪態をつき、その醜態を子供らに見せつけました。

そして、自分の境遇に対する呪いをカバーするために、子供達を自分の望みのための代理戦争に引き釣り込み、良き会社に入るための前哨戦としての受験戦争を造り出しました。

子供達は受験戦争で消耗し、大人の嘘っぱちの世界を垣間見、夢も希望もなくし自死を選択するものも出してしまいます。

「あきらめた子」を大量に造り出しています。

女の子は、母親の姿をみて、能ある鷹は角を隠すではなく、男を馬鹿にして尻に引くことを習い性にしてしまいました。

不平不満の渦巻く世の中にしてしまったのだから、個人、そして個人の集合体たる国の運、国運が良くなるわけはありません。

なので、

これでよいのかおっかさん。

母性よ甦れ。

子供達の明るい未来のために。

と叫んでいるのです。

・・・

画像は、

より拝借。

大意はありません。

1人、ユーストマ、、「男が、 こんな感じで いいのかな? 父 族が 族 家 家父 。 も が イ な イ ん だ 感 。 ど、 か じ イ だ イ 感 じ。 人それぞれ、 樣性 というけれど! BEAMS FATHER'S EAMFATHER'SDA DAY」というテキストのグラフィックのようです

3早川 奈穂子、他2人

父の日だそうな-1

しかし、父の姿は霞んで見えない。

何故だろう?

女と男、大きく俯瞰し考えて見ます。

男が、子供を守る、女を守るのは集団動物の基本的性質。

そして、女は自分たちを守ってくれるものを立てる。

これは集団動物としてはあたりまえ、自然なこと。

男はそれに答えるため、強くあらねばならないでしょう。

力がすべての場合は、強い男を中心として群れを造る。

それは、いのちを伝えるための智恵。

しかし人類は、知恵のある女を中心に母系性社会を造った。

集団が小さく、餌が豊富な場合は女系性の方がうまくゆく。

女の子も、男の子も等しく、女・母が産んだのだから。

女系性社会では、男は遊ぶことと種付けがもっぱらの仕事。

男の出番は有事の時となる。

そのような社会では、通い婚や入り婿となる。

女が男を選ぶのだから、当然のこと、女に認めてもらうため男を磨いただろう。

母もまた、男の子を男らしくなるように育てただろう。

やがて、1:1のつがいを作り、男は狩りやいざという時には力をあわせ協同するという集団動物へと進化した。

つがいを造るという方向の選択には、女、子育てが大きく働いた。

女が協同歩調を取らなければ、つがいはできないだろう。

生まれ落ちてから長い間、身動きのできない子と母親を守らせるため、固定的なペアを造る方向へと進んだのだろう。

食の主なものは女が近所で採取したが、肉などうまいものは狩りをして男が持ち帰った。

獲物を女、子どもに持ち帰るためには直立し、手を使うことは好都合だった。

男は持ち上げるほどによく働く、おいしいものを持ち帰る、その循環で男を磨き、さらに凛々しく男らしくなる。

利口な女達は、男を持ち上げてよい気分にし、よく傍楽方向へと進め、ついには財布の紐を握るのは女という世界を造った。

女系性社会の仕組みの延長だ。

男の子も母が産んだのだから、食の豊かな高温多湿な世界では母の思う方向へと進化した。

日常は母親の世界だが、非日常、憧れの対象は父親の世界と棲み分けを造ったのだろう。

人口が増えたり、異常気象などで餌の入手が困難となった場合は男の力がものをいうようになる。

そのような地域では男の力がものをいい、やがて男尊女卑、力で支配する社会となっていった。

乾燥地、寒冷地、砂漠の民の世界だ。

しかし、財を築いた場合は、財産権は女も持っていた。

支配し、虐げられる弱者を造る社会は、幾重にも重層的に弱者が造られ、ガス抜きが行われる。

力を持たない女にしわ寄せがなされ男尊女卑へと傾斜していったのたろう。

しかし、女系だろうが男系だろうが、いずれにしろ、女が男を立て、男を矢面に立て、女が奥に控えるというやり方でうまく機能してきた。

その知恵が文化として示されると、これらの書籍の説くところとなる。

いのちを伝え行くために、進化という時間をかけて作り出された智慧と体制だ。

わが国の場合は、食が豊かだったから女系性社会を基礎とし男系がその上に乗るという形の家族制度だった。

2階建て?、双系制と言うらしい。

家の経営は女が行い、外向きのことを男が行った。

家の経営とは、家・いのちの継続と、そのために子を産み育てる、すなわち人材育成だ。

男を立てる、雄々しく育てることは、男をしていのちをつなぐ核となる家を守るための必須のものだった。

その核とは女、女なしにいのちの継承はできないからだ。

そのような仕組みが崩れたのは、明治革命によりイギリス国教会をモデルにした天皇一神教により、女性をマリア的な存在、良妻賢母と位置付けたことによる。

女を経営者という座から、子を産み育て、男にかしづくものとしたのだ。

一般には儒教的とされているが、明治政府が狂育により埋めこんだのは猶基回一神教的な男尊女卑だったのです。

狂育により、高等狂育を受けた女性から経営者としての自覚が失われ、次第に下々にまで広がっていった。

しかし、農村、地方の大家族までは、このような考え方は拡散しなかった。

江戸自体は見かけは儒教的な男尊女卑であったがそれは武家であり、実態は女性上位だった。

かかあ・耀くもの、奥、ご内儀、そしてかみさん(神・上さま)という言葉に良く表れている。

明治革命により女性の権利が剥奪され、西洋的男尊女卑にすり替えられてしまったのだ。

ここに、わが国の女性性の劣化が始まった。

そして敗戦により押し付けられた自由、平等、平和。

西洋の虐げられ続けてきた女性を解放する運動、ウーマンリブの行き過ぎた流れが我が国にも押し寄せ、女は男と対立する存在と教えられ、農村部からも良俗は失われ、女性性の劣化に拍車がかけられたのです。

互いに助け合い、相和し子どもを育てる男女が、敵対する存在として教えられたのです。

男女同権、それは男も女も否定すること。

男と女、まるで異なる生物学的存在を同じと見なしてしまうのだから、混乱が生ずることは必定。

男と同じとは女性が男性化することであり、強くなった女性・母は、男の子のチンチンをとり、男を中性化してしまったのです。

女が、家族を守る存在という、生き物としての男の存在を否定したです。

しかし、女も生き物、集団動物であること、そして男を否定したならば、その根源的な存在基盤を失ってしまう。

それが核家族化だし、家の崩壊。

女は、他の手を借りず、独りで子を産み育てなければならない事態としてしまった。

自分の頭で考えることをせず、無批判なまま政治のなりゆきを受け入れてしまったため、女性の受難の時を造り出してしまったのです。

いのちの継承の危機を作り出してしまったのだ。

男は男らしく、女は女らしく、いたわり合い、助け合うという、生き物、人としての当たり前のことを、男女平等などという理念・理想の空理・空論を植え付けられ、信じてしまい過去の良俗、伝統文化を否定してしまった結果なのです。

その結果が現在の混迷状態となって顕れている。

しかし、現代の政治は狂育を通じて、生き物としての存在を否定することを教え、衰退、滅亡へと進めることを止めようとはしない。

国民を、グローバル金融勢力の仰ぐ、金・利の神のための人身御供とし続けている。

現況は母親が、男の子のチンチンを取りまくり、戦う気概を奪い続けているので、この流れは人を食い尽くすまで止むことはないのでしょう。

女性性を奪い、結果、男性性を失わせることによるステルスソフトジェノサイドが進められているのです。

で、

これでよいのかおっかさん。

蘇れ母性。

子供たちに明るい未来を残すため。

とあいなるのです。

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いつもの悪い癖、保坂さんのスレッドに書込。

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音楽の素養なし、チェンバロ、ハープシコード、バージナルなどと呼ばれる古典的な楽器の音色が好きで、仕事等の際のバックグランドミュージックとして聞き流す程度だから、作曲者も題も記憶することはない。

聞いても、どこかで聞いたな、という程度。

私に取っては、聞いて邪魔にならない音楽が良い音楽。

時々、はっとする、心に響く音色などがある。

身の回りの自然とおなじ、ということかな。

精神性、霊性などということも深く考えることはない。

心地よく流れてゆく、それが自然だと勝手に思っている。

これに比較すると今の音楽?は、私にとってはうるさいだけ。

雑音だから、頭、心の中に残ることのなく消えて行く、消費し捨て去るだけの音。

現代の使い捨ての資本主義の様相が音にも現れているのだろう。

資本主義という巨大ネズミ講の生産システムは奴隷が支えている。

昔の奴隷は轡をはめられ、手足を鎖で繋ぎ、身心を縛り上げて酷使された。

現代の奴隷は、轡の代わりに口パンツを着けることを厭わぬよう、精神操作されたソフトな奴隷。

合法的に見えない鎖で縛り上げられた奴隷。

その奴隷が、労働者兼消費者としてマッチポンプの仕掛けにより使役され、利益、税だと称してピンハネされている。

合法奴隷は狂育、マスゴミなどにより飢餓感を植え付けられ物欲の固まりに育てられる。

当然のごとく奴隷に精神性・霊性などと意識は無用だから、剥奪されることとなる。

今、喰うことができ、刹那の楽しみに心奪われるように仕向け、消費という美名の元、サラリーを吐き出させれば良いのだ。

当然、精神性・霊性は低下・劣化の一途を辿って行くこととなる。

精神性・霊性が劣化してしまうと、逆説的に精神性・霊性の復興が叫ばれるのだが、ただ今は、そのような動きに対してもスピ系という商品が提示され、ガス抜きとして使われている。

音の劣化もこれと機を一にしているように感じる。

失われた30年の劣化の程度は著しい。

自由・平等・平和(博愛)などと理念理想の精神性を吐いたって、それは特定の人々、ネズミ講の胴元となっている人々にのみ許された境遇。

底辺を支える講員(消費奴隷)は、物欲をかき立てられる一方であり、物欲中毒に導かれ、リピーターとなるように仕向けられ、物を手に入れるためのサラリー欲しさに酷使される合法奴隷の境遇となってしまう。

すなわち、タコ部屋、女郎小屋に閉じ込められて自分の手足を喰う生活となってしまうのだ。

今や、日本列島タコ部屋、女郎小屋化。

強欲資本主義・巨大ネズミ講の実体は、奴隷制植民地主義だし、武器による植民地支配、支那清国を解体したアヘン戦争の時と本質は変わってはいないのだ。

富む支那清国に売りつけるものがなく、清国には西洋列強の垂涎となる物が溢れていたので、阿片・麻薬を売りつけ、支那人を中毒にし、それに抗議する清国を、西洋列強の唯一の強みである武器によって支配し、グローバルマーケットと称する巨大ネズミ講にに組込んだのだ。

市場が飽和してしまう、売るものが無くなってしまうと、ネズミ講の胴元への上納システムが止まってしまう。

これを防ぐため、戦争などによりリセットし、新たな市場を立ち上げにかかるのだ。

科学技術の進歩により、飢える心配がなくなったにもかかわらず、世界から戦争・騒乱が消えない理由だ。

昔は、奴隷というあからさまに過酷な条件の中での酷使だったから、その境遇から抜け出そうと必死でもがいた。

現在は、真綿で首を絞めるような巧妙な手口に支配方法が改良された。

精神改造により、自らが進んで奴隷の境遇になって行く自己家畜化の群とするるソフトな支配に変えたのだ。

進んで奴隷の境遇になって行くように仕向け、支配コストの効率化、縮減ができるからだ。

支配されるものは進んで畜舎というぬるま湯環境のなかで感性を閉じ、茹で蛙となってしまうように導くのだ。

精神性・霊性を高めるためには、そのぬるま湯から抜け出し、動き・感じ・考え・決断するという身心を適度なストレス・フィードバックのかかる環境、当たり前の環境に身を置かなければならないだろう。

グローバルマーケットへの依存度を減じて行くのです。

地域分散型の社会へと切り替えて行くのです。

自立自存・自律自尊・自足独立の人となることにより、精神性・霊性は高めることができるのです。

で、

これでよいのかおっかさん。

蘇れ母性。

子供達の未来のために。

バブルがつぶされて以降、貧しさマインドが世間を覆ってしまいました。

グローバル化と称して事務屋の管理の力を強くして、現場の裁量権を取り上げていった。

結果、当初、若干の利益は出たが、現場の活力を失い悪循環に陥った。

技術屋は居なくなり、作業監督のみになってしまった。

改良はなされても、新規の開発はなくなった。

そして、余分な管理のための管理仕組み、書類が増え、作業監督さえもおろそかになっていった。

グローバル化=標準化、マニュアル化、管理とし、技術屋を、人をないがしろにした結果、技術屋は、週末は韓国へ行って技術移転?。

良いアルバイトとなった。

韓国の次は支○中○だ。

定年、リストラ後は、高給で雇ってくれる。

こうして敗戦後叩き上げで会得・造った技術を流出させ、スカスカにしてしまった。

グローバル化だと官主導で、ISOの取得が流行だしました。

私は、USO800と称していましたがね。

これでコンサルは儲けました。

以降、コンサルタントや広告代理店という体裁の良い理屈のみの虚業が大流行り。

中身のないデコレーション。

書類も、わかりやすく短文・箇条書きで、図・絵を多くして、などとしてしまいました。

体裁のみ、中身なしの紙芝居。

私は、この流れに逆らい、中身いっぱいの長文で抵抗し続けてきましたがね。

で、企業の中では生きづらくなり、独立とあいなりました。

官は国際標準に従うことが良いことだとISOなどを持ち上げ、その裏で、国土交通省などは指針・仕様書などの英文化を進めました。

何のことはない、バブル潰し・経済戦争に敗れての門戸開放、グローバル金融勢力の軍門に下った、経済植民地として組込まれたということなのです。

効率化、株主優先、利益は株主、国外へ。

利益が出なければリストラをしろ。

あれから20年が30年となり、凋落が酷いですね。

人を育てる、開発する余裕があったら利益を出せ、ということですね。

出過ぎた利益は使うでもない、内部保留としてしまう、投資に回さないから国内経済は廻らなくなる。

あげくの果ての円高だから、内部保留は相対的に消えて行く。

虻蜂取らず。

さらに状況の悪化に拍車をかけたのは、談合問題。

マスゴミは談合問題を執拗に取り上げ攻撃するものだから、国民は談合の本質を理解することなく、建設・土建業を悪者にしてしまいまった。

談合の本質とは官製談合、天下りのための仕組みだ。

天下りという問題がなければ、ルールをオープンにして公開の場でのし合いができた。

ルールとは、その仕事を取るために、如何に先行投資をし、如何に努力をしたかについて鎬を削るのだから。

談合、話し合いのない世界はないのだから、談合は見えない世界、頂上談合となっていった。

談合潰しの結果は、地域の沈没として跳ね返って来た。

風が吹けば桶屋が儲かる、ではなく、風が吹けば巡りに巡って自分の手足を喰わなければならないような状態に追い込まれるのだ。

それどころか、若者の理工離れを引き起こし、大学の理工学系は沈没。

人材育成そのものができなくなってしまい、著しい質の低下を生み出してしまった。

その低下を公的、準公的な資格で補おうとするのだが、頭デッカチを造るだけ。

資格試験のための仕様書、マニュアル、手引きの丸呑み、そこに記されている以外のことができなくなってしまった。

工夫ができなくなってしまった。

そのような資格保持者の方が、現場たたき上げよりも給与が高いという本末転倒。

汗して現場で働く、もの造りをするという雰囲気を破壊してしまいました。

アホらしくなった技術屋は、韓国・○那○共へ技術を売り、横流し。

教育を通じても、企業内部でも人材を育てるということができなくなったので当然のことながら、時間を経るに連れ地盤低下を引き起こしてしまいます。

このような流れに抵抗し続け数10年。

いいかげんしろと、国・4省庁の委員会の根拠とするペテンの論文を論破し委員会を継続できなくしたり、委員会の座長に逆らい追い出されたり、学会に波紋を起こしてみたりしましたが、力不足。

やっとコロナ禍で、国・官という虚構に目覚めた人が出始めましたが、その視野を国政全体に広げることのできる人は僅か。

このような状況を変えて行くためには、大勢の目覚めが必要ですが、狂育と記さなければならないほど教育、人材の劣化は著しく、前途多難。

狂育を受けたものの子らがさらに狂育を受けるという負の拡大再生産。

幼子の時から身心を壊してしまい、依存的な人々を増やそうという動きが加速されているので、「母性よ蘇れ」と叫んでいるのです。

そして、現状の問題に対する反対運動のすべてを、「子供達の未来のために」というところに集束させて行かないと、分断され潰されてしまうため、理念理想のきれい事、ペテンは捨て「いのち」という根っ子に繋がれ」ともの申しているのです。

分断し、ポシャらせるということが改革潰しの常套手段ですからね。

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いつもの悪い癖、矢澤さんのスレッドに書込。

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2日  · 

プライバシー設定: 公開

山の放棄という問題を、国政レベルの大きな話しにしておこう。

貿易の自由化・貿易立国という政策の付け回しが山にしわ寄せされている。

しかし、その根本の問題に触れるものはいない。

それどころか、トランプ関税による貿易への締め付けを回避しようと国内農産物を生け贄に差し出し、食料輸入に励み食の自給にとどめを刺し、有事にはたちどころに飢餓列島としてしまおうという政治の動きがある。

国民を豊かにするための政治であるべきものが、国民・国土を食いものにし、国富を国外にたれ流し続けている政治とは?

私はこの状態を、「ステルス・ソフト植民地」と称したわけだが、いよいよその度合いが強められている。

貿易立国の奥の手が消費税。

輸出品は、国内消費ではないからと消費税分を企業に還付する仕組み。

貿易を行わぬ国民に対し貿易振興のためのダンピングの原資を付け回し払わせるのが消費税という悪の仕組み。

組織票・政治献金などによる大企業優遇政策だし、天下りのためだろう。

消費税等という懲罰的な課税はもってのほか。

本来ならば貿易という国策によって利益を出す大企業から、国策によって不利益を被った一次産業の振興のための資金を還流させる流れを造らなければならなかったのだ。

しかし、様々な農業助成など巧妙な仕組みに目を曇らせ、食の防衛を担う一次産業は壊滅的な状況へと導いた。

あと、5年、10年で米作り農家は消えてしまうことだろう。

農業法人の大規模モノカルチャーとなるだろう。

農業植民地化ともいう。

経済は既にグローバル金融勢力の植民地と化し、農業・土地も又奪われてしまうのだ。

既に林業は壊滅状態となり、山の手入れをするものがいなくなってしまった。

その山を、水源地を二束三文で外資が買い占めている。

貿易振興という名目で切り捨てられた山だが、経済的に成り立たなくても自分の山を守ろうと手を入れ続けた年代がいた。

しかし、高齢となり消え失せてしまった今、荒れるに任せるしか方策が無い。

それによって何が起きたのか?

山が荒れに荒れ、荒れるに任せジャングルとしてしまったのだ。

奥山の樹は大きくなり、人工林は大きくなりすぎうっ閉し、日が林床にまで射すことがなくなり、獣たちの住める場ではなくなってしまった。

これに変わり、獣の住処となったのは、手を入れることなく大きくしてしまった里山。

里山の奥山化といって良いだろう。

そのような地域生態系の変化によって熊など森の獣たちは、人里近い里山に住処を移したのだ。

政策が、人と獣の住処の境をなくしてしまったのだ。

しかし、その根本・本質を探ることなく、里にでてくる獣が悪いの一点張り。

部分最適の思考停止に陥り、根本的な原因を造った国策を見直すことはない。

根本的に解決するためには、貿易に依存する経済に導いた国政の転換が必要なのです。

因果は巡る糸車、貿易立国という政治家、官僚の思い付き?、国際連合(国連)・GHQの仕込んだ罠に安易に乗り続けた結果だ。

その罠の餌は、経済生長・金、今さえ良ければよいだ。

何故、大東亜・太平洋戦争となったのか?

それは、食の自給のためだったし、ガソリンなどの燃料・資源の輸入封鎖をされたことにより、国の存続を危うくされたため、坐して餓死するよりもと立ち上がったからだ。

しかし、敗戦により、その自衛のための戦争は何の意味もないものとされてしまったのです。

そして今、輸入を封鎖によって飢餓に追いむ体勢を造り、自分で自分の首をしめることを国が率先して行い、さらに強化しているのだ。

このような国の姿を見たら、なんのために戦ったのかと、戦死者は浮かばれないだろう。

政策の誤りは、政策の方向転換で変えなければならない。

しかし、本末転倒の政策を依然として続けている。

そして国民は、その問題の在処に無関心を装いつつけてきた。

その結果が、現在の世情となって現れている。

有事の際には即刻餓死に至ると、足元に火がつき始めても無関心という心の劣化。

平成元(’89)年に消費税が開始されたわけだが、これはグローバル金融勢力と国によるバブル潰しが歩調を合わせて行われたもの。

グローバル化の一環であり、失われた30年をつくり、現在も継続中である。

凝りもせず、とどめのない消費税の値上げを行おうとしている。

税は直接・間接をあわせると50%に近いものとなっている。

昔ならば、一揆を起こしているレベルだ。

政策によって生じた問題は、政策によって変えなければならない。

しかし国は、その問題解決を国民に押し付けているのだ。

それが、50%近い税率となつて現れている。

私の述べる政策の方向転換とは、我が国の自然環境をインフラとして、税を投じて、自然環境の整備と、持続的に管理することを法制化し、税を投じるということだ。

都市一極から地域・地方分散へと梶を切り直し、地域に金を落とし、一次産業も建て直し、地域経済を活性化させることで、国内で金を回すのだ。

地方に資金を回し、国内消費という循環を造り出し、海外への贈与ともいえる状態、海外に金をまき散らすATMなどと称される政治状態を終わらせるのだ。

自分たちの稼ぎ、税金は、自分たちが健康で元気に暮らし続けることのできる環境整備に用いるのだ。

自然環境インフラ整備と共に、老朽化した従来のインフラ・グレイインフラの維持管理に資金を回すのだ。

「美しい日本」というかけ声があったが、これを本気になって行うことが喫緊の課題となったのだ。 

国政レベルの転換を図るためには、個人レベルの覚醒が必要です。

現在の政治・経済に依存的な体質を切り替えて行かなければならないのです。

元気・健康な身心持ち主を増やして行かなければ、現在の依存的な体質の切替は困難です。

切替のためには基本的なこと、本質に立ち返ってやり直さなければなりません。

その基本・本質とは、自然に即した生活。

あたりまえのことをあたりまえにできる身心を手に入れなければなりません。

自分自身が健康な身心を手に入れること。

そして、当たり前のことを当たり前に行うことのできる次世代を育てなければなりません。

そのために、日の下にでて汗をかき深呼吸だし、母性よ甦れ、と叫びつつけているのです。

まずは健康・健全な身心を造り、維持すること。

そのような人が増えなければ、増やさなければ政治は変わらないのです。

一人ひとりの積み重ねが現在を造ったのです。

現在を変えるのも、一人ひとりの積み重ねなのです。

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いつもの悪い癖、佐藤さんのスレッドに書込。

書込責任と記録としてシェア、コピペ。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid025sYLDtemptL41x8YSpDV96gHAptgb526vYiqzfkCMQc4HUksqVnLiQS3BKMhfQ1Ll&id=100029496936259

                         2025.05.14
この投稿から1年。

世の動きは尋常なく速いですね。

人の理解できるスピードを超えてしまいました。

頭の中に索引ができていると、なんとかなる。

WEBで検索すると大概のものが確認できる。

とても便利と1年前に投稿しました。

もう、WEBではなく生成AIの時代。

googleなど検索エンジンは淘汰されてしまいそうな雰囲気。

頭に中に何もなくとも、ChatGPTなどに質問すると、大概のものは整理・要約して答えてくれます。

整理・要約だけでなく、次のステップへ進むための道筋まで示してくれます。

ますます頭を使わなくても良くなってしまう。

脳の退化、まっしぐら。

産業革命以降、身体を使わなくなってきたため、脳の縮小、容積の減少という傾向にあった訳ですが、ますます拍車がかかりそうです。

だからこそ、「ママは何でも知っている」が大切になってくるのです。

この場合の「何でも」ということは、百科事典的な知識ではなく、身体を動かして蓄積し続けてきた経験智。

知識を持つだけではなんの役にも立たない時代に突入したのです。

詰め込み狂育は屁の突っ張りにもならないことが明確になったのです。

だからこそ、母性よ蘇れ。

ママが蓄積した経験智、生き方・生き様の伝達によってこそ、子供達の明るい未来を切り開くことができるのです。

母子密実一体の時、ママの振る舞い、ママを通じた、それこそ肉体的なレベルでの子への経験智の繋ぎ、無意識の世界への埋込が重要になるのです。

そして、母子密実一体の時という大切な環境を、大きく守る、父、そして家族という環境が大切となるのです。

しかし、その大切な時期を国・政治は親から取り上げ、0歳児から国が管理しようとしているのです。

ハイブリッドとするためには、機械と相性が良くなるよう個性を剥奪すると便利です。

そのための0歳児保育、保育所の低年齢化なのでしょう。

ますます、没個性的な依存的な人々を増やすこととなり、AIを駆使する一部の人達と、奴隷として扱われるものの分断への道を歩まされています。

ムーンショット目標は2050年、あと25年で人と機械のハイブリット化へと進めるのです。

そのワンステップが2030年、あと5年です。

SDG’sの目標達成年限も2030年ですね。

SDG’sの目標達成率はAIの解析では16%程度だそうですから、2030年には、SDG’sを推し進めるためには機械・AIとのハイブリッド化が必要とされて行くのではないでしょうか?

ハイブリッド化され、奴隷が常態化されてしまうならば、たちどころにSDG’sの目標は達成できてしまいます。

全ての人、の定義を変えてしまえばよいのですから。

人と奴隷を分担してしまえば良い。

かねてから申している新しき中世の到来です。

ムーンショット計画は、①空間・時間、②身体、③脳、この3つの制約から解放するとし、その手段はアバター、ロボットです。

機械・AIと人とのハイブリット化、良く言うと組合せなのだが、はっきり言うならば人のロボット化・奴隷化ということになるのでしょう。

ロボットとは、カレル・チャペックの造語でチェコ語の労働ですからね。

子に取って最も大切な時期、人となるための基礎を育てる時期を、国・政治に外注してしまうならば、人ではない個性を剥ぎ取られた没個性の病弱な身心を持つものに育ててしまうことでしょう。

子は、無意識の時の育て方により、神にでも悪魔にでもなることのできる素質を持っているのです。

没個性のものの行く末はロボット化?

子育て、育児のための経費を、そして狂育を受けさせるための経費を捻出するために父、母が外に出て働いています。

住みよい街とは、保育所への待機がない所なんていう時代です。

子を、ハイブリッドロボット・奴隷とするための費用を支弁しているのです。

また、子育て、狂育費が高いと、結婚をあきらめる若者が急増しています。

人工調節が必要とうそぶいている人々がいるのですから、もくろみ通りに進んでいるのです。

なんと捻れた、本末転倒を作り出す政治を行っているのでしょう。

その政治を、長いこと認め続けて来たのでしょう。

SF小説の描いたディストピアを造り出すために税金を納めているということに気が付かなければならないのです。

その認識が世界を変える始まりとなるのです。
1年前

この日の思い出を見る  

中野 裕司

2024年5月14日  · 

プライバシー設定: 公開

先の早川さんの「ヨモギ」に関する投稿のコメントに対し、何でも知っている、なんていう過分な反応。

調子にのっての長い書込、失礼。

・・・

うろ覚えなので、記憶に間違いがないかネットで確認をしています。

今は、便利ですね。

頭の中に索引ができていれば、関連が理解できていれば大体の物はネットで確認できます。

昔は百科事典、専門書ゆえ、確証を持てるまで確認するためには時間、手間暇がかかった。。

今、WEB上の外部記憶装置でなんとかなりますね。

しかし、頭の中の索引のできていない者がネットを頼ると危険ですね。

上辺だけで理解したつもりになり、深掘りが困難になってしまいフラットな世界にしてしまうことになる。

分節(情報の固まり)の相互の繋がりが見えなくなり、応用力が身につかなくなってしまいます。

真偽の見分けすら、できないこととなる。

ChatGPTなんていうものが出てきたから大変だ。

外部記憶がビックデーターと連結されているから、今後重要となるのは換算能力、スピードだとしてスパコンの開発競争となっている。

しかしその能力とは、情報・ビッグデーターの最初から終わりまで総当たりして必要な情報を得るためのスピードを増ための能力開発だから、力任せでありすこぶる原始的といえる。

発電方法が水力、火力、原子力と変わっても、蒸気タービンを回すという力任せであると同じだ。

ある程度、キーワード、関係性などによる絞り込みが行われても、焦点を定めての検索にはなりえず、閃きなどは期待できません。

検索のためのキーワードの選択など、人の使いこなす能力次第ということとなる。

シミレーションを行うには便利だろうが、これも使いよう。

一方人間の頭脳は、関連ある項目を一つの纏まりのある固まりとして記憶し、その固まりと固まりを結びつけるということで処理能力を高め、飛躍させている。

直感と言っても良いだろう。

その検索リスト、項目を作り出す本は、旺盛な興味。

飛躍させるためには、体感をベースとする情報の固まりと、索引(引きだし)を沢山作っておかなければならない。

そのバラバラの固まりが、煮詰まり、一つの目的に対し有機的に融合すると閃き、直感となって顕れる。

また、情報の固まりはぼやけていても、索引ができているならば、それをキーワードとして必要な情報を芋づる式に拾い出すことができるので省力・省エネでまとめることができる。

このようなことができる人材として、専門家よりも全体を見回すことのできるゼネラリストが重要となるのではと説いているのです。

専門家にしろ、ゼネラリストにしろ、発想力、応用力、直感力の優れた人材は、母の胎内、そして母子密実一体の時、三つ子の魂の時期をきちっと経過することのできた人、そしてその基礎をしっかりと体感に結びつけ強固にするのが6歳6ヶ月の習い始めに至る前の野生の時期だと感じ、説いているのです。

また、その時期をきちっと経過させ、旺盛な興味をもつ子にそだてるためには母親の力が大切となるのです。

で、母性を蘇れ、子ども達の明るい未来を造るため、と相成る訳です。

お母さんは、ゼネラリスト!
https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid0n7oN4eB7kTzjqrJn724czNWRWo8zJwzHyW9XWDBkxk662VNFXQg1HJX3QFG3nq6Sl

、「マフは何でも 知っている 知 Mom's Story ジェイムズヤッフェ The Detective 小屋芙性訳 James Yaffe 早耳書屎」というテキストの画像のようです

ことばを選択しよう   FB 2025/05/08 プライバシー設定: 公開

自分の放つ言葉は、自分の耳も聞き取り、脳のメモリに記憶し蓄積している。

脳のメモリは、PCのメモリと同じで価値付けなしに蓄積するだけだけ。

繰り返される言葉によって上書きつされ強化され、無意識の世界に蓄積し続けてしまう。

その無意識は自己の考え方、行動を方向付けてしまう基礎として作用する。

無論、放った言葉は、相手の無意識の中にも沈着する。

負の循環と連鎖を造る元となる。

周辺、そして世界を平らかとするためには、言葉を選ぶことが大切だ。

古来から「和顔愛語」と教えられてきたが、脳科学・情報科学の発達によりその理由、メカニズムが明らかになってきた。

古人の経験の積み重ね、時間のフィルターを経て残されてきた伝統的な智慧や恐るべし。

今やSNSなどににより、言葉だけではなく、画像、文字による汚染がすさまじい。

己の発する情報は良きものとし、悪しき情報を選別することが大切となった。

https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid02PoYe4V9wetfaTj4vd55g2yCxesJ25ZAfGwnbLkabiCcDxEWNX8vvHcZpF9oL4bErl

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いつもの悪い癖、Tさんのスレッドに書込。

書込責任と記録としてシェア、コピペ。

ことばを選択しよう-2   FB 2025/05/09 プライバシー設定: 公開

・・・

先に、古来から「和顔愛語」と教えられてきたが、脳科学・情報科学の発達によりその理由、メカニズムが明らかになってきた。

古人の経験の積み重ね、時間のフィルターを経て残されてきた伝統的な智慧や恐るべし。

と述べた。

これに対し、「言霊ですね」というコメントが寄せられた。

ご明察。

このコメントに対する長い返答を浮上させておこう。

・・・

さらに付言するならば、言葉・言霊などを発する身心の問題があるのです。

人は言葉を操るようになった。

初期の言葉、それは身体をフルに使いこなし、そこで感じ取った溢れ出る思い・感情を周辺の人に伝える、共感を得るためのものだったのでしょう。

身体をフルに使う、共に全力発揮の体勢の中での共感があったのです。

それは、音・音楽とともにあったでしょう。

言葉を用い共有した思いは集団を動かすものとなるので、言葉に発した、もの、こと、は現実化するという言霊信仰となったのだろう。

それは、共感という波動の籠もった身体にひっついた言葉=言霊。

身体を動かし、感じたこと、その共感により家族、一族、集団を一つにし、厳しい自然の中で生き抜いてきたのでしょう。

やがて言葉を自在に紡ぎ出せるようになると、言葉は身体から遊離するようになってしまった。

集団が大きくなるにつれ、言葉は情報の伝達、共有へと進化し、感情を抜きフラットとなっていったのです。

脳の紡ぎ出す言葉となり、言葉と身体のつながりを希薄化させて行ったのです。

言葉を記号として扱うようになり、死する言葉としてしまいました。

人は、便利なものを不便に使う名人と何度も記してきましたが、文明の利器のみならず、人は言葉を操り、文字とする段階で同様のことをしているのです。

それは、人を縛り、支配するという欲によって行われてしまうのです。

その死せる言葉は文字となり、法・契約など人を縛るための道具となり、一方では科学という体裁を作り出したのです。

そして、IT・AIなど人工言語によるバーチャル空間という魔法の世界を作り出し、現実の世界から遊離させ、今、飲み込まれようとしています。

身体にひっついた言葉が失われてしまったのです。

現在は、言葉を固定化した書物を読むことなく、漫画すら読むことを忘れ、Web上に流れる動画に沈溺し、話す言葉は乱れに乱しています。

身体使いは雑になり、腰抜け、腑抜けとなり、発する言葉の力を失ってしまいました。

便利なものを便利に使いこなすという方向ではなく、便利だと思う、思わされるものに依存し、自分の頭で考えるということすら放棄してしまう方向へと流されてしまいました。

今や、衰退の危機に存しているといっても良いでしょう。

もはや「言葉を選んで使おう」などという世界すら希薄化させてしまっています。

その場しのぎ、責任逃れのための空疎な言葉の氾濫。

そして、差別だヘイトだ、などという上から目線の一方的な制約を、繰り返し繰り返し加えられ、発する言葉すら制限され、自分の感情を表現することを押さえつけられています。

結果、頭で考えず、条件反射的に忖度、自己規制を行うことを良しとする世界としてしまったのです。

自分の気持ちがわからないでは、相手の気持ちも当然わからないこととなります。

となると、閉じ込めた鬱屈した思いが発露を求め、負の感情を伴って吹き出させ、相手を傷つけてしまうことになってしまいます。

それが、相手の気持ちを察することのできないいじめの横行、周辺はそのいじめにも気づかない、気づいても見て見ない振りをするという感受性の鈍り、すなわち、五感・身体の鈍りを常態化させることになってしまいました。

ストカーのあげく、殺してしまうという身勝手、究極の鈍り、そしてその兆しが見えていても周辺が動かないという社会の大きな鈍りを造り出してしまいました。

原始的な世界で集団を保つために行われたことは、相手を尊重するということです。

それによって自分も尊重される。

相手があって自分があるという相対的な関係性の中で暮らしていたのです。

集団内を円滑とするために言葉も行動も選び、慎んだのです。

それが躾、身体を美しく使いこなすということに繋がります。

食生態学を提唱した西丸震哉は、首狩り族の社会に飛び込みフィールド調査を行いました。

西丸は、首狩りと食人は異なり、自分が調査したのは食人種と称していますが~。

首狩り族の社会はさぞや獰猛だろうと思いきや、相手に不快感を抱かせたら殺されてもしょうがないというものであり、おだやかな世界だったそうです。

相手に不快な思いをさせないとの思いは、自ずと行動・言葉使いは洗練され穏やかになってゆくのです。

身体にひっついた言葉は、このようにして洗練され磨かれてきたのでしょう。

しかし、法・契約などという死せる言葉が人と人との関係の間に立ちはだかるようになり、肥大化させてしまったことにより、身体にひっついた言葉が劣化させ、乱暴、げれつとして行き、精神性も退行させていったように思われます。

文字に書かれたことは守っても、それ以外は守らなくても良いという曲解が横行し、世を覆ってしまいました。

フェイク、ペテンの常態化です。

相手を思いやる、共感するという、集団動物としての人間の本性が脅かされるという事態にまで行き着いてしまいました。

それが、コロナ禍により明確になってしまいました。

身体を動かし感じたことを、周辺の共感を得るために思わず発する原初の言葉、支えとなる言霊を失ってしまった結果です。

これではなりません。

他と繋がる、共感の世界へと立ち戻らなければなりません。

それは、私たちの心を支えている身体、五感というものの見直しであり、意識を支えている無意識の世界、集団無意識への回帰となるのでしょう。

失った支えを取り戻し、作り直すことが急務となりました。

身体・五感を磨き、無意識を豊かにすることができるのは、三つ子の魂以前の自意識の未完成な時期の過ごし方にあると思うのです。

なので「母性よ蘇れ、子供達の明るい未来を創るため」となるのです。

大きくなってしまったもの達は、身体を動かし五感で感じ取り無意識の世界へ沈着させるという幼子の行為を思い出し、自分に取って不足しているもの、ことを振り返り、その不足を補うための行動へと結びつけることが重要となったのです。

不足の部分に気がつけば変わって行くのです。

真の反省です。

このためには身心の健康を取り戻す、五感の感受性の回復から始めなければなりません。

頭デッカチになったがための首、上体の力を弛め、身体の重心(丹田)に自ずと力が集まり、お腹に深い呼吸が入るように身体を導くのです。

で、「日の下に出よ、身体を動かし汗をかき、深呼吸~循環・排泄を整えよう」となるのです。

問題が発生したときは、迂遠なようでも原点に立ち返っての見直しが大切です。

対症療法、部分最適、先延ばし社会からの脱却が喫緊の課題となっているのです。

きちっと立ち、温かく光耀く太陽を心の中にイメージし、「あまてらすおおみかみ」と唱えましょう。

無意識への刷り込みです。

先達はこれを、十言の神咒(かじり)と伝えてきました。

「あまてらすおおみかみ」の裏には「ありがとう・おかげさま」の十言があり、「たのしいな・うれしいな」の十言が潜んでいるのです。

その他、十言のなかに多くの明るい言葉が浮かび上がってくることでしょう。

https://www.facebook.com/himanaka/posts/pfbid0M5X8cSxDjSebbXhzQHMppWBgLKV3Saqz9L4ZY8b4VG7UXawxDLUZfaxFyzfKcNa5l

・・・

・画像はいただきもの

選択理論えほん ワークショップ ファシリテーター養成講座

https://www.reservestock.jp/page/consecutive_events/23179

1人以上、、「しあわせ いいね ありがとう たのしいね たのしいね うれしいな うれしいな」というテキストの落書きのようです

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2025年4月24日 ·


先人の智慧に、やっと科学が追いついてきた時代。
しかし、皆、科学万能と信じています。
科学は、自然のやっていること、事実を、後付けで説明できるようにしているに過ぎません。
しかも、その法則発見を自分の手柄にしようと、しのぎを削っているのです。
それは、新大陸を発見したら発見者の所有物にできるという植民地主義の延長にある考え方と相似です。
そこに原住民が居ようとその存在は無視してしまうのです。
地球の資源、自然・自然の法則は発見者の収奪対象となるのです。

ーで、せっかくの科学の成果を悪用し、人類の不幸を招くために用いてしまいます。
悪用する元が、経済であり、政治であるのが困りもの。
分化、自然をバラバラに分解して法則を見つけだそうするため、総合を忘れた科(とが・咎)の学としてしまいました。
物・分化の学から、いのち・総合・綜合・統合の学びへと切り替えて行かなければなりません。
固定的・平面的な世界から、動的・立体的・展開・発展的な視点への転換です。
これを古人は「やはえ・やさか」と称しています。
すべてはつながり、循環し、生成・発展しているのですからです

ーなので、私は、学者になる道ではなく、物作り・法則を用いて形にする技術屋という方向を選んだのです。
科学の否定ではありません、総合的な活用なのです。
結果、似非学者のエゴ、科学成果の悪用を指弾するようになってしまいました。

-さて、本題です。
文が長いなんていう人は、ここまで読んでくれないでしょうね。

-口元、歯茎の上を拳骨で叩いて刺激する方法を、「不老長寿の仙人」になる法の第一歩と何度も示してきました。
古人が経験に経験を重ねて得た智慧を凝縮しての言葉。
しかし、「不老長寿」、「仙人」という言葉に反応し、あり得ない、古いと捨て去ってしまう人が多いでしょう。


しかし、ここが物事の大きな分かれ目、面白そう、やってダメならダメ元とおもい行うものは「上根」、これから述べる屁理屈で興味を持ちやってみるものは「中根」、あり得ない、屁理屈には興味がないと歯牙にかけないものは「下根」、縁なき衆情に分かれてしまうのです。
あなたは、上中下いずれでしょう?

-歯茎の部分を拳骨で叩く、ということは、歯茎を引きしめつつ、歯茎の血行を良くするため、歯を丈夫にするのです。
歯が1本抜けたら、寿命が1歳縮むと古人は示しています。
ちなみに、私の歯はすべて自前ですから、1年に1本抜けても100歳までは持ちそうです。

-口を刺激する、口角に小指を入れて唇を引き延ばす、これによって胃腸、肛門、全身の筋肉が引き締まり、元気になることも何度も示しました。
武芸百般、芸事を極めるためには、肛門を引き締め、上体を弛め、お腹(重心・丹田)にまで深い息がはいる身体を造ることが大切なのです。
なにせ、物を食べるための口、食べたものを排泄するために肛門を造り、足を動かし餌となるところまで移動するという戦略を採用したのが動物なんですから。
口が最初なんです。
口の周りに神経系、免疫系ができたのです。
食べ物の善し悪しを見分けるために。
そして、うまい、まずいの感情・心が生じたのです。


最も、その前に皮膚がありますが・・・。
皮膚と内臓は同根、一繋がりですね。
胃腸・腸管は、内側の皮膚といえるのです。

-赤ちゃんは、ハイハイしだすと何でもなめ回します。
その唾液の殺菌力、消化力は凄いですね。
口唇期と称します。

> 口は最初に経験する快楽の源で、生存のためにある。赤ん坊は本能的に吸う。口から満足を得ることで、赤ん坊には信頼と楽観的パーソナリティが発達する。時期については諸説あるがおおむね出生時から2歳までとされる(Wikipedia)。

口唇期は、フロイトの申しようですから性・欲と結びつけてしまいますが、口・舌でなめ回すことにより外界との繋がりを形成しているのです。
これにより、物事の立体観、外界との繋がりが形成されて行くのです。
口、そして歯は大切な器官なのです。

-歯茎を叩き刺激することで、唾液が出てきます。
出てきた唾液・津液(しんえき)は、薬と観じゴクンと嚥下するように古人は説いています。
神薬なんです。

-唾液には消化酵素アミラーゼ、抗菌、免疫物質が含まれています。
消化を助け、体内に入り込もうとするばい菌に対する防御です。
また、口腔内を清潔に保つと共に、カルシウムを含むため、虫歯などの修復作用があるのです。

-唾液のヌルヌルとした成分は主にムチンという糖たんぱく質であり粘膜の保護や保湿、防御に重要な役割を果たしています。
ヤマイモやオクラなどネバネバした食べ物は身体に良いとされていますが、私達は唾液そのもので腸内を潤しているのです。
腸内細菌叢はこのネバネバ物質を造り腸壁と一体となり腸内細菌叢(ミクロフロラ)を造っています。

-ついでにいうならば、腸内細菌の作り出すネバネバ物質は、土壌微生物の場合は、土壌の団粒構造をつくためのものですね。
土壌微生物を腸内に取り入れてきたのですから、土壌も腸もつながっているのです。
地域で取れた食をいただくこと、地産地消が大切なことと理解できるでしょう。

-もとい。

-このように唾液は自家製薬そのものなのです。
唾液の量は1日当たり1~1.5Lであり、この唾液を呑み込み続けているのです。
これ以上の薬はありません。

-さらには、唾液はアンチエイジング、老化防止効果が期待できる「パロチン」という若返りホルモンを含み、骨や筋肉の発達を促し、新陳代謝を活発化させるために、肌や髪を若々しく保つことができるのです。
まさに不老長寿の妙薬です。

-唾液は、梅干しを思い浮かべる、ものを食べることにより分泌します。
同時に、話す、笑う、歌う、よく口を動かすことによって分泌は促進されるのです。
楽しく食べ、話し、笑う、そして、お腹から声を出して歌う。
そこには、感謝、そして、自分・他者の肯定が溢れています。


老化の進行と共に、噛む力が弱くなり、全身の水分量が減少、ホルモンバランのが変化により唾液が出にくくなってきます。
また、唾液の分泌が少なくなるとともに、成分が変わってくるのです。
やはり、歯を保持し、硬いものを食べ、よく噛んで食べるということが大切となるのです。
笑みを絶やさず、口元を柔らかく保つのです。

-そしてきわめつけ、唾液には「癌」を予防する効果があるのです。

> 発癌性物質が口の中に投入した人間の実態を検証するために様々な発癌性物質に唾液を混入するといった実験は著名であり発癌性物質の毒性は唾液に約30秒間に混入するだけで消失したことで唾液の酵素が発癌性物質の変異原性を抑制することが証明された(Wikipedia 西岡一)。

-いかがですか?
こんな大切な口元を口パンツ、轡(くつわ)で隠しているなんて勿体ない。
大きな口を開けて、笑い、話し、歌うのです。
そして、ひまなとき、ひまをみつけ拳骨で口元を叩くのです。
こんな簡単なことで、健康を維持するための第一歩を踏み出せるのです。
不老長寿の仙人を目指してみませんか?

・・・

・唾液で老化をはかれることが判明
https://www.oist.jp/…/news/2021/9/17/how-we-age-told-spit

・唾液が「がん」を予防
https://www.tokachi-doctor.com/health5/?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTAAYnJpZBExY0FyOEdwenNvbTlwRHRiSnNydGMGYXBwX2lkEDIyMjAzOTE3ODgyMDA4OTIAAR4KxIFf1htYPsR0HWrc4ihVFnskdiOikA3fXrQ5JuxnglhMwnGEwWHtSeoRkg_aem_h6xCTRrI826T-_hktFTC3g

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「唾液は世界を救う」はTさんより拝借。

唾液で老化を測れることが判明
2つの異なる年齢層の唾液中の代謝物を包括的に解析し、唾液中に加齢の兆候が明確に表れることが明らかになりました。
https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2021/9/17/how-we-age-told-spit?fbclid=IwY2xjawRYVHpleHRuA2FlbQIxMABicmlkETFjQXI4R3B6c29tOXBEdGJKc3J0YwZhcHBfaWQQMjIyMDM5MTc4ODIwMDg5MgABHnL39qHc_216O7T114FWQ0Y_VQH-KyYYjEGX1Ktd13SaM_8zJTQxHAPqCNf6_aem_tLNtTYgtzVlTmNvZdqesaA