循環天地開闢、宇宙が生まれた時、循環が始まった。循環こそが「いのち」の本質。
循環が停滞すると秩序が乱れ、エネルギーが蓄積され大爆発を起こし、新たな秩序が生まれる。
循環が低下すると衰退に向かい、途絶えたとき冷え、死に向かう。
-人は小宇宙故、宇宙の循環・自然と連動することにより生成発展へと向かうのです。
逆に、循環に逆らうならば、様々な問題を発生させることとなってしまいます。
宇宙、太陽・地球があって人間が存在するのであって、物理的にはその逆はありません。すなわち、地球環境を変化させるならば、その変化に適応できない生物は衰退・滅亡し、新たな環境に適応した生物のその座を受け渡すのです。
その点で、人間は地球環境を大きく変えてしまったため、その生存の岐路に立たされているといっても良いでしょう。
-現代社会の循環不良は、停滞なのか、衰退なのか?停滞させているとするならば、いずれ限界に達し爆発へと向かうことだろう。
私はそのように感じ、大難を小難に変えさせたまえ、ソフトランデイングに向かわせたまえと情報の発信を行っているのです。
わが国の根っことなる伝統文化の良き・善きところにに立ち還り、良き方向に向かって爆発させたいと考えているのです。
我が国の伝統文化は、自然の循環に即したものとなっているのです。
循環をスムーズに行えるようにし、戦乱などハードランディングによる変化を避けたいのです。
-しかし、我が国の場合、循環を著しく低下させ、衰退へと向かっており、あらゆる面で劣化が進んでいるとも思え、気になるところです。
ー何れにしろ、社会の循環を良好にし、元気になってゆくためには、個々人の身心循環を正常に戻し、元気を取り戻さなければなりません。
そのためには、「日の下に出て深呼吸~」、となるのです。ま
ずは、己の身心を健全に保たなければなりません。
そして平行して、健全な次世代を育てるために、「母性よ蘇れ」となるのです。
ーしかしなぜか、このもっとも基本とすべきところに総合的に立ち返ることをせず、どうでも良い問題の部分最適にばかり目を向け、いがみ合っています。
根っこに据えるべき本質、「いのちをつなぐ」、「子供たちの未来のために」という部分をなおざりにしていることが精神劣化の原因と感じています。
言い替えるならば、「いのちの継続」にたいする無頓着さ、我よし、今よし、後は野となれ山となれという、未来を捨てた暮らしが、現代社会の閉塞感となって現れているのです。

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